第3話
「………渡航許可、」
ドサッと一山の書類。
「……旅券、」
ドサドサっと一山の書類。
「…駐在中の身分証明書。」
ドサドサドサッと、さらに一山の書類。
「…………以上だ、セイシアンテ公女。」
「はあ、ありがとうございま……え?大臣、何でそれ、御存知なんです?」
絶望的な量の書類を受け取ろうとして、一つのことが気にかかった。
名前を変えて身分も変わったのは、つい最近のことで、ごく一部の人しか知らない………と思う。
「…………もう少し、貴女は御自分が如何に注目されているか、認識せねばなりませんな。」
「…だからどうして知ってるか聞いてるんですけど…」
「はっはっはっ、うちの事務次官は有能でな…」
「外務大臣の事務次官?!」
大臣の左隣にある、机に座っている男を睨み付ける。
「ちょっと!兄さまっ?!」
「いやあ済まなかったねえ…じゃなくて、すみませんでした、セイシアンテ公女。」
「だーかーらー…………もぅ……。」
私が公女であるせいで、兄さまよりも上の身分になってしまったのだ。身内にさえ敬語を使われる始末…
溜め息が出る。
「……だが、セイシアンテ公女、この書類を運べるのか?無理なら…」
「心配ご無用ですよ、外務大臣!エル~?」
『……よもや〈星霊王〉を荷物運びに使とする人なんて、君くらいしか居ないだろうね。』
ふわっと日向の匂いがした。
背後にエルが現れた……って、この言い方すると、さもエルが背後霊みたいな感じになるね…あながち間違ってないけど。
まあとにかく、渡航許可と旅券をエルに持ってもらうつもりだ。
今更だけどエルは人型を取ってるからね?下半身は透けてる…てかぼんやりしてるけど。
「と言うわけで、大臣、兄さま、これで失礼します!」
外務大臣の執務室を出て、第二王子付き近衛隊詰所に戻る。
詰所は遠い。
王宮内にあるけれど、王族の住むところと政治をすところは別だ。
王族の住むのは〝黎明宮〟、政治をするのは〝正宮〟になってる。
ん?後宮?
無いよ。確か、二百年くらい前に無くなったかな。どうせ、女性同士の醜い争いとか、色々あったんだろうね。
とにかく、話を戻すと、外務大臣執務室のある正宮から詰所のある黎明宮までは遠いのだ。他の機関を通り過ぎないといけない。そうすると必然的に、我が落ちこぼれ近衛隊の口さがない噂を聞くことになる……………分かりきったのばっかりだけど。
まだ朝早いからかな、廊下ですれ違う人も少ない。
人の少なさが、余計に、白い大理石造りの王宮を寒々と見せていた。
「エル、私達ハルスィーカまで船旅なんだけど、着いてくるの?船まで。」
『ずっと張り付いているつもりはない。必要なら。』
「そう。………ああ、そうだ、ハルスィーカ語。」
『話せるだろう?』
「私はね。王子はまだ。ちょうど王立学院って年に、ハルスィーカ留学なんだもの。で、教科書も取り寄せたし、先生も手配したみたい。だけど、王子のもとにはまだどっちも、来てないってわけ。私が探さないとダメでしょ。」
なんという舐められっぷりだと、それを知ったときは怒った。
悔しいけど仕方無い。事実だし。
『………何か近づいておるぞ。』
「へ?」
『うむ。』
「はひ???なんなん………」
「リアッ!!!」
?!
「あぁ~、会いたかったよ…。」
気付いたらものすごい圧迫感。
そして、いつも聞いてる声…だけど、口調が違う。
誰かに抱き締められてる。こんなとこで。
その、誰かさんの肩越しに見たことのある制服を着た男達と、金髪美女。
男達は冷たい氷のような目を、美女は驚きの表情を浮かべて、こっちを睨……凝視してる。
「う~ん…良い匂いだねぇ…すんすん…」
「ぅ、ぐ…………。」
今度は髪の匂い嗅ぎ出した……って、か、く、くるじい……い、息が……。
「………っはぁ……大好きだよ…。」
「……ぐぇ…」
息ができな……!死ぬ…!
意識が………………!たすけ………!
「……で、んか…………」
「ああ、リア、ごめんね?嫌いにならないで……ね?」
「………はい。」
嫌いになるもなにも私あなたのこと好いてはないのですけどもね!
レイアス第一王子殿下!
………と言うわけでこの、私を抱き締めたあげく嗅ぎまわし、甘ったるい口調と台詞を言ってきた〝ひっつき虫〟は、先日立太子した第一王子だ。
最近は出会わないようにしていた(こうなるから)のに、今日は運が悪いなぁ…。
「?!あれ?!あれ?!」
「どうしたの?リア?」
「えっ、あ、いや、殿下の御手をわずらわせるほどの物ではないんです。ええ。」
私、手に書類あったはずなのに、消えてる?!
落とした?!
嘘でしょ…重要書類なのに…これじゃ外務大臣に怒られちゃう…!
てかなんで唐突に消え…
『危なそうだったから貰っておいた。』
エルが書類をヒラヒラさせてる。
さすがエル!
ありがとう!まぁ、何が「危なそうだった」のかは不問にしよ……。
「だいじょうぶ?リア?」
「はい、解決したので、すみません。」
「そう?」
で、レイアス殿下はにっこり笑った。
うーわー…
なんなのこの羞恥プレイ。
私の身長が低いから、自然と上を向いて、王子の顔を見上げるようにして話してる。
それでさらに「 困ったことあったら何でも言ってね?リアのためなら何でもするよ?」とかパーフェクト王子スマイル☆で言われた暁には陥落しない女子は居ないよね。
でもさぁ、考えてもみようよ?
そのスマイル、自分の仕えてる主とおんなじ顔なんだよ。
しかも、スマイルしてるのって、私にとっちゃ、(おこがましいけど)弟みたいな存在の子なんだよ。
萌えるけど、陥落は…………しないわー…。
「お気遣いありがとうございます、殿下。それと、そちらの御嬢様は……。」
「そちらの?」
「婚約者様でございますよね?」
「………そうだよ。だからどうしたの?僕には君だけなんだけど。」
うっわ、すっげぇ不機嫌だな殿下。
まあ、それは置いといて、私は金髪美女の方に歩み寄った。
あ、王子´sホールドは解けてるからね。腕は絡めてきたし、何となく抱かれてたけど。
やんわーり、殿下のホールドを緩めたんだ。
「…………なんですの?」
近づくと、美女は言った。
顔には出さないけど、本当なら顔を歪めたいんだろうな、この御嬢様。
声が低いし、はっきりいってコワイ。悪の女王降臨、て感じ。
「私の思い違いだったら本当に、申し訳無いんですが……、あの、クララ様ですよね?」
「…私は、クラウシアですが…?」
「あぁ、やっぱり!私はリアナカリエ・アランシアです、クラウレイラ・サヴォイア公爵令嬢。すっかり大きくなられて、お綺麗になって……!私、感無量です!」
わーい、やった!
この金髪と言い、碧眼といい、顔立ちといい、第一王子の婚約者という立場といい……!
クララ様だ!
「………あの、アランシア侯爵令嬢、」
「クララ様、そんな、私は侯爵令嬢なんかじゃありません、呼び捨ててください、リアと。…それで?」
「…では、リア、私、貴女とお会いしたことはありませんわ。」
「お忘れかもしれないですが、八年前に私、クララ様に会ってます。レイアス殿下と、アレクス殿下と、クララ様、三人でお遊びになられてましたよね。当時からクララ様は可愛……綺麗で、レイアス殿下の婚約者でしたよね。」
「………あの?」
「知ってます?八年前はまだ、〝双子王子〟なんて可愛らしいあだ名があったんですよ。」
第一王子レイアス殿下と第二王子アレクスは、双子だ。幼い頃には、私達近衛は一緒に護衛していたもんだ。
「ちょっ、リア!そんな恥ずかしいことを…」
「晒すなって?良いじゃないですか、殿下、少し懐かしんだって。クララ様、あの頃私、まだ、王立学院を出たばっかりで、三人には随分手こずらされたんです。」
「…………王立学院を、出た、ばかり?」
「ええ。私は二十五なんです、クララ様。クララ様のこと、妹のように思わせていただいております。おこがましい話ですが。……で、話を戻しますとね、クララ様。」
「はい。」
「クララ様が私と会ったのは八年前のことで、その時は、クララ様は王子殿下方と初対面の日だったんです。」
確か、あつーい夏の日だったかな。
黎明宮の庭で待ったんだよね。現れたのがお人形さんみたいな女の子で腰を抜かした覚えがあるなぁ………あんなに綺麗なコ、居るんだな、って。
「…まぁ……。」
「なんせ、緊張していたでしょうし、王子のことしか目に入らなかったでしょうし、ね。私は〝双子王子〟の背後で護衛していた上に、何度か一緒にさせていただいたので、本当にクララ様のことはよく覚えてます。」
「そうでしたか……。」
しばらくクララ様は考え込んでいた。
「………リア、さま。」
「何でしょう?」
「…私、思い出したかもしれませんわ。良くて?」
「どうぞ。」
息を吸って、クララ様は口を開いた。
「確か、八歳の誕生日だったと思いますの。私は、殿下が『誕生日プレゼントをあげる』と仰いましたから、登城しましたの。」
凄く可愛らしい話だ。
「あのお庭まで来て、殿下方とお会いしましたの。後ろ手にして、なにか持っていらしたわ。」
「……あ…、」
思い出したかも、私も。
心当たりが…
「『お誕生日おめでとう!』と言って、殿下は私に紙をくれたの。そこには暗号があったわ。昔はよく、三人で暗号を作っては遊んでいたのね。宝探しだったり、冒険だったり、色々したけれど。」
「…暗号…」
「そうよ。私はいつも通り、宝探しだと思ったの。プレゼントでしょう?だけど、そこで困ってしまったの。」
「え?」
何があったんだろ。
「暗号がいつもと違ったの。」
「ん?」
「形式が違ったの。絵でかいてあったけれど、分かりにくかったし………」
「!それって…」
暗号、で色々思い出した。
「クララ様、暗号ですが、殿下が貴女に渡すものは、大抵私が一緒に作ってたんです。私が手直ししたり、絵を描いてやったりしてました。」
「そうだったのね。その日のは多分、殿下方だけでお作りになったから、分かりにくかったのだわ。」
「そうだと思います。」
クララ様は納得顔だ。
「結局私は暗号は分からなかったの。でも、殿下は暗号がどんな意味か教えてくれなくて、探さないわけにはいかなくて…、庭からプレゼントを探し始めたのよ。」
「見つかりましたか?」
いいえ、とクララ様は首をふった。
「見つからなかったわ。おまけに迷ってしまったの。何処へ行っても人は居ないのよ。お腹もすいて、寂しくて悲しくて、私はある部屋でへたりこんでしまったの。」
「なんと……。」
可哀想に。
「泣いていると、突然部屋に、人が入ってきたわ。私は助かったと思ったの。夕方になっていて、顔もよく見えなかったものだから。」