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6  ドキドキの参観日

「なぁ、参観日って何や?」


 プリントが前から配られて、1年1組の教室はざわめく。遠足の時ほど楽しそうな騒ぎではない。


「参観日とは、皆さんの勉強している様子を家族の方に見て貰うことです」


 普通の人間の生徒には当たり前の参観日の意味から説明しなくてはいけない。


「ええっ! お母ちゃんやお父ちゃんが学校に来るの? 勉強しろと怒られるやん」と嫌そうな顔をする生徒もいれば「家のお父ちゃん、仕事で来られへんわ!」と悲しそうな顔をする子もいる。


 鈴子先生は、仕事で来られない親は仕方ないですと説明する。


「でも、お父ちゃんにも来て貰いたい」


 愚図る小豆洗いの豆花ちゃんに、猫娘の珠子ちゃんが「うちのお父ちゃんも来ぃへんわ」と宥める。猫娘の父親は世界を放浪しているのだ。猫科の男は子育てが下手だと、下宿している鈴子先生も溜め息をつく。


「先生! 妹も来ても良いですか? 来年には小学校に入学するから、どんな教室なんやろうと聞かれて困ってるんです」


 ねずみ男の忠吉の家庭訪問で、小さな妹に会っていた鈴子先生は微笑んで許可をする。


「静かに授業を聞ける妹さんや弟さんなら、参観日に連れて来ても良いですよ」


 この一言で、参観日は大変なことになる。ねずみ男の忠吉の妹は、小さくて可愛いねずみ娘だが、そんな大人しい兄弟ばかりではなかった。



 参観日の給食の時から、1年1組は普通とは違う空気が流れていた。いつもは話しながら食べているのに、さっさと食べ終わると、参観の国語の教科書を開いて予習する生徒もいる。


「あ母ちゃんにええとこ見せたいんや!」


 大きな声で教科書を読み出した河童の九助くんに、雪女の小雪ちゃんはうるさいなぁと耳をふさいだ。


「九助くん、まだ食べている子もいるんやから、もうちょっと静かに読んでや」


 級長の珠子ちゃんが注意しても、他の男の子達も真似をしだしたので、うるさくて仕方ない。


「まだ、給食の時間ですよ。食べ終わった人は、食べている人に迷惑にならないようにしましょう!」


 鈴子先生は、初めての参観なので、ドキドキして騒いでいる男子に気づくのに遅れた。級長の珠子ちゃんの方がしっかりしていると、少し落ち込む。




 給食と昼休みが終ったら、掃除の時間だ。いつもはサボる男の子も、今日は真面目にしている。女の子達は、いつも参観日なら良いのにと笑う。


 五時間目、いよいよ授業参観が始まる。上に子どもがいる親達は慣れているが、初めての子どもを学校に通わせているお母さんやお父さんは、教室の後ろの引き戸を開ける時から、ドキドキしている。


 ドオーン! 緊張して座っていた生徒達が、大きな音に驚いて後を振り向く。


「すんませんなぁ~えらい大きい音を立ててしもうてぇ」


 後ろ扉をくぐろうとしているだいだらぼっちが、鴨居におでこをぶつけたのだ。


「お父ちゃん、教室へ入るのは無理だぁ~」


 鈴子先生は、廊下との境の窓を開けてあげる。だいだらぼっちが教室の後ろにいたら、他の保護者が立つ場所がなくなるからだ。小雪ちゃんのお父ちゃんも二メートル近い雪男だが、だいだらぼっちは横幅も凄い。


 でも、鈴子先生は、家庭訪問の時に、だいだらぼっちが学校に通うのは大介くんが初めてだと聞いていたので、参観して貰って安心させたい。


 廊下に座って窓枠いっぱいに顔を押し当てて参観している大介くんのお父さんが、どれほど心配しているのか鈴子先生は分かっていたので、生徒達が廊下の方を見ても注意はしなかった。


「あっ、家のお母ちゃんや!」とか「まだかなぁ?」と心配そうに後ろばかり気にしている生徒も、授業が始まる鐘の音がすると前を向く。




「起立! 礼! 着席!」級長の珠子ちゃんの号令で、全員が立ち、礼をして、席に着く。


 これだけのことでも、雪女のお母ちゃんと雪男のお父ちゃんは、目をうるませる。


「小雪、ちゃんと学校に通うてるんやなぁ」


 毎朝、ランドセルを背負って通っている姿は見ているが、入学式から一月半でこんなにしっかりしてきたと喜ぶ。


 他の保護者もそれぞれ事情を抱えているので、小学校にちゃんと通えるのか不安を持っていた。自分の子どもが生き生きと手を上げて発表している姿に安心する。


 新米の先生が担任なのを不安に思っていた保護者も、授業の進め方が上手いと感心していた。ここまでは順調だったのだ。


 ねずみ娘の小春ちゃんは、教室に入った時からビクビクしていた。級長の珠子ちゃんが猫娘だと気づいたからだ。お母ちゃんの身体の後ろに隠れて参観していた。


 そう、ねずみは猫に怯える! でも、それは問題にはならなかった。


「ううう……がるがる……」狼少年の謙一くんの弟の謙二くんは、猫娘の珠子ちゃんに吠えたくて仕方ない。でも、お母ちゃんに前の晩、おとなしくしていると約束したから我慢していたのだ。


 そんな時、タイミングが悪く、鈴子先生は少し難しい質問をしてしまった。ハイ! と手を上げたのは、賢い珠子ちゃんだけだ。


「では、珠子ちゃん!」


 鈴子先生に指名されて、珠子ちゃんが立ち上がった瞬間、まだ幼い謙二くんの我慢が限界になった。


「ううう……わん!」お母ちゃんの制止の手をすり抜けて、珠子ちゃんに突進する。


「謙二! あかんで!」狼少年の謙一くんは、運動神経も良い。咄嗟に弟の首ねっこをつかんで止める。


 しかし、猫娘の珠子ちゃんも運動神経は抜群だ。パッと飛び上がると、天井で一回転して教壇の上に音もなく着地した。



「ちゅう! こわい~ちゅう!」ねずみ娘の小春ちゃんは、猫の本性を出した珠子ちゃんに怯えて泣き出した。忠助のお母ちゃんは、小春ちゃんを抱き抱えて廊下に出る。


「ごめん、珠子ちゃん。ほら、お前も謝れ」


 謙一くんは、真っ赤になって珠子ちゃんに謝り、弟の謙二くんの頭を押さえて謝らせる。謙二くんのお母ちゃんも珠子ちゃんのお母ちゃんに謝る。廊下には小春ちゃんが泣いている声が響いてる。


 鈴子先生は、授業どころではなくなり、泣き出したくなる。参観日の為に何日も準備を夜遅くまでしてきたのだ。


「ごめんな! 鈴子先生」


 教壇からストンと降りた珠子ちゃんが謝るが、珠子ちゃんが悪いのではない。自分の情けなさに涙が目に盛り上がる。


「わっはっはっは! 皆、元気でええ子ばかりやぁ~」


 だいだらぼっちの大介のお父ちゃんが、陽気な笑い声で、湿った空気を変えてくれた。鈴子先生は泣き女なので、どうも湿っぽくし過ぎてしまうと反省する。


「皆、席について! 授業を続けましょう!」


 どうにか、小春ちゃんも泣き止み、授業参観は無事に終わった。

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