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月見が丘小学校 1年1組は妖怪教室  作者: 梨香


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13/50

13  鈴子先生の夏休み

 夏休みになったら、新米の鈴子先生は楽になると考えていた。それが大間違いだと、すぐに悟った。


「えっ? パトロール? プール当番? 新任教師研修? キャンプの手伝い?」


 終業式を終え、生徒達が下校した後の職員会議で、鈴子先生は色々なプリントを配られて、驚いてしまった。先生には夏休みは無いのだ。


「鈴子先生、夏休みにもお給料は出てるでしょ? でも、有休休暇を取るなら、夏休みや冬休みや春休みが良いのよ。私は、お盆には主人の実家に行かなきゃいけないから、これお願いしますね」


 2組と3組のおばちゃん先生は、準備万端で、お盆休みを確保する。ぼやぼやしているうちに、鈴子先生は色々な雑用を押しつけられてしまった。大阪の先生達はちゃっかりしているのだ。


「えっ、パトロールもプール当番もキャンプの手伝いも鈴子先生ですか?」


 他の学年の先生に嫌味を言われたベテラン先生は、プールとパトロールは当番制にしますと返事をしたが、その当番をかなり鈴子先生がするようになっていた。


「御免なぁ! ほんまは主人の実家になんか行きたく無いんやけど、姑の世話をせんとあかんねん。足腰がかなり弱ってるから、掃除とか行き届いてないねん」


「今年は、上の子が大学受験、下の子が高校受験やねん。何時もは、ほったらかしやから、夏休みぐはいは受験生の親らしいことをしてやりたいねん」


 そんな風に言われると、独身で下宿生活の鈴子先生には、差し迫った用事など無いのは明らかなので、断れない。それに、この一学期の間、二人のベテラン先生に本当にお世話になったのだ。



 しかし、他の学年の先生は、新米の鈴子先生では頼りないと渋い顔をする。田畑校長も、大人しい鈴子先生に雑用を押し付けようとしているベテラン先生に注意した。


「この、新任教師の研修期間は、2組と3組の先生で、プールとパトロールの当番をして下さいね」


「そのくらいは初めから引き受けています!」と、何処までも用意が良い。




「鈴子先生、夏休みに東京へ帰らなくても良いのですか?」


 ぽんぽこ狸だが、心は優しい田畑校長は気をつかう。


「もう、両親も居ませんし、東京へ帰っても誰も会いたい人も居ませんわ」


 泣き女の鈴子先生には、友だちらしい友だちも居なかった。寂しげに応える鈴子先生の肩を叩いて、これからですよ! と、田畑校長は励ました。




 鈴子先生が新任教師の研修で、他の先生がとてもしっかりしていると自信を無くしていた頃、首斬り男は大阪にたどり着いた。一時、止んだ泣き声が夜な夜な聞こえていたから、住んでいる場所をつき止めるのは簡単だった。


「これは風情のある屋敷に住んでおられるでござるなぁ」


 大阪のど真ん中に、蔵のついた日本家屋があることに首斬り男は感嘆する。白壁越しに見える松の枝振りを暫く見上げていたが、ここに居ては泣き女を怯えさせると後ろ髪を引かれながら立ち去った。


「何故、泣き女が泣いているのか、それを調査しなくては、解決できないでござるよ」

 刑場の妖怪である首斬り男は、捕り物の心得もある。その日から、泣き女の身辺調査を始める。


「それにしても、ウィークリーマンションとは便利でござるなぁ」

 着替え一組だけで旅に出た首斬り男は、マンションに作り付けの洗濯機で、きれいになった袴に履き替えながら、これまで調査したことを考える。


「森鈴子……鈴ヶ森の泣き女に相応しい名前でござる。それに、小学校の先生をしておられるとは、ご立派なことでござるよ」


 口にはしなかったが、鈴子の姿を垣間見た首斬り男は、見目形も麗しいと頬を染めた。首斬り男は、月見が丘小学校の秘密も調査して、その理念に感激した。


「田畑校長は、なかなかの人物でござる。拙者も月見が丘小学校に通いたかったでござるよ」


 首斬り男の正体を隠して、人間の子ども達と一緒の学校に通ったが、隠しきれない殺気などを察知されて、友だちの一人もできなかった。幸い、首斬り男を虐める根性のある子どもは一人もいなかったが、泣き女の鈴子は泣かされてばかりだったろう。苦労をはね除けて小学校の先生になったのだと、尊敬する。


「それにしても、女性の身で夜な夜な街を歩くのは危険ではござらぬか! あのようなパトロールとかは、男の先生が率先してするべきでござる。この御時世だから、仕方ないのかもしれないが、男女平等を悪い意味で取っているのではあるまいか?」


 初め、夜の繁華街をパトロールしている鈴子先生を見た時、首斬り男は怒りのあまりに、尊敬していたぽんぽこ狸を斬りに行こうかと思ったぐらいだ。


「うら若き鈴子先生に、このような危険な真似をさせるとは、許せないでござる。狸汁にしてくれよう!」


 腰に挿している竹光の短剣に思わず手が伸びたが、鈴子先生と他の先生の会話を聞いて思い止まる。


「ゲームセンターや、コンビニに夜おそくまでいると、変な誘惑を受けやすくなりますからね。月見が丘小学校の校区は、環境が良いとは言えませんから、教師も気をつけてやらないと」


 鈴子先生は、熱心に頷く。1年1組の生徒が誤った道に誘惑されないように気をつけたいのだ。


「流石に1年生は子どもだけで夜の街を徘徊していませんが、高学年の生徒は見かけますね。声をかけて、家に帰らせましょう」


 先輩や上の兄弟達を指導することが、将来の1年1組の生徒達が非行に走る芽を摘むことになるのだと、鈴子先生はゲームセンターの派手な電飾の中に入っていった。


「そうか! 鈴子先生は、ご立派な先生でござるよ。僭越ながら、陰からお守りいたそう」


 ゲームセンターには、小中学生だけでなく、怪しげな男達もたむろしている。首斬り男は、ゲーム機の陰から鈴子先生を見守った。


「どうされたのですか?」


 ゾクゾクッとして、立ち止まった鈴子先生に、一緒にパトロールしていた先生は不審に思って声をかける。


「いいえ、何だか変な気持ちがして……ゲームセンターに入ったことがないものですから」


 まさか首斬り男の気配がしたとは言えないから、咄嗟に誤魔化したが「ゲームセンターに入ったことがないのですか?」と驚いた先生に答えているうちに、気配が消えた。


「気のせいだったのかしら? 夜の街にたむろする男の人に怯えたから、勘違いしたのかしら?」


 遠い東京から首斬り男が来る筈がないと、鈴子先生は自分に言い聞かせた。

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