高校生最後の
「……」
高校生最後の作品が見事に落ちた。
最優秀賞ばかりを取って来た私には、信じられないことだった……なんてこともない。
賞そのものにこだわって描いてきたわけじゃないから。
描きたいものを描いて終われるなんて、十二分、素晴らしいことだと思う。
うんうん、と一人で自分の作品の前に立ち頷いた。
近くでは今回最優秀賞を取った子のインタビュー中らしく、ざわざわとした空気が伝わってくる。
今回最優秀賞を取った子の絵は割と好き。
自分の作品には常に誇りを持って、とてつもない愛情を注いでいるけれど、他人の作品を見ることが嫌いなわけじゃないのだ。
むしろ好き。
その子とは是非ともお友達になりたいな、なんて思ってみたけれどこの状況では無理そうだ。
小さく首を横に振って諦めようとすれば、うっすらと向こう側の話し声が聞こえた。
「大番狂わせもあるんだなぁ。今回もあのお嬢様が持って行っちまうと思ったんだが」
「あぁ、高校生最後の作品だったろうになぁ」
ふむ、と口元に手を当ててその会話に頷いた。
他から見ればそう見えるんだろうな、という納得だ。
別に周りからどう思われようが、言われようが、こちらとしては知ったこっちゃない。
私は描ければいいのだから。
それでも周りは好き勝手に言いたがるし、勝手な憶測を立てたがるものだ。
正しく人間だもの、というやつ。
だがしかし、これを聞いたら彼女はどう思うだろうか、と一人だけ思い出す人がいる。
そうなるとこの場に立ち会わせてはいけないな。
くるり、と自分の絵から足を遠ざけようとした瞬間に、その彼女と目が合った。
その手には二人分の飲み物。
片方は私が好きなカフェオレだった。
優しい彼女は私の好みを覚えていてくれて、いつだって私のことを考えてくれている。
だからこそ、私の口から出たのは「あちゃー……」というひどく間抜けなものだった。
彼女はカツカツ、という足音を響かせて私の元まで来ると勢い良く二つの缶を押し付ける。
ほぼ反射的に受け取ってしまい、彼女の行く末を見守る形になってしまった。
「勝手なことばっかり言ってんじゃないわよ」
地を這うようなドスの利いた声が彼女の口から出るなんて、正直な所思っても見なかった。
少なくとも私はそんな声を向けられたことはない。
少しヤバいんじゃないか、と思って私もそちらへと足を向ける。
だが彼女と先程私を話題にしていた人達は完全に睨み合っていた。
ほぼ一方的に彼女が睨んでいるような気もするが、記者の人達がどよめいていて問題ありだ。
これはいけない。
「あの子の絵は誰よりも綺麗よ。しかも、あの子が常に賞取りばかりに気を取られてる、みたいな言い方は止めて頂戴。アンタ達が勝手にそう思ってるだけでしょう」
「……あぁ、誰かと思ったらお嬢様の幼馴染みの」
良くない雰囲気がその場所だけを包み込んでいた。
こういう時の彼女はなかなかどうして、頑固だからきっと私が言っても引いてくれない。
それを分かっているだけに、普通には止められない私は、ふぅ、と息を吐いてから手元の飲み物を見た。
もったいないけど仕方ないなぁ、と呟いて片方の飲み物を軽く振る。
彼女が記者の人の胸倉を掴もうとした瞬間を見て「あの……」と、控えめに刺激をしないように声をかけた。
記者の人達も彼女も振り向いた時、タイミングよく、ブシュ、と間抜けな音を立ててプルトップを押し上げて、ニッコリと微笑んだまま記者の人に向ける。
あぁ、もったいないもったいない。
「ぶっわ!!」
記者の人が驚くのも無理はない。
炭酸水を思いっきり振って、しかもそれを間髪入れずに開けて、人に向かってかけたんだから。
それでも暴力沙汰よりいいはずだ、うん。
ぶしゅうぅ……と勢いのなくなる炭酸水を見届けて、私は呆然としている彼女の腕を取る。
そして記者の人達の間に見えた、他校の制服の男の子。
きっと彼が今回最優秀賞の作品を描いた子。
是非ともお話したいけれど、流石に無理かな。
にこ、と笑えば彼が驚いたように目を見開く。
私は彼女の腕を引いたまま身を翻し、持っていたカフェオレを彼めがけて投げた。
慌ててそれをキャッチした彼を見届けてから、私と彼女は走り出す。
バレたら、大目玉だ。
***
「はぁ、はぁ……っふふ、割と楽しかった」
ぽた、と頬から伝った汗が足元へ落ちた。
彼女は私とは違い元から体を動かしているので、私ほど疲れた様子もなくすぐに息が戻っている。
私が顔を上げれば、そこには苦虫を噛み潰したような顔をしている彼女がいて、仕方がないなぁ、と思ってしまう。
そんな顔するなら何も言わなければいいのに、手を出さなければいいのに、動かなければいいのに。
私個人として気になることは何一つない。
私は私のしたいようにしたのだから。
「……そう言えばねぇ、審査員の一番偉いおじいちゃん、いるでしょう?」
ぽたり、と零れ落ちる汗を腕で拭う。
「あの人にねぇ、個展出してみないかって言われたんだよ」
私の顔を見なかった彼女がこちらを振り向く。
切れ長の綺麗な瞳を見開いて私を見た。
彼女の目は、好きだなぁ。
どんな風に描いても絵になる気がする。
別に賞取りに執念を燃やしたわけじゃない。
ただ目に見える結果に少しだけ安心したんだ。
私はここまで来れたんだ、って。
それ以上も以下もないから、最後の最後に最優秀賞を逃そうが知ったこっちゃない。
「ほら、帰って描かなくちゃ」
個展を引き受けたか引き受けてないかなんて、言うまでもなく彼女は察しているだろう。
だから私の絵の具だらけの差し出した手を、すんなりと受け入れて掴む。
白くて細くて冷たい指が絡んだ。