林檎と姫と化物と
*童話祭に提出する予定だったので童話(笑)風味
*美少女と野獣っぽいの
*素敵な王子様を情けないおっさんに差し替えるだけの簡単なお仕事完了済
大陸中で一番美しいお姫様がいる国。その外れにある森の奥深くには数年前から化物が住んでいるとの噂がありました。
狼の頭に人の体、漆黒の尾に金色の瞳、そして鋭い牙と尖った爪を持つ異形。幸い襲われた者は居ませんが人々は化物を大変恐れておりました。
その化物は森の奥からは出てきません。だから森の周囲の住民達は奥に進まぬよう、見つけたらただちに逃げ出すよう言い伝えてきました。
「貴方が助けてくれたの? ありがとう」
だから化物は目の前の少女が怯えるどころか親しげに話してきた事にたいそう驚きました。少女は化物をじっと興味深そうに見つめています。
彼女は悪い男達に攫われたものの、どうにか森の中まで逃げてきたのです。ただ奥深くまで迷い込んだ後、疲労で倒れてしまったのでした。
それを見つけた化物は彼女を住処である小屋に運び入れ、看病をしておりました。目覚めたならば手酷い態度を取られると承知の上で。
ですが実際はどうでしょう。目覚めた少女はその林檎色の瞳をきらきら輝かせております。予想外の事に戸惑いつつ彼は言いました。
「自分に名は無いんだ、リグナティア姫」
「私の事知ってたの?」
「大陸一の美姫たる貴方を知らぬ者などいるものか」
化物が助けたのはこの国のお姫様、リグナティア姫でした。彼女はとても美しく、その美貌から魔女に嫉妬され命を狙われた事もあるのです。
向かい合った片や醜い化物、片や麗しき少女。事情を知らぬ者が見れば、誰しも彼女が襲われているのだと判断を下すでしょう。
ですが化物は彼女を食う気など一欠片もありません。その事実を知らないながらも姫は逃げる事なく考え込んでいました。
「どのような因果で森に迷い込んだかはわからないが、下手に人里へ向かうよりここで助けを待つ方が良い。
きっと貴方ならば誰かが迎えに来る、それまで俺が貴方を守ろう。
……こんな化物の言うことなど信じられぬだろうが、もしリグナティア姫さえ良ければ受けて」
「私の事はリィでいいわ、貴方の事はウルフって呼ぶから」
驚く化物に姫はよろしくねと笑いかけます。こうして化物と姫は二人で暮らし始めたのでした。
◇◇◇◇◇◇
二人で暮らし始めて一月が経ちました。お城からの迎えはまだ来ていません。姫は化物と共に日々家事をこなしておりました。
森での生活はお城と違って、ふかふかのベッドはありません。綺麗なドレスもなければ、甘いおやつも出てきません。
ならばせめてと世話を焼こうとする化物を姫はどうにか説得して彼から家事を習いました。今日も姫は慣れない家事にてんやわんやでした。
でも高貴な身分故にできなかった経験を好奇心旺盛な姫君は心から楽しんでおりました。その夜、縫い物を終えた姫は化物に話しかけます。
「ウルフはどうして森で暮らしてるの?」
「人が怖がるからだ」
「ウルフは別に悪い事してないんでしょ? どうして?」
「狼が人を食らうからだ」
「私、美味しそう?」
「……俺は人を食べられないが」
「知ってる」
ふふっと上品に姫が笑います。化物は姫と同じでお肉より林檎が好きなのです、毎日食べる位に。今も彼は林檎を丁寧に剥いていました。
姫の瞳と同じ色が螺旋を描きます。それを眺めていた姫は口を開き、彼の手にある林檎をねだります。行儀が悪いと怒られてもお構いなしです。
化物は彼女の頑固さをよく知っていました。主に家事の一件で思い知らされていたのです。だから早々に彼女の口元へと持って行きます。
一口囓って彼女は美味しいと可愛らしい顔を見せました。お返しにと姫も彼へ渡そうとします。断られてもめげず、先に折れたのは化物でした。
銜えるまでは渋々といった顔でしたが口に含んだ瞬間、尻尾が大きく揺れます。ふさふさのそれは何とも気持ち良さそうです。
「狼なのに肉より林檎の方が好きだなんて変わってるわね」
「……貴方も充分だと思うのだが」
「ねえウルフ、耳触っても良い? できれば尻尾も」
化物が答える前に姫は彼の耳へと手を伸ばします。それに化物はなすがままでした。ふわふわ!と嬉しそうにする姫を無碍にはできないのです。
耳を充分堪能した後、姫の手は尻尾へ移ります。くすぐったさなどから化物は微妙な表情を浮かべますが尻尾に夢中の姫は気付きません。
尻尾の柔らかさに鼻歌すら漏らしていた彼女ですが、じっくり見つめるうち、ある事に気付きました。興奮した様子で彼女は切り出します。
「貴方の尻尾って毛先だけ赤いのね!」
「……もし全部黒になったら、その時は逃」
「この尻尾を抱きしめながら寝れば凄く気持ちいいと思うの、だから一緒に寝て」
「だめだ」
「どうして? 貴方を床に寝かせるの嫌なの、私ずっと思ってたんだから、ねえ一緒に寝て」
「だめだ」
いつもならすぐに屈してしまう化物ですが、それだけは頑なに拒むのでした。お互い一向に譲ろうとしなかったのですが姫が途中で怒り出しました。
もういい!と拗ねた彼女に化物は尾を下げます。耳もぺたんとたたんでしまうのでした。己の大人げの無さを化物は酷く悔いていたのです。
ただそれはいつも通り床で寝ていた所に潜り込まれた事で吹き飛んだのですが。結局またも化物が降参して二人は同じ寝台で眠るようになりました。
◇◇◇◇◇◇
姫が森に住み始めて二月が経ちました。大捜索は行なわれているものの、姫の迎えはまだ来る気配がありません。姫はだいぶ家事に慣れてきました。
寝室を掃除しているうち、姫は気になる物を見つけました。寝台の下から出てきたそれに彼女はとても見覚えがあったのです。
獣の彼には必要ない物なのに、と。また保管場所にも関わらず、埃一つ無く大切に仕舞われていた事も彼女の気を引いたのでした。
そんな時、ちょうど薪を割りに行っていた化物が帰ってきました。例の物を抱えて迎えた姫、危うい足取りとその品に化物は慌てました。
「危ないから下ろせ、置くのが無理なら投げ捨てても良いから」
「この剣どうしたの?」
「……森で拾ったんだ、何かに使えるかと思って残してた。わかったら下ろしてくれ」
姫が彼に尋ねたのはこの国の王宮騎士のみが持つ事を許された剣でした。それが何故こんな所にあるのか、姫は不思議だったのです。
その剣は素人の姫でも分かるほど丁寧に手入れされていました。大事な物なのでしょう。抱えたものの非力な姫には重くだんだん腕が痺れてきます。
鞘が付いていても凶器には変わりありません。化物はそれを大切にしていますが姫に怪我をさせる位ならば床に投げられる方が良かったのです。
けれど彼女は抱きしめたまま離そうとしません。意地でも落とす気もありません。姫は不満げに化物へ切り出しました。
「名前呼んで」
「……リグナティア姫」
「そうじゃない」
「どうしたんだ急に」
「急じゃない、ずっと待ってたのに。
なのに、貴方とか、リグナティア姫とか……他人行儀にしないでよ」
ちゃんと呼んでくれるまで返さないからと訴える姫は涙声です。化物は優しくしてくれます、でも彼は姫に一線を引いていました。
姫はそんな彼に寂しさを覚えていたのです。彼女は化物と仲良くなりたかったのでした。今にも泣き出しそうな彼女に化物は戸惑います。
化物は姫を嫌っていません。むしろ彼女との日々を嬉しく思っていました。ただ彼は怖かったのです、彼自身が化物たる己を恐れていたのです。
自分と関わりを持ったせいで姫が傷つけられるのでは無いか。もし心まで獣と化した時、自分が彼女に手をかけるのでは無いかと。
だから少しでも離れようと、彼女を遠ざけようとしていたのです。でも逆に彼女を悲しませてしまうなら、化物はそれを終わらせる事にしました。
「……リィ」
ずっと望んでいた名に姫はその場に剣を置くと勢いよく化物に抱きつきました。しがみつかれた化物はさすがに抵抗しますが何のその。
化物は強い力を持っています、だから優しい彼は無理に引きはがす事はできないと姫は気付いていたのです。もう一つの理由もわかっていました。
本気で嫌がられている訳では無い事を。姫と親しくする事を恐れながらも化物は甘えられる事を喜んでると尻尾の動きで勘付いていたのです。
なので最初こそ困っていた化物でしたが、懐かしいぬくもりに静かに微笑んだのでした。そして化物と姫の仲はいっそう深まっていったのです。
「せっかくなら使うべきよね……ウルフ、そういえばいつもの果物ナイフが欠けてたんだけど」
「やめろ、やめてくれ、やめてください」
その後、剣がフレッシュな林檎の香りになったとか、そうならないよう攻防があったり無かったりしました。
◇◇◇◇◇◇
ついに二人の暮らしは三ヶ月を迎えました。もはや姫は料理も洗濯も掃除も縫物もお手の物となっていました。
「メイド達はいつもこんな大変な事をしてくれてたのね、城に帰ったらちゃんとありがとうって言うわ」
城に居る時と比べ、格好こそみすぼらしくなっているでしょう。ですがむしろ姫は美しくなっておりました。心が磨かれたからです。
森での暮らしでは多くの苦労が待っていました。けれど姫は不満を覚えるのではなく、その中でたくさんの事を学んできたのです。
下で生活を担ってくれる者がいるから王族は政に集中できる。上に立つ人間である以上、いつかは気付かなければならぬ大切な事です。
それを理解した事を喜ばしく思った化物は姫の蜂蜜色の頭を撫でました。初めて料理ができた時など彼女は何度もこうやって褒められてきました。
子供扱いのようだと感じながらも姫は嬉しくて仕方ないのです。髪を乱す大きな手にときめく胸、照れくさくなった姫は思わず顔を伏せます。
「偉いな、リィ」
『よく頑張りましたね、リィ様』
撫でる手、誉める声、温かな眼差し、ふと姫の頭にある人の記憶が浮かびました。思い出した彼女は化物の胸へと寄りかかります。
姫は化物の噂を知っていました。噂通りの恐ろしい姿でした。けれど初めて会った瞬間から彼を怖いと思った事は一度もありません。
自分を見つめる黄金の目はいつだってとても優しい色を……彼と同じ瞳をしていたから。姫はゆっくりと化物へ語り始めました。
「……私ね、大好きな人がいたの。貴方の名前はその人から貰ったの。あまりにも貴方の瞳が似てたから」
ウルフという名は姫にとって大事な名前です。その人は化物と同じ金色の瞳を持っていました。彼は姫の護衛を務めていた騎士でした。
姫はかっこよくて優しくて強い年高の騎士が大好きでした。彼は姫にとっての初恋の君です。彼のお嫁さんになる事が姫の昔からの夢でした。
年頃になったお姫様は多くの人々からお嫁さんに来てほしいと願われましたが全て断り続けていました。どうしても想いを諦められなかったです。
「ウルフは私の事、庇って死んじゃったの」
それは姫が十歳の時でした。美貌を妬んだ魔女に彼女は殺されそうになりました。ですがどうにか騎士が魔女を倒し難を逃れたのです。
ただその時、彼は姫を守って呪いを浴びてしまいました。その後、倒れた彼はすぐに医務室へと運ばれたものの、そのまま命を落としました。
与えられた呪いの影響で彼の死に様は酷いものとなり、あまりにも惨いからと姫は最期を見届ける事すらできなかったのです。
「それからずっと私、死にたかった。だからこの森へ逃げ込んだの。おぞましい化物が……貴方が居るって聞いたから」
愛する人の死は幼かった姫の心に大きな傷を残していきました。癒える事のないそれはどんどん彼女を深みへ落としていったのです。
姫という立場である以上、そんな姿を見せるわけにはいきません。愛らしい笑みの裏で姫は一人思い悩んでいたのでした。
いつも明るく振る舞っていた彼女の思わぬ告白に化物は言葉を失います。無表情の姫は普段からは考えられぬほど、昏い瞳で呟きました。
「どうして私なんかのせいで彼が死ななきゃいけなかったんだろう。きっと彼だって恨んでる。なんで私が死ななかったんだろう」
「恨んでなんかいない! 自分より貴方を選んだだけ、私は……貴方が生きていてくれて嬉しいんだ!」
化物は心から叫ぶと姫を抱きしめます。密かに感じた違和感は熱い抱擁を前に掻き消えました。姫は己の感情にひどく戸惑いました。
騎士が死んでから姫はどんな相手にも心揺さぶられる事は無かったのです。だというのに化物といると胸が早鳴るのです。
鮮やかな赤髪も、優しい声色も、丁寧な口調も、騎士が持っていたものを化物は持っていません。けれど確かに姫は化物に心惹かれているのです。
思えば彼と共にいると素直に喜んで、照れて、笑っていた事にようやく姫は気付いたのでした。彼女は無自覚の一目惚れをしていたのです。
あんなにも命を失う事を、騎士の元へ行く事を望んでいたのに、彼の言葉を嬉しく思い、生きる事を強く望んでいる自分に姫は愕然としていました。
そんな時でした。小屋の外から大きな、何かが爆発するような音が聞こえてきました。危ないからと止められましたが姫も化物と共に外へ出ます。
外には二人の男がいました。男達の顔を見た姫が息を呑みます。男達は隣国の王子と彼に仕える魔法使いでした。
奮う男達に姫が怯えるのも仕方がありません。彼らは三ヶ月前、恋心のあまり姫を誘拐しようとした犯人なのですから。
姫の姿を見つけた王子は喜び、次の瞬間、傍に居た化物に気付いてその顔を歪めました。化物を睨み付け、王子は魔法使いに命じます。
「姫が化物に囚われているという噂は本当だったのだな!
でも姫、ご安心ください! 私が来たからにはもう大丈夫!
この醜い悪党め! 成敗してくれる!」
魔法使いが呪文を唱え始めます。詠唱を終えた瞬間、魔法使いの手から火の玉が飛び出ました。でもそれは化物ではなく姫へと向かいます。
恐ろしい化物の形相に魔法使いは手元を狂わせてしまったのです。放たれてしまった魔法は最早止める事はできません。
「リィ!」
咄嗟に動けなかった姫を化物が庇います。魔法を喰らった化物はぐらりとその場に崩れ込みました。姫が大きな悲鳴をあげます。
その声に近くまで来ていたお城の兵達が騒ぎを聞きつけやって来ました。王子達は兵士に捕らえられ、姫は化物に泣きながら縋り付きます。
倒れ込んだ化物の姿に姫の頭にかつての光景が甦ります。愛する人が自分のせいで。美しい相貌を涙で濡らしながら姫は訴えます。
「死なないでウルフ、貴方の事が好きなの、お願いだから目を覚まして」
動かない化物へ姫は口付けました。するとどうでしょう。化物の体から眩い光が放たれ、輝きの中で彼の顔が変化していくではありませんか。
光が落ち着いた後、そこに化物の姿はなく、一人の男がその場所にいました。これには周りで見守っていた兵士達も驚きます。
長い月日が、六年もの歳月がありました。けれど姫はすぐにその赤髪の男が誰なのか気付きました。ゆっくり男の瞼が開き、金の瞳が姫を映します。
リィ?と優しい声で男が呟きました。姫が無事だった事に安堵したのでしょう、微笑みを浮かべる男。震える声で姫は彼の名を呼び返します。
「ウルフ……!」
化物はかつてこの国で一番美しいお姫様を守る騎士でした。彼は六年前、襲ってきた魔女からお姫様を庇って呪われていたのです。
命こそ取り留めたものの、彼の顔は狼のものへ変わってしまいました。その姿は命懸けで姫を救った代償です。話せば皆わかってくれたでしょう。
けれど彼は恐れました。今は姿だけでもいずれ心まで獣と化すのではないかと。だから騎士は自分が死んだ事にしてもらい、森へと逃げました。
彼の予想は当たっていました。森で過ごすうち、鮮やかな毛色が黒に侵食される度に、彼の心は獣のように荒れていきました。
ですが、あと一歩の所で彼は踏みとどまる事ができたのです。それはずっと気がかりだった姫と同じ瞳をした果実のおかげでした。
大事な姫の事を忘れたくない。その思いが彼の人間の心と尾の赤を残したのです。彼が毎日林檎を食べるのは彼女を思い出す為でした。
「貴方が生きててくれて良かった……!」
「……リィ様」
人間に戻った事に気付き、二人で喜んでいたのも束の間。ボンッと音と共に彼の顔から煙が上がりました。それが晴れた時あったのは狼の顔。
呪いは完全に解けたわけでは無かったのです。化物は落ち込みますが姫は笑顔です。起き上がった彼に姫は思いっきり抱きつきました。
人前ともあって化物は抵抗しますが尻尾は正直です。ぶんぶん振ってます。そんな二人を兵士達は生暖かい目で見守っていました。
「人間の姿も格好いいし、狼の姿も凜々しくて素敵よ。私はどんな貴方でも愛してる」
その後、姫は躊躇う化物を連れて城へと戻りました。王様は二度も姫を救ってくれた彼を喜んで受け入れます。逆に化物が困惑する程あっさりと。
最初こそ周囲も戸惑いを見せましたが化物の心配は余所に早々と適応するのでした。こうして姫と化物はみんなに祝福され結婚したのです。
化物の呪いが解けたのかは明らかになっていません。ただ二人は林檎や蜜色を持った可愛い子供にたくさん恵まれて末永く幸せに暮らしましたとさ。
Q.なんでまた中年×少女なの?
Q.なんでヒーローへたれなの?
Q.なんで素敵王子にしないの?
Q.なんで呪い解けなかったの?
A.作者の趣味