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「あの子、殺してないんじゃない?」
「は?」
朝早くに戻ってきた幽子は姿を現わすなりそう口にした。
「順を追って話してくれ」
「あの子、昨日私が枕元に立ったら『母さんを止めなかった僕を恨んでいるのか』って言ってた」
「えーと、つまりあの少年の母親が犯人じゃないのかって言いたいのか?」
そう聞くと、幽子はこくりと頷いた。
「それだけだと確信がないだろ。だいたい、俺らは犯人を見つける為にやっているわけじゃない」
そういうのは警察の仕事だ。と言うと、目に見えて幽子の機嫌が悪くなった。
「涼ちゃんは冷たいよー!依頼者のおばさんは犯人を苦しめて欲しいんでしょ?あの子が犯人じゃないなら意味ないじゃない!」
「そう言われても。世間的にはあの子が犯人ってなっているし、それを調べるのは俺らの仕事じゃないでしょ」
ひどーい!とプリプリ怒る幽子に、この件で知り合いに連絡を取ってみると言って宥めた。
*****
「はぁ?何でお前がその事件調べてるんだよ?」
「いや、ちょっと」
「また意味わからん仕事してるんじゃないだろうな?」
…すごく怪しまれている。
「今から事務所行く。待ってろ」
それだけ言って、一方的に電話を切られた。
え、事務所って。今事務所いないんだけど。
幽子を置いて、慌てて事務所に戻ると、電話の相手は既に事務所前の階段で不機嫌そうに腕を組んで待っていた。
大柄な男はしばしば職質を受けるほどに雰囲気が一般人からかけ離れている。スーツを着ているからか、危ない職業の人に見えないこともないが、この人は自分と同じ探偵業を経営している先輩だ。
「なんで事務所にいないなら言わないんだよ」
「いや、切ったの柏木さんじゃないですか」
お詫びにビール奢ります。と言うと、機嫌が直った。
単純というか、自分の欲求に素直な人だと思う。
「仕事は終わったんですか?」
行きつけの居酒屋に着いたはいいが、今は18時。
仕事は大丈夫なのだろうか。
「終わらせてきた」
また部下に無理を言ったのだろう。
この人の下では働きたくない。
「で?なんで調べてるんだ?」
「んーちょっと依頼で」
言葉を濁すと、ジロリと睨まれた。
「まぁ、いい。あの事件の真犯人だったか?」
おそらく言いたいことも聞きたいこともあるだろうが、聞かないでいてくれるらしい。
「あの事件は確かに怪しい点が多々ある。お前が言うように母親が犯人なんじゃないかって話も出ていたらしい。だが、あの時期ってもう一個大きな事件あったろ?だから急いだんだろうよ。ちょうどあの少年が自分が犯人だって言ってるしな」
「じゃあ母親が犯人の可能性もあるってことですか?」
「…これは俺の見解にはなるんだが、あの母親が犯人だと思う。自分の息子が少年院に入ったから罪を免れたって本人が言っているところを聞いた奴がいるらしい」
「それは…警察は調べ直したりはしないんですか?」
そう言うと、柏木さんは肩を竦めてビールを煽った。