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「ねぇーあの子大丈夫なの?」


昨日枕元に立ったら少年が吐いたと、幽子から報告を受けた。


「うーん、ちょっと最初からやり過ぎたか?でも、罪の意識はあるってことか」


「暫くは血とかなしでいく?」


ボンネットから首だけを車内に出して幽子が提案する。

車内にいる俺には生首が天井から逆さに生えているように見えて、正直ホラーな光景だ。


「まぁそれがいいか。様子見て対応を変えていくほかないな」


この仕事を始めてすぐの頃、枕元に立った相手が自殺したことがある。

依頼者には喜ばれたが何とも後味が悪い。

間接的とはいえ、加減を考えず相手を追い込んでしまったのは俺の責任だ。


「了解!」


じゃあ!と言い残し、幽子は少年のいる施設に飛んで行ってしまった。


「何も起こらないといいけど」


*****


「長谷くん、体調は大丈夫?無理せず気分が悪くなったら言うのよ?」


昨日の夜に吐いたからか、心配してくれているようだ。

頷いて布団に入るが、なかなか寝付けない。

昨日の翔くんの姿を思い出してしまうからだろう。

消灯して暫くは周りもモゾモゾとしていたが、寝静まったようだ。

寝息と、時々寝言が聞こえる。

ふと、横に気配を感じて顔を向けた。


「…今日も来てくれたんだね。翔くん…」


昨日と同じように、僕の枕元に翔くんがいた。

昨日と違うのは、翔くんが血を流していないこと。

感情の篭っていない目で僕を見下ろす翔くんに僕は話し掛けた。


「ねえ、翔くん。僕を恨んでいる?母さんを止めなかった僕を恨んでいるの?」


あの日、いつものように翔くんと帰っているときにアパート前で母さんに会った。

いつもは夜中にならないと帰って来ない母さんに会えたので、僕は嬉しくて思わず笑顔で話し掛けてしまった。隣に男がいることには気が付かずに…

僕が、母さん!と呼ぶと男は僕と母さんを交互に見て、「子供がいるとは聞いていない!」と怒鳴った。

母さんは男の言葉に「言おうと思っていたの」と誤魔化すが、男は母さんの制止の声も聞かずに歩き去って行ってしまった。


「アンタのせいよ!」


母さんは僕の方を振り返って、そう口にした。


「ごめんなさい」


僕の言葉を聞かずに、母さんはアパートの階段を登って行く。


「母さん、ごめんなさい」


僕は慌てて母さんについて行く。

家に入ったところで、母さんはやっと僕の方を振り返った。

ばしんっと大きな音が聞こえて、僕は頬を張られたことに気付く。

後からジンジンと頬が痛み、思わず手で自分の頬を触ると熱を持っていた。


「アンタのせいで何もかもが台無しなのよ!なんでいるのよ!さっさと死んでよ!」


母の剣幕に気圧されて、思わず後ずさると誰かにぶつかった。


「自分が産んだ子供だろ!」


背後から声が聞こえて慌てて振り返ると、翔くんがいた。

そういえば一緒に帰っていたことを忘れていた。


「なんなのよこのクソガキ!」


翔くんは僕よりも少し背が低いので、母さんは存在に気が付かなかったのだろう。


「だいたい、子供がいるって言ってなかったのが悪いだろ!」


「翔くん!もういいよ、行こう?」


翔くんの言葉に、母さんの目の色が変わった。

僕は翔くんの手を取って外に出ようと促すが、翔くんは動かなかった。


「アンタに何が分かるのよ」


母さんが怒りの滲む声で小さく口にした。


「こいつ、おばさんのせいで学校でも虐められてたんだぜ?謝れよ!」


翔くんは僕の手を払いのけて、母さんの方へと踏み込む。

翔くんの気迫は凄かった。

僕が母さんに頬を張られたのを見て、正義感の強い翔くんはキレたのだろう。

完全に気圧された母さんは、さっきの僕のように後ずさる。

その間も翔くんは母さんを言葉で追い詰めて、とうとう台所の端まで母さんを追い込んだ。


「謝れ!」


壁に追いやられた母さんはやっと我に返ったのか、怒りによってワナワナと肩を震わせて出しっ放しにしていた包丁を握り込んだ。


「煩いのよこのクソガキ!!」


その言葉と同時に包丁の刃先を翔くんへと向ける。


僕が動くよりも早く、母さんは翔くんを刺した。何度も。

翔くんの悲鳴と母さんの怒号が響き渡る部屋で僕は何もできなかった。

翔くんがこちらを見て助けを求めていた気がするが、まるでドラマを観ているような感覚で、僕には現実味がなかった。

どれほどの時間が経ったのだろうか、おそらく数分ほどしか経っていないとは思うが、僕には何時間と感じた。

動かなくなった翔くんを見て、怒りから我に返った母さんは血の付いた包丁を見て笑いながら僕を振り返った。


「アンタが殺したのよ?アンタのせいで死んだのよ」


まるで僕に言い聞かせるように、ゆっくりとした足取りで母さんは僕の方へと足を進めた。


「アンタが刺したのよね?そうよね?」


いつになく優しい声で母さんは僕に声を掛け、そっと僕の手に包丁を握らせた。


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