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「私この事件知ってるよー」
幽子がフワフワと辺りを漂いながらそう呟いた。
「あれでしょ?刺した方の少年が虐待されてたってやつでしょ?」
この事件は未成年の殺人ということで一時期大きく報道されていた。
少年と被害者(つまり先ほどの女の息子になる)は小学校の同級生だ。
委員会が同じで仲が良かったと周りは証言している。
元々少年は虐待されていると噂のある暗い性格の子供だったらしいが、被害者の少年と仲良くなるにつれ明るくなったらしい。
事件当日、少年が未だ母親から虐待されていることに腹を立てた被害者が、少年の母親に物申そうと自宅に押し入ったらしい。
大事にされたくない少年が咄嗟に掴んだのが包丁であり、衝動的に刺してしまった。
これが世間で報道された内容をざっくりまとめたものだ。
この報道が同情を呼び、世間では少年が被害者を刺した話より虐待の話が大きく取り上げられ、少年を擁護するような報道もされていた。
少年はまだ12歳ということで刑事処分されず少年院送りとなったが、遺族からしてみれば処罰などないに等しい。
あの女の気持ちも分かる。
自分の息子がどういう理由にしろ殺されたというのに、犯人が批判されることなく世間から守られているのだから。
憤りのなくなった想いがこの様な形になっても仕方がないのかもしれない。
おそらく少年がいるであろう少年院は、ネットで検索するとすぐにヒットした。
検索結果を頼りに車で少年院まで向かうと、思いの外路肩に車が停まっていた。
すでに事件から半年が経過しているが、何かまだネタはないかと報道陣が詰めかけているらしい。
「幽子、この子の様子を見て来てくれ」
少年の写真を再確認した幽子を施設に送り出した。
もちろん誰の目にも止まらない幽子は、施設の入り口で大きく手を降ってみせた。
*****
「ちょっとー!私がお仕事している間に寝てるとかどういうことよー!」
騒がしい声に目を覚ます。
もうとっくに日が暮れ、辺りはすっかり暗くなっていた。
夜の8時。幽子を送り出してから3時間は経っている。
幽子を待つ間、今回の調査資料を読んでいたのだが、つい転寝をしてしまったらしい。
冷えてしまった車内の温度を上げる為にクーラーを消し、窓を開ける。
少し都心から離れたせいか窓を開けるだけで涼しい気がする。
「悪い。どうだった?」
プーと頬を膨らまして不満気な顔をする幽子に話を促す。
「すごく暗い子だったよ。今からお風呂の時間みたいだから戻って来ちゃった」
被害者の少年のお蔭で随分と明るい性格になったと聞いていたが、この事件がきっかけで逆戻りしてしまったのだろうか。
「今日から枕元に立てばいい?」
どうする?と幽子は首を傾げる。
「どうするも何も。一応今日からでお金貰ってるからな」
俺の言葉に幽子は頷いて気怠そうに「りょーかーい」と呟いた。