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駅から離れた商店街の更に奥、路地裏の奥まったところに古本屋が存在する。
その古本屋の奥にある狭い階段を上ったところに「永井探偵事務所」と書かれた錆びれた看板が掲げられた事務所がある。
この探偵事務所、実は一部では「恨み屋」と呼ばれている。
こんな場所に事務所を構えていても客足は絶えないのはそれが理由だ。
悲しい話だが、それだけ誰かを憎み、恨んでいる人間が多いということだ。
今日も思いつめた様子の女性が暗く狭い階段を覚束ない足取りで上って行く姿を古本屋の店主が横目に見ていた。
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人生思い通りにいかないことの方が多い。
例えば、死んだ人間が決して生き返らないように。
例えば、今回のように殺人犯が法で守られているように。
「どうしてあの子は死んだのに犯人が何の裁きも受けずにのうのうと生きているのよ!あの子があまりにも可哀想だわ!」
興奮気味の女はハンカチで涙を拭きながら時々同意を求めるように男を見る。
その度に男は「酷い話です」と相槌を打ち、女を安心させた。
しかし、その男の顔はウンザリした様にも見え、実際男の思考は途中から助手の行動にイライラさせられていた。
女の背後に回って戯けた顔をしてみせたかと思えば、机から首だけを出して「なまくびー」とふざけてみたり。
相手が見えていないのをいいことに好き放題しているらしかった。
おそらく昼間にコンビニのプリンを買わなかったことが原因だろう。
「先生!聞いてます?」
ヒステリックな声に思考が中断された。
「ええ、聞いていますよ。息子さんはさぞ無念だったことでしょう」
全く聞いていなかったが、そんなことは顔に出さず無難そうな言葉を選んで応えた。
女はその言葉に満足したのか「そうなんです!」と思い出したかの様に泣き出した。
今回は長くなりそうだ。
*****
それから1時間ぐらい経っただろうか。
助手はすっかり飽きたのか、床で寝転がっている。
「それでは一ヶ月間、彼の枕元に息子さんとそっくりの幽霊を立たせましょう。その間に少年の身に何が起きてもこちらは一切責任を負いませんよ」
そう言うと女は目に鈍い光を灯して「勿論よ」と呟いた。
「ねぇ、息子の幽霊は本当に呼び出せないの?」
縋るように見てくる女に首を振る。
「申し訳ありませんが、出来ません」
勘違いする人は多くいるが、死んだ特定の人間を呼び出すことは宝クジを当てるより難しい。
例え呼び出せたとしても、死ぬ前の記憶を持っている確率は更に低くなるだろう。
女は「そう」と明らかに気落ちしながら事務所を去って行った。
「おい、幽子。仕事だ」
その言葉に今まで床にゴロゴロと転がっていた助手が「ふぁーい」と言いながら起き上がった。
幽子は俺が拾って来た幽霊だ。
幽子という名前を付けたのは自分だが、今思うともう少しマシな名付け方があったのではないだろうか。
幽子本人が気にしていなさそうだが、犬にイヌと名付けたようなものだ。
肩まで伸びたフワフワ髪と付けまつ毛のおかげかパッチリとした目、爪には女の子らしいネイルが施されている。
ジロジロと見てしまったからか、幽子は「なにー?」と無邪気に聞いて来た。
「別に。今日と明日の2日でこの少年の様子探って来い」
先ほどの女から渡された写真には目付きの悪い少年が写っていた。
ただ、写真はクシャクシャにされた跡があり、よれて顔が見にくくなっている為なんとなくそう見えるだけだが。
念の為ネットで検索すると、面白い程に写真と名前、住所が出てきた。
こういう時、ネット社会というのは恐ろしいものだ。
個人情報など案外簡単に入手出来てしまうのだから。
ホラーと言いつつ怖くありません。
ホラー展開を期待された方、申し訳ありません。
法律とか少年院も詳しくないので想像です。
ご了承下さい。