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≪一周目・遊楽国エルランド≫~アルマの意義~

 レオナルド達のパーティーが完成していくことの妨害は失敗したが、だからはいそうですかと大人しくドュークドリアンへ帰るのは気が引ける。ゲームの世界と言えど、一応はこの世界で生活してるんだ。


 一日ごとに夜も来るし、魔獣が徘徊している世界のため、俺が襲われることも多々ある。エルランドへ来るまでの労力を考えると、少しでも何かしておきたい。無駄な足掻きなのだとしても、全てが水泡に帰すのは、やはり嫌だ。


 移動に使っている馬車はテトに見張らせているが、テトはモブじゃない。ちゃんと眠る必要があるのだ。それに、モブだって決まった時間にはちゃんと寝ている。休む場所が必要だ。


 俺とアルマは宿を探した。とはいえレオナルド達が使う宿に宿泊してしまえば不必要なエンカウントをする羽目になる。それはもう御免だ。


 他のエリアと違い、ここは遊楽国。観光地として有名な場所。ゲーム内で宿泊出来る場所はひとつとはいえ、本当に宿がひとつしか無いわけではない。そこで休めることを期待しつつ色々と彷徨ってみたが……。


「すみません、ダート様。私が一緒に居たばっかりに……」


 見つけた宿の受付を回って五件目。全てが満室で宿泊出来ない事になったところで、青ざめたアルマがそう言った。がっくりと肩を落としているところを見ると、どうやら本当に落ち込んでいるようだ。


「なんでお前が謝る」


 ゲームのキャラとはいえ女性に面と向かってお前呼ばわりするのは気が引けた。でもね、アルマに対してはお前呼ばわり以外が認められていないようでして、世界のシステムの力で発言が消されるんですよ。


 なるだけ冷静に、しかしオラオラ系を装ってそう問うと、アルマは顔を両手で覆って答えた。


「私が一緒に居るせいで不幸が伝染して、ダート様を巻き込んでしまった事、ここに深くお詫び申し上げます。どう償えば良いでしょうか。多分、私が今ここで命を絶てばいきなり宿に空き室が出来て、ダート様は屋根の下でしっかり眠れると思うのです。あ、でもご安心下さい。私は屋外であろうとどこであろうと、ダート様のためなら安らかな眠りにつけますから」


「……ああ、まぁ、問題は無い。俺も、野宿であろうと、気には、しない」


 途切れ途切れの返答になってしまった。でも仕方ないでしょ、これ。こんなネガティブ発言をさも当然のように語られたら誰だって困るでしょ。というか言い回しが妙に上手かったのが若干むかつく。


「な、なんと寛大なお心……ダート様、考え直して下さい!」


 なにに感激したのか、アルマは目をキラキラと輝かせながら距離を詰めてきた。


「私のような下賎な者、ダート様の傍に居るなど言語道断! そろそろ私を切り捨てる用意をしたほうがよろしいかと! ダート様に死ねと仰られたなら、私はどんな時であろうと、例え大好きな羊肉が目の前に用意されている状況であろうと、笑顔でこの命を差し出す覚悟がございます!」


「ああ、そうか。お前はまずその覚悟を切り捨てろ。とりあえず生きてくれ」


 忠誠が重過ぎる。というか羊肉が好物なんだな。初めて知ったよ。


 ふと、歩き回ることに精神的な疲労を感じた俺は、道のど真ん中で立ち止まった。


 このエリアは、レオナルド達が立ち入れないエリアだ。だからだろうか、建物の作りが若干甘い、というか、妙にシンプルで、簡単になっている気がしたのだ。そのことが気になって、改めて辺りを見回す。


 もう辺りは暗くなっている。紅葉が美しいことは変わらない。夜の紅葉。なかなか情緒がある光景だと思う。まぁ、残念ながらこういう情緒を楽しむことは俺には出来ないんだが。


 だというのに。


「紅葉を見ておられるのですか?」


 と、隣のアルマがきょとんとした様子で言った。


 なんと答えるのがダートらしい振る舞いだろうか、と考えていると、その思案の沈黙を返答と取ったらしいアルマが嬉しそうに語る。


「流石はダート様。私のせいで宿が取れなくなっている状況下でも情緒を味わう事を忘れない。素晴らしいですね。こういった美しい景色を人集めのための飾りだとしか思えない私とは大違いです」


 え、俺、その人集め云々に激しく同意したいんだけど……。


 ダートというキャラ設定の縛りさえ無ければ強く頷いていたのに、俺は思ってもいない口上を述べた。


「情緒を知る、というのは、ある意味で人の心を理解することに繋がる。敵を知れば百戦危うべからず、というように、他人を知っておけばそれは力になるということだ」


 適当な弁を立てると、しかし深く納得したらしいアルマはほへぇと口を開けて放心し、十秒ほどの長い沈黙を置いてから拍手してきた。


「なるほど、そういう意味があったのですね! ダート様らしいですし、勉強になります! 勉強したところで私には有効活用出来ませんが!」


 ナチュラルにネガティブ発言するの、やめてくれないかなぁ……励ましたくなっちゃうじゃん。ゲームのキャラに激を送るとか、俺痛い子過ぎるでしょ。


「ダート様はやはり賢くいらっしゃいます。聡明です。総帥です」


 いや、総帥はガルダスだ。


「ダート様ほどの人徳者は他に居ません。炎系魔法における攻撃力は間違いなく大陸トップ。策謀もおまかせあれ。≪エンドロール≫の中枢と言えるドュークドリアンの統治を任され、どこよりも上手く政治していらっしゃる。完璧超人です。そんなダート様に欠点があるとしたら側近に私を置いているという点くらいでしょうか」


「最後の言う必要あったか?」


 アルマがなんらかの欠点なのだとしても少なくとも俺の欠点ではないだろ。そんなひとつの鍵確固に必ず一回はネガティブ発言する義務なんて無いんだぜ? 


 ……これがキャラ設定の縛りの強烈さ、ですか……そうね、俺もそれで散々苦しめられてるしね……。


「あ、そういえばもうひとつ。ダート様の欠点がありますね」


 思いついたように、しかし自信なさげに首を傾げながらそう言うアルマ。


「というと?」


 促すと、アルマは申し訳なさそうに両手を膝で挟み、もじもじと身体を揺らした。


「私を助けてくれたことです」


「…………」


 言葉が出ず、じっとアルマの顔を見てしまった。その顔は紅葉に背景を彩られているせいか、微かに赤い。


 それ、実質欠点ひとっつじゃね? というツッコミは勿論あった。


 だがそれよりも、その発言に驚いた。


 確かにその言葉は、アルマらしいといえばアルマらしい。ちゃんとネガティブキャラに沿っている。


 だが、ダートがアルマを助けた、という過去があったことに、俺は驚いたのだ。


 そういう話は、あったかもしれない。いや、確かにあったのだ。ゲームシナリオとしてはレオナルド達がアルマを倒した後、負けたアルマが言い訳のように語った≪エンドロール≫の一員となった理由。天涯孤独となり苦しい生活をしていたところを、ダートが拾った、というような過去が。


 となると、アルマの発言はなにひとつとしておかしな点は無い。理に敵っている。設定通りだ。


 なら俺は、いったい何に驚いたのだろうか。


「あれですよね、ダート様が私を近くに置いているのは、不細工な遊女と美しい遊女が並んでいれば、美しい遊女の美しさが際立ってさらに美しく見えるっていう、比較を出すための演出ですよね」


 冗談にも聞こえる、設定通りの発言。その後にアルマは続ける。


「そんなことをしなくても、ダート様は素晴らしい人である事に変わりないんですよ。だから、ダート様が私を傍に置く理由なんてひとつもありません。そんなこと、ダート様ならとっくに解っているはずです」


 それでも、と、アルマはさらに続きを紡ぐ。


「ダート様は私をよくしてくれます。必要としているかのように振舞ってくれます。目的合理的なダート様に相応しくない、唯一の汚点。それが私です」


 はにかむように笑ったアルマに、俺は何も言えなかった。言葉は失われたままで、一向に戻ってきてくれない。


 確かに言ってしまえば、アルマというキャラが必要だったかと言われたら、ゲームシナリオとしては不要だったと思う。ダートとレオナルドが戦う第五章の中ボスとしては必要だったのだろうが、物語そのものには殆ど絡んでいない。しかもここまでで何か役に立ったというわけでもない。


 アルマの言う通り、物語として見れば、アルマは不要なキャラだった。あざといネガティブキャラというある意味での萌え要員としての役割しか与えられていないように思う。


 果たしてそんな人物を近くに置いたという行為は、ダートというキャラクターに沿っているのだろうか。


 勿論、俺がアルマを突き放すという事は出来ないだろう。それは、物語の大幅な改編に繋がり、世界のシステムによって拒まれるはずだ。やっていないから解らないが、むやみやたらと部下を減らすなんてことは、目的合理的なダートの行動に反する。なんにせよちゃんとした理由が無い限り、それは実行不可能だ。


 破綻している。


 そう思った。


 ダートというキャラが、既に矛盾を引き起こしている。


 ああ、さっき言葉を失ったのは、そこに違和感を覚えたせいか、と、ようやく気付いた。


 目的合理的なダートが、不要なはずのアルマというキャラを近くに置く、という矛盾。そもそもだ。最初からおかしいではないか。≪エンドロール≫という世界を終わらせようとしている連中の幹部であるダートが、何故、生活に苦しむアルマを助けた? ≪エンドロール≫の人員を増やすためだったにしろ、それはアルマを側近に置く理由にはならないはずだ。


 途端に、暗い景色がさらに歪んで見えた。


 俺は、矛盾した設定に縛られているのか、と、わけも解らない劣等感というか敗北感に襲われる。


 アルマを近くに置く理由。


 何故?


「あ、私の活用法を思いつきました!」


 手の平を叩いて、どこか嬉しそうにアルマが提案した。


「野宿する時は、私がダート様の枕になりますね!」


 それは、嬉々として語ることだろうか……。


「ダート様がいつも使っている枕には到底敵わないとは思いますが、脈も呼吸も止めて、ちゃんと枕らしく振舞いますので、どうぞ利用下さい」


「なんでもいいがとにかくまずは死のうとするのを辞めろ」


 枕に劣等感抱いてるってどんだけだよ。


 なぁもしかして、ダートがアルマを近くに置いてるのって、ダートも暇だったからじゃないかなぁ。


 こういうお馬鹿なキャラを一人近くに置いておけば、退屈しないしさ。


 違うか。違うね。こんなのって無いよね。


 まぁでもぶっちゃけ。


 その後、結局本当に野宿することになってアルマが枕になったのだが、ゲームの中とはいえ女の子に膝枕してもらうっていうのは、なかなかどうして素晴らしいことだと思いました。

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