≪一周目・交易町レミフィスタ≫~歓迎の祝砲~
ヒーロー、レオナルドとの遭遇。それは勿論、尾行を考えた時点で想定していた。が、ぶっちゃけ遭遇した時点で世界のシステムというか物語に抵触し過ぎとやらでリセットされるだろうと思っていた。
が、レオナルドもシルビアも武器を構えているし、俺は人質を取ったまま右手を翳し、炎の剣を生み出す。そこまでしもまだ、そのリセットとやらは始まらなかった。
これ、まじで戦うのか……? え、うそだろ? だってお前……データ上、レベル四十(俺)対レベル四(主人公達)の戦いになるんですけど!? これ、まったく勝負にならねぇだろ!
俺はボスキャラのため、成長という概念が存在しない。だからモンスターとか倒してもレベルは上がらないし、新技とかも覚えない。逆に言えば初期ステータスが既にマックスステータスというわけだ。
……ものは試しだ。
「リフレイム」
人質たるミーシャを横に弾き飛ばしてから放つ炎の小弾。それはまっすぐシルビアに伸びて――
「そ、そんなぁ……」
あざとい声を出しながら、シルビアが倒れた。
――威力が一番低い攻撃で、主人公の一人を一撃。
自然と、眉がひくついた。
これ、勝負にならんだろ……。
「シルビア! くそっ!」
レオナルドが聖剣を携えて突進してくる。が、避ける気が毛頭起きなかった。だって、避ける必要無いでしょ、これ。と、思ったが、
「ぐっ!」
喰らってみるとあら不思議。これが結構痛い。多分、二十分の一くらいはダメージを負ったと思う。
このレベル差でこんなに喰らうか? という疑問は一瞬で、そういえば、装備が違うのだと思い出す。実際にボス戦の時やセントリア襲撃の時はちゃんと≪エンドロール≫の防具を纏っていた。が、今は普通の麻で出来た服だ。
装備でここまで変わるのか。強くはなれないが弱くはなれる、と。
……この情報、要らないだろ……。
まぁいい。痛いのは嫌だ。
俺はいったんレオナルドから距離を取る。しかし、レオナルドも馬鹿ではない。簡単には距離を取らせてくれず、さらに追撃してきた。
二激目は回避に成功した。もう既に、俺の動体視力や反射神経は現実の頃の数倍はあることが解っている。これを回避するのは容易だった。
五回ほど回避を繰り返すと、今度はレオナルドのほうから距離を取った。責めあぐねたため体勢を立て直す、ということが出来る程度には臨機応変なキャラ設定らしい。
だがそれにしたって……これは、つまらないでしょ。
いや、もともと勝負を楽しむ趣味は俺には無い。ただ単に勝てればそれで嬉しくはなるが、それにしたってこの状態で勝っても、道端の花を踏むのと同じで、嬉しくもなんとも無い。レベル差が開きすぎている。
気付けば、街中での戦闘だからか、野次馬が集まっていた。勿論バトルフィールド(に認定されているのであろう付近。別に、明確にラインが引かれているというわけではない)には入ってこず、どこか不自然な円で人のバリケードが出来ていた。
「まぁいい」
心の中で呟いていたことを言葉にしてみた。所詮はモブであるかも判断に困るような飾りだ。気にする必要は無いだろう。
そして人差し指をレオナルドへ向けて、
「リフレイム」
最も弱い攻撃を放つと、それを回避出来なかったレオナルドは大きな悲鳴を上げ、地面に倒れる。そのまま起き上がらない。一撃で終了。これで勝利。嬉しくもなんともない勝利。勝っても嬉しくないなんて、不毛にも程がある。
とはいえ尾行がばれた俺の責任なのだから、尻拭いくらいはしなければならない。尾行が失敗したら世界のシステムでリセットされる、と高を括っていたのだって俺のせいだ。ここは引き上げよう。
そんな事を考えつつ、テトの居る町外れへ向かおうとした。
そこで気付く。
「…………は?」
さっきまであったはずの人だかりが消えている。何事も無かったかのように無くなっているのだ。
俺の立ち居地も代わっていた。戦闘が始まり通路の真ん中辺りまで来ていたはずの俺が、今や花壇の上に立っている。
そして、戦闘中に突き飛ばしたはずのミーシャが、元人質が、俺の腕の中に居た。
俺は、突き放したはずの少女を、抱き押さえていた。
さらに。
「おい! なにをしてる!」
背後から聞こえた、男の声。
振り向いた先には、武器を手に持り果敢に立つ、傷ひとつ無いレオナルドとシルビアの姿があった。
「主人公がリポップしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!(この台詞は後ほど世界のスタッフがしっかりと削除しました)」
動揺のあまりミーシャを手放してしまう。すぐさま逃げ遂せるその少女を庇うようにして前に出るレオナルドとシルビア。
そこでようやく、世界のシステムによるリセットが発動したのだと気付く。いや、そんなに小難しい話では無い。ただ単に、主人公達が敵に負けたため、コンティニューされたのだ。やり直し。リセット。
「嘘……だろ……?」
予期せぬ遭遇はリセットの対象外だが、主人公達は倒してしまえばリセット。
計算の余地なく導き出される回答はひとつ。
――勝利禁止。
「リフレイム!」
気付くや否やムキになって攻撃していた。とりあえず爆発しそうなほどに一気に出てきた不満を解消したかった。
主人公達を一撃で倒し、しかし数秒後
「おい! なにをしている!」
「リフレイム!」
「おい! なに(以下略)」
「リフレイム!」
「お」
「リフレイム!」
「(以下略)」
「(以下略)」
「(以下略)」
「(ご想像にお任せします)」
もう駄目だわこれ!
コンティニューとかチート過ぎるだろ! 勝っても勝ち目無いとか非道!
負けるとか、わざと負けるとかは流石に嫌だ。そもそもレベル四十がレベル四に負けるってかなり大変だぞ?
もういい! 妨害だなんだを考えてたが、諦めも肝心。
「おい! なにをしてる!」
もう何度目か忘れたやり取り。俺がレオナルドとシルビアの姿を確認するや否やミーシャを手放し、後ろへ飛んだ。
それっぽく。いいか、それっぽくやれよ、俺。
ある程度の距離を取ると、俺は堂々と両手を広げた。
「見つかっちまったら仕方ねぇ。帰らせて貰うぜ」
敵っぽく。敵っぽくだ。
「なん……だと……?」
動揺するの早すぎない? レオナルド君。
俺は続けた。
「勇者誕生の噂を聞いたんでな、ヒーロー、拝見させてもらったぜ」
かっこよくだ。クールに決めろ。そしてなにより、ダートらしくするんだ。
「≪エンドロール≫をより発展させるための敵対勢力にしては些か心もとない。ここで潰すのもいいが、期待も込めて、花火を送ってやる――チェインデストロイ展開」
運河へ向けて、手の平サイズの炎弾を投げる。
「――爆裂」
運河の上で巻き起こる、巨大な炎の柱。川の上で、しかも今は船も出ていないため被害は無い。が、高威力であることははっきりとわかるだろう。これで小物臭は出ないはず。あとは逃げるだけだ。
炎の柱に呆然としているレオナルド達へ向けて、俺は最後にこう言った。
「俺はダート。≪エンドロール≫の一員として、歓迎させて貰うぜ、ヒーロー。お前に俺達が止められるか?」
なるだけクールに走り去る。追いかけるというイベントも発生させない。
炎の柱はもう止まった。ある程度走り、レオナルド達が追いかけてきていない事を確認して、町外れで待つテトの元へ。
「おや、早いね」
と、目を丸くするテト。俺は「まぁな」と答えて、
「挨拶を済ませてきた。帰るぞ」
そう命じた。
テトはおとなしく「りょうかい」と適当に返事をして馬車を出発させて、小さくこう零す。
「どこからか噛ませ臭がするのだけれど、発生源に覚えはあるかい?」
「俺で無いことを祈るばかりだ」
俺は、苦笑を返すのがやっとだった。
【シルビア加入の妨害、失敗】