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≪一周目・交易町レミフィスタ≫~エンカウント~

 ドゥークドリアンからレミフィスタまでの道のりはおおよそ半日といったところか。ゲームなんだから瞬間移動とか出来るだろ、と言いたいところだが、この世界に瞬間移動という概念が無いらしい。魔法はあるのにな。魔法で瞬間移動的なのもあるが、それは少なくとも俺には使えないし、使えたところで数メートルのジャンプという、戦闘に用途を限ったものだ。だからちゃんと移動しなきゃいけない。


 馬車に揺られながら漠然と、今後について考えようとしていた。なにせ半日もあるのだ。何もしないで待つというほうが無理である。


 しかしその心配は杞憂と化した。


「調子はどうだい?」


 と、馬車のたずなを握るローブを纏った部下が言った。


 部下? 違うな。俺は確かに、部下にたずなを握らせたが、しかし俺、というかダートの部下は勿論、ドゥークドリアンの民達も全員俺には敬語を使う。にも関わらず、こいつは敬語を使わなかった。


 けれど先述した通り、俺は部下にたずなを握らせた。人が入れ替わっているのは明白だが、そんなタイミングは無かったはずだ。


 となると、人格が乗っ取られていると考えるべきだろう。


 とはいえこの世界に人格を乗っ取る魔法は存在していないはずだ。作中には出てきていない。


 なら。


「テトか」


「ご名答。よく解ったね」


 ローブのそいつが振り向くと、その中には中性的な顔があった。泥まみれの薄汚いローブが似合わない、端整な顔立ちだ。


「神様なのに部下の真似事か」


 馬車の椅子に深く身を預けながら、そんな悪態を吐く。俺をいきなり異世界(ゲームの中?)に放り込んだ張本人なわけだが、俺がお前を恨んでたらどうするつもりだったんだ? しょっぱなから喧嘩しちゃう?


「あはは。まぁ、本編が始まったから君にも解説役が必要かと思ってね。あと、従順というか、設定に縛られないキャラも居ないと困るだろう? なにせ君は、所詮たかだか敵の一人なんていうちっぽけな存在として、それで物語全体を面白くしないといけないのだからね」


 ごもっとも。俺一人では無理があると思っていたところだ。


「僕は、そうだね、ボス戦の時に一緒に出てくるお邪魔虫、みたいに思ってくれればいい」


 と、テトは言う。お邪魔虫とか言うな、ボスと一緒に出てくる雑魚キャラ達、結構重要だろ。あいつら基本まじで邪魔だし。主人公達のため技を妨害する技とか使ってきたら本当にいらつく。


「ダートになってみて、ご感想は?」


 問われ、ふと考える。考えるついでに頭を掻いて、はたと思い出す。


「キャラ縛りの設定がうっとおしいな。もう少しなんとかならないのか?」


 喋っても喋ったことになってないとか、割と混乱する。二週間以上が経過しても、それは変わらない。


「真っ先にその質問か」


 と、テトは笑った。


「その設定は変えられないよ。なにせクリエーターが既に作ってしまったものだからね。君が変えられるのはシナリオだけだ」


「シナリオが変えられるんならキャラも変えられるだろ。どっちもクリエーターが作ったものに変わりはねぇ」


「いいや」


 そこで一旦言葉を切って、テトは馬車を走らせるたずなを見据えた。


「ここはそういう世界なんだ。僕は『君と共に終わる世界』というゲームと同じ世界を作り上げたに過ぎない。『君と共に終わる世界』に登場するキャラクター達が生きる世界だ。ここはそういう世界なんだ」


 そして、と、テトは解り難い説明を続けた。


「君達という存在が生きる世界。ある程度の出来事は運命によって決められているけれど、君達という人間が何をするかは自由だ。そのキャラクター性に反しない限りはね」


「そのキャラクター性とやらが邪魔なんだけどなぁ」


「あはは。キャラクター性っていうのは運命に定められているからね。変わらないよ。変えちゃいけないんだ。現実の世界でなら心変わりというかキャラぶれはおおいにありえるし、なんなら誰しもが、葛藤が自家撞着じかどうちゃくという矛盾を抱えて生きている。現実の世界では、誰もがキャラぶれしていると言ってもいい」


 どこに楽しい要素があるんだ、それ。なんも笑えないけど。


「でもね、それは、キャラぶれは、エンターテイメントの物語にはあっちゃいけないんだよ。キャラは作りこまれなければならない。一貫しなければならない。現実世界と違ってエンターテイメントは、一貫されなければ説得力を持たせられない。――そしてなによりつまらない」


 最後の一言が、妙に冷たく聞こえた。それはテトが意図してのことか、それとも俺の思い込みかは解らない。が、テトは明確に、嘲笑するような笑みを浮かべていた。


「つまらない存在なら無いほうが良い。エンターテイメントにおいて、自我を貫けないキャラはモブとしてしか存在出来ない。そういう存在こそが現実世界での一般大衆に最も近い思考の持ち主だというのに、それでもエンターテイメントは、キャラを徹底的に一貫させなければならないんだよ」


 やっぱり面白くねぇぞなんで笑ってるんだ、と言いたくなるような事を言って、そしてテトはこう付け足した。


「今後も、わからないことがあったら聞くといい。僕は君の側近として隣に居るから、いつでも聞ける」


 なんでも聞いていいなら、ずっと気になってたことを聞かなければ。


「俺は、いつになったら帰れるんだ? 元の世界に」


「さぁね。ダイバーとして三周終わらせるか、もしくは君が『もうこれ以上は良いものに出来ない』って思うくらいに面白く出来たり、君が諦めたりすれば、一周目か二周目でも終わらせて帰れるよ」


「もし俺が途中で死んだら?」


「物語に準じて死んだのなら次の周に入るかゲームセットか。物語に準じず死んだならその手前までリセット。だから、現実には絶対に帰れる」


「そうか」


 なら安心、ではあるが、まぁでも別に俺、現実に帰りたいとは思わないしなぁ。


「そういや時間ってどうなってんだ? 現実での時間も、もう二週間経ってるのか?」


「いいや、ここは概念ごと別次元だからね。現実では一切の時間が流れていない。僕は神だ。人の意識をそういう次元に運ぶことなら、頑張れば出来る」


「そうか……」


 まぁ、あと気になることは無いから、とりあえず保留にするか。


 ここがそういう世界だと世界の神が言うのなら、その世界に送り込まれた俺は、信じる他に無い。確かめる手段はどこにも無い。






 レミフィスタに到着し、馬車及びテトには町の外に待機させた。レオナルド達が到着するよりも前の時間だ。


 さて、俺がここで目指すべきは、レオナルドと女魔法使い(キャラが薄すぎて名前忘れたった。てへっ)が仲間になるのを、若干妨害して困難を生み出す事だ。


 この物語は困難が弱いと俺は思う。スケールがでかい割りにはスラスラ進んでしまう。それがクソゲーと思った最たる理由ではなかろうか。


 なら、苦難の第一歩としてまず、仲間を入れるシーンになんらかの妨害をする、というのを思いついた。というかそれくらいしか俺には出来ない。


 交易町レミフィスタ。ここは美しい町だ。町並みが綺麗、というか、不自然な自然に囲まれている。つまりは花が多いのだが、人の手が加えられたような花が多くあるのだ。至るところに花壇がある。


 運河の港から見えるようにして、町の外には花畑が点在している。広大な花畑。黄色い花弁が絨毯のように敷かれていて、けれどゲームの中ではその花畑に入ることは出来ず、見たかったら街中で視点操作して頑張って見て下さい、しか出来ない。少なくとも俺は、その花畑にはいけなかった。


 でも、多分裏道があるんだと思う。多分だが、その花畑の中心辺りに生えている木の下に、宝箱っぽいのがあるんだよなぁ。


 ゲームでは宝箱が落ちててもラッキーとしか思わないが、その様が現実として目の前にあると超不自然。まぁ、主人公じゃない俺には開けられないんだけどさ。これも世界のシステムだろうか。


 レミフィスタは東と西に分かれていて、最初に主人公が入るのは西だ。だから俺は西レミフィスタにて主人公を待ちつつ、どうやって妨害しようか思案する。馬車の中でも考えたが、おおまかな作戦はふたつだ。


 ひとつは、戦いで苦難を敷く。


 運河を塞いでいるという魔獣を街中まで誘き寄せるのだ。それが出来れば、なかなかのスリルになると思う。だがその魔獣はここレミフィスタでの物語(第一章)での中ボスだ。本当に討伐してしまったら、物語が変わりすぎとの事でリセットされかねない。やってみなければ解らないが、いささかリスキーだろう。


 ふたつ目は、仲間になる女魔法使いの人情に働きかける。


 これはどうにも実現は難しいかもしれない。なにせゲームの世界で、キャラから逸脱した行為は、俺だけでなく他の者にも出来ないのだから。


 女魔法使いがどんなキャラだったかと言えば、ぶっちゃけ普通だ。最初に仲間になるから差し障り無く、とでも原案者は思ったのだろうが、如何せん他のキャラがあざといのばっかりで、埋もれてしまった。彼女のキャラがわからない以上、下手な手は打てない。つまりまずは彼女を知らなければならない。


 なら、レオナルドが来る前に衛兵の詰め所へ行って女魔法使いとお話してくるか? そんなことが果たして出来るのか、と問われれば、まぁ断じて否である。


 テトが作り出したこの世界のシステムがうんぬん以前に、俺ってば≪エンドロール≫メンバーとして指名手配らしいんだわ。指名手配犯がひとつの町を統治しているなんておかしくね? とは思うが、それもまたここがクソゲー世界たる由縁と言えるだろう。


 ひとつめの魔獣作戦は二周目以降の賭けといきたい。一周目ではとりあえず、キャラを知るところから始めよう。ようは観察だ。主人公レオナルドと合流した女魔法使いを、ストーキングにて調査する。これで行こう。


 そして待つこと一時間。レオナルドらしき金髪(ありがちな主人公像)を発見。物陰に隠れつつ追跡を開始。五章のボスたる俺がこんなところで見つかっては物語が変動しすぎとのことでここまでの道のりごとリセットされるかもしれない。絶対に見つかるわけにはいかない。


 レオナルドが武器屋だの道具屋へ入っていく。その度に近くの花壇に身を潜めた。


 そして、目的の衛兵詰め所へ入っていくのを確認。またも近くの花壇に隠れる。ボスキャラがこそこそしております。なんという小物感。あの、そういえばこれ、キャラに反した行為にはならないんですかね……、いや、極力ダートっぽく、かっこよくスタイリッシュに尾行してるんだよ? でもこれただのストーカーだからな……。


 いくらか待って、レオナルドと女魔法使いが出てきた。ふと、レオナルドが彼女の名を呼ぶ。どうやら女魔法使いはシルビアという名らしい。そんな簡単な名前を忘れる俺……。


 その二人は地下水道の入り口に立った。普段は鍵がかけられているそこへ入ると、何故かもう後には引き返せないぞとなる。ゲームの選択肢として、「留まる」と「入る」が出てくる場面だ。その問答をしている二人を、花壇の中から見ている時だった。


「あの……」


 ふと、後から声がかけられた。


 声? いや、そんなはずが無い。ここ西レミフィスタには、メインキャラはレオナルドとシルビアしか居ない。だから、勝手に動くようなキャラが居るとは思えないのだ。


 しかし、振り向いた先には、十六歳くらいの少女が居た。茶色い髪を三つ編みにした、おとなしそうな少女。作中で見た覚えの無いやつだ。


「…………」


 俺が首を傾げると、少女は困ったようにはにかむ。


「私、ミーシャっていうんですけど……その、そ、そこの花壇、あの……私の花壇、なんですが……」


 つまり、俺が置かれた状況はこうらしい。


 モブに、捕まった。


 いやだって、ゲームだとさ、とくにRPGだと、主人公から声をかけないと、誰も主人公に話しかけないじゃない? だからこの世界でもこっちから声をかけないとなにも起きないもんだとばかり思うじゃない? こうなるって当たり前の考えに行き着かないのって、仕方ないよね?


「す、すみません、花壇に、水を、あげたい、んですけど……」


 俺、完全硬直です。しかし少女は、ミーシャは俺にどけと言いたいらしい。ここをどいたら俺はレオナルドに見つかってしまう。それはどうしても避けたい。


 俺は人差し指を唇に当てた。静かに、の合図だ。これで多少は察してくれるだろうか、と淡い期待も束の間、ミーシャは首を傾げて眉をひそめる。


「……一?」


 え、この世界、人差し指立てて静かに、とかの概念、無いの? 嘘でしょ? 現実のそういうのは大体反映してると思ったんだけど……。


 が、俺が困惑している内に自体は悪化。ミーシャは突然慌て出す。


「え、まさか、お金を払えってことですか! そ、そんな……だって私はただ花壇に水をあげたくて……でも、お金払わないと水があげられなくて……っ。わ、私、お金なんて持ってないです!」


 モブがハッスルを始めた模様。


 とはいえ今は、その内容を訂正している暇は無い。


「おい、静かにしろ!」


 でなければレオナルドにバレてしまう。そう思って慌ててミーシャの口を塞いだ、その瞬間。


「おい! なにをしてる!」


 背後から、凛々しくも逞しい、声。新人声優とか言ってごめんね、新人でも声優だもんね、そりゃまぁ良い声だよね、普通よりは断然。


 なんてことはどうでもよくて! 


 ゆっくり振り返った先には、レオナルドと女魔法使いが居て――もう既に二人共、臨戦態勢に入っておられまして……。


「さっそくエンカウントしたぁぁぁあぁぁぁぁあぁあああああ(削除です)」


 上げた悲鳴は勿論無かったことに。だが、遭遇してもそれ自体がリセットされていない、ということは、これくらいなら大丈夫、ということか。なら俺は、ここから悪役として≪エンドロール≫として、それらしい振る舞いをするだけだ。


「ふはは! お前がヒーローか!」


 なるだけニヒルに笑い、適役っぽくミーシャを抱きかかえる。そして人質のように盾にして、花壇から飛び出す。ミーシャは悲鳴を上げそうになっていたが、俺が口を塞いでいるためそれも出来ない。


「お、お前は、まさか……っ!」


「俺はダートってんだ。≪エンドロール≫の一端さ」


「なに……!?」


 おう、良い反応するじゃねぇの。当初の物語には無いアドリブの割りには、それっぽい。これはいわゆる本編に無いIFストーリーだ。


「……ミーシャちゃんを離して」


 と、身構えた女魔法使いが言う。


「馬鹿か。そう言われて素直に離すなら、そもそも≪エンドロール≫なんてやってない」


 ダートとして逸脱していない台詞らしい。一安心だ。


 そして、願わくば戦闘はせずに、けれどかっこよく去りたいためその算段を付けようとした俺の思考はすぐさま水泡へ。


「なら、取り返すまでだ!」


 そうして、迷うことなくレオナルドが突進してきた。


 本編始まり一時間せず、俺は主人公と、つまり主人公はボスキャラと戦うことになりました。

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