≪一周目・プロローグ≫~セントリア襲撃Ⅱ~
物語のプロローグは戦争から始まる。戦争、と言っても、範囲は城に限定され、≪エンドロール≫は百人、セントリア戦力は三百人というなんとも言いがたい条件下での対戦だ。
ゲームの主人公はレオナルドというセントリアの新兵だった。セントリア城南方の森に突如として正体不明の襲撃者達が現れ、レオナルドはそれらの討伐のため、森へ踏み込む。その森の中からゲームの操作が始まる。同じく新兵のリンという少女と二人で、操作だの戦闘方法だのを確認しつつ森の襲撃者達を倒していく。戦い方も知らない新兵に負ける敵兵、というのもおかしな話だが、まぁそこは流石にゲームという事で。
だが、森の中で順調に操作を覚えてきて「うん、しっくりきた」とかなんか暢気な発言をした主人公の元へ、敵が城内へ侵入したという報せが来る。担当エリアの制圧を終えていたレオナルドは――レオナルドに任されたエリアが一番手薄だった、という説明もあるにはあるが、新兵に制圧されてしまう辺り、≪エンドロール≫雑兵の弱いこと弱いこと――森の制圧兼操作確認を中止して、独断で城へ戻る。
城の中は既に無惨で「誰がこんな事をっ……」とぼやきながら、レオナルドとリンは玉座の間へ向かう。誰がこんなことを、なんて敵に決まっているわけだが、多分、製作者はどうしてもそういう感じの台詞を言わせたかったのだろう。
玉座の間に辿り着いた頃には敵幹部がそこを制圧しており、親衛隊達もやられて、王妃が誘拐されようとしているところだった。
主人公レオナルドとリンは新兵二人で、敵の幹部(そこでは何故か幹部は六人だった)と向かい合う。
「勝敗は決した。立ち向かっても無駄だと思うけれど?」
と、気絶した王妃を肩に乗せた爽やかボスのガルダスが言う。
レオナルドは歯軋りを立て、剣を握り締めて答えるのだ。問題のシーンがここでひとつ入る。
「――俺達の王妃を、返して貰うぞ!」
著作権は、まぁ、きっと大丈夫なのだろう、この程度なら。
意気込む主人公とリンの前に立ちはだかったのは物語のラスボスたるガルダスではなく、ギアグボードという巨大な筋肉男。物語の準ラスボスで、七つある章ボス六番目の男である。
「ここはやらせてもらうぜ、ガルダス」
「やりすぎるなよ、ギアグボード」
「保障は出来ねぇなぁ。なんせここまでがあんまりにも退屈過ぎた」
やりすぎるなもなにももう充分に蹂躙しまくっているわけだが、多分、製作者はこんな感じの(以下略)。
勿論ここでボルグボードの強さを見せ付けられ、勝てなかったレオナルドとリンは床にひれ伏す事に。
するとね、敵がね、叮嚀にね、名乗るんですよ。
「我々は≪エンドロール≫。これより世界を征服し、停滞したこの世界に終わりを告げる者だ」
ガルダスのこの台詞は、まぁ正直ちょっとかっこいいと思った。
そして見事、≪エンドロール≫は王妃を誘拐し、取り残されたレオナルドが拳を握り締めてこう呟く。
「駆逐してやる……」
勿論だが問題のシーンである。
「≪エンドロール≫は、俺が駆逐してやる……っ!」
こうして一旦プロローグが終わり、三年が経過する。
その三年の間に≪エンドロール≫は着々と大陸の領土を奪って拡大していき、誰もまともに抗えないという状態だったが、影でこっそり特別な修行を受けていたレオナルドが満を期して冒険を始める、というのが本編の始まりだ。どうしてレオナルドが行ったその修行がこっそり行われたのかは正直よく解らなかったが、作中でなんかあーだこうだ言っていた気がする。とても危険だのなんだの。
プロローグにちょくちょく入ったパロディーが本気なのかギャグだったのかはさておき、雰囲気が雰囲気だけにだだ滑りしていた事だけは明記しておく。
プロローグの確認を脳内で終えた時にちょうど、俺達の作戦行動が開始された。今からさっきのプロローグを再現するわけだが、作戦の内容はこうだ。
内部に送り込んでいた工作員の手を借りて、チームA(幹部クラスの精鋭部隊)とB(中ボスクラスの準精鋭部隊)が城内へ侵入。
チームC(その他諸々。数で押す)が城外南方から攻撃を仕掛ける。
敵戦力がある程度南方へ傾いたところで、チームBが城内西方で派手に暴れた後、撤退。チームCはチームBの撤退を手助けするため城外西方へ移動。
城外の兵も城内の兵も、深追いしてくれればそれだけで西方に集まる。残るは白中心部を守る親衛隊達だが、城の兵達殆どが城外の一箇所に集まっているため、ドーナッツ状の隙間が生じる。
チームBとCは基本的に逃げたり時間を稼いだりしているだけの(とはいえ戦場では逃げる、というのが一番難しいのだが)ため大した戦力は必要無い。数が居れば良い。
火力という意味での戦力を集中させたチームAつまり幹部クラス達が王室を包囲。王妃を人質に取り、城を無力化したところで撤退。
この作戦、実はかなり穴だらけで、力のごり押しと大差無いのだが、まぁ考え無しよりはまともだろう。
ちなみに俺はチームBの指揮官だ。この作戦における最も重要な役目らしい。というのも、チームAの玉座の間制圧にしたって、Bが敵を誘導出来なければ成功しえない。故にBは可能な限り暴れ回り、内部に侵入したのはこれだけだと思わせる必要がある。さらに無事に撤退しチームCと合流した後は一緒に城兵との時間稼ぎだ。
闇夜に紛れ、城下町を進む。数はおおよそ二十。これはチームAとBの戦力だ。チームCは百人、南方の山に身を潜めている。
工作員から渡された敵兵と同じ服が六着。商人の服が二着。計八着の変装は、チームAのためのものだ。チームBはあからさまに盗賊ちっくな黒いローブである。
工作員が門番をしている場所へ入る頃には、俺達チームBとチームA八人中六人は積荷に積まれていた。商人の格好をしたチームAの二人が荷台を引いて侵入する。そのタイミングで南方に控えていたチームCが襲撃を開始。商人の格好をした二人と工作員は、荷台を非難させるという名目で荷台を西方へ移動させる。回りでこちらを見ている敵が居ない事を確認したら荷台から飛び出し、付近を制圧。
チームAのメンバーはフェイクの血を浴びて(多分血糊だと思うけど、この世界に血糊があるのかは不明だ。だとしたらあの血はなんだったのか)その場で死んだフリをする。そしてその場面を敵に発見させる。こうすることで、その荷台に紛れて侵入したのはチームBだけだと、敵に思い込ませる事が出来るからだ。
本当はわざと見つかったのだが、不本意に見つかってしまった風を装ってチームBが戦闘を開始。つまり俺の戦いはこれからだ。
俺のキャラダートは、平均的なステータスが戦闘時の特徴だ。これといった弱点が無いため、俺がレオナルドを操作して主人公として戦った時は、単純な力比べとなっていた。弱点を攻めるためのパーティー構成とかも殆ど出来なかったしな。
となると、俺がダートとなった今、俺はとても使いやすいキャラとして戦えるという事だ。使える魔法は、炎系メインだがその幅が広い。
場所は城内物置前の通路。俺がやるべき事は、ここから城外西方へ脱出する事だ。
西のほうへ手を翳し、そしてイメージを浮かべる。
ゲームとしては当たり前だが、魔法を使うには名前を呼ぶ必要がある。
「リフレイム」
炎系攻撃魔法のひとつ。銃を真似て翳した人差し指から小さな炎の弾丸を連続で放つ攻撃。
壁に向かって撃ったら、壁が消し飛んだ。
「…………っ! っつ!」
待って! 俺、こんな強いとは思ってなかったんだ! 炎も小さいし、最初に使う魔法としてはこういう小規模なやつからが良いかなって思ったんだ! というかさ、ゲームプレイ時はただ炎が当たって弾けてるだけに見えてたんだけど、あれ、炎が当たった後に爆発してたんだね! 爆発してんならもっと派手なエフェクトにしろろ地味な術だって思い込んじゃってたじゃん!
「さすが、私のみじんこみたいな魔法とは全然違いますね、ダート様」
と、ネガティブ部下のアルマが言う。
「え、あ、うん、そうね」
というかこの世界、ミジンコ発見してんの? そんな科学力は無いような気がしたんだけど。
呆然と呟くが、その曖昧な態度はダートに相応しくないものと判断されたのか、アルマは「讃えても無視される私の存在感っ!」と嘆いていた。
どうでもいいんだが、敵地制圧中にふざけるの、やめてくれないかなぁ。
にしても、これは苦戦とかするのか? このプロローグではダートの出番は無い。ここから脱出するまでにド派手に暴れて、そのまま合流するようだが、そもそもこの作戦の詳細自体がゲームでは描かれていないのだ。ただ襲撃され、いつの間にか敵が内部に侵入していて、そして敗北する。それだけのしかゲームには描かれていなかった。ここで俺がどうするかは、どこにも描かれていない。
で、なら俺はどうすればいいの?
解らん。
とりあえず、派手に暴れつつ城外西にてチームCと合流するわけだ。プロローグ中にレオナルドと出くわすシーンは無いから、レオナルドとは鉢合わせしないように移動しなきゃならん、と。
なら、使える魔法の感覚を試しながら進もう。
確かダートは炎の剣をデフォルトで使っていた。意識を右手に向けて、剣をイメージする。
と、ぼあ、と手の平が燃え上がり、それが手と一体化すると、俺の左手そのものが炎の剣と化した。手首から先が燃え上がっているイメージだ。炎の抽象的な剣は、生で見ると流石におっかなくて、けれど俺は確かに、高揚した。
これ、かっけぇ。
そして一度でも認めてしまえば、感覚を恐れないようになってしまえば、あとはラクだった。
ダートが使っていた魔法を思い出す。
それを順に繰り出す。
「ファイヤー・エンブレム」
敵兵に囲まれたところでそれを使うと、俺の回りに炎の円陣が浮かび上がった。その円陣は車輪のようになり、三重になって俺を囲む。
結界魔法だ。
敵兵が放った矢は俺には届かず燃え尽きる。接近戦を仕掛けてきた敵は、刃を俺に届かせる手前で炎を喰らい、熱さに負けて引き下がった。
「陽炎」
幾人もの敵が、俺達を逃がさずここで始末すると言うように、俺達の前に立ち並ぶ。が、俺がその術を使うと――俺が、増えた。
ファイヤー・エンブレムを纏っているため今はそこに居るだけで攻撃性を持っている俺が、俺自身を含めて五人になっている。よっつの幻覚を作り出したのだ。
それで敵が混乱している内に、
「リフレイム」
炎の小弾で敵を制圧していく。一撃で敵は倒れていく。炎の剣を左手に持ち、右手からは炎の弾丸を放つ。そして俺の回りには炎の円陣。脱出しようとしてる立場にも関わらず悠長に歩いているのだが、そもそも走る必要が無い。敵が弱いから、のんびりしてても問題無いし、そもそも敵を引き付けないといけないわけだからのんびり進まないといけない。……だが、あれ、ダートって実は、かなりかっこいいキャラだったんじゃね? なんでプレイ中に気付かなかったの、この炎魔法のかっこよさに。
しかし、ファイヤー・エンブレムはMP消費が激しいようだ。異様に疲れてきた。エンブレムを解除し、攻撃に専念する事に。
じゃぁ、MPが尽きる前に、ダートが使う二つの必殺技の内のひとつを、使っておきますかぁ!
ぶっちゃけ今はテンションがかなり上がっている。だって、これ、めちゃくちゃ楽しいぜ? 現実世界ならこんなふうに相手を蹂躙するような事は絶対に出来ない、というか、良心の呵責とかがあるせいで出来るとしてもやりたくないんだが、ここがゲームの世界というだけあって罪悪感とかも全く無い。つーかこうやって俺が相手を蹂躙して勝利するのは、この世界のこの物語における通過儀礼というか、決定している事だ。だからやらなければならない、というのもある。
「チェイン・デストロイ展開」
両手を広げると、それに呼応するようにして炎の球体がいくつか散らばった。おおよそ十。黒い鉛が燃えているようなデザインの、野球ボールほどの球体だ。
「みなさん、ガードしてください!」
アルマがチームBの面子にそう指示を出した。ああそうか、この術を使う時はそうしなきゃならんかったか。忘れていた。忘れていたがアルマの指示に従ってもう皆防御に集中してるだろう。なら、構わず行こう。
両手に広げた指を鳴らし、俺は、低い声で、しかし高らかに告げる。
「――爆裂」
まるで、花火の中心部に居るような心地だった。
あちこちで眩いまでの炎の柱が立ち昇り、桜が花びらを散らすように細かい火花が敵を襲う。
炎の柱は瞬く間に大きくなり、散る火花も激しさを増していく。大地を揺らがす振動が、燃え盛る爆音が、全てが心地好い。
「くはっ。……ふはははははははははははははは!」
思わず、笑みが零れた。
見たか、と、誰にでもなくそう告げる。心の中だけで呟く。
これが勝利だ。
これこそが勝利の快感だ。ここに居ても良いのだと明確に思える瞬間であり、俺の存在意義を示す感情だ。
見たか。これこそがお前等がどうでもいいものみたいに扱った勝利だ。
それが誰に伝えたい感情なのかは自分でも解らなかったが、しかし、ひとつだけはっきりしている事は、気付いた時には敵を一掃していて、付近も半壊していて、あとはもう城門までのんびり歩いて向かうだけだった、という事だ。
作戦の成功はもう確定した。というか初めから決定していた。これであとはガルダス達が王妃を誘拐して撤退し、それまでの時間をチームBとCが稼げばいい。
これで、セントリア襲撃というプロローグは完成だ。