≪一周目・プロローグ≫~セントリア襲撃Ⅰ~
ここはどこだ、と、漠然とそう思った。高いところから落ちて意識が保てなくて気絶したところまでは覚えているが、気付いたら見覚えの無い場所にて、見覚えのある顔ぶれと向き合っていた。
大理石、では、無いと思う。そんなに高級な場所には見えない。が、壁も天井も床も黒い石で作られている。
長いテーブルが置かれ、光源はテーブルの角や壁に飾りつけられた蝋燭のみだ。テーブルの上には趣味が良いとは言えないが豪勢な食事が並べられていた。俺はその食事を前に、椅子に座っている。いつも使っている低反発クッションの椅子とは大違いで、ケツが痛くなりそうなくらい堅い。というか痛い。
テーブルを囲って椅子に座っているのは、俺を含めて七人。一人が上座で、残りは三人ずつで向き合う形になっており、呆然としている俺以外は、黙々と食事を進めている。
やはり見覚えのある顔ぶれだ。しかしその顔ぶれが俺の前に居るなんて、あり得ない。気絶する前に告げられたテトの台詞が正しくてゲームの世界に来たのだとしてもおかしいメンバーだ。
テトが言っていた通りここが≪君と共に終わる世界≫の中なのだとしたら、俺の目の前に居る連中は間違いなく≪エンドロール≫の面子だった。倒すべき敵であり、世界征服を目論む――というか殆ど世界征服する寸前だった――ろくでもない連中だ。
どうして俺は、その連中と一緒に飯を食ってるんだ?
「ダート様。ダート様。いかがなされましたか」
後からそんな声がする。ナイフとフォークを動かす音以外はしない部屋の中だからこそ、小さな囁くような声すらもよく響く。ダートというのは≪エンドロール≫幹部の一人で、七人居るボスの内の五番目に戦うキャラだ。
「ダート様? ……だ、ダート様、いくら私の存在感が薄いからって、そんな、無視なんて……それとも、私の声が小さすぎて……?」
後の声は見る見る萎んでいき、いつの間にか自虐的な笑みを含んだ物言いになっていた。どうやらダートに話しかけて無視されたことに傷付いているらしい。というかこの声にも聞き覚えがあった。俺の記憶違いでなければ、ダートと戦うエリアの中ボスで、ダートの部下であり弟子でもある女キャラクター、アルマだ。
ゲーム内でダートは目的合理的な男だった。仲間意識は高くないが、合理的な作戦や政策を執るため部下からの信頼が厚い、という設定だったと思う。
そんなダートが、部下であり弟子のアルマを無視するだろうか。
気になって声がしたほうを見ると、長い睫毛に満月のように丸い銀色の瞳が、憂いを帯びて真っ直ぐ俺に向けられていた。
アルマが、泣きそうな顔で、いや、泣きながら、俺を見て、こう言った。
「あ、だ、ダート様、ようやく気付いて下さったのですね……存在感が薄くて申し訳ありません。今後はもう少し存在感を上げるよう志すので、どうか、どうか破門だけは許してください」
「…………」
え、うそ。これ、つまり、俺に言ってるの?
え? まじで? ということは、俺がダートなの?
は?
おかしくない? これおかしくない? せっかくゲームの世界に入ったのに、俺、敵キャラなの? 世界滅ぼす側なの?
絶対におかしいだろ!
「ダート様!? 頭を抱えてどうされたのですか!? さっきからお食事が進んでいないようですが、お体の調子が悪いんですか!? はっ、まさか私が近くに居るから……! アルマ菌のせいで体調不良になってしまわれたのですか! ダート様!」
スーパーネガティブキャラ、アルマ。あざと過ぎるくらいに発言が全てネガティブなのがアルマの特徴で、主人公と戦う時も「まぁどうせ勝てないですけど……」と言って戦闘が始まり、決着すると「ですよねぇ」と呟きながら散っていく。完全にコメディー要員と化している。
「そうだね、ダート。そいつの言う通りだ」
と、爽やかな声音で言ったのは上座に居る男。長い青髪にデフォルトで閉ざされた瞼。ガルダス。このゲームのボスキャラだ。
「さっきから食事が進んでいない。これは祈勝会なのだから、しっかりと味わったほうが良い。これから我々≪エンドロール≫は、忙しくなる」
ハンカチで口元を拭いてからにこやかに微笑む。空々しい笑みだ。
祈勝。忙しくなる。そのワードから連想されたのは、≪君と共に終わる世界≫のプロローグだった。
「これから、俺が発案した作戦で、セントリアを襲撃する、だったか」
ゆっくりと、確認するように問う。するとガルダスは嘘っぽい笑みを自然な笑みに変えた。
「そう。ダートの作戦で、これからこの≪センターセル大陸≫の中枢である≪セントリア王国≫を襲撃し、ハーモニス王妃を誘拐する。我々≪エンドロール≫が世界を終わらせるための、第一歩が始まるんだ」
笑いながら不気味な発言をするガルダスは、まるで玩具を前に待てをされている子供のように無邪気だった。
「作戦開始はこの食事会を終えてすぐ。最後の晩餐になる者も居るかもしれないから、ちゃんと味わっておいたほうが良い。まぁ、ダートなら問題は無いだろうけれど」
おかしな信頼をされてるな、俺も、と思ったが、俺が乗り移ったこのダートというキャラはガルダスとは最も長い付き合いになる。付き合い、と言っても、そこまで親しいわけでは無い。ダートもガルダスも≪センターセル大陸≫に蔓延る魔獣達を殲滅するための軍に所属していて、そこで同じ班になる事が多かった、というだけの仲なのである。
戦友と言えば聞こえは良い。だがゲーム上でちらりと設定が出ただけで、なんらかのエピソードがシナリオとして描かれる事が無かったため、感情移入も何もあったもんじゃなかった。プレイヤーとしては「ふーん、で?」といった感じだ。
というか、この≪エンドロール≫のメンバー達は殆ど、エピソード無しだ。感情移入のしようが無い。敵だから仕方ないと言えば仕方ないが、倒した後になって言い訳程度に「私は人間という生き物に失望したのだ!」とか言い出されても、「ああ、はい、そうですか……」としか言いようが無い。後付っぽ過ぎてご馳走様、だ。展開の運び方次第では「ああ、だからこのキャラはあの場面であんな言動をしたのか!」となる事もあるかもしれないが、このゲームにはそういうの、無かったしなぁ。
俺が食事を済ませないとストーリーが進行しない、というか、このゲームが『セントリア王国が襲撃され、姫が誘拐される』というところから始まっている以上、物語が始まりすらしない。
味が薄くて俺好みでは無いが、その料理はこの世界ではご馳走ということになるらしい。名前も知らない料理達を咀嚼もせずに放り込み、実感する。
ああ、ここは本当に異世界だ。夢じゃない。俺は、漫画やアニメのように異世界に転生したんだ。
携帯小説であればこうなったらもう俺TUEEEEするのだろうが……ねぇこれさ、もしかして俺、理論上勝ち目が無いってやつなんじゃないですかねぇ。
早々に食事を済ませようとフォークを早く動かし、大口を開ける。だが、動作としてはかなり大きく、そして雑な仕草をしてまで大量に掴み取ったはずの食べ物は口の中に入って来ず、かといって落ちたわけでもなく、いつの間にか皿の上に戻っていた。そういえば最初に放り込んだ分も、やけに少なかったな。
何回それを繰り返してもやはり、フォークで大量の食べ物を掴むという事が出来ない。というか、適当な仕草とやらが出来ないのだ。やっても無かった事にされているような、そんな気分である。どんな気分だ。何を言ってるか解らないと思うが、安心しろ、俺のほうがよっぽど解ってない。なにこれ、どういうこと。
「相変わらずだね、ダートは」
と、楽しそうにガルダスは言う。
「マイペースというか、我を貫くというか……状況が状況なだけに、流石に今回は食事のペースを早めると思ったけれど、やっぱり綺麗な食べ方をするんだね」
その何気ないはずの言葉が、俺の耳には不気味に触れた。
「そうなんですよ。潔癖な完璧主義者。合理的だけど情緒を解ってらっしゃる。それがダート様です」
とアルマが続く。
どうやらそういう事らしい。
俺は、いつの間にか頭の中にあったとある知識を、とあるルールを思い浮かべる。
『Ⅳ・基本的に発言は自由だが、≪ダイバー≫となっているキャラクターの設定から逸脱した言動は全て無かったものとする。キャラクターに忠実に、物語を改変しろ』
食事を雑に済ませるという行為はダートというキャラクターとして相応しくないと、逸脱していると判断されたため、無かったものとされた。そういう事らしい。
ねぇ、これ、言動の自由、無くね?