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ダイバー・ゲーム

 期待外れだな、と思ったのは別に、そのゲームに期待していたからではないし、そのゲームを作った会社が好きだったわけでもない。シナリオライターも新人で、イラストレイターも売れていない書き手で、声優も新人ばかりだ。挙句には製作委員の人数だって少なかったのだから、そもそも期待する要素など何も無かったと。だから初めから、期待はしていなかった。


 どうして失望しているのかは定かではないが、ひとつ確信出来る自分の心情は「学校を休んでまでやるゲームではなかったな」だ。三日立て続けに休み徹夜してプレイしておきながら、なにを今更とは自分でも思う。だが、このゲームはまだ発売されておらず、ベータ版として百名にのみ選考販売されたものなのだ。他人よりも早く購入出来たから、誰よりも早くクリアーしたかった。


 結果として「そこまでする価値は無かったな」と思ってしまうのだから救いようが無い。手に握っていたコントローラーを放り投げ、テレビに流れるエンドロールを無視して寝転がり天井を見上げる。さして広くない部屋でただ呆然とする。


 このゲームはクソゲーだった。


 口直しに違うゲームをやって楽しもうかとも思ったが、それをするには体力が失われすぎている。なにせ三日も徹夜したばかりなのだ。気力も活力も枯渇している。ま、自業自得だよね!


 プレイしたのはファンタジーで、タイトルは「君と共に終わる世界」という。タイトルからして子供向けではなく、物静かな雰囲気からそこまで激しい展開はなく、しかし心に何か訴えかけてくるようなシナリオだと思っていた。それを裏付けるようにキャラ達も線数が多く、なんというか、大人向けの造形をしていたと思う。


 だが、シナリオは徹底的に子供向きだった。こういうのも好きな大人も居るとは思うが、とある国の姫が攫われて、それを皮切りに≪エンドロール≫なる組織が全世界へ向けて『世界征服宣言』をする、というのが始まり。


 ≪エンドロール≫の連中は魔法だけでなく時に魔獣達を使役しいくつもの国や組織を制圧。世界征服も目前となったところで勇者が現れ、少しずつ仲間を増やしながら奪われた土地を奪還しつつ、そしてラスボスの間へ辿り着き倒して世界を救う。そういうストレートで純粋で、だからこそありがちで見飽きて、今や安い携帯ゲームですら天然記念物と化しているようなシナリオ。


 だが何より残念なのは、≪エンドロール≫メンバーのキャラだった。敵としての魅力、というかかっこよさやニヒルさが無く、ライトノベルのようなあざといキャラすら居る始末。世界を征服しようとしている割には、そこはかとなく安っぽく、そして弱いキャラだった。


 新鮮なワクワクも、驚愕の展開も、手に汗を握る緊迫感も無い。演出だって微妙だ。クソゲーだ。


 布団も敷かず、天井を見上げたまま目を閉じる。このゲームに費やした時間を無駄なものだったと思いたくなくて、どこか面白いと思える要素は無かっただろうかと探る。


 王道的な展開。それは良いだろう。安っぽい展開、というのも、気兼ねなくプレイ出来る、という長所になりえる。だが、俺はこのゲームを、「君と共に終わる世界」というゲームを、心に訴える何かがありそうだと思って買ったのだ。それなのにこんな子供騙しでは、はっきり言って割りに合わない。


 ああそうか、俺の失望はそういう事か、と、そこでようやく思い至った。


 俺なら。


 俺が製作者だったなら、こんな風にはしなかっただろう。子供騙しなら子供騙しらしく、タイトルも画風もそういう風にする。そして展開にだって、もう少しでも「あ」っと驚くような展開を取り入れたり、キャラクターに感情移入しやすくなるようなエピソードを取り入れる。


「俺ならもっと、面白く出来るのに」


 解っている。それは高慢であり傲慢だ。ゲーム製作のなんたるかを知らない俺だから言える無責任な発言、というやつだろう。それでも気晴らしの八つ当たりとして呟いただけの言葉だった。


『それは良いことを聞いた』


 どこからか、そんな声がした。未だエンドロールを流すテレビの画面から出てきた台詞かと思い体を起こして画面を見るが、そこにはローマ字による人の名前が連なっているだけで、何かのシーンが追加されたわけでは無かった。


 空耳か?


 そう思いつつも眉根を寄せて部屋を見回す。が、勿論どこにも何も居ない。


 やはり、気のせいか。


 そう思い至り、起こしていた体を再び床に倒す。


 が。


『君を、ゲームの世界に連れて行ってあげよう』


 再び聞こえた声。中性的で、女か男か、むしろ大人か子供かすらわからない声でそう囁かれる。その声は笑っていた。楽しげに、愉快げに笑っていて、その笑声が波紋を立てて見上げていた天井を歪めた。


「はぁあ!?」


 待って! 俺、ドラッグなんてやってませんよ!? 幻覚が見えちゃうようなこと何もしてな……いや、三日徹夜は幻覚見えるようになりますかね。


 とにかく慌てて体を起こすが、それでも世界は歪んで、瞬いて、光の粒が体中に纏わり付いてくる。まるでイルミネーションの飾りつけを施されたツリーになった気分だった。


 光の粒は俺の体を中心にして回り、回り、目で追えない早さになって尚も加速し、そしていつしか俺の視界を白に染め上げる。


 なんだ、これは。


 あんだけの数の光があんだけの速度で回っていたというのに、俺の目は回っていない。さっきまで歪んでいた世界も、今や歪んでいるかどうかがわからないほどに白い。


 どこまでも続く白。何も無い白。いや、何も無い? 目の前に白い壁があるだけじゃないか? そう思って手を出すが、手には何も触れない。


「はっはっは。驚いているね」


 突然、真後ろから聞こえたさっきの声。不意打ちでもなかろうに、俺の肩を跳ね上がり、心臓も飛び出そうになった。


 早くなった鼓動を喉元の脈で感じながら振り向くと、そこには中性的な大人が立っていた。いや、大人ではないかもしれない。長い髪で目元は隠れているが、背が少し高いだけの子供である可能性もある。そういうやつが、さっき見回した時には誰も居なかったはずの場所に、当たり前のように立っていた。


 何が起きたか。現実的に考えるなら、これは幻覚ではなく夢だと思うべきだろう。三日徹夜した結果、俺はいつの間にか眠っていて、そして知らぬ間に夢を見ているという可能性。寝ようと意図していなかったがために夢を夢と思えず、現実味を帯びてしまっているだけだ。そう思うと、自然と冷静さが込み上げてきた。


「お前、誰だ」


 夢なら夢として楽しもうかと思った。どうせ起きていたって、現実ではつまらないことばかりなのだから、夢くらいは、ホラーであろうとファンタジーであろうと鬱だろうとラブコメだろうと戦争ものであろうと楽しめる。なにせ夢なのだから。


「私はテト。まぁ、遊戯の神とでも言っておこうか?」


 口元に笑みを含めたままそいつは答えた。テト。有名な神の名だ。アニメやらゲームで時折名前が出てくるから覚えている。少なくとも授業で習う事じゃないしな。


 信じるも信じないも後に回すとして、夢の中で真偽を疑ったところで仕方がない。


「で、その神様が俺になんの用だ」


 その問いに、呆然とするような間を置いた。


「やけに冷静だね」


 関心なのか驚愕なのか、なんの感情を込めているのか解らない口調。俺は頭を掻いてその問いには答えずに問い直した。


「で、なんの用だ」


 若干責めるような口調になったが、まぁ問題は無いだろう。どうせ夢だし。


「なに、難しいことじゃない。ただ君を、異世界に案内しようと思ってね」


 そう言ってテトは指を鳴らす。途端、白かった世界が青に染まる。それは空の青だった。三百六十度、どこを見回しても空。下もだ。遥か下方に大地が見える。


 ――俺は今、空の上に居た。


 飛んでいるわけでも、浮いているわけでもなく、空の上に居た。


 そこから何が始まるか。聡い方はお気付きだろう。


「づうっ!?」


 落下が、始まった。その浮遊感で思い知る。


 これ、夢じゃねぇ。


 落ちてる。


 まじで落ちてる!


「ぎゃああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあああああああああああぁぁぁああ!」


 どれほどの高さがあるか、目算では解らない。とにかく落ちれば死亡確定の高さだ。しかも下は海でも川でも湖でも森でも雪原でもなくいくつかの岩が突き出た草原なのだから、助かる要素は皆無だ。


「ここが、これから君の居る世界になる」


 俺と共に落下していたテトが楽しそうに言う。もしこの後テトが「これから君たちにゲームをしてもらいます」とか「ここはゲームで全てを決する世界だよ」とか言い出したら完全にパクりだ。


「そしてここが、君と共に終わる世界だ」


「…………っ! っづ!」


 いや、説明とか今は要らないから助けて! もう、駄目! 死ぬ!


 空中で意味もなくあがく俺に反して、テトは両手を広げて宣言する。




「これから君には≪ダイバー≫として、この『君と共に終わる世界』というクソゲーを面白くしてもらう。君なら、出来るんだろう?」




 嗜虐的に笑うテトの顔を最後に、俺の意識は潰れて消えた。







【≪ダイバー≫ルール説明】


Ⅰ・やり直しは三回目を最後とする。やり直しをすると前回のあらゆる記録――ステータスの初期化――を消去されゲームのスタートにまで巻き戻るが、≪ダイバー≫の記憶のみ持続される。ストーリーで死ぬ予定だった≪ダイバー≫がそのストーリーと関係の無い場所で死んだ場合は強制的にやり直しとなる。


Ⅱ・ゲームの世界観は絶対遵守すること。この世界において作られていない設定は存在しないものとして≪ダイバー≫以外には認識出来ないようになっている。ただし、ゲーム内で登場していないだけで設定資料として作られていた設定は採用されている。


Ⅲ・ゲームシナリオの改変は可能だが、メインストーリーに支障を齎す行為は禁止とする。――例:ストーリーの主人公を死亡させる、等――これを行った場合、強制的に直前の場面までリセットする。この場合はⅠのやり直しにはカウントしない。


Ⅳ・基本的に発言は自由だが、≪ダイバー≫となっているキャラクターの設定から逸脱した言動は全て無かったものとする。キャラクターに忠実に、物語を改変しろ。


Ⅴ・ゲームを面白くしてみせろ。


                 以上。健闘を祈る

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