表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

一之心 物事の捉え方

人間らしく生きるとは

私の学校の通学路には、視野を広げてよく見ると沢山の自然、動植物に囲まれている。


川や誰かの家の庭らしき林や、畑。鯉や猫に犬にネズミなどなど。

挙げればキリがないのだが、今日鳩の話をしようと思う。


私の学校の通学路には沢山の鳩達がいる。


朝、鳩達は私達を出迎えてくれ。


夕方になると、私達を見守ってくれる。


なので、鳩は第二の母と読んでも過言ではないのだ。


現に、私の中学校の時の顧問は鳩に向かって

「お〜い、山口〜!」っと言って鳩を追い掛けていた。


鳩には、私の学校の生徒だけでなく先生までお世話になっているのだ。


最近私の友達の何人かから、耳を疑いたくなるような事件の被害を受けたという。


事件の被害者達は口を揃えて

「あ〜、鳩ウゼ〜。殺して〜。」などという。


その事件とは鳩のフンが制服や頭に被弾するという、大変痛ましく、卑劣で残虐な心ない事件である。


鳩に愛着を抱いている私としては、ショックを隠しきれなかった。

しかも、被害者の数は日々増加の傾向にある。正確な数は分からないが世界的にみたら、とても多くの人々が過去に被害を受けているだろう。もはや、これは、国家、いや世界レベルの重要な問題である。


しかし、人間は自己中心的な動物な為、少し鳩の立場になって考えてみて欲しい。



鳩がただトイレをしている時に人間が通った。多分鳩もさすがに良心の呵責とらわれる事だろ。


しかし、人間は鳩を非難する。


しかし、鳩には悪気がない。


これでは鳩が可愛そうだ。



人間は自己中心的な動物だ。しかし、常に冷静でありつづけ、物事を見極める正しい目と多角的角度から物事を考えられる人間になったとき初めて本当の人間と呼べるのではないだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ