勇者様はドラゴンを喰らう
この世界には白竜と呼ばれる種族がいます。
民家を潰せるほどの巨体ながら、ドラゴンという種族の中で尤も繊細とされる種族。詠唱なしで呪文を唱え、竜から人型へと変化することも出来ることから魔竜奉祀とも呼ばれています。
「うっ……尻尾の付け根がまだ傷むわ……」
そのなかに、『白竜の姫君』と呼ばれる少女がいました。
少女と言ってもその年齢は268歳で、人間基準にすれば干涸らびたお婆ちゃんですが……
「くぅう、あの勇者め。我をこんな目に遭わせておってからにッ」
そんな彼女の頭の中は、勇者のことでいっぱいでした。
出会いは、エルフの秘境にある温泉地帯。
人間に化けて湯浴みに行ったら、半魔王――知己の知り合いが男性を交えて入浴していたので、ちょっかいを出してみました。
――――そうしたら、まぁ大変。
男性はスライム状の触手を生成し、白竜の四肢を拘束して魔力を吸収。
仕舞いには「肉片を少し貰って、今晩はドラゴンステーキでも食べようか」と……
人化を強制的に解除させ、尻尾のお肉を削り取りました。
『白竜さんも、自分のお肉を食べてみる? おいしいよ!』
白竜の姫君が、生まれて初めて人間を畏怖した瞬間でした。
友人の半魔王はそんな様子を見て笑っていましたが、笑い所ではありません。
覚えていろよ、と。捨て台詞を残して全速力で逃げました。
……男性は、常軌を逸脱した力を持つ『勇者』と呼ばれる存在だったのです。
ドラゴン業界にも暴漆竜の兄弟や帝狼を屠った存在として勇名が轟いています。
「ええい、この怨み晴らさで置くべきか。だが、今の我ではヤツに勝てぬ。そのためには――」
白竜は、勇者の弱点を調べるためにストーカー行為を働くことにしました。
数日後。
尻尾の傷が癒えた白竜は、勇者が暮らしている王都と呼ばれる都市付近までやってきました。
人間の住む村に来るのは久々。
姿を魔法で隠し、雲ひとつない青空を悠々と観光気分で飛んでいます。
(くふふ、気配も魔力も遮断しておる。我ながら完璧よ)
そんなとき、何か小さな飛行物体が近づいてきました。
目を凝らすと、それは砲弾のような黒い塊。人間くらいの大きさをしています。
(気付かれたのか、偶然か……よう分らん物体だが、我の進路の邪魔をするとは良い度胸よ)
気分を害した白竜は、迎撃することにしました。
不可視の魔方陣を空中に展開し、空気を圧縮して砲弾を放ちます。
それは、黒い塊と交差し――――
爆散するかと思いきや、黒い塊が肥大化しました。
白竜の目には、魔力を喰べたように見えました。
「なん、と……」
そのことに若干の混乱をしましたが、冷静に。標的が消滅しなかったという事実を認識。
吸収するなら魔力飽和で爆散させようと魔方陣を同時に百個程展開し、≪終焉導く竜の息吹≫という必殺の技を放ちました。
すると、どうでしょう。
黒い塊は、もっともっと魔力を吸収して白竜と同じくらいのサイズまで大きくなりました。
「なんなのだ、これは!」
白竜は激しく動揺しました。
なんせ、手加減無しで内包魔力の三割を使用した技なのに、標的は未だに吸収限界になるような兆候がないのです。
このまま飛べば激突コースなので、不本意ながら回避を選択――――
けれども、黒い塊がそれをさせてくれません。
にょきにょきーんと触手を伸ばし、白竜を絡み取ります。
「こ、このスライムで出来た触手は!」
恐怖で、カラダが強張りました。そう、これは。
「ペロッ。この魔力の味……温泉であった白竜さん! お久しぶりです」
――勇者。
弱点を探るまで面と向かって会いたくない相手でした。
黒い塊の中から、ひょこん。と顔を出して『やれやれー』みたいな表情をしています。
「エフィルさんに会いに来たんですか? 事前連絡がないせいで聖女様から迎撃命令が出て緊急出勤を――」
「黙れ! 貴様に、復讐をしに来たのだ!」
白竜は勇者の余裕がある態度にカッとなり、怒気を込めて叫んでしまいました。
意外にも勇者は吃驚して、「ひっ」と声を出し、顔を黒い塊の中に引っ込めます。
(威圧に弱いのか? 思えば、勇者はまだ幼き年頃……精神的に攻めれば状況を打破できようて)
勝利の一手が見え、白竜はニヤリとしました。
自らに付与していた隠密系の魔法を解除し、全力全開で勇者に殺気をぶつけます。
空に暗雲を呼び、雷を落として凄味を演出するという小手先のテクニックも忘れません。
「四肢をもいで、拷問したあとに喰らってやろう!」
実際は、人間を食べても美味しくないので完全な脅し。
黒い塊が怯え、ふるふると震って嗜虐心を刺激します。白竜は溜飲が下がってニッコリ。
「デザートは脳味噌――美味そうだ」
トドメとばかりに舌なめずりをし、威圧をかけてやると、白竜を拘束していた触手がほどけ、勇者は地面へと落下しました。
ずどん。と落下した衝撃で勇者を包んでいる黒い塊が円形に潰れました。
質量に反して重量はそれほどないらしく、自重によるダメージは受けたようには見えません。
(こうまで上手くいくとは。地面に落ちたのなら、我の重量で押しつぶしてくれようぞ)
ただ、勇者は追い詰められると噛み付く存在だったようで……
「……それなら正当防衛させてもらいますよ――――≪Jabberwock≫」
全力で白竜を潰しにきました。
何やら文言を唱えると、あっという間に白竜よりも大きな生物に変身します。
それは、スライム状の躰でした。薄黒く、背後の景色が透けて見えます。
形状は竜種と人型の中間のようなシルエットで、長い首の先はドヤっとした勇者の顔――まるで、出来損ないの合成獣。
――言うなれば、粘菌人竜と区分けされるでしょうか。
そこらに住んでいる魔物よりも禍々しく、白竜は怖じ気づいて無意識に後ずさりしました。
(せ、戦略的撤退をするッ)
しかし、逃げることができません。
何故なら白竜の身体に気付かぬ間に触手が絡みついているから。
勇者からは、逃げられない。
「あ、あ、あっ……やめよ、やめるのだ! 我の魔力がっ……」
触手は、白竜の魔力を吸い取ります。
逃げようと暴れますが、拘束力が強すぎてビクともしません。
粘菌人竜は大きく口を開けると、白竜の頭から齧り付きます。かぷり。かぷりと甘噛みしながらペロペロします。
(く、口の中に触手が挿って――よ、汚される、あっ、あっ、ああああああああああ)
白竜は残っている魔力で炎の息を吐いて抵抗しようとしますが、それすらも勇者は吸収してしまいダメージになりません。
触手を口内に伸ばし、蹂躙します。食道を這い、胃へ。腸を通り尻の穴から脱出。
「確か、竜の糞は結構お金になったよね……これは喰べずに回収しよう。
――白竜さん。死なない程度に魔力を吸って、晩飯用にお肉を少々貰っていくからよろしくね」
薄れゆく意識の中で白竜は思いました。
(触手というのは気持ちよいものなのだな……)




