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偽善の中の日常

偽善の中の日常



「お前はまた、過ちを繰り返すのか?」

意識が溶けてなくなりそうなまどろみの中、誰かが俺に話しかけてくる。

「俺にどうしろってんだよ…。俺は…」

「お前は…なんだ?」

「俺はアイツを妹の代わりにしてたんだぞ…。今更どんな顔して合えばいんだよ」

「だから、諦めるのか?自分のやってきた過ちを棚に上げて、時間にでも解決してもらうのか?」

「………」

図星を突かれた俺は押し黙ることしか出来なかった。

「お前は、どうしたいんだ?このまま、諦めるのか?」

「諦めるって…、何をだよ…」

何もわからない。何も考えられない。

「月野 三日月。お前は、本当にアイツをただの代用品としか見てなかったのかよ。もしそうなら、最低だぞ」


 そこで、夢は終わる。

カチカチ。

時計を音と太郎の寝息だけが静寂に響く。前にも味わった静寂。部屋が広くなったことにより、よりいっそう静けさが増している。

「…………」

俺は静かに起き上がりリビングを目指す。

「せーんぱーい!」

チェーンを付け直されたドアに顔を挟めるかどうか悩みながら、七香は俺のことを呼ぶ。

「帰れ…」

俺は冷蔵庫の中身を確認しながら何を食べるか連想する。

「帰りませんよ。今来たばっかじゃないですか!開けてくれなきゃ五月蝿くしますよ!大泣きしますよ!いいんですか!」

「ハァ~…」

五月蝿くされるのは嫌なのでしかたなく、チェーンを外すことにする。まったく…、なんてわがままな子供なんだ…。歳を考えろ歳を…。

「開けてやった。おとなしく帰れ…」

「元気がないですね…。大丈夫ですか?」

「お前が来るまではいたって元気だった。だから帰れ…」

俺はとてもげんなりした声で再々度、懇願する。

「ちゃんと寝ましたか…?寝不足は美容の大敵ですからね」

「お前こそ寝不足か?全く、会話が噛み合ってねーぞ。取り合えず帰って寝とけ…」

「私のことを心配してくれるんですね。私、感激です」

七香は「よよよよよ…」感激を受けているらしい。俺は、帰って欲しいだけなんだが…。

「もういい好きにしてくれ…」

俺は諦めて今日の朝食について考える。考えを止めるわけにはいかなかった。考えを止めれば別の考えが頭を支配するから。だから、食欲もないのに朝食のことを考える。

「三日月先輩は帰ってきていないんですか?」

心臓が鼓動を一気に早める。

「ああ…。なんか…用事があるらしくて…、昨日は帰ってこなか…った…」

俺は冷静を装うつもりが自分自身が言った文法に間違えがないかを確認しながら言ったのでたどたどしい言葉になってしまった。

「そうですか…」

七香は何かを心配するように辺りを見渡す。

「では、きょ、今日は二人っきりで登校ですね…」

そういえば、七香と二人っきりで登校なんてしたことなかったな。いつも、アイツがそばにいたからな。いつも…。


登校すると俺の隣の席に彼女はいた。何もなかったかのようにただ、椅子に座り読書をしていた。

俺は何も話すことが出来ず、静かに自分の席に着く。いなりに話し掛けられるが俺はそれを無視する。


一時間目あけの休み時間。

一時間目は、三日月のことが気になって授業どころではなかった。

 そして、授業終了とともに三日月は席を立ち、教室から姿を消した。ただそれだけ。ただそれだけの事が苦しくて、自分を殺したくなるくらい辛かった。


二時間目あけの休み時間。

三日月は二時間目開始のチャイムとともに席に戻ってきていた。

「三日月。ちょっと、話があるんだが…」

俺はわざわざ立ち上がり三日月に話しかける。

「僕に君と話すことはありませんです…」

「俺にはあるんだよ」

「しょうがないですね…」

俺は教室の外へ出る。三日月はトテトテと俺についてくる。

「で、話ってなんですか?」

屋上に着いたとき三日月が始めに口を開く。はっきり、言って何も考えてない。

「ごめん…」

それだけが、俺の口から漏れた言葉だった。単調な言葉。だが、俺の本心。ただ、謝りたかった。ただ、謝って出来るなら許しを請いたかった。

「なんのことですか?」

それは、許されなかった。

「僕は君に何もされてませんです。何を謝っているのかは知りませんが、僕は君に謝られたくはありませんです」

「…………」

「君は…、あまり僕に関わらないで下さい」

それだけ言って三日月は踵を返し、階段を下りていく。俺はただ呆然とその後ろ姿を見送ることしかできなかった.

「………」


意味がわからない。


気持ち悪い。イライラする。自分で自分が嫌になる。


昼休み。

例のごとく三日月は今は隣にいない。空白の席。

「聞いてんのか?」

「なんでお前の聞いてるだけで孕ませられるような破廉恥な話を聞かねばならんのだ…」

俺は適当にいなりに返答しながらいなりに買ってこさせた購買の焼きそばパンを貪る。

「お前、男だろ!」

「それでも、孕ませるのがお前のすごいところだ」

「マジですか!先輩は私というものがありながら男の人と…」

「ああ、昨日は激しい夜だった…」

俺はいきなり横に現れた七香に適当に対応する。

「よくも、先輩の初めてを…」

七香がなぜか知らないがいなりを睨む。はっきり言って俺には関係ないことだが。

「いやいやいや、俺は何もしてないから!無実。冤罪。まず、俺はノーマルだ!」

「いなり、こんなご時世だ。BLだって、ノーマルと言っていいんじゃないのか?自分を否定するな。お前は自分に正直に生きろ。俺のいないところでな」

「BLがノーマルってどんなご時世だよ!嫌だわ!俺は女一筋だ!」

誰も雑食とは言ってないだろうに。

「女だったら誰でもいいんですね!先輩でも、もっとしっかりしてますよ!」

俺はそれ以下ではないがしっかりしてないのか…。まさか、いなりと比べられる対象となろうとは。なんたる屈辱。


放課後。

「高波君。君は今日は生徒会に出なくていいです。帰ってくださいです」

明らかな拒絶。胸が締め付けられそうになる。なんだ、この感覚は…。

「…わかった」

俺はそう答えるしかなかった。これ以上、自分を傷つけないために。


 俺は、また逃げてしまった。妹と別れたあの日のように。

「先輩!今、帰りですか?」

教室をでたところで七香と鉢合わせ、にこやかな顔で俺を見る。

「俺はこれから用事があるから、まだ帰らない」

「どんな用事ですか?」

「俺はこれから部屋に戻らなければならない」

「つまり、帰るってことですね?」

どうせ、予定もないし七香と帰るか…。

「そうだ」

そんな俺達に目も向けず三日月が通り過ぎる。玄関とは逆の生徒会室の方角に。

「なら、一緒に帰りましょう」

「悪いが俺は鬼ヶ島に桃太郎退治に行かなければならない」

「なぜ桃太郎、倒すんですかッ?」

「鬼に助っ人、頼まれてな」

「駄目でしょ、鬼。鬼ともあろう者が助っ人、頼んじゃ!」

「鬼にだっていろいろあんだよ…。桃太郎が助っ人で猿と雉と犬を食べ物で(たぶら)かしてだな」

「それはいっちゃ駄目です。子供の夢が壊れます」

「鬼の持っていた財宝を強奪してだな。日本昔話史上最高額の強盗事件を起こしたのだ」

「私の中の桃太郎が崩れます!止めてください!」

「桃太郎は助けた少女達を侍らせながら、鬼達をこき使いながら、今では鬼ヶ島に独裁主義国家を築き上げているそうだ」

「ただの悪党じゃないですか!」

「だから、助けに行くんだろ」

「そうですね!頑張って来てください」

これを信じるとはなんて幼稚な奴なんだ…。俺は七香の横を通り過ぎる。七香は笑顔で俺に手を振る。

「明日、戦果を聞かせてくださいね」

罪悪感が俺に染み込む。俺は何をやってんだろうな…。俺がやったのは八つ当たり。自己満足すら与えない、相手を傷つけるだけの八つ当たり。



七香、今いる時間と君がいた時間


私は笑顔で先輩を見送る。先輩は私に振り返ることなく、角を曲がる。私は、先輩がひょっとしたら戻って来てくれる。なんて、期待をしてしまう。戻って来てくれるなんてありはしないのに。

「一方通行…ですね…」

私は手提げバックを担ぎ直し、先輩に追いつくことがないように、できるだけ速度を落として玄関に向かう。

人はいるが怖い。いる人間自体が犯罪者なのだから。仕方がない。

速度を落としていたので先輩に追いつくことなく玄関に着く。私は下駄箱から靴を取り出し、靴を履き替える為に腰を曲げる。

「遅い!」

頭の上から声がした。優しさの全く籠もってない声が。それでも私は嬉しかった。

「先輩、鬼ヶ島にいかなかったんですか?」

先輩がここにいることが。

「桃太郎が性病にかかって死んだ」

私は零れそうになる涙を零さないように先輩を見上げる。

「先輩それは卑猥ですよ」

「そんなこと言われても困る。やりすぎるとそうなるという教えだな」

先輩は適当なことを言う。でも、私はそんな先輩が好きだ。だから、誰よりも私を好きになってもらいたい。




「この前の続きだ。お前は月野 三日月をどう思ってる?好きか?嫌いか?」

「嫌いなわけないだろ…」

嫌いなら、手なんて握らない。嫌いなら、キスなんてしない。嫌いなら、こんなに思い悩まない。

「俺はアイツのことが好きだ…」

「だったら、それが答えだろ。お前の答えだ。お前が思う通りに生きりゃいい」

「だからって…」

俺がアイツに妹の影を見てるのも事実。その事実は変わることはない。

「二人とも好きなんだろ。それじゃ駄目なのか?一緒にいられりゃいいんだろ?違うのか?」

「好きだからこそ…。そんなんじゃ駄目だろ」

「偽善者ぶってんじゃねーよ!お前が望まなきゃ手に入んねーだろうが!好きだから傷つけない?ハァ~?馬鹿なのもたいがいにしろよ!へたれが!そうやってお前は今まで何人の人間を傷つけたよ!お前の偽善で周りを不幸にするくらいなら!お前の望みで人を傷つけろ!なんもかんも犠牲にして何も得られませんでした?ふざけろよ、お前!幸せになる気がない奴が、人を傷つけてんじゃねーよ!それこそ、お前が(さげす)んでたクズ以下じゃねーか」


何の解決もなくても朝は来る。時間の流れは止まらず、俺を攻め立てる。

「起きるか…」

俺は傍らで寝ている太郎を優しく撫でる。

「お前、自分の部屋はどうしたよ…」

「にゃ~…」

太郎は小さく呻き、目を覚ます。

「飯でも食うか?」

俺は太郎を抱き上げながら立ち上がり、リビングへ向かう。

「なんにすっかな…」

俺は太郎を下ろし、ブルーベリージャムの瓶を取り出しトーストに食パンをセットする。パンが焼けるまでの間に太郎の皿にキャットフードを入れる。

「…………」

チーン。

俺はこんがりと焦げ目の付いた食パンにブルーベリージャムを塗る。

「…………」

「にゃ~」

食パン片手にボーッとしていると太郎が心配そうに俺の足に擦り寄ってきた。俺は太郎を抱き上げる。

「俺はどうしたらいんだろうな…」

俺は太郎に質問を投げかける。誰でもいいから訊いて欲しかった。誰でもいいから話したかった。何でもいいから気分を紛らわせて欲しかった。

「ニャッ」

ビシッ。

俺は顔に盛大な猫パンチをお見舞いされる。

「シャーーーーッ!」

太郎は声いっぱいに怒りを表現する。夢ん中で怒られて、飼い猫に殴られて、俺は何をそんなに悩んでる。


昼休み。

「会長さんどうしたんだよ」

いなりが俺におにぎりを食いながら話しかけてくる。

「…知らねーよ」

三日月はクラスに顔を出していない。当然、俺もアイツに会っていない。

「お前ら、いつも一緒だろ?喧嘩でもしたのかよ?」

「そんなもんだ…」

俺は話半分でいなりと会話をする。

「そっかー。いいよな。お前は」

「何がいんだよ?喧嘩なんかの…」

「俺なんか喧嘩できる奴すらいねーよ」

いなりは俺のコンビニ弁当最後のから揚げを食う。

「お前、モテなそうだもんな…」

「酷い!事実だからこそ痛い!そして、ロリコンには言われたくない」

「ひがむなよ…」

「ひがんでないやい!」

「夕せんぱーいッ!」

七香が大声を出しながら俺達に駆け寄ってくる。いなりが「一人でいいからわけてくれ!」なんて言いながら土下座してる。

「聞いてくださいよ!昨日、遊園地に行ったらですね!迷路に入って閉館時間になっても出られなくて困っちゃったんですよ!それでですね!」


遊園地…。三日月…。

「そうですか。そんなに僕とデートがしたかったですか」

「高波君。手」

「それは、どんな無表情ですか?」

「女の子にとってお菓子はメインです」

「べ、別に、君のために作った訳じゃないので礼なんていらないです…」

「…あ~ん」

「食べてくれないですか……?」

「…何か言ってくださいです。なんでもいいから誤魔化して下さいです!」

「高波君は死ぬほど人を愛したことがありますか?」

「手を…。手を繋いでくださいです」


「先輩?聞いてますか?」

七香は俺の反応がないことに不安に思ったのかそう尋ねてくる。

「ああ、一応聞いてる。七香が鼻でラーメンを完食するって話だろ」

「そんな汚い話してないですよ!」

「こんな奴とじゃなく。俺とお話しようぜ」

「知らない人と話すとバイキンが移ります。話しかけないで下さい」

「そんな~…」

その法則だといなりとはもちろん。誰とも話せないな。みんな始めは、知らない人だ。

「たぁ~かなみ~!テロ計画の日程が決まったぞ!今週の終業式の日にけ~ていしたー!」

それは、堂々と言っていいことなのだろうか?

「なぜ俺にそれを話す…」

「決まっているではないか、同士だからだ!」

なんの同士だよ…?

「なら、俺も仲間に入れてくれよ!楽しそうだからな!」

「お前…。誰だ?」

「なんですと!」

このクラスにおいていなりを知らない奴がいるなんて。

「悪いが俺はこのクラスになってまだ一年も経っていないんだ…」

「みんなそうだよ!一年ごとにクラス変わってるからな!けど、お前、三年間ずっと同じクラスだったぞ!」

「悪いが俺は興味のない奴の名前は覚えないんだ。その証拠にお前以外のクラスの奴の名前と住所、スリーサイズまで全て暗記している!」

そこまでいけば、ただの変態だ。

「俺ってそんなに興味を持たれていないのか…。いや!そんなことで挫けてはいけない!このクラスの女子のスリーサイズ全部、教えてくださいませ。國明様」

いなりは床に頭を摩り付けながら土下座する。コイツには羞恥心というものが存在しないのだ。

「私にも夕先輩のスリーサイズを!」

「クラスメイト女子のスリーサイズはともかく同士、高波のスリーサイズは国家機密のスークレット事項なのだ。悪いが教えることは出来ない。しいて言うなれば、ノーマルだ」

普通の身体って、何を基準にしてるんだ?第一いつ俺のスリーサイズを!

「やはり、先輩の身体、国家機密なりのシークレット…。むむむ、腹が鳴ります」

ただ、腹減ってるだけじゃねーか…。


放課後。

「高波君いるかな」

「あんな奴じゃなく僕とお食事にでもいきませんか?」

「私、猿人とお食事をする暇わないのよ」

いなりが誰かにナンパして振られる。いつものこと何も変わらない日常。一つの空席を除けば。

「…心配なのかな?後輩君は、ミカちゃんのこと」

「なんか知ってんのか…?」

俺は糸で引かれるように無気力に顔を上げる。ナミキが人懐っこい笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。

「知ってるよ。何もかも」

「なら、教えろ…」

「答えは出たんだよね?」

「ああ…」

答えなんて、あってなきようなものだが、俺は俺なりの答えを出した。それが、俺に出来る精一杯の答えだから…。伝えなくてはいけない。どんな結末が待っていても。

「なら、何が聞きたいの?答えが出たなら会いに行けばいいのに…」

「会いにいけないから困ってんだろ…」

「…この前の灰工場。そこに三日月は向かってる。きっと死ぬよ」

ガタンッ。

俺は勢いよくナミキに掴みかかる。

「なんだよそれッ!死ぬってどういうことだよ!」

「言葉通りよ。このまま、行けばあの子は死ぬわ。百%。あの子は死に場所を欲しているのよ」

俺はその言葉を聞いて走り出す。無我夢中でただ走る。間に合うことを信じて。



ナミキ、邪道


「あらあら。やっぱり、男の子ね。元気があっていいわ」

「おい、お前」

さっきの猿人君が私にさっきとは違うテンションで話しかけてくる。

「なにかな?猿人君」

私は振り向きながら、答える。

「アイツを傷つけたら俺がお前を殺す」

振り向いたはずの私の後ろで彼は私に忠告する。

「お生憎様、アナタこそ彼をどうするつもりかしら」

「アイツは俺のダチだ」

「ふふふ。アナタもしかして、Sランク犯罪者の蒼井(あおい) (くら)()かしら?」

「俺は、赤沼 いなり。ただのDランク犯罪者だ」

何がDランク犯罪者よ。私以上の化け物の癖に。夕君、君ってどんだけ上位犯罪者に好かれるのよ。

冷や汗が私のこめかみを伝う。




「キャッ」

階段を駆け下りた先で誰かとぶつかる。

「わりっ」

俺は適当に謝罪をしてその横を通り過ぎる。

「先輩?」

俺は服の袖を掴まれ、足を止める。その声で相手に気づく。

「七香、悪いが急いでるんだ。離してくれ!」

「どうして…、行っちゃうんですか?先輩」

「何言って…」

俺は振り返る。そこには今にも泣きそうな顔をした七香が立っていた。

 なんで泣くんだよ。意味わかんねーよ。

「三日月先輩の所に行くんですよね…?喧嘩したんですよね?ナミキさんから聞きました」

「……………」

「ごめんなさい…。何でもない…です」

何にもないという表情ではなく、我慢するようにそう言った。

「がんばって来てください。仲直りできるといいですね。仲直りできなかったら。今日のおやつなしですからね…」

そう言って笑う。泣き顔にも似たそんな表情で。それでも笑顔で。

「早く行ってください。私の手を振り切って…」

訳がわからない。それでも、俺は前を見据え走り出す。七香の手を振り切って。



七香、今いる時間と君がいた時間2


「あっ…」

先輩は私の手を振り切って言ってしまう。

「…………」

私にはやっぱり出来ないよ。先輩を私だけのものにするなんて。私は振り切られた自分の手を見つめる。

                  ◆

「あれ、もしかして、七香ちゃん?」

閉館時間も過ぎた迷路の中、眠ってしまった瑠屡ちゃんを背負いながらどうにか出らないかと格闘していた私にお姉さん系な女性が話しかけてきました。

「そうですが…」

私と同じ迷路で迷って出られなくなった人でしょうか?でも、どうして、私の名前を知っているのでしょう?

「私はミカちゃんと夕ちゃんと一緒に生徒会をやってるナミキっていうの。よろしくね」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」

なんだ、生徒会の人か…。なら、私の名前を知ってても不自然じゃないし、ここにいても…。ここにいるのは不自然では?

「私、瑠屡ちゃんを迎えに来たの。いいかな?」

「あ、はい」

 私は瑠屡ちゃんをナミキさんに抱っこしてもらう。

「ふふふ、そう言えば七香ちゃんてさ。もしかして、夕君のこと好きなの?」

「ななっ!」

 ナミキさんが瑠屡ちゃんの頭を赤ん坊にするように撫でながら問い掛けてきた。

いきなり、恋バナですかッ⁉突然すぎませんか!

「ミカちゃんも可愛いけどアナタも可愛いわね。夕君モテモテね」

なんか、いきなり見破られてしまいました。

「ナミキさんも夕先輩を狙ってるんですか?」

「私は違うわよ。今のところわね」

それなら安心…。ナミキさん、スタイル良過ぎです。絶対に敵いそうにありません。

「でも…、きっと私でもこの期を逃せば彼を狙うのは無理ね」

「この期…?」

この期って夕先輩に何かあったのでしょうか?

「知らないわよね…。ミカちゃんと彼、喧嘩したのよ」

なんで喧嘩なんて?朝はあんなに楽しそうだったのに。

「喧嘩したってことはチャンス!傷ついた男性なんて、ちょっと優しくすればいちころよ。なんてね…」

「いちころ…?」

先輩が私にメロメロ…。

「でも、期間は明後日の放課後直後でね…。それを過ぎればアナタに勝ち目はなくなるわよ」

「なんで言い切れるんですか?」

「そうなるように、なってるのよね」

よくわからないがそうなっているらしい。

「だから、夕君が好きなら彼がミカちゃんの所に行けないようにしなさいな…。アナタが本気になればそのくらい出来るでしょ。たった一日なんだから。ね?」

                  ◆

先輩は好きだけど。誰にも取られたくない。私だけのものであって欲しい。でも、私には無理だよ。だって三日月先輩も好きだもん。ずっとみんなで笑ってられればそれでいいもん。それを、私から壊すなんて出来ないよ…。

「出来るわけないよ…」

たとえ、先輩を止めて先輩を私のものにしたって嬉しくない。

 そう思ってる傍からどんな手を使っても手に入れたいと思う私だって確かにいる。だから、私はそんな自分に踏ん切りをつける為に先輩に手を振り払ってもらったのだ。最後まで私は我侭だ。




俺は校門を曲がる。

ガシッ。

俺は校門に寄りかかっていた。少年に手を捕まえられる。

「なにすんだ!離せ!」

俺はその手を振り解こうとする。

「僕はアナタが嫌いです」

振りほどけるどころか硬く押さえつけられ、振り上げることすらできなかった。

「意味わかんねーこと言ってんじゃねーよ!離せ!」

「そんなに急がなくても大丈夫ですよ…」

「お前に何がわかんだよ!早くしないとアイツが!」

「ここから、灰工場までは走って五分、会長が灰工場に着くには後七分はかかります」

「ギリギリじゃねーか!」

つーか、なんでコイツがそんなこと知ってんだよ。

ガンッ。

「イッ」

俺は少年に顔面を殴られる。容赦のない重い拳が俺に綺麗に決まる。

「さっきも、言いましたが。僕はアナタが嫌いです。ですが、会長はアナタ以外見ていない。悔しいですが僕ではまだ役不足です」

少年は俺を掴んでた手を離し、後ろを向く。

「今は、アナタに任せますが。覚えておいてください。いずれは僕がアナタを追い抜いてみせます。さっきのは、そんな僕のただの逆恨みです。気にしまくってください」

少年は、俺に一瞥することもなく学園に入っていく。

 わけわかんねーよ。みんなして、自分勝手なことばっか言いやがって。



中内、裏話4


「いいんかいな」

風紀委員長、酒枝 楢駒先輩が話しかけてくる。

「お手数かけました…」

僕は丁寧にお辞儀をする。

「わてはなんもしてへんよ。したんは全部コイツやからな」

「そうだぜ。こん畜生ッ。人の捨て駒、無駄遣いしやがって。先輩の超先輩バージョンが見れると思って期待してたのによ。そのまま行かせたんじゃ。アイツに先輩をあっちに変えるだけの力なんてねーじゃんよー」

不満そうに、Bランク犯罪者、海原 千夏は玄関前の岩に座り文句を言ってくる。

「すいませんでした。ご期待にそえる事ができず」

僕は単調に謝罪をする。

「ハァ~。いいやもう。サカっちの知り合いだから、もっと面白い人かと思ったけどつまんない…」

千夏は岩から飛び降り、自分の頭の後ろに両手を組んで校舎の中に入っていった。

「根は悪い奴ちゃうねん。堪忍してや」

「心配しなくても。気にしていません。安心してください」

僕は台本に書かれた台詞を読むように言葉を並べる。

「それより、先輩はその滅茶苦茶なエセ大阪弁の方が気になります」

「なはは、そりゃ、無茶や。癖になーてもうてるさかい」

「そうですか…。それは、残念です」





夢、関係性


 僕は、いったい何をしてるのでしょう。兄を突き放して、自分を隠して。隠したにも関わらず。僕は兄に会う事が出来ずにいる。矛盾。矛盾。矛盾。

 何もかもが自分を縛り付けていく。いずれは、身動きが出来ず。いずれは、全てが枯れていく。

「やっときたか糞野郎」

 兄はこんな僕を見てどう思うだろう?

 結局、僕はどうしたって兄を失うのだろうか?

「聞いてんのか!生徒会長さんよ!」

距離を取ることなんて出来ない。兄が近くにいなきゃ意味ないんです。好きでいて欲しい。嫌いじわれてなきゃいいなんて、無理です。どんな形でも、好きでいて欲しい。

「用件はわかってんだろ?お前が一ヶ月前に殺した(さか)(おか)の敵討ちじゃ!」

好きな人に好きでいてもらうって、我侭ですか?

「俺はこの一ヶ月お前を殺すことだけ考えて生きてきた」

好きなのに、好きで、好きで。兄に会うために今まで、耐えて、耐えて、耐えて、生きてきたのに。なんで、兄が近くにいるのに耐えなきゃいけないんですか?こんなに好きなのに、こんなに近くにいるのに。

「お前を殺して俺も死ぬ!」

会いたいよ。会いたいよ…。お兄ちゃん…。

「俺がこの学園、始まって以来の武勇伝を刻んでやるぜ!」

近くにいてよ。近くにいて抱き締めてよ。「好きだよ」って、頭、撫でてよ。ずっと、手を握ってよ。

「おりゃーーーーッ」

偽者のままでいいからキスしてよ…。

ガンッ。

そして、世界は真っ赤に染まる。




「なんで君がここにいるです?」

三日月は唖然と俺を見上げる。

「お前が俺に断りもなく、俺から離れるからだろ」

俺は鉄パイプで受けた後頭部の痛みを堪えながら、不良A(一人しかいないがなんとなくA)を睨む。

「何を…」

「スカしてんじゃねーよ。屑がーーーッ」

不良Aが鉄パイプを高らかにあげる。

「屑はテメーだーーッ!」

俺は鉄パイプの力の向きを自分と三日月に当たらないように少しずらす。不良Aはそのまま前のめりに倒れてくる。そこに、アッパーを決めるために拳を思い切り上に突き出す。

「ぶへー」

不良Aは(うめ)き声を上げて背中から地面にひれ伏す。弱すぎる。

「何を言ってるんですか?僕は君を突き放したのになんで君は僕のそばにいるんですか?なんで僕なんか助けるですか⁉」

「好きだからに決まってんだろ…」

俺は三日月の連続される質問にゆっくりと一言で答える。

「俺は確かにお前のことを妹の代わりみたいに見てた。でも、それでも、俺はお前と言う個人のことも好きなんだよ」

これが俺だから、俺の感情だから。

「だから、俺から離れるな!俺が一番好きなのは妹だ。でも、お前だって見捨てられねんだよ…。これは、俺のわがままだ。夢だって怒るかも知れない。それでも、やっぱり俺はお前と一緒にいたいんだよ。悪いかコンチクショー!」

最後は恥ずかしさで言って、もっと恥ずかしくなってしまったが。これが俺の答えだ。

「悪くないです…。全然悪くないです。に、…高波君は何も悪くないです。僕が臆病だから。僕が悪いんです」

俺は三日月を抱き寄せる。

「自分をそんなに傷つけな…。お前は女の子なんだ。だから、少しくらい臆病でもいいだろ。俺がいるから絶対に俺が守るから(つら)いことがあったらなんでも言やーいんだよ」

「男女差別です」

「そうかもな」

俺達はまだ笑い合うことのできない、歪な関係かも知れない。それでも、いつかはきっとお互いに笑い合える日が来ることを俺は信じてる。だから、俺は聞かなきゃいけない。

「そんな、男女差別するような、俺だがそばにいてくれるか?」

「…。しょうがないので一緒にいてあげるです」

俺達はどちらからともなく手を繋ぎあって学園に向かった。始めからそうだったかのように自然と。



夢、関係


兄が助けに来てくれた。兄が僕のそばに来てくれた。

悪いのは、真実を話すことのできない僕だ。兄に嫌われたくなくて。僕は兄を突き放したのだから。そんな、気持ちはまだ変わってない。僕はまだ怖いのだ。怖くて言い出せない。けど、いつかは話さなくてはいけない。自分の口から。

でも、まだ勇気がないから。だから…。

「少しだけ待っててくださいです」

お兄ちゃん…。

「なんか言ったか?」

兄は僕の手を繋ながら首を傾げる。

「なんでもないです。空耳じゃないですか?」

「いや、確かになんか言っただろ。隠すな!話せ!」

「しつこい男は嫌われますです」

「お前と夢にだけ嫌われなきゃいいよ」

「微妙ですね。そこは、嘘でもお前だけに嫌われなきゃいいって、言って欲しいところです」

本当は嬉しいです。とっても、とっても。

「それは、気が回らなくて悪かったな」

兄は全く反省の色なく笑い。僕の手に込める力を少しだけ強める。




学白犬園エピローグ


「はははッ!見よ!この輝きを!」

國明は屋上の出入り口の立方体の出っ張りの上に立ち、両手を高らかと上にあげて叫ぶ。

「滑稽ではないか?いなりの人間花火」

「たーすけてーくれ~」

いなりの叫びは学園の放送設備によって、学園中を駆け巡る。

「放送ジャックかよ」

「そのようです」

俺達は教室を飛び出して屋上へ続く階段の前にいる。

「さー、来るがいい!生徒会長、月野 三日月!風紀委員長、酒枝 楢駒!そして、我が同士にて、最大の宿敵、高波 夕!私はここにいるぞー!」

いつの間にか最大の宿敵にランクアップしたらしい。迷惑なことこの上ない。

「開けるぞ」

俺は扉に手をかけ、三日月を見る。

「OK」

三日月は親指を立てて合図する。それを受けて俺は扉を押し開ける。

そこには、白目を向きながら涎を垂らしながらグルグルと火花を撒き散らすいなりとマイクの近くにボイスレコーダーが一つ。

「やられましたです」



「甘いぞ。生徒会長、月野。そして同士にして最大の宿敵、高波よ。ポチッとな」

俺は真っ赤なスイッチを押す。

「わてのこと呼んだかい?國明君」

風紀委員長、酒枝 楢駒が俺の背後の扉に寄りかかっている。

「ほほー、ここがわかるとはさすが風紀委員長」

ここは、俺が独自に作り上げた。教室と教室の間に作った隠し部屋。よもや、こんなに早く見破られようとは。

「だが、甘いぞ。風紀委員長」

俺は煙幕をはり、部屋の奥に儲けた非常撤退用隠し通路へ入る。



ピッ。という、とても不吉な電子音。

「逃げますです。高波君」

三日月は言い終わる前に振り返りもせず、階段を駆け下りる。

「え、ちょ、待て」

俺が三日月の後を追おうとした直後。

ガタンッ。

俺は振り返る。

いなりを載せた車輪は火花を散らしながらゆっくりと近づいて来る。俺はゆっくりと後ずさる。そして、階段に向かって走る!

始めはゆっくりだったそれは、次第にペースを上げて追いかけてくる。俺は一心不乱に階段を駆け下りる。

「なんでこうなんだよーーー‼」



「あー、俺だけどさ。もう、ちょっと仲間が必要になりそうだから。今日のところは計画を中止するよ~」

俺は携帯を使って、計画の中止を報告する。

「うん、まぁ~、そのうちね。ハァ~、ビビッてる訳じゃねーよ。それよりお前らこそビビッて逃げだすんじゃねーぞ。ああ。おう。了解した」

そして、俺は携帯を切る。

「ビビる訳ないだろ。俺はお前らを使って遊ぶだけなんだからよ~」



「やはり、私は誰にも止められん」

俺は非常撤退用隠し通路を使い中庭に出た。

「よし。そろそろ、当初の予定通り火災報知器ピンポンダッシュをしにゆくとするか」

俺はズレた眼鏡を掛け直す。

「くーにーあーきー!」

何!見つかっただと!

俺は声のする方向に振り向く。

「どけーーー!」

我が同士にして、最大の宿敵高波 夕がアニメのように砂しぶきを撒き散らしながら俺を通り過ぎる。

「高波がここにいるということはまさか!」

そのまさか、いなりが俺が職人に造らせた特別製の車輪に吊されながら転がってくる。

「なんだとーーー‼」

俺は突然のことに反応することができず、そのまま潰される。コレを狙っていたというのか。同士、高波よ。

「天晴れだ。高波 夕」



ドカンッ。

見れば國明がいなりと正面?衝突をはたしていた。綺麗に國明は車輪の下敷きになる。

「恨むなよ。國明。テメーが蒔いた種だ」

俺は目を瞑りながら速度を少しずつ落としていく。

ザクッ 。

「ハァ?」

足場が一気に崩れ落ちる。

「マジで落とし穴なんて造ってたのかよ~~~~‼」

だいたい、四メートルの正方形。かなり深い…。それ以上に尻が…きっと半分に割れている。

「何やってんですか?せ~んぱい」

七香が落とし穴の外から俺を見下ろす。

「落とし穴にビックリするほど綺麗に嵌ったんです。ビックリです」

三日月が状況を端的に説明する。端的過ぎてかなり情けないのだが、反論するともっと情けなくなるのでやめておこう。

「ニャハハ、馬鹿なのニャ!」

 瑠屡が七香の隣で馬鹿笑いしてやがる。

「どうでもいいが助けてくれ…」

「しょうがない高波君です…。ちょっと待っててください梯子を持って来てますです。七香さん手伝ってくださいです」

「うんっ」

三日月は溜息をつく、七香は元気よく返事を三日月に返す。

「瑠屡も手伝うのニャ!」



「三日月先輩。私、負けませんから…」

兄を残し國明君が造ったであろう落とし穴から少し離れたところで七香は僕を見て言う。

「なんの話かニャ?」

「アナタは高波君が僕のものでも良かったのでは?」

「違います!一番大切なのは私がいいに決まってます」

日本語としてどうなのかと言いたくなるが言いたいことはわかる。きっと、今のままの関係も大切だけどそれでも兄が欲しいということだろう。我侭で素直な気持ち。だから、僕も素直に返す。

「負けても恨みっこなしです」

「…うんっ!」

さっきよりも元気な笑顔で返される。始めの日に見た陰りはもう何処にもなかった。

「瑠屡を無視かニャ⁉」




人は変わっていくどんな形であったとしても。

時代と共に町の景色が変わっていくように。


 俺は遠くなる三人の気配を感じながら落とし穴の底に座りこむ。


自然的にも人工的にも世界は一変の分岐点もなく、繋がっている。

繋がっているからこそ繋がっていくのだ。


 そして、上を見上げる。何もない快晴の空が広がっている。


人と人も物と物も世界と世界も。

形がないとしても繋がりは消えることはない。


「今日も空が青い。きっと綺麗な月が見れるな」


どんな繋がりであろうとも。

その繋がりが、自分を自分の大切な人を傷つけることに成ろうとも。


 俺は、適当なことを言いながら大切な人のことを思うのだ。この青空を見上げながら。


永遠に…。永遠に…。



お読みいただきありがとうございました。


前回の話までで改善すべき点を頂きそれが話全体に関わるものもありまして自分でもそうだなと思い途中?ではありますが一度完結させていただき改善させていただきます。


もし、書きためのものでもいいので続きが読みたい人がいたらそのように感想ください。


あ、それ以外でもこの小説に関わる意見など感想がある人は感想を書いていただけると嬉しいです。辛い言葉はMではないので堪忍していただけると幸いですw


長々とお読みいただきありがとうございました





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