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本物と偽物、今と昔

本物と偽物、今と昔


やって来ました。遊園地前。現在、午前九時。俺は三日月を見つけ駆け寄る。

なぜ、俺が三日月を見つけなければならなかったかというと。今日の朝。三日月から[遊園地前に十時集合です]というメールを残して姿を消していたからである。

「早すぎだろ…」

俺はピンクに黄色い文字の入った薄手のTシャツ、フリルの付いたピンクがかった白いミニスカに黒のニーズソックスといった格好の三日月に話しかける。

「高波君こそ、早すぎだと思います」

「俺は場所がわからないから念の為だよ」

未だ自分の部屋の場所すらも把握、出来ていないからして。まぁ~、観覧車や何やらで簡単に場所が特定できたわけだが(今までなんで知らなかったのだろうと思うほどでかい)。余った時間を近くでのんびり潰すつもりでここまできたら、三日月がいたというわけだ。

「お前は暇人か?それとも、他の男の誘いでも待ってたのか?」

「君こそ暇人なんですか?それともナンパにでも、くり出して来たですか?」

「俺は暇人だ」

「堂々と発言することでもないと思いますですが…」

「潔いことはいいことだ」

「そうですねです」

「で、お前はどうなんだ?」

「どうなんだ。と言いますと、何がです?」

「お前はなんでそんなに早いかってことだよ」

「僕は君が早く来ることを予想して来たからです」

どんだけ俺の思考回路は簡単にできているんだ。

「そんなことより、せっかく早く来たんです。早く入場しましょうです」

「そうだな」

俺達は、にこやかに挨拶をしてくる改札のお姉さんにチケットを渡し遊園地に入場する。

「何、鼻の下伸ばしてんですか?」

三日月に彼女の嫉妬のような言葉を無表情で言われる。

「伸びてねーよ!それに、その台詞を無表情で言うな!なんか男としてショックだ!」

「そんなの僕の知ったこっちゃないです」

「そうですね」

俺は諦めて遊園地を満喫することに決める。

「それにしてもあれだな。思ったよりも人がいるな。ほとんどカップルだが」

学園の雰囲気とは一変、笑顔が溢れている。

いくら校則を守れば普通の学園生活が送れると言っても、普通の学園生活とは行かないものが誰しもあるのだ。

「そうですね」

三日月はつまらないものを評価させられたような態度で答える。

 さっきのは本当の嫉妬でしっかりとした対応をしなかったことを不満にでも思ったのか?いや、まさかな。そんなことは、ないだろ。三日月に限って。

「高波君。手」

三日月は俺に右手を差し出してくる。

「だから、金はねーって」

「わかってて、やってるですね。いいです。諦めるです」

三日月は右手を元の位置に戻して歩き出す。

「子供だな。まったく…」

俺は三日月に駆け寄り、手を握る。

「これでいいんだろ」

「ベタ過ぎます。…こんなんじゃ許さないです」

三日月はキュッと、俺の左手を握り返しながらツンデレる。顔を背けながら耳を朱に染めるその仕草は、とてもベタでとても愛らしい。

「そのくらい許せよ。ちょっとした茶目っ気だろ」

「君が茶目ても可愛くもなんともないです。むしろ、きもいです。即刻、人格を改善させるべきです」

三日月は無表情で振り向き、酷いことをお言いになさる。俺は人格を改善しなければならないような、なにかをしでかしてしまったのだろうか?無表情で言われると仮に冗談であったとしても結構ショックである。

「酷い言われようだ…」

「当たり前のことを言ったまでです。それより、早くアトラクションに乗るです。一日は短いのです」

そう言うと、三日月はジェットコースターへと足を進める。

「引っ張るな!ゆっくり歩け!つか、いきなりジェットコースターはないだろ!ペース配分考えろ!俺はお前と違って歳なんだ!」

俺は引っ張られながらも言葉で反抗する。行動でしめさないのは、ジェットコースターに乗るのが怖いんですか?と言う質問が来るのを出来るだけ控えるためだ。決して建前で言ってるだけって事じゃないんだからね。

「それじゃ行きますよー!しっかりベルトを下ろしてくださいねー!」

結局、乗る羽目になってしまった。無念。

 そして、従業員のお兄さんの掛け声の後。俺たちを乗せたそれは、ゆっくりと勾配を上がり頂上に着いた瞬間、一瞬だけ動きを止める。そして、そのまま一気に!



七香、ストーカーへの道9


「私が睨んだ通りです」

私は先輩たちが二人ともいなくなるのを怪しいと思い、瑠屡ちゃんと一緒に尾行していたのです。そしたら、案の定でした。二人が完全に遊園地の敷地内に入るのを無言で見届け。

「よし、私たちも入ろうか」

「遊園地なんて初めてでドキドキするニャ」

私達は先輩たちを尾行し、遊園地に入り、とあるアトラクションに乗り込む。何に乗ったかなんて見ていなかった。

 そして、気づいた時には、もう遅い。ゆっくりと上昇したそれは、乗客を圧殺するかのように、急激に降下する。その速度のままグルングルン回ってガーッてなってズババババンでピーな感じで進行していく。

「ぎ、うお!ギャーーーー!#&」($‘’&>*#&%~|^¥)」-&!」

私、ジェットコースター駄目なんです。怖いんです。絶叫系全て駄目なんです。そのまま、転生できそうな気がします。




「お前、超無表情なんだけど」

「それは、どんな無表情ですか?」

「こんなだな」

俺はジェットコースターに乗ってる最中、撮られたであろう写真の三日月の顔を指す。

「そんなこと言ったら、高波君なんか怯えてるです」

「これは、あれだぞ。後ろに座ってた奴が狂喜とも思えるような叫びを上げたからであってジェットコースターが怖かったわけじゃない」

「ふーん」

三日月は、ジト目で俺のことを見る。確かに、言い訳がましいものがあったと、自分でも自負してる。

「確かに、君の後ろの女性はものすごい形相ですね」

三日月は、俺の後ろに座っている女性?の顔を見て言う(実際に、見たのではなく写真でである)。

その隣には帽子を深々と被った女の子?が乗っているが、まったく顔が見えない。服装からして、たぶん、女の子だ。

「確かに、酷い顔だ」

人間、ジェットコースターでここまで恐怖する事ができるのか。

「次は、お化け屋敷に行って見るです」

三日月は俺の手を掴んで駆け出す。一瞬、その手の柔らかい感触にドキッとして。

「お前、いきなり遊園地のメインばっか狙いすぎだぞ!」

などと、照れ隠ししながらそのペースに合わせる。





七香、ストーカーへの道10


「きぼじばぶい(気持ち悪い)…」

私はジェットコースターを降りてすぐ、トイレに駆け込んだ。

「大丈夫ニャ?」

瑠屡ちゃんが私の背中をさすって心配してくれる。なんか、優しい妹を持った気分だ。

「これじゃ、これ以上の追跡は無理だニャ。さっさと帰って、録画しておいた昼ドラでも見るニャ」

「そうよ。私は先輩方の進行具合を見なきゃいけないのよ」

一昨日は、あー、言ったがやっぱり好きな人が私以外の人と私がいないところで愛し合うなんて耐えられないもん。

「いくよ。瑠屡ちゃん」

「本当に行くニャ?顔まだはんニャき(半泣きであって般若きではない)だニャ」

「それでも、女には行かなきゃいけない時があるのよ‼」

私達はまだそう離れてはいないであろう先輩たちを追う。



「外観は迫力あるな」

それは、遊園地の一角にデカデカと、(そび)え立っていた。

「実際の灰病院を再利用したものですから、当然だと思うです」

「マジかよ」

よく灰病院の近くに遊園地なんて建てようと思ったな。

「灰病院と言いましても、一年くらいで死者が続出して、二年も使われていないそうですが」

しかも、曰く付じゃねーか!

「本格的どころの話じゃねーな」

入ってすぐに、冷気が身体を覆う。辺り一面が窓から漏れる月の薄明かりだけが照らす。もちろん、今はまだ、十時にもなってないので、本物の月明かりではなく作り物である。窓の外にもしっかりとコケや草木が生い茂りとても作り物とは思えない雰囲気を醸し出している。

 俺は、入る前に渡された懐中電灯のスイッチを入れる。

「それは、そうです。これが、ここのメインですから」

三日月は、俺の腕にギュッとしがみ付く無表情で。

「怖いのか?」

「怖くなんてないです。ただ、こうする事で雰囲気を盛り上げようと思いまして、です」

できれば、もうちょっと怖がっている表情でしがみ付いてくれればいいのに。無表情でもうれしいのだが…。あれだぞ頼られてる感があるからであって決してやましい気持ちとかは、ないからな!

俺達は三日月が転ばないように、ゆっくりと歩き出す。

[約束、破れば死んじゃうぞ~。内臓、取られて死んじゃうぞ~。約束、破る子悪い子だ~。悪い子、舌、切って、出血死~]

声の高い女の子の歌声が何処からともなく聞こえてくる。そして、その声は、先に進んでも進んでも歌声の大きさは変わることはなく流れ続ける。まるで、壁全体から歌声が鳴り響いてるんじゃないかと思うくらい音源が特定できない。それどころか、廊下の周り中からカラフルな虫たちが数ひき、(うごめ)いている。

「これって、ひょっとして立体映像か?」

「そのようですね。物陰にいろいろな機材がありますです」

三日月は立ち止まり、俺の腕から離れ、物陰を覗く。腕から離れたと言っても手は繋いだままだが。

「ハイテクだな」

「外よりはいろんな技術が進んでるです。それ以上にいろんなものが欠けてるですが」

「へ~」

俺は適当に相槌を打つ。

「死にたいの?」

後ろから女の子の声が横切る。俺はゆっくりと首を回す。

「…………」

当然のことながら誰もいない。薄暗い闇だけがそこに存在するだけである。

「左右から流れる音量の違いで後ろを通り過ぎたように音を流してるだけです」

三日月によって一瞬にして謎が解けてしまう。俺は三日月が、ぜんぜん怖がってる様子がないことにがっかりする。妹だったら、もっと怖がったのにな、なんて俺は考えてしまう。三日月と妹の違いを感じてしまう。俺は重ねてはいけないと思いつつ、三日月と妹を重ねてしまう。

「………」

「キャーーーーーッ」

そんな俺の考えを遮るように妙な二人組みが悲鳴を上げながら通り過ぎて行く。

「なんだ…。ありゃ……」

「さあ…。お化け屋敷のマスコットではないはずです。たぶん…です」

自信なさ気に三日月は二人が通った方向を見る。

「今までん中で一番怖かったぞ…」

「…です」

笑い合うことはなかったが、俺は笑い、三日月もどこか微笑んでるように見えた。

その後は、血風呂から出てくる立体映像や、首吊り死体、小刻みに動く人体模型、霊安室の動く死体などなどの数えたらきりがないほどのお化けに遭遇する。実に約一時間ほど、灰病院を歩き周り、出口へ。

「それなりに、怖かったな」

並みのお化け屋敷じゃねーよ!じいさんとか入ったら、心臓止まるぞこりゃ

「そうですね。本物のお化けがいるなんて噂もありますし」

「本当のお化け屋敷じゃねーか!」

いいのか?ここ!このまま営業しても!

「噂では、周りから聞こえるはずのない歌声が聞こえてきたり、あるはずのない首吊り死体があったり、出た後にこの噂をすると現れる看護婦の幽霊とかいろいろあるです」

俺は勢いよく後ろに振り返る。首から不自然な音がした。かなり痛い。

「ただの噂です。何をそんなに怯えているのですか?」

いや、怯えるだろ普通…。噂のうち二つが当てはまってんだ。怯えないほうがおかしいだろ…。

とにかく、後ろに幽霊がいないことに安堵する。

「だよな…。いるわけないよな。そんなの。ははははは…」

俺はゆっくりと引きつった笑いを浮かべながら首を元の位置に戻す。

「……………⁉」

俺は笑顔を固める。

「どうかしたんですか?」

三日月は可愛らしく首を傾げる。それを真似するように、三日月の後ろにいるとても暗いオーラを放つ看護婦さんが首を傾げる。

「……………」

なんかイルーーーーーーッ!!なんかいるよ!なんかッ!なんすかこれッ⁉なんかのドッキリですか?きっと、そうだそうに決まってる!きっと、三日月が仕掛けたドッキリに決まってるよ!そうだ、落ち着け。俺。今は冷静になろう冷静に!

「…さ~、次に行こうか?次、何処に行きたい?どこでも好きなところに連れてってやるぞ。遊園地内なら…」

「…そうですね。ちょうど昼ですし、食事にしましょうです」

三日月はまだ納得してないような表情を浮かべながらお城の様な建物に飾ってある時計を見上げる。

「そうだな。そうしようか」

俺は未だ引きつった笑みを崩さないまま答えた。


昼食。

「なんか、肩が重いです…」

そりゃ、そうだろう。看護婦さんしょって歩いてんだから…。

 俺達はオープンカフェの一番、風通しのいい席に座り、パフェを食っていた。

「つらいなら、食い終わってから昼寝でもするか?」

「遠慮しとくです…。せっかく来たんですし、今日中にここのアトラクション制覇するです」

もしかして、この歳になってメリーゴーランドとかゴーカートはないよな…。

「一つ聞きたいんだが、なぜ昼飯にパフェなんだ?」

この歳の男子がパフェってだけでもおかしいと思う人もいるだろうが…。そこは、男女差別的なものがあるのであえてつっこまない。

「…何を言うのです。女の子にとってお菓子はメインです」

「別腹だろ!」

「別の腹なんてないです。あんなものは、胃が勝手に空間を作ってるにすぎないのです」

「そういう意味じゃねーよ」

「どういう意味ですか?」

返す言葉も思い浮かばんが読者の皆さんにはわかってもらいたい。

「ハァ~。めんど…」

俺はぼそりと呟いた。

「「………」」

沈黙が雰囲気を重くする。

「なんか、しゃべんなさいよ。退屈なカップルね」

その中で幽霊だけがフワフワと軽口を叩く。まったく、余計なお世話である。

「特に彼氏の方、アンタのせいなんだからなんとかしなさい!」

なんか俺、怒られてんだけど。なぜ?

「…これ……」

三日月が小さな鞄から弁当箱を取り出し、顔を背けながら渡してくる。

「…パフェだけじゃ足りないと思うので食べてくださいです。僕はこれでお腹いっぱいだから全部食べてくださいです」

俺はそれを受け取る。

「…。ありがとな……」

俺は頭を掻きながら礼を言う。とてつもなく恥ずかしい。でも、それ以上に嬉しい。

「べ、別に、君のために作った訳じゃないので礼なんていらないです…」

三日月が頬を赤らめながら、歯切れの悪い言い訳をする。

「ツンデレ…?」

「違うです!ただ、この前みたいに強力便秘薬を入れたのを食わせていろいろ要求しようと思ってるだけです!」

これは、ツンデレだから物事を逆に取ればいいんだな。だとするとこれは、この前みたいに強力便秘薬なんて入れてないと、受け取ればいいんだな。

「別に毒薬なんて入れてないです…」

これも逆に受け取って、毒薬入ってます。

「………」

入ってんの!

「爆発なんてしないです…」

爆発すんの!いやいや、普通に考えてないだろ。逆になんて取るからそうなるんだ。普通に、とらえればいい。

「まず、何も入ってないです」

「もはや弁当じゃねーよ!」

「うまく玉子焼きが丸められなかったので、ストレス解消のため全部ごみばこに捨てちゃったです。てへッ」

真顔で「てへッ」はないだろ。まじで。

「捨てるなよ!」

「嘘です。捨ててないです」

三日月は俺が開けようと手をかけようとした弁当を奪い、蓋を開ける。そして、鞄から黒猫の絵の入ったピンクの箸を取り出し、から揚げを一つ摘み、俺の口に近づける。

「…あ~ん」

恥ずかしそうに頬を赤く染め、小さく口を開きながら口を開けるように要求する。

「…………」

「落ちるです」

「自分で食べるから箸をよこせ」

「食べてくれないですか…?」

三日月は寂しそうな声を漏らす。勿論、無表情で。

「最低な彼氏だな。お前」

幽霊に最低評価される。よくしゃべるな。お前。

「…わかったよ。食えばいんだろ。食えば!」

俺はしかなく、から揚げを口にする。

「…うまい」

「正確には、ゴミ箱に一回、捨てようと思って入れたけど、やっぱり、勿体無(もったいな)くて取り出したものだったんですけど。よく食えるですね。ビックリです」

「俺の方がビックりだわ!ビックリして飲み込んじまったよ!」

「食べながら話してたんですか…?はしたないです」

「お前は汚ねーもん、人に食わしてんじゃねーよ」

「大丈夫です。きっと、冗談です」

「そこは、断言しろよ!」

「僕は嘘をつけない性格なんです」

お前がピノキオなら鼻が天まで伸びてるぞ。

「信じるものは救われますです」

「お前が言ったこといちいち真に受けてたら逆に不幸になるぞ」

「それは、人それぞれです」

「神様が差別すんなや!」

「僕は人間です。差別くらいしますです」

「そんなこと断言せんでいいわ!」

「我侭な人です」

「俺か!俺が悪いのか!」

「男たるもの。好いてる女性の言うことをなんでも聞いてやるくらいの甲斐性がないといけないな」

幽霊はなんか一人納得してるし。

 こんなやり取りをしながら俺達は、昼食を満喫?した。



夢、現前


 白犬遊園地。それは、人工的に造られた遊園地。空気も木も草も人さえも。ほとんどが人工的に造られた廃棄物だ。楽しく見えるのは表面上だけ。事実を知らなければ、なんの変哲もない遊園地だが事実を知れば、笑う能面の箱庭です。

「回しすぎだーーーーッ!」

兄はそんなこと知らないでしょう。兄は何も知らなくていいのです。このまま、何も知らずに僕といてくれればそれでいい。知る必要なんてない。世界の本当に醜い姿なんて。知らなくていい。




「気持ち悪い…」

俺はコーヒーカップで目の前が同色になるくらい激しく回されベンチに横になる。

「まったく、このくらいでダウンですか?」

「…このくらいってマジ今日だけで俺としては一生分くらいアトラクションを経験したぞ」

現在時時刻六時四十五分休むことなく次々にアトラクションに引っ張られていった。

「安心してくださいです。次で最後です」

そして、三日月はこの遊園地で一番高いアトラクションを見つめる。観覧車だ。

「時間もちょうどいいです…」

三日月は俺の服の袖を引っ張り俺を急かす。それに、答えるため俺は自分の身体を動かし、ベンチから立ち上がる。

 俺達三人?は、従業員の笑顔に見送られゴンドラに乗る。ゴンドラは微かな音を立てながらゆっくりだが着実に観覧車の頂上を目指す。

「…隣に座ってもいいですか?」

対面に座っていた三日月が俺を直視しながら訊いてくる。

「別にいいけど」

断る理由も思い浮かばなかったので、俺は快く頷いた。

三日月はその返事を聞いて遠慮することなく俺の隣に収まる。看護婦の幽霊はニタニタしながら対面の席に座っている。

「………」

「………」

何の会話もないままゴンドラはゆっくりと時を刻む時計のように右回りに進んでいく。肩から服を隔てたその先にある三日月の体温が伝わってくる。時々、ゴンドラの窓枠から漏れる風が三日月の甘い香りを運んでくる。

ピロリロリン

三日月は可愛らしい音を立てる携帯電話をバックから取り出す。

「すいませんです」

そう言って、携帯電話を耳に当てる。



中内、裏話3


僕とナミキは望遠鏡のある城の一室で会長を見ていた。

「そろそろかな」

ナミキは健全な女子高校生のようにクスッと笑い、携帯を取り出す。

「何をする気ですか?」

「ニヒヒ、そんなにあの子が心配?心配だよね~」

僕を嘲笑(あざわら)うかのように口を歪める。

「でも、心配しなくていいよ。アンタにとってはむしろラッキーなことだから」

そう言いながら携帯を耳に当てる。

「もしもし」

携帯から会長の声が漏れる。

「もしも~し、楽しんでますか~?」

耳障りなナミキの声が挨拶もなしに会長に問いかける。

「楽しんでるんで、切ってもいいですか?」

平然と会長は返す。俺は苦しくなる胸に手を当てる。

「それはよかった。でもね。今からその関係を壊して欲しいわけよ。わかる?」

「何を言ってるんです?」

会長の冷酷なまでに平坦な声が返ってくる。

「夢ちゃんには二つの選択肢があります。一つはお兄さんを自分から引き放つ選択肢。二つ目はこのまま、ラブラブお兄さんと遊園地から出る選択肢。どちらを選んでもいいけど二つ目を選んだ場合、お兄さんに夢ちゃんの隠し事をぜーんぶバラしまーす」

何を考えているんだコイツは!

「…なにを言ってるですか?」

「なにって言葉通りなんだけど。わかりづらかったかしら?」

ナミキはお嬢様のように平然と答える。

「なんでそんなことするですか?」

「なんで?簡単よ。夢ちゃんが傷つくのが目に見えてるからよ」

「えっ?」

「夢ちゃんだって嫌でしょ?偽者の自分が大好きなお兄さんに取られるなんて。許せないでしょ?浮気現場を見続けなきゃいけないくらい苦しいでしょ?それでも、お兄さんから離れられない夢ちゃんにきっかけを与えてあげてるの。夢ちゃんが快くお兄さんから離れられるように。別に離れ離れになれなんて言ってないのよ。ただ、一定の距離を置きなさいって言ってるの。わかるわね?」

「………」

無言の静寂の末に。

「…わかった…。です…」

確かに会長はそう言った




三日月は無表情のまま、携帯電話をしまう。だが、その表情にはどこか動揺を隠してるように見えた。

「どうかしたのか?」

俺はできるだけ優しく三日月に話しかけた。少しでも力になりたいと思って。

「何もないです」

そう言って三日月は口を閉ざす。話したくないことを無理に訊くほど俺は強情じゃないので俺は無言で三日月の手を握る。


「高波君?」

ちょうど山の上に夕日がのような形になったとき三日月は俺の名前を呼ぶ。その横顔は夕日に照らされ、いつもより大人びて見えた。

「どうかしたか?」

「高波君は死ぬほど人を愛したことがありますですか?」

「はぁ?何、いきなり訊いてんだよ?」

「真剣に訊いてるんです。真剣に答えてくださいです」

その顔は本当に真剣で、三日月に対する後ろめたさから、俺は何も答える事が出来ず。ただ、黙って沈黙を保つのが精一杯だった。

「答えられないなら、答えなくていいです。ただの戯言です」

「………」

「あるところにとても仲のいいカップルがいました」

三日月は昔話のようにゆっくりと話し出す。

「ある日、その二人は親の都合により離れ離れになりました。女の子は男の子に離れたくないと泣きつきました。でも、男の子にはまだ女の子を養っていけるような経済力はありませんでした。だから、男の子は、絶対に迎えに行くと、女の子に言い聞かせ、別れました」

俺は俺と夢の事が頭に浮かんだ。カップルではなかったがそこら辺のカップルよりもお互いに愛し合っていた。

「ですが、親の都合なんてものは、建前で女の子の両親が男の子から女の子を離したいが為の嘘だったのです。それを知った女の子は両親と討論になりました。そして…」

三日月は、言葉を切って俺に視線を向ける。

「女の子は両親を殺してしまいました」

まったく表情を動かすことなく三日月は俺の目を見て言う。俺が何を思っているかを探るように。

「女の子は男の子に会いに行きました。ニッコリとした能面を(たずさ)えて」

そして話は終わる。

「君が男の子なら女の子にどんな対応をしますか?」

これが本題と言わんばかりに目線を強くする。その瞳は夕日のせいかどこか揺らいでいるように見えた。

「女の子を愛してると抱き締めることができますか?殺人鬼と罵り突き放しますか?それとも、そこではいい顔しておいて警察にでも連絡しますか?」

俺には答える事が出来なかった。三日月の目が真剣で、だからこそ安易に答える事が出来なかった。一つでも間違えれば、この関係が壊れてしまいそうで。解答一つで人を殺してしまえそうで、怖かった。

「…………」

「結論から言うと女の子は今でも男の子と一緒に暮らしてるそうですよ。自分のことを殺人鬼と罵った男の子と。いえ、違いますね。かつては男の子だった白骨と仲むつまじく暮らしてるそうです」

タイムオーバーと言わんばかりに三日月は俺から目線を逸らす。

「…………」

「人の気持ちは簡単に変わってしまうんですか?」

俺は何もいえなかった。さっきの質問に答えられなかった俺には答える権利なんかないのだ。

 いつの間にか三日月が俺の手を握り締めていた。強く、とても痛いが。それが、三日月を妹の代用品にしていた俺への罰のように感じられた。

 ゴンドラが下に付くころには夕日は山に隠れ、幽霊は姿を消していた。俺達は、従業員の指示に従い、三日月に続いて、ゴンドラから降りる。俺は決意を胸に足を踏み出す。

「俺は、愛し続ける!何があってもそいつを愛し続ける!」

俺は夢が。妹がもし犯罪に手をそれたとしても絶対に嫌いになることはない。それが俺が何度もゴンドラの中で考えた結論だ。

「人は愛し続ける事が出来る。人の気持ちは確かに変わるかもしれないけど悪いことばかりじゃないだろ。好きな人をもっと好きになることだってできるし、仲直りだって出来る」

「言葉ではなんとでも言えるです。ただの偽善は人を傷つけるです。それでも君はそんなこと言えるですか?」

涙で瞳を潤ませながらそれでも無表情に振り返る。それは、泣き出すのを必死に抑えてるようにも、泣き方を知らない子供のようにも見えた。

「言えるさ。本当にそいつの事が好きなら。人間なんにだってなるさ。それが、殺人鬼であろうとも」

「なら、なんで。なんでそんなに好きな人がいるのに僕となんているですか?」

「それは…」

俺は答えを詰まらせた。

「それは、なんですか?答えられないですか?答えられないですよね。だって…」

三日月は頬に涙を垂らす。涙は頬を撫でるように滑り落ちる。

「僕は代用品でしかないのだから」

図星だ。俺は三日月を妹の代用品のように思っている。それはお化け屋敷に行った時に、実感した。

俺は何をすればいいかわからなくなった。恋愛豊富なやつがいたら教えてくれ。俺はどうすればいい?違うとでも言って抱き締めてやればいいのか?そうだと、開き直ればいいのか?

「………」

結局、俺は何も言うことが出来なかった。何一つろくな考えなんてわからなかった。

「…何か言ってくださいです。なんでもいいから誤魔化して下さいです!」

三日月は子供のように嗚咽を漏らしながら泣いていた。彼女がこんな顔をするなんて思いもしなかった。

 周りの人間はそれを見ても笑顔を崩すことなく通り過ぎていく。メリーゴーランドの光が無責任に俺達のことを照らし出す。

「僕が惨めじゃないですか…」

三日月はそのまま走れ去っていった。

「俺はいったい何やってんだよ…」



夢、無月


僕は、兄の部屋に逃げ込み、ゆっくりと人形の山にダイブする。

好きでも好きと言えず。自分を隠すことでしか。自分を保つことが出来ず。そして結局、自分を隠す為に相手も自分も傷つける。

「でも、こうすることしか出来ないです」

嫌われたくないから。嫌われて突き放されるよりましだから。全部、自分勝手で身勝手だ。自分を守る為に相手を傷つける。兄に会う事ができれば僕は変われると思った。でも結局、僕は何も変わる事なんて出来ないのだ。それが現実で、夢見たものが幻で。汚らしく汚れた手は足をどれだけ洗おうと汚いまま。

「お兄ちゃん…」

いつまで経っても僕は、自分を守る為に人を殺す殺人鬼です。

そして、今日も兄の中の僕が汚されるのが嫌で、本当の自分が嫌われるのが嫌で、偽物の自分を好きになる兄が嫌で、僕は逃げた。逃げることで誤魔化した。自分の気持ちも兄の気持ちも。

「苦しいです…」

鉛のように重い体は一つのボロボロな熊の人形を抱き人形の山の中で苦しみを訴える。泣きたくもないのに涙も嗚咽も止まらない。止めようとすれば、止めようとするほど、涙は滝のように頬を流れ落ちる。

そして、月は完全に姿を消した。



ナミキ、寄り道


「あーあ。言っちゃった…」

私は盛大に溜息をつく。

「アナタがやらせたんでしょ」

中内が厳しい言葉を投げかけてくる。

「これは、手厳しい。でも、私はきっかけをつくっただけ。選んだのはあの子自身」

私は自分の意見を悪びれもなく披露する。

「それにアンタにとっては、願ったり、叶ったりな展開じゃない?好きなんでしょ。夢のこと」

「アナタには関係ないことです」

「あらあら、否定しないのね。さすが、男の子」

「…………」

中内は私に視線を送りながら黙り込む。

「でもね。私も期待してたのよ。あの子が自分の口で彼に伝える。第三の選択肢を選んでくれることを」

「時期を考えてください。まだ、早過ぎます」

「わからない人ね。人は、時間が経てば経つほど言い出しずらくなるものよ。隠せば隠すほど泥に足を埋めていく」

「それは否定しませんが。それでも、僕には、まだ早いように思えます」

「結局は、本人達の問題。すでにさいは投げられた。私達には見守ることしかできないわ」

私に出来るのはきっかけををつくることだけなのだから。それを、生かすも殺すも本人達次第。私が干渉してはいけないこと。



秘書日記


誰もいない部屋は広く、太郎だけがニャ~と、俺を出迎えてくれる。


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