世間話が好きな猫
世間話が好きな猫
「誰が殺した」
赤く紅く染まる。真っ赤な真っ火な世界、俺の前に一人の親友が倒れている。赤く生暖かい液体が黒く冷たくなる。それを覆い隠すように新し紅が体から湧き出てくる。
「お前が殺したんだ」
俺によく似た声が俺の質問に答える
「お前が弱いから洋一が死んだ。お前の代わりにな」
俺は顔を上げることもできず、ただ俺はその声に耳を傾けることしかできなかった。
「お前は無二の親友を見殺しにしたんだ」
「違う…」
「違わない」
「俺が駆けつけた時には、もうッ!」
「けど、お前があんな屑共と関わらなければ、防げた殺人だろう?」
「それは…ッ!」
「違うとは言えねーよな~。真実なんだから」
俺は押し黙ることしかできなかった。また違う俺に似た声。
「お前はただ逃げてるだけの糞やろうだ。現実から逃げ、過去から逃げて、お前はどんな未来を描くんだろうな~」
男は俺の耳元で囁く。暑い息が耳にかかる。
「お前は妹の約束覚えてるか~?」
「あぁ…」
かろうじて相づちを打つ。
「あれ?ならどうしてお前は、夢から離れたんだ」
「ああするしかなかった。俺一人じゃどうしようもならなかった」
「違うだろ…。だからお前は物わかりがいいふりして逃げるだけのガキなんだよ」
「カッタリー」
俺は誰もいない店内を見渡しながら一言。俺は悪夢から覚めた後、いつものように三日月が作った朝食を四人で騒がしく食べた後、バイトに来ていた。
「そんなこと言わないの。確かに暇で暇でカッタリーけど」
前後の文が同一人物とは思えない発言だ。今に始まったことじゃないのでスルーするが。
ウィーン。
自動ドアが開く。
「あれ、千夏か?」
「あっ、鈍感な先輩じゃないですか」
千夏は俺を見て近寄ってくる。俺は鈍感じゃないはずだ。
「なんでここに?」
「バイトだよ。バイト」
「バイトですか…」
千夏は顎に手を当て考える。横から「後輩君にだけ先輩って。先輩は私。私を先輩と呼ばない子は死ねばいい」とか聞こえたので「大丈夫です。先輩。先輩はコイツにとって先輩の先輩ですから」と、フォローする。先輩は「なんか強そうね」と、納得してくれた。どんだけ先輩という代名詞に執着があるのかしるのが怖くなった。その間に。
「先輩がバイト…俺はお客様…お客様は神様…先輩は俺に絶対服従…俺は先輩にどんな命令でもできる…ここはSMクラブ」
「ここは昼間のコンビニだ」
千夏が女の子とは思えない連想ゲームを繰り広げていたので止める
「SMクラブなんて穢らわしい。そっちの方が儲かりそうだから。店長に申請しておくわ」
「コンビニからSMクラブって、どんなビフォーアフターだよッ!」
さすがにないだろそれは…。なったら即やめるぞこんなバイト。
「そうね。SMクラブって言ったって所詮男女のプレイ。店長、あー見えてゲイだものね」
「そんな情報聞きたくなかったッ!」
「聞いといて損はないわよ。次のターゲットは後輩君だから」
「損だよ!」
「後輩君。知らなかったの。アナタ以外ここのバイト女の子が三人だけよ」
「こえーよ。なんかマジに聞こえてきたよ」
「冗談だもの」
「冗談かよ」
まず、ちょっと会話がずれてるぞ。
「そうよ。店長は無類の女好きよ。今日もどこぞで女の尻を追いかけているわ」
「それは犯罪だ」
「そうね。さっさと捕まってしまえばいいのに」
ごもっともだが雇われて数日で雇われ先が潰れるとかかなり酷いぞ。
「そこ!先輩と話ずぎだぜ。おばさん」
ピキッ。
なんか先輩から音がしたような気がするが怖いのであえて無視しよう。
「おばさんじゃないわよ。ピラミッドに生きたまま埋め立て差し上げましょうか?」
おばさんて、言われただけで殺意を持ってたらこの世界の反抗期の子供達の半分以上が死ぬぞ。俺の予想だけど。
「じゃ~、ババア?」
ビキビキッ。
「殺されたいのかしら。それとも生きながらに内臓でも取り出して晒し者にして欲しいのかしら」
「お前はどこの時代のどんな村の住人だッ!」
「この時代のこの町の人間よッ!」
町をなぜか強調されたがなぜだ?どうでもいいことなので置いておくのだが。
「じゃ~、なんて呼べばいいんだ」
「そうね。アナタに先輩と呼ばれたくないから。お姉様とおよび」
「お婆様ッ!」
千夏は勢いよく叫ぶ。
「今のは聞き間違いかしら。お婆様って聞こえたのだけど。何?アナタ、人体バラバラにしてホルマリン液にでも個別保存されたいのかしら?」
「それはそれで面白そうだが遠慮しとくぜ。お婆様」
絶対に面白そうではないがツッコミを入れられる雰囲気じゃないので身を電柱にして耐える。とにかく、それ以上、先輩を刺激しないで…俺まだ死にたくない…。
「ふー。後輩君…。私、ちょっとバックヤードにいって休んでくるわ」
「どうぞ、ここは俺に任せて心おきなく休んでください」
「ありがとう後輩君」
先輩は飛びっきり歪な笑みを浮かべバックヤードに入っていった。
「どうしたんだい友ちゃん?えっ、あっ、ちょ、そんなの振り回したら俺、死ぬ。男として終わるーッ!待つんだ友ちゃん、話せばわかる。えっ、ちょっ、ギャーーーッ!」
悲惨な旋律が聞こえるが気にしないことが長生きするコツなのだ。
「先輩、つかぬことを聞きますが火薬や弾薬は売ってますか?」
「確かにつかぬことだな。おい。普通のコンビニでは売ってねーよ」
「先輩がいる時点で普通とはかけ離れてるぜ」
千夏は親指を立てて俺に拳を向ける。ちなみに親指の方向が下だ。
「あっ、間違えた」
俺がジト目で見ていると親指が上をむく。
「ちょっと違うなこうかな」
千夏は親指を引っ込め中指を立て、中指の先を上に向ける。とてもニッコリとした笑顔で…。
「始めから俺を貶したいのはわかっていたがお前は俺に死んで欲しいのか?」
「逆ですよ先輩。俺は先輩を尊敬してなくはないくらいですけど貶してはいませんよ」
どこが逆なのか判断に苦しむが死んで欲しいわけじゃないらしい。
「さっき「先輩がいる時点で普通とはかけ離れてるぜ」とか言わなかったか?」
「あー、あれですか。あれはですね。先輩がいるなら楽しい場所に違いないって意味ですよ」
「普通とかけ離れた楽しさって誉めてるのか誉めてないのか微妙だぞ」
「実際、誉めてはいませんからそう聞こえなくてOKだ」
「あっそ…」
面倒くせー。
「で、結局、お前何しにきたわけ」
「だから、火薬と弾薬を買いにきた」
「爆弾って、テロでも起こす気か?」
「そんな、だいそれたことしませんよ。ここをどこだと思ってるんですか?平和の国、日本ですよ」
だからこそ、と言う奴も多いと思うが気にしてはいけない。相手は海原の妹だ。やりかねん。
「確かに、このご時世にお前はそんなことする危ない奴じゃないよな」
俺は密かに危なくないかを確認する。
「そうだぜッ!俺はこれから夏に備えて準備するのさ」
ひとまず、危なくないらしい。だが夏に弾薬を使うって何にだ。火薬だけなら花火とかの選択肢があるのだが…。
「夏に?」
「おうよッ。夏と言えば夏祭り、夏祭りと言えば射的、射的と言えば銃、銃と言えば爆発だ」
…。…。…。…うん。平和とは無縁もいいところだ。爆発する射的ってなんだよ。
「最後の連想は平和な世界の住人では有り得ないから」
「平和だからこそ人は荒んでいくんだぜ。先輩」
「それは人それぞれだ。コツコツ、頑張ってる民間人に謝れ」
「ギャーーーーーーッ」
バックヤードから聞こえてくる断末魔です。気にしないでください。
「俺は性悪説派なんだぜ。先輩」
あれを聞いてしまってはどんな言葉も綺麗事にしか聞こえまい。
「そうか…」
ウィーン。
新しいお客様だ。まともな方なら誰でもいい。
「「………」」
「やぁ、同士よッ!」
國明だ…。なぜだ⁉なぜ、俺の周りにはこんなのしかいないんだ!
「何のようだ」
「何のようだとは、ご挨拶だな。私はたぁだ爆弾と爆薬と弾丸と火薬とクエン酸を買いにきただけだ」
劇でもするよう言葉に強弱をつけながら、特に「たぁ」の部分を強調しついる。
「そんなもんコンビニにあるかッ!」
「ないだとッ。そんな馬鹿な。大抵のものはコンビニにいけばそろうと聞いていたが、やはりあれは出鱈目か」
「爆弾や弾丸なんて大抵に入るかッ!」
「同士よ。大抵なんて普通ほど不確かなものだぞ」
「常識的に考えろッ!」
「同士よ。常識なんて…」
「それはいいッ!面倒だ。このコンビニには爆弾も爆薬も売ってねーよ」
「あった」
マジカよ!どんな店だよここは!俺は千夏の神秘の発見?に心の中だけで悪態をつく。
「クエン酸」
サプリメントゥ!
「おおッ。あるでは、ないか」
「それだけはな」
「品揃えの悪い店だぜ」
「お前らの価値観で物事を判断すること自体が間違えだ!」
「先輩、人間と言うのは自分の価値観でしか物事を判断できない生き物なんだぜ」
「お前らはもっと世間を学んだ方がいいぞ!」
「そ、それは勘弁してくれ…。ギャーーーーー!」
「コンビニとは得体のしれない生き物を飼っているのだな」
「変な常識、学な!まず常識ですらないからな!」
「わからない。何が常識で何が非常識なのか…」
頭かかえるという、スランプの漫画家のような大袈裟な悩みのポーズをする。馬鹿にしてんのか?お前は。
「どうでもいいが買わないなら帰れよ」
「先輩。これが欲しいぜ」
苺アイス…。やはりまだまだ子供のようだ。
ピッ。
バーコードを読み取る電子音。
「百五十六円だ」
「後、コレもだ」
[たらふく実った淫乱な苺](エロ本の題名です)…。
「…」
俺は無言で本を棚に戻す。
「百五十六円だ」
「なぜ戻すんだ」
「年齢制限だ」
「なぜ苺アイスはよくて苺に関する本は駄目なのだ!」
「正確には女性の裸体についての本だ」
「そんな事、俺の知った事じゃねーんだよ!」
「知っとけよ!」
「俺には苺しかいねーんだよ!俺は苺と一緒じゃなきゃ生きていけねーんだよ!」
「お前は苺という奴にでも愛を語ってるのか⁉」
「俺は苺を前にすると理性がなくらるんだ」
「犬以下だなお前の理性は!」
「同士よ。それはお前は誰かの下につくような人間じゃないという褒め言葉か?」
「そんな意味じゃないし、お前に言ってねーから、安心しろ」
「俺の苺を返せ!」
「俺はお前の恋敵でもなければ、世界の苺の全てはお前の物じゃねーよ!」
「そんな世界ならいっそ滅んでしまえばいい」
「お前が世界の生物のために消えろ!」
「おぉ!ビタミンCもあるではないか!」
「…もう、どうでもいいから買ってさっさと帰れよ…」
千夏は渋々、苺アイスだけ買って出て行った。
「ふっ、やっと邪魔者がいなくなったな」
サプリメントを見ていた國明が俺に近づいてくる。
「よし、弾薬を」
「ねーよ」
「何!あれは子供に売らない為のフェ~イクではなかったのか!」
お前だって子供だろうが…。一応。
「違うな」
俺は一蹴する。
「ま、それはついでだからいいとして本題に入りたいのだが。そうかないのか…」
ついでなんだろ…。落ち込むなや。とてつもない落ち込みようだ。
「俺は今無性にテロ活動に貢献したいと思っている」
「そうか…。よそでしてくれ」
なんか立ち直った。忙しい奴だ。
「だぁーから、同士、高波にも貢献させてやろうと思ったのだ。いい話だろ」
どこがいい話なのかわからんぞ。
「完全なまでの迷惑だ」
「言葉ではそう言っておきながら、心の奥底ではワクワクが止まらないのであろう」
「断るのを前提で聞くが、何をするきだ」
「そうだな具体的には決まってないが…」
決まってねーのかよ…。お前はどんな神経でテロをするつもりだ…?
「まずは校庭に落とし穴を作成し」
「地味なのか派手なのか微妙だな」
「次に火災報知器でワンコール」
「火災報知器は一回鳴らしたら鳴りっぱなしだぞ!」
「ならピンポンダッシュ」
「…」
「その後、体育館に途中に火薬の入った、ろうそくを設置する」
「終わりか?」
「まだだ。その後、火災報知器に備え付けのホースで教務室を襲撃するところまでは、決まっているのだが」
充分具体的である内容だ。
「最後にデカい爆発でも起こしてやろうと思ったのだが、材料がないので今のところ保留だな」
「だが、何の為に校庭に穴なんてつくるんだ?火災の確認が取れなきゃ避難しないし、ろうそくを使うなら時間もかかる。もし、避難することになるとして、従う奴がこの学校にいるのか?」
「嵌ったら面白いだろ」
………。
「それだけか?」
「それだけだが何か文句あるか」
「いや、面白いのが一番だ」
「さすが、同士だな。わかっているではないか」
「まぁな」
店長そろそろ死んだかな。一応、気にはなってまっす。
「と、言うとあれか協力してくれる気になったのか」
「確かに面白そうだな…」
普通に悪ふざけ程度のテロだな。怖じ気づく程ではない。
「だが、断る」
「やはり、お前にも何らかの企みがあるのだな。仕方あるまいここは引き下がるとしよう」
「ああ、さっさと帰ってくれ」
「その前にクエン酸だけ買ってゆく」
ウィーン。
國明と入れ替わりで別の客が入ってくる。
「いらっしゃいませー」
やる気はないがたまには挨拶をしてみる。
「いらっしゃいましたー」
明るい声で返される。
「いや~。高波君が本当にバイトしてるんだ~」
「どうしたんだよ。ナミキ」
「そうなんだよ。旦那。旦那は、結局誰が、本命なんだい?」
どこぞの江戸っ子口調で顔を近づけてくる。
「いきなりなんだ。お前は、喧嘩売ってんのか」
「ノンノン。まずその先輩に対する口調とは思えないものを直しなさい」
エリート女性教師のような口調(ノンノン以外は)でノンノンの部分だけ立てた人差し指を左右に振る。
「そう言えば先輩でしたね」
たしかナミキは高校三年生だったはずだ。三日月がいつもタメ口なのでタメ口でずっときていたのだが、今頃か?
「何ッ?後輩君!」
何か鞭を持った先輩がでてきました。
「呼んでませんよ。先輩」
「後輩君!私以外の人間をこの店内で先輩扱いしたら先輩泣いちゃうよ!泣き殺しちゃうよ!」
どんな殺し方なのか気になるが好奇心で死にたくないので。
「はい…」
了承だけはしておこう。
「わかればいいのよ。死なずにすんで良かったわね。後輩君」
品のいいお嬢様のように、にこやかに命の危機だったことを知らされる。虎穴に入らずんば、虎児をえず。なんて言うが命あっての物種だ。俺は必ずしも後者をとる男だ。
「どうでもいいけど旦那様?」
「どうでもいいと思えないから、その呼び方をやめろ」
「後輩君。私以外の女の子にはそんな風に呼ばせてるのね。引くわ」
本当にそうなら引かれて当然だが。事実無根なので不愉快以外のなにものでもない。
「呼ばせてないですから」
「あははッ。引かれてやーん、の」
小学生のような罵倒。思わず理性がぶっ飛びそうだよ。
「で、なんですか?ナミキさん」
俺は努めて冷静を装う。どんなに努めても冷静にはなれなかった。
「イヤー。そんな他人行儀なのやめようよ。敬語とか、かたっ苦しいだけじゃん」
ナミキってこんなウザいキャラだったっけ?
「どうでもいいから、さっさと言えッ!」
「後輩君。私はMじゃなくてSよ」
「そんな情報いらないですから。むしろ隠しておいて欲しかった!」
今更だが、店長は大丈夫だったのだろうか?死んで無いことを祈るばかりだ。
「隠すだなんてそんな…。私の大切なパーソナリティーよ」
確かに個性かもしれないが表に出せるような個性じゃないだろ。
「だからって、俺がMでもSでもどっちでもいいでしょ!」
「よくないわ!」
「なんですかッ?」
「私がSなら後輩君がMじゃなきゃ釣り合いがつかないじゃないの…。ねっ」
最後は可愛く「ねっ」と、きましたよこの人。
「「ねっ」じゃないですよ「ねっ」じゃ!まず、釣り合いなんていらないですよ!それに店長がいるじゃないですか!店長が!」
「あぁ、あれね…。…あれのことは…、忘れなさい」
「何があったの!」
殺っちゃったんですかッ?マジでやってしまったんですかッ?
「いろいろあったは、ろうそく刺したり、抜いたり、くわえさせたり。鞭で打ったり、縛ったり。乗ったり、蹴ったり、踏み潰したり。楽しかったわ」
最後のほうはもう、頭の中でいろいろ考えてしまっていたのか恍惚な表情を浮かべていた。見ていてとても痛い人だ。
「先輩は、本当にここをSMクラブにする気ですか」
「そう思った時期もあったってだけなんだからね。でもね、SMは趣味であって職業にしてはいけないと思うのよ。個人的に殺った方が隠し易いしね」
理由があれだが、ありがたい言葉だ。店長という犠牲は出たが正義の為に犠牲はつきものだろう。人間、気にしていては前に進めないのだ。俺は店長の屍を越えてゆく決意をした。南無阿弥陀仏
「とりあえず。店長の亡骸を片付けましょう」
「後輩君、片付けるとか言っちゃ駄目なんだからね!さー、やりましょ。さっさと、やりましょ。解体ショー」
先輩は両手を挙げてクルクル回りだす。こんな人間に俺は引かれていたかと(憧れていたとかの惹かれていたとは違います)、思うと悲しくなってくる。
「テンションおかしいです!キャラ崩れ過ぎてますよ。先輩」
「そうね。危うく、キャラを崩すところだったわ。それも、行っては、いけない方向に。ありがとう、後輩君。見直したわ」
この程度で見直されるなんて。俺の存在価値ってどんだけ低かったんだ。
「取敢えず。誰かに見つかる前に片付けましょう。後が面倒なので」
「そうね。誰かは厄介だわ。もしもの時は誰かもろとも…」
無差別殺人を簡単に起こしてしまいそうな危険な発言な気がするが、きっと勘違いだ。いくら先輩でもそんなことをしないだろう。きっと。だぶん。なんとなく。
「私はいいのかな?」
俺は周りに誰かがいないことを入念に確認してドアを開く。
そこはいろんな拘束具で拘束されている店長がM開脚をしながら、キリストの如く十字架に身を縛り付けられている。あれ、キリストって釘で打ち付けられてるんだっけ?どうでもいいけど。
「これ、マジで死んでませんか?なんか口から泡、噴いてません?」
「……………。…わ、私じゃないわよ…」
先輩は青ざめた顔を背け瞳を小刻みに揺らす。自分では、こんなにしたつもりはなかったのだろう。本能って恐ろしいね。自分でもわからないうちにこんな事を成し得るなんて。次、自分が餌食にならないことを祈るばかりだ。
「楽な格好にして、ロッカーにでも入れておきましょう」
俺は溜め息混じりに意見を述べる。
「そんなことしちゃ駄目よッ!ロッカーが腐っちゃう!」
「アンタ、鬼かッ?」
「先輩よ!」
らちが空きそうにないので、俺は店長の拘束具を外すことにする。
まずは、両目につけられた眼帯を外す。
「逝っちゃってるね」
ナミキが俺の横でどこから持ってきたのか木の枝で店長の白目を突っつく。もうこれ以上、いじめるのは、俺でも気が引けるぞ。
耳栓取ったら、牛乳が出てきた。
「先輩は何をやったんですか」
「やりすぎて覚えてないのよ。ごめんなさい。一応謝っておいてあげるわ」
アナタは何様ですか?と、訊きたいが、きっと「先輩様よ」とかわけのわからないことを返されることが目に見えてるので訊かないが。
尻に刺さったろうそく取ったら、汚物が出てきた。出てきた汚物は店長の口の中にリリースした。
幸い心臓も動いていたし、呼吸もあった。その他モロモロ拘束具を外して(実に二十五もの拘束具)、ロッカーに放り込みレジに帰還する。
「とんでもない。現場に居合わせてしまいました。まさにメイドは見たですね」
「お前はメイドじゃないし、なんかそれ違くね」
和風と洋風的な観点で。
「どうでもいいけど。夕って明日、暇?」
「忙しい」
本当は暇だが何を企んでるかわからないので取敢えず、忙しいことにしておく。
「じゃ~、明日の九時からミカちゃんの家に集合ね」
「人の予定、完全に無視かッ!」
「YES。私ハ私ガ思ウ通リニナラナイコトハ~、嫌イデース」
英国外国人風な片言だ。英国民からしたら暴言かもしれんがここは許してほしい。
「なんたる傲慢な!」
「傲慢さこそが私の売りなのよ!」
「そんなもん誰も欲しがらねーよ!」
「私もいらないわ。私自身がSだもの!」
「アンタは、そればっかりか!」
「後輩君!アンタじゃなくて先輩よ!」
「それもあったねッ!」
まったくもって面倒臭いばかりだ。てか、なんで俺はコンビニのバイトでしゃべり疲れなあかんねん…。
「しょうがない。そんなに夕が嫌がるならこうしよう」
どうしようというのか。ナミキは人差し指を一本立てる。
「夕は夕の好きな人に、これを一枚、渡す」
ナミキはもう片方の手の人差し指と中指の間に挟んだなんかのチケットを俺に見せる。
「何かのチケットか?それとも、地獄への切符?」
「そんなもん、渡さねーよ」
なにやら不服そうに、ドスの利いたスケバンのように返された。俺にはちょっとしたギャグも言ってはいけないのか?
「コレはね。白犬遊園地のチケットー」
白犬ってことはこの辺りのチケットなのだろうか?そんなものあっただろうか?あったような。なかったような感じだ。
「どこにあんの?」
「……。アンタ、馬鹿?アンタの家の隣にあるじゃない。学校の裏門から三十分弱の所に…」
真面目に呆れられてしまったらしい。ちなみに三日月の家は学校の正門方面にあるので学校が陰になって見えない。さらに俺は自分の部屋がどこにあるかなんて。今までこの学園の近くとしか知らなかったわけで。呆れられても困る。
「後輩君は、天然なほど土地勘がないね。可哀相に…」
先輩から哀れみの目を向けられるが、事実は隠さなくてはならない。何があってもだ。
「ま~、いいわ。そんなこと。それより、大切なのは、相手よ!」
「後輩君は当然、先輩を選ぶわよね」
「………」
俺は無言で先輩から目を逸らす。
「先輩とのことは、遊びだったのね…。初めから嵌め逃げされるだけの鴨ンベイビーだったのね」
「先輩とは、初めからそんな関係、築いていません」
俺は、冷静に鴨ンベイビーをスルーする。
「夕、最低ー。女泣かせ」
「わかってて、そういうことをいうアンタの方が最低だわ!」
その後、ナミキは女の子しか買わないような製品をワザワザ俺のレジに持ってきてニヤニヤしながら購入なされた。
「絶対、好きな人と明日に行くこと!いい!好きな人よ!恋愛対象だからね!」
と、最後に言い残して去っていった。
「もう来ないでくれ」と、返したがきっと聞こえないし、聞こえたとしても、アイツのことなので自分の思い通りにならないことは聞こえないだろう。
「友達は選ばないなんて。今時、珍しい肉食系男子ね」
「出来れば、選びたかった…」
アナタも含めて…。なんて言ったらきっと店長の二の舞になるので遠慮する。
その後、客もなくバイトは終了した。大丈夫なのだろうか?この店は。なんて疑問を抱いたが。先輩曰わく、なんだかんだ大丈夫なのだそうだ。世界とは不思議なものだ。
「先輩、お先に失礼します」
「さようなら。後輩君。そういえば、社会の窓ががら空きよ」
なんて挨拶を交わしながら俺は帰宅する。ちなみに、チャックは閉じていた。先輩にしては、弱い冗談だった。
「好きな奴ね~」
なんて独り言を言いながら道を歩いてる奴って寂しいよね~。それが俺だ。悪かったな好きな人の一人も思い浮かばなくて!でもな、周りがあんまりにも、あれ過ぎるといくら顔はよくてもあれだぞ!ストーカーとか、ドSとか、猫娘とか、なんやかんや、いろんな犯罪に手を染めていそうな奴とか、やばいのか、やばくないのかよくわからんが、発言だけは兄に似て、やばそうなのとか…。何人か候補はいてもあれなのばっかりな感じだ。なんか俺、同い年の女友達いないな。どうでもいいけど。
「つっても、あれだな。やっぱ、誘うとしたら一人しかいないよな」
期待してる皆さんもいるかもしれないが、成夜じゃないからな!俺はノーマルだ!
と、いう訳で。俺は今、夜の公園にいる。
「なんです。これは?地獄への切符ですか?」
俺がナミキからチケットを貰った時と同じような反応をありがとう。俺は三日月に七香と瑠屡に内緒にして置きたいので、公園に三日月を呼び出してチケットを渡した。
「遊園地のチケットだ」
「なんかの嫌がらせの一環ですか?」
「どんな嫌がらせを考えたらこんなもん渡すんだよ」
無表情のまま疑われた俺は、呆れ混じりに返す。
「例えば、僕が暗所恐怖症でお化け屋敷に入れないのを知っていたとか、僕が高所恐怖症で観覧車とかジェット工スターとか乗れないのを知っていたりとか、僕が酔いやすい体質でコーヒーカップの奴とかメリーゴーランド、ゴーカートに乗れないことを知っていて。誘ったんじゃないんですか?」
「どんだけ、遊園地の神様に嫌われて生まれてきたんだお前は!」
「例え話です。始めに言ったじゃないですか」
言ったけども、実際にあるものを挙げているのかと思ってしまった。
「それとも、あれですか?僕と一緒なら遊園地のマスコットキャラの後ろに付いているチャックを開けさせて貰えるとか思ったんですか?言っておきますが、僕にそんな権力ないですよ」
偽札をある一区間だけではあるものの本物と同じように使える人間の言葉じゃないとおもうのだが…。
「そんなことに権力とか関係あんのかよ」
「ありますです。言っておきますが、あの中には水着姿のお姉さんが入っていますです」
「大抵の場合、おっさんが入っていてがっかりするんだよな。あれ」
「だったら、なぜ見たがるの?おっさんフェチですか?」
「おっさんフェチでもなければ、見たいなんて一言も言ってねーぞ」
「なら、なぜチケットを僕に渡すんですか?七香だっているのに、です」
ナミキに好きな人と行けって言われたなんて言えるわけもない。
「別に。なんとなくだよ。なんとなく」
「なんとなく…ですか?」
俺を訝しむような顔をしながら俺の顔を覗き込む。
「ああ。他意なんてない」
「そうですか…」
いつもの無表情はどこか悲しそうに俺を見ていた。
「わかりましたです。では、いつ行くのです」
「明日だな」
「早急です」
「今日、貰ったからな。土曜日まで待つのはダルいだろ」
実際はナミキになにされるかわかったもんじゃないので、指定された日に行きたいだけだが。それは、この際、伏せておこう。
「そうですか。そんなに僕とデートがしたかったですか」
「ま、そういうことにしといてくれ」
「と、いうことは、高波君は、なんとなくで誰とでもデートするのですか…。ちょっぴり残念です」
「しねーよ…」
「なら、なんで僕とはしてくれるんですか?」
「それは…、どうでもいいだろ。二人が心配するから帰るぞ」
俺は分が悪いので身を翻し、部屋へと向かう。
夢、予感
兄は顔を赤くして、公園の出口に向かう。その仕草が可愛く、愛おしい。兄からこの僕にこんなことを貰うなんて思ってもみなかった。遊園地のチケットを貰った時、嬉し過ぎて思わず抱きついてしまいそうなのを抑えるのに必死だった。
僕は、兄を追って公園を後にする。
「高波君」
「何だよ。三日月」
「明日、遊園地に行くなら条件があるです」
「金なんて持ってねーぞ」
「そんな事、君に期待してないです」
金がないからバイトする人に集らなくても僕は金なら持ってるです。
「じゃ~、なんだよ」
「手を…。手を繋いでくださいです」
僕は意を決して兄に自分の要求を伝える。
「んー、ま~、そんくらいならいいか」
兄の許可が降りたので早速、手を繋ぎます。
「今、繋ぐのか⁉」
兄が驚きの声を挙げます。僕は何かおかしなことをしたでしょうか?
「たかだか、手を繋ぐだけでそんなに喜ばないでくださいです」
「喜んだんじゃねーよ。驚いたんだ!」
「知ってますです」
兄は少し間をおいた後「ハァ~」と大きく溜息をつく。きっと「面倒臭~」とか、思ってるに違いない。全く困った兄です。昔からそういうところだけは変わっていません。今、繋いでいる手の大きさだって、背の高さだって。僕と兄の関係性だって違うのに兄は今も僕と一緒にいてくれる。
それだけのことが嬉しくて、それだけのことが僕を苦しめる。
兄が僕に優しくするたび。僕は僕自身の代用品なんじゃないかと思ってしまう。実際にその通りなんだと思う。兄が本当の僕じゃなく、偽物の僕を愛してしまうことだってあるかもしれない。それが怖い。でもそれ以上に兄に、今の自分が妹であると知られたくない。今はまだ僕が刑の執行人であるとバレてないが、いずれはバレ、嫌われる。その時の僕が、兄にとって本当の僕なら僕はもうこの世に生きる意味を失ってしまう。兄が僕の全てで、兄なくして僕は存在しない。兄がいるから僕は今まで生きて来たのだ。自分の手を汚して、したくもない殺人を犯してもなお、僕はここにいる。兄と出会えることを信じて生きてきた。そして、その兄が今ここにいる。赤の他人として僕の手を大きな手のひらで僕の小さな手を掴んでくれる。だから、バレてはいけない。偽りは偽りのまま、時間の流れが等しく流れてくれればそれでいい。それでいいのだ。他人がそんな僕を嫌いになっても、兄が想ってくれれば。僕は他に何も望まない。それが本当の自分を殺すことになっても。
「高波君、ズボンのけつの割れ目にそって切れてますです」
僕は兄にだけは、嫌われたくない。
「何ッ!…うわッ!クッソ!先輩だな!今まで、これで街を徘徊してたのかよ。ハッズいな俺。てか、気づいてたなら言えよ!」
兄はズボンに空いた穴を見て叫びます。それこそ、恥ずかしいので辞めて欲しいです。
「外の社会では、そういうのが流行っているものかと思いまして」
「流行ってねーよ。そんな世の中、嫌だわッ!」
「きっと、ホモの聖地くらいですね。高波君にはお似合いです」
「どういう意味だッ?」
「言葉通りですが?何か問題でもあるですか?」
「大ありだ!」
月は今日も姿を隠しそびれた三日月だ。
中内、裏話2
プルルルル。
単純な電子音が執行部の作業をしている、僕を呼ぶ。僕は携帯電話のプレートを見て、電源ボタンをプッシュする。そんな作業を三回ほど繰り返す。それでも電話の相手は諦めてくださらないので。
仕方なく、通話ボタンをプッシュする。
「用があるなら三文字以内にまとめてください」
イライラを隠すことなく、自分でも無理難題な課題を相手に押し付ける。
「デート」
三文字を聞いて即、電源ボタンをプッシュする。全くもって無駄な時間だった。僕は執行部の作業へと戻る。
だが、電話の相手は作業を続けることを許してくれなかった。会長からいつ連絡が入るかわからないので電源をオフにするわけにもいかずしょうがないので出ることにする。
「なんですか?」
「何回も切ることないと思うんだ。それは人種差別にあたると思うんだ」
意味のわからないことを言ってくる、電話の相手はナミキだ。
「人種でアナタを差別した覚えはありません。個人的に差別はしてますが」
「そっちの方が傷つく!」
「何、普通の民間人みたいなこと言っているんですか。Aランク犯罪者である、アナタが」
「一応、それでも民間人だもん」
「で、要件はそれだけですか?それ以外ないようなら切りますよ」
「夢の事なのに?」
夢は人名であり、悪夢とかの夢ではない。僕は電源ボタンに伸ばした指を止める。
「会長がどうかしたんですか?」
「なんで夢の事になるとそんな真剣になるかな~。私のことももっと構って欲しいな~」
「その無駄口を辞めたら考えてあげます」
「あっそ、どうでもいいけど」
人が変わったように声が低くなる。
「明日。遊園地前の喫茶店に午前九時に集合~。来なくてもいいけど。来ないと、きっと後悔するよ~」
「後悔するって、どういうことですか?」
「それは来てからのお楽しみ~」
陽気な魔法遣いのババアのように意味深に言葉を残す。プチッと、いう音の後ピー、ピーという連続音が鳴り僕は電源ボタンをプッシュして携帯を机の上に置き、作業を再開する。
秘書日記
家に帰ると太郎が出迎えに来た。ただ、腹が減っていただけだが。
ナミキ、道
永遠なんて存在しない。変わりゆく時代の中。ただ自分の存在をもって生きてゆく。それがどんな時代であろうと。人は愛を知っては朽ち果てる。それが偽りの愛ならば。
「それでも、愛を欲するのなら手を伸ばすがいい。私が出来るのは、お膳立てだけなのだから」
手を伸ばせば手には入る。だが、世の中は自分を偽ることでしか、成り立ちはしない。