罪に溺れた子羊
罪に溺れた子羊
気づいたら広い建物の真ん中で手足を縛られ寝かされている。広いと言っても豪華じゃない。例えるならヤンキー漫画でありがちな工場跡地。
まぁ~、実際そんなところだろうけど…。見れば数名の男達に見下ろされていた。
「あの~コレは何でしょう」
下手に出てみました。痛いの嫌なんで…。
「せーんぱい。随分慎重、何ですね~」
海原が相変わらず気持ち悪い笑みを浮かべながら話し掛けてくる。
「誰?後輩?イヤー、俺、記憶力なくてね…」
俺は海原から目を離す。だって怖いじゃん。動けないし。
「相変わらず面白い人ですね~。先輩は…。おい、あれ持ってきて~」
「はいよー」
男が一人奥の部屋に向かう。
「ねー、せんぱーい。俺達とゲームしません」
ふっ、知ってるぞこの手のゲームは絶対に痛いんだ。やる訳ないだろ。馬鹿め。
「やだ」
「と言っても強制ですけどね~」
「だったら、聞くな。答えるのすら面倒だろうが」
俺は、人当たりが良さそうな笑みを浮かべる海原に実直な感想を述べる。が、「そうですね」の一言で返される。
「連れてきましたよ。天美さん」
「どうもです。八家坂さん」
八家坂と呼ばれたその男の手には俺と同じように縄で手足を縛られた少女が。
「七香ッ!」
「先輩…」
七香は目に涙を貯めていく。
「良かった…。生きててくれて…」
七香は安堵の息を吐き出す。自分のことより俺のことを心配してくれていたようだ。
「終了~。感動の再会なんて俺は見たくたいのよ~」
七香の言葉を掻き消すように天美が大声を上げる。
「それではゲームを始めまーす。ルールは簡単です。ただ1対1のたーいまん。してもらいます。勝利条件は俺達全員を気絶させるか、俺が止める、負けを認めさせるかすること~」
海原は説明をしながら俺達から五メートルほど離れたパイプ椅子に座った。海原も含めて八人。
無理でしょ…。
六人の男達が七香を連れ、俺から離れ海原の横に座り込む。
「まずは一番、塩川君。縄、解いてあげて」
塩川と呼ばれた男が俺の縄を解き俺から数歩離れる。俺は縛られていた手首をほぐしながら立ち上がる。よく見れば塩川と呼ばれた男はさっきここに来る前に会ったスタンガン君だった。
「面倒クセー」
さっきは不意打ちだったから楽だったが今度はそうはいかない。面倒クセーことこの上ない。
ハァ~、ダリー。
「よーい。…スタート」
パンッ。
海原の隣にいた男が運動会などでよく見るピストルを鳴らす。
「さっきのようにはいきませんよ。せーんぱい」
海原のような笑みを浮かべながら喋る。めんどくさい以上にうざいなこいつ。
「ハァ~」
俺は大きく溜め息を付いて、拳を突き出す。
「グフッ」
塩川に溝打ちを決める。塩川はくの字に曲がり、下がった頭を両手でがっちり掴み膝を上げるのに合わせ振り下ろす。簡単に言えば膝で顔面を蹴る。それを五回ほど繰り返す。そして投げ捨てる。
「お見事ですね…。先輩。さすが、十三人も一辺に半殺しにして、そこに来た警察を殺しただけのことはありますね」
顔面を押さえながら転がっている塩川には目もくれず俺に賞賛の拍手を送ってくる。
「そりゃ、どうも」
「デモですね~。あの時みたいに武器を持った状態でもないアナタに何人までもつんでしょうね」
笑いを堪えながら海原は話す。
「サァ~な」
「では、時間も勿体無いので次行きましょうー!よーい。ドン!」
海原の指示により男達が動く。男の一人から、パンッ、というピストルの音が工場内に鳴り響く。
「アフロいっきま~す」
クラウチングスタートのポーズをとっていた男が走って近づいてくる。俺は少し横にズレ腕を横に突き出す。アフロは首を俺の腕に引っ掛け転倒する…。その場面だけだと俺がエルボを決めているような格好である。
馬鹿なのか…?それともわざとなのか?
「あたたたた」
俺がジト目で見ていると男は立ち上がった。そして拳が飛んでくる。俺はそれをよけて反撃に転じようと一歩踏み込む。だが始めの拳を引きながら、視界の外ギリギリから別の拳が弧を描きながら俺の顔を襲う。俺は喧嘩の勘でそれをギリギリでよける。拳は空をかすめる。俺はアフロが体制を立て直す前に体制を立て直し、顎にストレートを決める。そして、脇腹にもう一発抉り込んでおく。
「あっぶねー」
アフロは倒れる。
「ははは~、アフロ負けちゃった~。ひゃははははッ」
そして三人目、四人目、五人目
「ヤルネー先輩、でも、次はどうかな~」
全く動揺の色を見せない。計算通りにことが進んでいるのか。それとも、追い詰められることに喜びを感じているのか。
「ハァ~。ハァ~。ハァ~」
どちらにしろこちらにも余裕がないのは確かだ。どうしたものかなまったく…。これだからガキは嫌いだ。
俺は肩で息をしながら膝に手をあてる。
「だいぶ疲れているようですね~。先輩」
「そうだな…。ハァ~ハァ~ハァ~」
俺は手で額の汗を拭う。ベットリとした汗が手の甲を湿らせる。
「はい、次ー牛並君。お願ーい」
「へーい」
先の曲がった鉄パイプを持った男が立ち上がる。
まじかよ…。この状態じゃ一発喰らっただけでアウトだぞ。まったく、勘弁してくれよ。
「武器とかありかよ…」
「誰も使うなとは言ってませんよ~」
なんて屁理屈だ。こりゃ意地でも一発も喰らえねーぞ。喰らったら痛てーし。
七香 ストーカーへの道6
何がいけなかったの…。私が何をしたの。先輩は戦っている…。なのに私は何もできない。漫画のヒロインのように「頑張って」なんて言える立場じゃない…。でも…、助けて欲しい。だから、何も言えない。自分でも醜いって分かってる…。でも…、でも…、でも…。言い訳ばかりが頭の中に流れていく。
牛並という男性が鉄パイプを持った手を振り上げる。それを先輩が交わすが交わした先に待ち構えていてように蹴りが飛んでくる。腕でそれを受け止めた先輩の頭に鉄パイプが当たる。先輩は倒れる。男が先輩の上に馬乗りになるなり自分の足と床の間に先輩の腕を挟む。淡々と状況は変化する。馬鹿笑いする天美の声が頭の上からする。
「あらら~、倒れちゃいましたね~。せんぱーい。そう言えば知ってます。吉川さんの罪状」
勝ち誇った笑みを浮かべ、椅子から立ち上がり、先輩の近くへ歩み寄る。
「知らねーよ」
先輩は小さな笑みを浮かべていた。相手に俺はまだ余裕だとでも言うように…。でも、誰が見ても限界だ…「もう辞めてッ」何てヒロインの台詞もあったっけ。そう言えば天美は辞めるだろうか?いや、辞めてくれないだろう…。それどころかますます面白がるだろう。
そんな言い訳だけを頭に浮かべ私は何もできないことを正当化することしかできない。
「吉川さんの罪状は~、冤罪でーす」
天美は高らかと叫ぶ。この瞬間が面白くてしかたないのだろう。今までにないほどの醜い笑みを浮かべる。
「吉川さんはですね…。俺が殺した彼女の親の殺害容疑で捕まったんでーす」
「ハ?」
先輩は不機嫌に顔を歪める。理解が追いついていないのだろう。理解が追いついていても同じことなのかもしれないが。
「何でお前の罪を七香が被んだよ」
当たり前の質問だ…。親を殺された…。犯人を警察に突き出すことがあっても、自分が犯人になる何ておかしい…。
「簡単ですよ」
天美はニッと笑う。獲物を仕留めたと確認したがばかりに心のそこから。
「逃げて来たんですよ。俺から…」
海原は皮肉を口にするように口の歪みを強くする。
「先輩も知ってる通りどんな罪を犯しても親がない子供はこの学園に入れる。だったら俺が誰かの両親を殺しても…。いくら警察沙汰になっても大丈夫。いつだって外に行けるここならまた自分は襲われる…。でも、彼女は考えました。全寮制の学校と、言うことは…、自分が捕まれば学園関係者に見張られる…。=俺から守られる。何て思ったんだろうね~。俺の両親はその頃、二人共健在だったのにね~」
「何が悪いんですか…」
声が口から漏れる。もう、耐えられなかった。先輩に自分の醜さを明かされることも、自分自身のことを馬鹿にされることも。
やっと口から出た言葉は、やっぱり自分を守る為の言葉だった。
「逃げて…。何が悪いんですかッ!」
私の目から涙が溢れ出してくる…。今までの光景がフラッシュバックのように蘇る。
「怖かった。私はアナタが怖かった。毎日のようにかかってくる電話…。毎日のように後ろから聞こえてくる笑い声。毎日のように隠し撮りした写真やら、変な贈り物にいじめまがいな罠…。極み付けに両親を目の前で惨たらしく殺されて…。親戚に言って私がやったってことにしてもらい。ここに来てもアナタのことが頭から離れなくて…。アナタに私は先輩のことが好きなように見えるようにストーカーまがいのことまでして…。これ以上私に…どうしろって言うんですかッ!」
静寂が工場内を支配する。涙はとめどなく溢れ出てくる。
「ぷっ」
吹き出し笑い。
「ぷハハハハハ。ヒャはハハ」
ダムが決壊したように天美があざ笑うかのように笑い出す。
何が面白いの…?
そして、他の二人の男も連動するかのように笑い出す。醜い笑顔を刻んだように笑う。
「何が面白いの…」
私は力なく言葉を口にする。何が面白いのかまったくわからなかった。
「ヒャハハハハッ。これが笑わずにはいられませんよ。吉川さーん…。キャハハハハ」
なんで皆、笑ってるの?
「何で吉川さんが先輩のこと好きになったように見える必要が?ハッキリ言うけど俺はお前のことだーい嫌いなんだよ~」
「ハ…?」
あれだけ「ねー、俺と付き合ってよ~。キャハハハハッ」なんて言いながら。
「俺~、一回でも好きなんて言ったっけ~。I LOVE YOUなんて言いましたか~」
「じゃ~、なん…で…?」
なんで、こんなことするの?私のことが嫌いだから?それだけのことで私は、こんなにも苦しい思いをしてるの?
好きだからなんて理由より、普通に聞いたら人をいたぶる理由として適した答えが私にはどうしても受け入れられなかった。自意識過剰、そんなものではなく。それは、私が望んでたものなのかもしれない?自分でも意味がわからない感情が頭の中を掻き乱す。
「面白そうだったから。そして、今、続けているのは面白いから。私はアナタ達とは違うって、顔してる奴を壊すのって面白いよなー。キャハハハハ」
「そんなことで…。そんなどうでもいいようなことで…。こんなこと…」
「できちゃうんですよ。人間。そんな単純な理由で相手をどこまでも、傷つけることができる。そして、アナタが今までやってたことはただの無駄骨。なーんの意味もない。逆に俺を焚き付けたに過ぎない。残念でした~。また来週~」
「来週なんてないけどな~」と、その後に続く。
「……………」
何なのよ…。何なのよ…!何なのよ…‼私がしてきたことって…。いったい、何だったのよ…!
「感謝してくれよ~。俺はお前を完全に壊す為に自分の親まで殺して来たんだからよ~。キャハッハハハッ」
「話はそれで終わりか?」
怒りに満ちた言葉が場を急激に冷やす。
どいつもこいつも、どいつもこいつも、人の命を玩具としか思っていやがらねー。お前らはいったい何様だよ…。
「話はそれで終わりか?」
「ハァ~何、怒っちゃってんの先輩。あー、怖い、怖い」
「話は終わりかって聞いてんだよ‼」
もうこんなゴミみたいな奴らの言うことは聞かなくてもいい。やることは決まった。潰すッ!
俺は俺の上に乗っている男の足から自分の腕を抜き取り出来る限り体をひねりながら拳を顎に喰らわす。男は汚い笑いを浮かべたまま気絶する。俺はそれを退かしながら立ち上がる。
「面倒クセーから、こっちからいかせて貰うぞ」
「いいですよーどうぞー」
「おりゃぁあぁあああ」
海原の声に続けて鉄パイプを振り上げた男の野暮ったい声が向かってくる。俺はその男の腹に蹴りを押しのけるように入れる。よろけて後ろに行くソイツに回し蹴りを顔面に決めてどかす。俺はそのまま標的を変え海原の顔面に拳を突きつける。
ドスッ。
海原は、音を立て倒れる。俺は海原の上に馬乗りになる。
「何をそんなに熱くなってんすか~?」
つまらなそうに海原が口から血を流しながら失望の眼差しを俺に向ける。
「先輩。あんただって犯罪者だろ?あんたに俺を裁く権利があるとでも?」
「ねーな」
俺は左手で強く海原の胸倉をつかみながら静かに言う。
「だったら離せよ。たかだか女一人虐めるくらいで」
ガスッ。
俺は海原の顔を思いっきり殴る。熱いものが頭の中を駆け上がる。
「いってーなッ。何しやがるッ」
「「何しやがる」?ハァ?たかだか一人の男を殴っただけだが、なにか気に障ったか?お前がアイツにしてきたことに比べたら、お前なんか何百回何千回殴ってもおつりがくるぜ!」
「お前はどこぞの主人公か?あぁん。たかだか女一人の為にボカスカ何人もの人間半殺しにするような人間の言うことかよ⁉」
「言ったり、裁いたりすることに権利なんて必要ねーだろ‼ようは、自分がどうしたいかだろうが!」
俺は拳を振り上げる。これで終わりだ。死なない程度にぶっ飛べ!
ガンッ。
頭に衝撃が走る。振り向けば武器を持った十人の男達。
「甘いですよ。先輩。誰が?七人なんて指定したんですか?」
虫が這いずるように血は俺の顔を流れ堕ちていく。血、血、血、血、血、血、血、血が目の前を赤く染め上げ、ノイズ混じりに親友…、洋一が死んだあの光景を目の前で今起きているように頭の中だけで映像化される。
「裏切った」
雑音で聞き取りずらい言葉の断片。周りには俺達を見下ろし、空に浮かぶ三日月のように口を歪めている男達。
「俺を裏切った」
海原は俺を見て笑う。あの日、見た俺達を見下ろす男達を連想させる三日月のように歪ませながら。俺の頭は拒絶を始める。
死。
10人のうちの誰かが鼻血を出しながら宙を舞う。俺の意思じゃない…。性格には、もう一人の俺の起した行動。
「';&/#$.%::^、」~。」
何を言っているのかわからない。もう誰の声も聞き取れない。
あぁ、もう俺には止められない。
俺は打ちからわき上がるもう一人の自分に身をゆだねる。視界が闇の中に沈んでいく。何処までも暗く、泥よりも柔らかいまどろみへ、俺は堕ちて行く。それは子宮の中に似ているのかもしれない。
「キャハハハハハハッ!#&」」%$(‘「」&%(&&’)」
自分のものとは、思えない笑い声が木魂することだけが耳障りだ。
何もなかった。感情もなく海原やその他の不良は喧嘩漫画の負けた不良のように地面に転がっていた。軽く息はしている…。まだ、生きている。殺さなくては…。
「ふっ、ははは…」
俺は笑うしかなかった。可笑しくて、おかしくて、苦笑いしか出来ない。俺は俺がわからない…。ただそれだけだ。俺はゆっくりと七香に近づいた。
七香の顔には戸惑いと恐怖があった。そりゃそうだ。死んでもいい、死んで欲しい、殺したい。どんなに怨んでる人間でもあそこまで一方的に笑いながら殴られる人間を見て何も思わない人間はいない…。ましてや、それをした人間が笑みを浮かべ自分の所に来たんだ。怖くないはずない。俺は手を伸ばした。
七香 ストーカーへの道7
「ハァ~、久しぶりに外に出たな~」
先輩は右手で額と両目を覆い、煙草の煙を豪快に吐くように歓喜に充ちた息を吐く。
「ん?はは、ついに壊れちゃいましたか?」
天美は訝しむような顔をした後、すぐに汚らしい笑いを同じ顔に浮かべる。
「キャハハハハハハハッ!。確かに壊れたのかもな~」
先輩は覆っていた右手をゆっくりと剥がす。
「何、言ってんですか?センパ~イ…。‼」
余裕の笑みを見せていた一瞬にして消える。
「なんだ、その眼は…?」
「眼?眼なんてみんなこんなだろ」
先輩は赤と黒の濁った色をした瞳を野犬のように輝かせながらニンマリと顔を歪める。
「怖いのか?震えてるぞ?」
「怖い?そんなわけないだろ?コッチ何人いるとおもってんですか?」
天美は口元をひくつかせながら余裕ぶりを表す。
「何人?おかしなことを言うな~。何人かいたところで何かが変わるのか?」
「………」
天美は頭を垂らすように下を向く。
「…く、くくく、クヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!雑魚はどれだけいても変わらないといいたいのか?クヒ、なら、やってみろよ!そのひょろひょろの身体で何ができるか?俺に見せてみろよ!行け。お前ら。殺せ」
『ヒャーハーーー!』
天美の命令で手下達が一斉に鉄パイプを振りかざしながら先輩を襲う。
「殺せ?無茶を言う(笑)。ゴミが人を殺せるわけないだろ?」
天美の手下の一人が先輩の頭めがけて横なぎに鉄パイプを振るう。
ただ、首を曲げてよけただけ…。それが早すぎて残像のように写った?そんな事在りうるのだろうか?
それは先輩を掠める事なくすり抜ける。ように見えた…。
「ゴミには人間様に捨てられる為にあるんだよ」
先輩は笑みを浮かべながら次に来た剣道の胴の位置に来た鉄パイプを飛び跳ねてよける。だが、それも当たっているように見えた。
「なぁ~、ゴミ諸君?」
先輩の右斜め後ろ上から右前下から左中段から三方向から鉄パイプが先輩に襲いかかる。
「時間軸の違いは多勢と無勢の戦闘において欠点でしかない」
先輩は一番先に先輩に到達するであろう右後ろの相手の鉄パイプを体を横にしてよけられるようにして、その鉄パイプを持つ手を引き右前から来る鉄パイプに右後ろにいた敵を直撃させる。次に、左にいた奴の拳を蹴り上げ、金属バットが左の敵の手から抜け床に叩き付けられ小さく跳ねる。
「ヒヒヒ」
先輩は口角を吊り上げ、それを手にする。
盾にした敵をソイツに攻撃した敵に蹴りやり、金属バットを両手で掴み大降りに左にいた奴の頭を振りぬく。
「ヒヒッ」
後ろから新手が来るが先輩は持っていたバットを顔面目掛けて投げつける。敵は持っていた鉄パイプでそれを防ぐが、先輩が一気に距離を詰め手首を掴み腹に蹴りをめり込ませる。
すかさず、手を離し、胸の前に拳をつくり左右にジャブを打っていく、倒れないように調整され、アッパーも入り混じる。
それを見かねてかさっき味方を盾にされた敵が先輩の後ろでバットを振り上げる。
「キャハッ」
先輩は後ろ向きで敵に蹴りを入れる。
先輩は蹴りつけた敵の後ろ髪を鷲掴みにして床のコンクリートにそれを叩き付ける。
ガンッと骨が砕けるような歪な音が辺りを静める。
「先輩、アンタ人間ですか?」
天美は先輩を見ながら楽しげに笑いを浮かべる。
「化け物か。化け物じゃないか。そんなこと瑣末なことだろ。キヒヒ。だって。化け物とは結局人間の理解の及ばない所にいるものの代名詞に過ぎない。お前の言動だって化け物のそれとして捉える人間だっているんじゃないのか?」
先輩は甘く胸焼けを起こすような声を上げる。
「確かにそうかもしれませんね。クックック」
先輩は三日月のように口角を上げる。
「それだけのことさ。化け物なんて存在を信じるのは人間だけさ。人間は馬鹿なごみ虫だらけだよ」
先輩は動くことを忘れたように唖然と天美の近くで先輩を見ていた敵の懐に入っていく。
それは黒の濁流のように手足を動かした。腕は何本あるのだろう。足は何本あるのだろう。
速度じゃない。筈だ。
顎へ拳を叩き込む。溝内に肘で一撃。首を腕で固め腹に膝で一撃。顔面に踵を打ち付ける。一撃につき一人が倒れていく。
「お前はゴミ虫かい?」
最後に天美の前に顔を出したかと思うと天美は鼻から血を出して高飛びの選手が仰向けでバーを飛び越えるように飛んでいた。
先輩はその足首を掴み床に叩き落とす。
その後はただただ無抵になってからも天美達を蹴り、殴ることを続けた。
もう、気絶して体から力の抜けた天美達を笑いながら殴られ続けた。恐かった…。助けられておきながら恐かった…。先輩がいつもと違い過ぎた。なぜかなんて、わかんなくて、いつも私がボケるとツッコミを入れてくれる。意地悪で優しい人…。そんな幻想…。だったのかな…。
ガスッっという音が瑞々しさを帯び始めてやっとい先輩は人を殴ることを辞めた。
「ふっ、ははは…」
先輩は小さく笑った。この状況で何故笑えるの…?わからなかった…。何で、涙を流しながら笑っているの…?
それから数十秒、もしかしたら数秒後かには笑止して、私に近づいてくる。私は笑えばいいのだろうか?それとも泣けばいいの?わからない…。それ以上に怖い。
そんなことはお構い無しに彼は近づいてくる。そして彼は儚げに私を見て微笑む。痛々しく、いつでも消えてなくなりそうな…。今にも泣き出しそうな顔。さっきまでの恐怖が溶けるように消え、後には恐怖を感じたことへの罪悪感しか残らない。彼は私の頭に手を置いて優しく撫でる。
「ごめんな」
彼は何も悪くないのに。私が何もかも悪いのに…。罪悪感が増長する。私は唇を噛み締めながら下を向く。泣きたくないのに涙が出てくる。自分の自分勝手さに嫌気がする。
「ごめんな」
先輩の手がゆっくりと頭から離れる。私は顔を上げることが出来なかった。先輩は後ろに回り縄を解く。
「お前とは今日でお別れだけど元気でやれよ」
「えっ?」
私は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。
カチッ。
何かのスイッチを入れる音。
[「吉川さんの罪状は~冤罪でーす。吉川さんはですね…俺が殺した。彼女の親の殺害容疑で捕まったんでーす」]
カチッ。
「これでなんとかなるんじゃね」
「何で…」
「三日月に持ってけって言われたからな…」
「あっこれ持ってって下さいです。もしかしたら役に立つかもしれないです」
三日月は放課後。別れる直前、録音器を渡された。まさか本当に役に立つとは思わなかったが…。
俺は持っていた録音器を七香に投げ渡した。
「じゃ~な」
俺は立ち上がり出口に向かって歩き出す。
「なんで、私なんかの為にそこまでしてくれるんですか!」
縄で長時間、縛られていたので痺れているであろう足で無理やり立ち上がり、泣きじゃくる顔で七香が俺のことを睨みつける。なんか逆ギレされてないか?
「私はこんなに汚いのに。家族でさえ、自分のために捨てられるような人間なのに!助けてくれた人に恐怖すら覚えてしまう自分勝手な人間なのに!誰のためにもなれない、自分の問題すら自分で背負うことのできない弱い人間なのに!なんで先輩は、そんな人間のためなんかに、そんなに良くできるんですか⁉」
自分が惨めでどうしようもないくらい。自己嫌悪に陥って。それでも誰かに自分を見て欲しくて。そして、誰でもいいから貶して欲しくて。咎めて欲しくて。何より叱ってほしくて…。それによって救われる。罰によって何かが変わるわけでもない。それでも、なんにも罰を受けない自分が許せない。法の罰は被害者のためだけにあるのではない、加害者が自分の心を少しでも保つためにも存在している。
「俺は俺がしたいようにしただけだ。それがお前の為にしたことでも、結局は俺の為にしたに過ぎない。それで、お前が迷惑したもなら誤る。だが、そうでないのならとやかく言われる筋合いはない」
「なんで私の背負わなくちゃいけないことを先輩が背負うんですか。そんな、今時、正義の味方でも言わないような臭い台詞、言えるんですか。なんで、私に文句の一つくらい言ってくれないんですか…」
七香は涙でいっぱいになった瞳を頬を拭うことなく俺を弱々しく見つめる。
「文句を言ってお前が助かるのならいくらでも言ってやる。でもな、そんなの問題の先送りにしかならねーだろ。お前が背負っていかないといけないのはお前の両親のことであって、天美のことじゃない。俺がどんなに攻めたって。何の解決にもならない。お前自身が、真正面から自分と向き合って、自分自身で折れ合いつけて始めて解決すんだよ」
俺は七香に近づき今にも倒れそうな身体を抱きしめる。
「親を自分を不幸にする為に使ったつもりか?違うだろ?」
俺は努めてやさしい声を作る。七香は俺の腕の中で「うん」と、小さく頷く。
「だったら、幸せになれよ。それが踏み台にした奴に対する。せめてもの償いだ。その過程でいっぱい後悔して、自分に折り合いをつければいい。時間なんていくらでもあるが、立ち止まって悔やむ時間なんて勿体無いだけだろ。後悔なんてものは、そうそう消えるものじゃないんだから。しっかり、前を見て背負っていけよ。後ろばっか見てたら避けられるはずの壁にもぶつかっちまうぞ」
俺は七香が泣きやむまで、その場から動くことはなかった。
天美、ゴミ箱の恋
気がついた俺は全身が痛くてしょうがなかった。足も動かすことができず。這いずりながら灰工場から外に出ようと腕を動かす。だが、それもすぐに断念する。
俺の前には6人の人間がいた。俺はそれを何も言わずに見上げる。
「執行部です」
聞き覚えのある声…。確かこの前の放課後にあった。
「あ~、アイツと一緒にいた女か」
俺は床に座り込み、一人納得する。女はそんな俺を見下ろす。
「アナタは何故ここが学園として、あり続けられるかわかるですか?」
冷淡なほど澄んだ声が俺の腐った耳に染みる。
「知らねーな」
俺は知っていた。だからこの学園にきたのだから。
「それは、執行部と言う存在があるからです」
執行部を名乗った女は黒光りする塊を俺に向ける。
「へー、それは面白い」
月明かりに照らされそれが明確な形を現す。少女の手には少々大きいピストル。あの馬鹿が持っていた運動会とかに使う偽物とは違い圧力がある。だがそれも、今では物足りない。あの男には劣る。初めて死を見た気がする。あの高揚感。
あぁ…、もう一度味わいたくなる。
「けど…、終わりか…。ふふッふはははははははッ」
派手に散りたくても体が動きゃしねー。
「アナタは兄さんを傷つけた」
女はピストルの安全装置を外す。一瞬、躊躇いの表情を見せ、その表情を決意(無表情)で上塗りする。
「死んでくださいです」
人の死を悲しむ沈んだ声と共に引き金は引かれた。
バンッ、と言う発砲音。俺の額に残る喪失感。風に流される火薬の匂い。俺は…。
◆
外からは木とガラスしか見えない木造建築。中は一切の温かみを感じないゴミの散乱した部屋の中、俺はただ生きていた。
今日も隣の部屋では、妹が母親から殴られ、蹴られ、監禁れている。俺は生まれてこの方、一度しか妹に会っていない。しかしそんなことは、俺にとっては些細なことだった。俺には関係ないのだから。俺に関係ある奴と言えば。
「おはよう」「おはよう。昨日のドラマ、マジ面白くなかった?」「うん、おもしろかったよね」
どうでもいい事とベラベラ並べるだけのクラスメイト。
「なんであんなのがこのクラスにいるのかしら」
見た目でしか人を判断しない教師。
「今日はどうします?やっぱ聖西校(裕福な家庭の子供がほとんどの進学校)のお坊ちゃんでもしめて金でも借りにいきますか?」
馬鹿なクズ。
「奥さんとはいつ別れてくれるの~」
「もうちょっとしてからさ」
などとお互い別れる気もないのに家の中で堂々と浮気をするお袋とその相手。
「酒、持ってこーい」
そんなことにも気づかない馬鹿な親父。
みんな、みんな、退屈でつまらない世界。外の世界なんて知ったところでたかだか知れている。いっそ誰もいない世界にいる。妹のほうが楽なのかもしれない。
「今度は、いつ会えるの?」
気持ち悪い甘えるような声。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
「ああ、今度は来週になるな」
男は家から出て行き、お袋はゴミだらけのリビングに入っていく。
俺は退屈しのぎから、男を尾行することにした。男は家を出てすぐ車に乗り込んだ。俺もバイクに跨りヘルメットをしてエンジンをふかす。男は端正な住宅街に清楚な白い家に入る。そして、その家の中に入っていく。俺の住んでいる世界と同じとは思えない明るい声、明るい家庭、ガラス越しからでもわかるほど幸せな家族。妻がいて、娘がいて、ペットがいる典型的なほどの幸せな家庭。
だが、俺から言わせれば偽者の家庭でしかなかった。俺は角度を変えカーテンの隙間から妻の顔と、娘の顔だけでも拝んでおく。柔和なイメージの妻に、薄紅色の髪の可愛い系の娘。
それだけ見て俺は、その場を後にした。長居して警察に捕まるのも厄介だし、これ以上いても得るものなんてたかが知れている。
それから数日が過ぎ、いつものように馬鹿どもに囲まれて、いつものように退屈しのぎにかつ上げして、いつものように溜まった金で一人、ゲーセンによる。
「いいじゃんかよ。パンツくらい」
「や、やめて…。く、ください…」
小さな声で必死にやめてくれるように頼んでいる聖西の制服を着た女を見かける。あんな断り方じゃそこら辺のクズ共からすればやることを、煽られてるのも同義である。当然、そいつを囲むクズ二人は、ニタニタと汚い顔を女に近付ける。
「な~、いいじゃんパンツくらい。モテない俺たちに恵んでくれよ~」
「い、いやです…」
なぜ俺がそんな場面を傍観してるかと言うと。その絡まれている女と言うのが、この前、目撃したお袋の不倫相手の娘だからである。
「なんだてめーは?」
当然、そんな俺も絡まれるわけだ。馬鹿の考えることは、わかりやすい。自分が悪いことをしてるのがわかっているから周りからジロジロ見ることを嫌うのだ。小学生並みの思考回路だ。
「ただの野次馬だよ。気にするな」
「野次馬だと~。意味わかんね~こと言ってんじゃねーよ」
そのくらい、わかれよ。馬鹿が。
「た、助けて…」
涙目で俺に助けを求めてくる。
「いいぜ。助けてやるよ」
退屈しのぎに暴れてやるよ。退屈しのぎの人助けなんていつ以来だろうか。確か、小学生ん時にクラスメイトに悪戯してる。別のクラスの奴をしめて教師にこっぴどく叱られて以来か。あん時は、マジでむかついたな~。
そんなことを考えてるうちにクズ二人を倒してしまった。あっけない。退屈しのぎにもなりやしねー。まったくどいつもこいつもクズばっかだ。
「つまんねー」
思わずそんな愚痴を漏らしてしまう。結局、現実なんてこんなもん。たいした強敵にもあわずただ単純に時が過ぎていく。
「あ、ありがとうございます!」
そいつは、泣きそうな顔で俺にお礼を言ってくる。そんなの初めてで居心地が悪い。どんな対応していいかなんて知らない。
「七香さん!」
聖西の征服を着た知らない男が女に向かって駆け寄ってくる。彼氏かなんかか。はっきり言って、俺にとってはどうでもいいことだ。
「大丈夫だよ。江羽田くん」
俺は、今のうちに退散することにした。もう、面白いことはなさそうだ。
「そこのお前!」
なんか駆け寄ってきた男が俺の右肩を掴む。
「なんだよ」
「二度と七香さんに近づくんじゃねー。次、近づいたら殺すぞ」
ドスの利いた低い声で俺を脅してくる。聖西のお坊ちゃんの中にもこんな奴がいるのか。面白い。
「さぁ~。どうしようかな~」
俺は、思いっきりニンマリした顔で応対する。
「江羽田君やめて!彼は私を助けてくれの!」
「だとよ。江羽田君」
江羽田は渋々俺から手を放す。
そんな感じで俺と吉川の縁は繋がった。
俺はその場を後にしてすぐ、馬鹿共に命令して男のことを探らせた。単なる興味本位。ただやるだけでは物足りないものも調理法によってはまだ食べられる物になる。
ただそれだけの考えだった。
江羽田という男は、その日の夜に潰された。俺の仲間によって殺されたのだ。その隣には呆然と立ち尽くす吉川。俺はそんな場面にただ吉川を見下ろしていた。俺の仲間がやる瞬間も見ていた。そして、吉川は怯えきったその顔で俺を見ていた。
「なんでこんなことができるの」と。そう、訴えているように見えた。
俺は思ったコイツは弱い。弱すぎる。だから、こんなに辛い顔をする。俺に居心地の悪さを感じさせた人間がこんなに弱くていいはずがない。強くしてやる。強くするには、どうすればいい。簡単だ。敵をつくればいい。敵をつくってどうする。現実をつきつけてやればいい。
そして、俺のストーカー生活が始まった。あの場面に遭遇できたことが幸いして俺は吉川の中では、友人を殺した人間の仲間として扱われていた。よって、俺という敵が簡単にできたわけだ。精神的に追い込んでいき。吉川は家に引きこもるようになった。計算通りに。
それから、吉川の父親の不倫現場を撮った写真を送りつける。当然、父親はそんなものが入った写真を娘に見せることなく捨てるわけだ。送り続けていればいずれ母親に写真が見つかる。それで、すべてが終わるはずだった。だが…。
「アナタ、いってらっしゃい」
終わらなかった。
あくまでも、幸せな家族ごっこを続けていた。何も知らないふりをしても、そんな偽者が大切なのか…。気色悪い。もう皆、死んじまえよ。
俺は、全てを終わらせた。吉川の両親を殺したのだ。アイツにこんな両親はいらない。そんな、意味のわからない感情が俺を動かした。俺は、吉川の両親を殺した返り血が服にこびりついたまま俺は吉川を抱きしめる。
「お前は俺の獲物だ。俺、以外の誰にも傷つけさせはしない。お前がどんなに逃げようと俺がお前を絶対に見つけ出して死ぬまで苦しめてやるよ」
吉川が白犬学園へ行くという情報から俺は自分の親を殺した。どっちみちいい加減うんざりしていたし、いい機会だった。
「お前はどうするよ」
「俺も白犬学園かな~。金もないし」
鎖に繋がれた妹にどうするかを聞く。聞いたところで何するわけでもないが、単なる興味本位だ。
「なんで、急に白犬なんて行く気になったの?」
「普通はなんで両親を殺したか。じゃないのか?」
「殺そうと思えばもっと早く殺てるでしょ。それも、誰にも気づかれないように」
確かに、違いねー。頭のいい妹だな。
◆
俺は結局、何がしたかったんだろうな。ただ、人を殺すための理由が欲しいだけだったのか?本当に吉川のことが好きで独占欲にでも駆られたのか?いや、違うなただの…。
暇つぶしだ…
夢、現実
僕は引き金引いた。
バンッ。
弾丸に詰められた火薬の爆発音。カンっと言う。空薬莢が工場の床のアスファルトに跳ね返る。
「アナタの助け方は、直線的過ぎるんですよ」
相手に自分を見てもらうため、ストーカーをして。相手に傷ついて欲しくなくて、相手に知られないように妻に不倫のことをばらし。それでも、変わらない両親を説得しようとして、感情的になって殺してしまい。この学園に生きることの怖さを教えるために自分の親でさえ手にかけて。学園にきて、相手のことを性的視線で見ている教師を殺して…。
結局、アナタは自分がしてきたことを自分にすら隠して死んでいくんでしょうね。
「………」
「処分に移ります」
中内がいつものように他のメンバーに指示をだす。僕はいつものようにただ立ち尽くす。構えた手をゆっくりと下ろす。
「すいません…。後は頼むです」
「はい」
事務的に中内は僕に言葉を返してくれる。その機械的さが今はありがたかった。
「…」
兄の部屋…。誰の匂いもしない部屋。ぬいぐるみやピンク、ピンクした家具。学園長から買い与えられたゴミの山。私はぬいぐるみの山に体をうずめる。その山の中に埋められかけた人形を取り出す汚く縫い直された人形…。兄と僕を繋ぐたった一つの贈り物。
「お兄ちゃん…」
僕はその人形を抱きしめた。強く…強く…。助けられたかもしれない。でも、僕は逃げたのだ…。相手の人生を汚さないためと言う名目で逃げたのだ。本当は、兄に自分の正体を知られることが怖くて。僕は、僕は…。
「ご主人様…」
こんな僕に一匹のペットが近づいてきた。僕は「大丈夫です」と、その頭を撫でる。撫でても、撫でてもペットの顔は曇ったままだった。それはきっと、僕が泣いているからだろう。それでも、僕は涙を止めることは、できなかった。
秘書日記
だるい。三日月はまだ帰ってこない。太郎は俺のベッドの上で寝てやがる。