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今と現在



今と現在






七香、ストーカーへの道1


12:00

プルルルル。プルルルル。

電子音が小さな部屋の中に鳴り響く。「全くこんな時間に」なんて軽い気持ちで、受話器を耳に当てる。

「もっしも~し」

たったそれだけの少年の声に頭を打つような衝撃が走る。

なんで、なんで逃がしてくれないの?

恐怖が頭の中を支配し、考えがまとまらず声を出すこともできない。

「ちょ~と離れたくらいで逃げられると思わないでくださいよ」

少年は私のことなどお構いなしに言葉を一方的に続ける。

「吉川さんは、どこまでいっても俺の獲物なんですから」

私はそこにへたり込む。

少年は狂喜、混じりに言いたいことだけ言うと、ガチャッという音と共に電話を切る。

ピー、ピーという電子音だけが部屋に木魂する。私はしばらく動ことができずそこに固まっていた。




暑い…。朝、クーラーで温度がほぼ一定に保たれている。原因は腕の中で気持ち良さそうに寝息を立てている彼女のせいである。

「んー…うん…」

寝るのはいいが人の腕を掴むのはやめてもらいたい。昨日と同じようなシチュエーションだ。違うとすれば俺が三日月に抱きつく形に成っているということと彼女がここにいることに驚いてないことぐらいだ。誰かに見られたら確実アウトだ。

「じー」

何か聞こえてるような気がするが気のせいだろう。俺はそう信じたい。

「じー」

上からとてつもない圧力と視線が降ってくる…、ような気がするだけだろう。

「見るなッ!聞くなッ!俺ッ!見えなければ,聞かなければ、いないのと同義。よって七香なんて人間自体、存在しない‼」

「私の存在否定ッ!」

「やべー。なんか幻覚にツッコミされた」

「ここにいることへの否定ならまだしも、私自身の存在まで幻覚と申しますかッ⁉」

「……スーー」

寝てみる。もしかしたらこの悪夢から覚めるかも知れない。

「完全にスルー体制ですかッ⁉」

無視。

「無視しないでくださいよ~。私、(うさぎ)だから寂しいと死んじゃいますよ~」

無視。

「ほらほら、今なら私の裸が見られますよ。今だけですよ」

無視。

「あっ、この状況写真に撮って学園内にばらまこうかなー」

無視。

「…」

急に静かになった。

ガサガサガサ、何かを探る音がする。が、少しして止まる。

「男の人はベッドの下にエロ本を隠す生き物ではないのですかッ⁉」

なんか驚愕した声がしたが気のせいだろう。まず、そんなベタな所に隠す奴何ていない。……まー、いてもいいよな。うん。

ガサゴソ、ガサゴソ。



七香 ストーカーへの道2


私は昨日、怖い電話があり朝一で先輩の家に先輩に会いに行くことにしました。先輩といっても夕先輩に会うために月野先輩の家にいきます。月野先輩といっても歳的には私の方が上なのですが…。学年的には彼女の方が私よりも上なのです。不思議だ~。言い忘れてましたけど私、高校一年生です。

「どうしよう…」

そんな感じで、私は悩んでました。私の手の中には先輩のパンツがあります。これをどうしましょう。私はストーカー、これすなわち。持っていかない方が失礼にあたるのかな…。いや、でも人としてどうなんだろう…。いや…でも。…一応貰っておこうかな…。うん、貰っとこ、そうしよう。私はパンツを自分のバックに入れた。今、私はとてもドキドキしてます。あっでも、このドキドキちょっと快感かも知れません。




三日月が起きてすぐ朝食にした。起きるやいなや「重いです。どいてください」と、言われたときはブチ切れそうになったが三日月の思うつぼなので抑えておいた。朝食は七香が作ってくれた。

「「「いただきます(です)」」」

なんかシンクロした。

「あの…。私、料理あんまり得意じゃないんですよ…」

七香はお恥ずかしいながらと言った感じに笑顔を作って補足した。三日月の申し出により三日月モーニングメニュー。食パンにベーコンエッグ(卵は半熟)をのせたものとサラダとホットミルクと言った誰にでも作れるようなものなので、そこまで味に大差は…ないとは言えないが美味過ぎることはあっても、不味いことはないと思う。実際に見た目もそこまで悪くない。むしろ美味そうだ。

パクッ。

とりあえず食ってみた…。うーん…俺は静かに立ち上がり台所に行き、三角コーナーに口の中の汚物を吐き出す。

「不味!なんだこりゃ!」

「だから、言ったじゃないですか。料理はあんまり得意じゃないって」

「これは得意じゃないとかのレベルじゃないから!、汚染物だから!」

「それは酷くないですか⁉いくらなのでも!。ねっ、三日月ちゃん」

「えっ…」

三日月はこそこそと皿の上の七香の料理をビニール袋に投入しているところだった。

「三日月ちゃん!」

「あまりにもおいしいのでとっておこうかと思ったです」

「そうなんだ~。だったら…。って、いい訳ないでしょ!」

「ちっ」

「舌打ちされた!」

「こんなの形のあるヘドロです」

「なんです。なんです。みんなして…」

パクッ。

七香は自分の皿に盛られたパンをかじる。…モグモグ……。ホットミルクに口をつけ流し込もうとして。

「ぶーーーーーッ。飲めるかーーーーッ」

真っ白な液体が噴水をつくりまき散らかされる。この文だけ読むとあれな表現だが実際にそうなのだ。

「って、吐くなよ!」

「だって不味いんですもん」

悪びれもなく答えやがった。自分の料理をなんだと思っているんだか。俺は汚物だと思ったが。

「なんですか?この危険物は!こんなの豚の餌にもなりませよ!」

「お前が作ったんだろうが!」

「味見した時は大丈夫だったのに」

「いつ味見したんだよ」

「料理する前です」

だったらこの不味さは素材が腐ってたとかじゃないのか…。

「なんですかッ?その作る前に味見してんじゃねーよ。てかっお前どんだけ料理下手なんだよ。呆れを通り越して哀れだわ~的視線はッ!」

的なのではなく明らかにそうなんだが…。あまりにもコイツが哀れすぎてそんな事言えない。

「そんな視線向けられると照れちゃいます」

理不尽極まりない怒りから一変、気持ち悪く体をクネリ、顔を赤らめる。いったい何なんだろう…この気持ち悪い生物は…。不気味だ。



七香、ストーカーへの道3


やばいです、やばいです。私…Mに目覚めてしまったかも知れません。

「やばいです」

私はポツリと呟いた。

「確かにお前はやばいが、今始まったことじゃないだろ」

女心を全く分かってないですね。先輩は!…でもちょっと快感…。駄目です私ッ!コレはフリです。フリなのですよ。私ッ!

「もっと言って!」

私は叫んだ。フりです。フリだからいいのです。やるならしっかりやらないといけないですよね!やっぱり。

「ハァ~ハァ~」

私は鼻息が荒くします。

「お前大丈夫か?」

先輩は私から少し後退りながら聞いてきます。

「大丈夫ですよ。それよりもっと私を(けな)して、辱めて、(おとし)めて~。ハァ~ハァ~」

私は一歩ずつ着実に先輩に近づく。彼も後退るが部屋の中、そんなに後退れるはずもなく行き止まる。

「さぁ~。私にこの首輪をつけて一緒に散歩しましょう」

私は近くに落ちていた首輪を掴む。




俺は七香に襲われかかっている。

「さぁ~。私にこの首輪をつけて一緒に散歩しましょう」

七香は太郎の為に買って来た首輪を両手で握る。

とにかく怖いです。例えるなら、じっとしてたら頭を切り落とされることを知っているが身動きのとれないまな板の鯉。

そして、それは振り下ろされる。金属バット…。そして七香は地に伏した。

「標的を気絶させましたです。ただちに処分に移りますです」

三日月は真っ黒のビニール袋をどこからか取り出し、七香に被せ始める。

「ちょっと待て」

「なんですか?」

三日月は無表情で俺に目を向ける。

「いや、それはさすがにやばくね…」

「大丈夫です。誰にも見付からない山の中にでも埋めときますです」

「いや、埋めるな。まだ生きてるから」

トントンと三日月は七香の肩を叩く。

「返事がない。ただの屍のようだ」

「返事しないだけで生きてるからッ!息してるからッ!」

「息してるからといって生きているなんて言えるのですか?そもそも…」

「面倒だから辞めろッ‼」

俺は三日月の言葉を遮る


そして、俺達は七香をビニール袋から顔だけ出した状態で部屋の外に置いて登校する。

「そうです。高波君」

三日月が自然な感じに話しかけてくる。

「なんだ…」

また、面倒事だろな。と予想を立てながら返す。

「高波君はどうして、この学校ではこれほど犯罪者がいるのに普通の高校と変わらず。平和なのかわかりますか?」

「そりゃ、あれだろ。親がいなかったから犯罪に走るしかなかった人間が多いのと、学園の校則で犯罪を犯したら、罰を与えると決まっているからだろ」

「その通りです。覚えといてください。特に後者の方をです」

それだけ、言うと三日月は口を閉ざした。いったい何だったんだ…?そして俺達は、その後、無言のまま学園へ向かった。


「人は何故あんなにも醜い」

今は四限終了間際。

「お前がそれを語るか。ナバルよ」

いなりは昨日のあれで気でも狂ったのか、天を向きながらブツブツ何かを唱えている。

「ユザン。貴様にはわかるまい。私のこの悲しみが」


キーコーン カーンコーン。

国語の授業を終えて昼休み。

「夕せーんぱーい」

とても元気な声がした。俺は条件反射で今朝(けさ)、三日月が作った弁当片手に教室から逃げ出そうと匍匐(ほふく)前進をして、声がした方と逆の出口へ向かう。

「先輩、なにしてるんですか?」

「条件反射?」

「何で私に聞くんですか…?そもそも条件反射で匍匐前進て」

なんか知らないが、呆れられてしまったらしい。俺としては好都合以外のなにものでもないのだが。

「人にはやらなくてはいけないことの一つや百個ある」

「確かにありそうですがなんか違う気がします」

「気にするな。そして去れ」

「嫌ですよ!」

即、否定されてしまった。残念。

「見たところ三日月先輩もいないことだし一緒に弁当食べましょう。屋上で」

「まっ、弁当くらいなら」


そして、俺達は屋上の扉の前までやってきた。

「開いてないな」

「開いてないですねー」

扉には鍵が掛かっていた。当たり前と言えば当たり前なのだが。

「よし、戻るか」

俺は早く飯が食いたいので早々に来た道を引き返そうとする。

「ちょっと、待って下さいね」

七香は針金をポケットから取り出すと鍵穴に差し込んだグネグネと試行錯誤する。

ガチャッ。

鍵は容易に開いてしまった。セキュリティーゆるっ!

「それで俺の部屋に入って来たのか…」

俺の部屋は、例により三日月がチェーンソーでチェーンをぶった切ったので鍵さえ外せれば誰でも入れるのだ。

「はい、と言っても正確には三日月先輩のお部屋ですが」

確かに…。俺達は屋上に出た。

「うーん。気持ちーですねー」

俺達以外誰もいない殺風景な空間。空はどこまでも青く、太陽も出口で隠れちょうどよく影になって心地よい風が髪を揺らす。

「そうだな」

そして、待ちに待った昼食タイム。俺達はその場に座って飯にする。

「いっただっきまーす」

七香は箸を親指と人差し指の間に挟んで元気よく手を合わせる。俺も適当に「いただきます」と、言いながら弁当の蓋を開ける。桜でんぷん…。これまたベタな虐めを…。ピンク色のハートマーク。まさに愛妻弁当…。

「ハァ~」

俺は大きく溜息をつく。そう言えば七香も三日月に弁当を作ってもらってたはず(七香と共にビニール袋に入れられていた)。俺は七香の弁当を覗こうと首を伸ばす。

「ひっ」

七香は肩をピクリと跳ね上げ、弁当を隠す。

「そんなにやばい弁当だったのか」

「先輩もですか?」

俺は「ああ」と頷き弁当のハートを真っ二つにするように箸を走らせ、食べ始める。味は美味い。朝、食べた七香の朝食とは雲泥の差。

「お、美味しいです。こんな美味しい料理をここで食べられるとは…」

七香は感動の涙を流す。コイツはここにくる前までどんな暮らしをしてたんだ。なんか可哀想になってきた…。

「あの先輩」

七香が涙を流しながら。俺に話しかけてくる。

「なんだ」

俺はだし巻き卵を箸で摘みながら訊く。

「三日月先輩を私に下さい」

「どうぞ」

「軽いです!軽すぎますよ。先輩」

人をあげる、あげないなんて会話をしてる時点で軽い奴だと思うのだが。違うのか?

「先輩は三日月先輩のこと好きですか?」

「別に」

「私の事…嫌いですか?」

「別に」

俺は二つとも飯を食いながら、素っ気なく返した。

「何でですか?」

「何でですか?って?」

「何でこんな私こと嫌いにならないんですか?」

何でですかって言われても嫌う理由なんて…確かにある…。けど、あの料理以外、特にこれといって危害はない。それにいくら俺でも真剣で、すぐにでも壊れそうな奴に冗談でも「嫌い」なんて言えなかった。

「馬鹿だから?」

俺は唐揚げに箸を伸ばしながら答える。

「馬鹿って…。素直に喜べませんね…」

「いや、素直に喜べ」

「先輩は私を馬鹿にし過ぎです。私にだって。人に馬鹿にされないような凄い特技あるんですから」

「例えば」

「料理とかッ!」

…………。

沈黙、七香も言って我を見つめ直したのか顔が赤くなっていく。

「確かにあの見た目の料理の味が汚物のそれに匹敵するのは凄いな…」

俺はたまらず目をそらす。

「…うぅ…。絶対にうまくなってやります…。待っててください!」

七香は走り去る飯食いながら…。今から練習でもするのだろうか?

「隣、いいですか?」

後ろから三日月に声を掛けられた。

「どうぞー、って、何でお前がここに!」

「いえ、後をつけたからです」

サラッと、とんでもないこと言いましたよ。七香よりコイツの方がストーカーに向いてるんじゃないのか…。全く気づかなかったぞ…。

「後これ読んでおいてくださいです」

三日月は俺の隣に座りながら四つに折り畳まれた一枚の手紙を差し出してきた。

「何だよ。これ…」

「見ればわかります」

俺は四つ折の紙を開く。

[ストーカーされてます。助けてください。 吉川 七香]

「何だこれは…」

俺は思わず声を漏らした。

「ボイス・ボックスに入ってました。事前に七香さんには帰り際に伝えておいたので、これは必然ですが」

あいつがストーカー。なら、まだしもストーカーされてる。俺のストーカーがストーカーされてて。しかもストーカーがストーカーの撃退を望んでボイス・ボックスに依頼したと…。ストーカーだらけだな。この学園…。

「で、これどうするんだ」

「どうするも、こうするもないです。高波君、頑張ってくださいです」

「俺かよッ!お前ッ、俺はお前のそばにいるだけでいいんじゃないのかよ」

「それはそれ。これはこれです」

「何が違うんだよ」

「意気込みです」

全く意味がわからない。


そして、俺達は放課後、依頼主である七香に会うことにした。

「せーんぱーい」

ストーカーされてるとは思えな笑顔で抱きつこうとしてくる。俺は、それを交わし。

ビシッ。

とりあえず七香の渦巻きにチョップを入れる。

「な、何するんですか…?」

七香は涙目で抗議してくる。その顔はとても子供じみていて罪悪感を刺激する。

「すまん。本能的に…」

俺は、反射的に場の雰囲気を読んで謝る。悪いことをしたら謝る。これが大人の対応だ。

「私のこと本能的に拒絶してるじゃないですかッ!」

「その通りだ。気にするな」

「その通りなんですかッ⁉気になりまくりなんですけど」

「で、だ」

「うわっ、いきりなり仕切り直されたッ!」

「ストーカーはどこだ」

「スルーしたことどうでもよくなるくらい直球ですね。直球過ぎてシリアスにすらならない」

「それが狙いだからな」

「狙うなら私のハートを」

「いや、遠慮しとく」

爽やか度MAXに笑顔で拒絶する。「その笑顔は犯罪です」などと横から聞こえるがあえて無視する。

「ブレイクッ!」

七香は胸を押さえる。

「それでも私は「蛙顔の人」のことがすきなの」

途中で三日月の声により七香の声がかき消される。

「そうか蛙が好きなのか」

「違ッ!」

「大丈夫、俺は人の趣味をどうこう言うつもりはないから」

「言えるような人間じゃないです。このロリコンが、です」

まだ引越しの時のことを引きづりますか三日月さん…。

「やっと会えましたね。吉川さん」

キザったらしい口振りの男が七香に話し掛ける。

「ひっ……」

七香はその少年の顔を見て表情を恐怖で埋め尽くす。

「せっかく来てあげたのにその態度は酷くないですか?もっと可愛らしい笑顔を見せてくださいよ」

「こ、こないで下さい」

「それは、無理な相談ですね」

「アナタが、海原(うなばら) (あま)()ですね」

「クッ、クハハハハ」

海原は目を右手で覆い隠し笑い出す。不快に、気持ち悪く、周りのものを(さげす)むような、そんな笑い方。

「失敬、失敬…いや~、俺の名前を知っている人が吉川さん以外にいるもんなんですね。女性に名前を覚えられるなんて興奮しますね」

変態だッ。もろほんの変態だ。素直にすげーキモイ。黙ってればかなりのイケメンなのに…。黒のサラサラヘヤーにモデル並の中性的な顔立ち。指にはいくつかの髑髏や十字架などをかたどった指輪。

「僕は、全生徒の名前と顔を完璧に記憶してますから」

「あ~いいですね~。そういうツンデレ」

海原は興奮が収まらないと言った感じに気持ち悪い声を吐き出す。

「でも、僕が欲しいのは吉川さんだけなんですよ」

海原の目が鋭くなり、俺を見る。目の前にある不快なものが許せないと言う人間の顔だ。俺、そんなに不愉快なことしてるか?などとつい考えてしまう。

「アナタ誰ですか~?」

「赤沼 いなりで~す」

何となく棒読みで偽名を使ってみた。なんかあったときの保険だ。悪く思うなよ。いなり。

「では、赤沼さん消えてください。目障りです」

なんかとても嫌われてます。いやー。若いっていいですねー。とてもニコニコしながら言ってきやがったよ。この糞ガキ。

「いや~、でも俺も七香に用事があるのよ。悪いけど、お前こそどっか行ってくんない?」

「七香?お前、何様だ?殺すぞ」

さっきとは打って変わってドスの効いた声を出す。全く変態のキレるポイントなんてわかったもんじゃない。たかだか、名前で呼んだだけで大げさな。

「殺すって。ここに来てる人間に言われるとシャレにならんよ」

ハァ~。面倒くせー。さっさと寮に帰って漫画本でも読んで寝たい。

「よし、七香しょうがない場所変えるぞ」

「え、あっ、はい!」

俺は右手で七香の左手を引き、その場から離れようとする。

ガンッ。

重い金属音が背中に響く。俺のよく知っている音だ。俺はゆっくり振り返る。

そこには、金属バットを両手で構える三日月とそのバットに向かって指輪で固めた右手の拳がぶつけている光景があった。

「邪魔しないでもらえますか」

人当たりが良さそうな笑顔を浮かべ、左手で拳をつくり三日月の右脇腹を抉る。

「うっ」

三日月は金属バットを落とし腹を抱えるように倒れ込む。

「あらら、痛かったかい?ゴメンね。くふっくはははは」

海原は笑う。汚く、いやらしく、気持ち悪い笑みを浮かべて笑う。

そして、この光景を見て、小さく悲鳴をあげる奴、気持ち悪い能面のように眉ひとつ動かさない奴、この光景を見て(あお)る奴、何人もの人間がいても誰一人助けようなんて気は起こさない。誰もが自分のことだけ考えてる。それが正解であり。それ以外の解答を選べるものなど、この学園でなくともそうはいない。俺は海原の顔を睨む。

「何ですか?赤沼さん。あっ、もしかして赤沼さんの女でしたか?コレは失礼しました。はははははッでもアナタが悪いんですよ?アナタが僕の…」

俺は左手で裏拳を海原目掛けて打ち込む。

「ぶふっ」

海原は半回転しながら床に伏せる。

()ってなー。赤沼さーん」

海原は這いずるように顔を上げる。俺は七香と繋いだ手を離し海原の前に立つ。

「赤沼って誰だよ。俺は高波 夕だよ」

海原の顔に蹴りを入れる。

「うわぁああぁあぁゎー‼」

海原は自分の顔を押さえながら悶える。俺はそんな海原を一瞥して三日月のもとに歩み寄った。

「大丈夫か?」

俺は三日月の顔を右腕で下から持ち上げながら訪ねる。

「大丈夫な訳ないです」

三日月は痛みで顔を歪めながら言う。

「あっそ。だったら早めに保健室にでもいきますか」

俺は三日月をお姫様抱っこして抱き上げる。

「な、何をするのですか!」

三日月は顔を赤らめ、焦る。いつも無表情なだけになんか癒されるな、これ。俺は自分の顔が緩むのがわかった。俺を今見てる奴からすればただの変態に映ってるかもしれない。

「お姫様抱っこだけど」

「何でお姫様抱っこなんですかッ!下ろしてください!お兄ちゃん!」

お兄ちゃん?三日月にお兄ちゃんがいるということか?俺のことでは、ないだろう。

「お前こんなところでその呼び方はないだろ」

冗談めかしい口調で言ってみる。実際冗談なのだが。

「えっ、あっ、すいませんです」

三日月は顔をますます赤らめ俯く。その仕草が可愛いくて俺も目をそらしてしまう。

「よし、いくぞ」

俺は三日月をつれて保健室に向かった。



七香、ストーカーへの道4


先輩は先輩をつれて保健室に向かった。私が頼ったからこうなった。私が弱いからこうなった。私には、なにもないから。だったらせめて自分の重荷くらい自分で背負わなきゃいけないのに…。

「私が好きなのはあの人です。私のことは諦めてください」

私は顔を押さえている天美を見下ろす。私はしっかりと天美に伝える。

「何で俺じゃ駄目なんだ…」

「アナタは人を簡単に傷つける悪い人です」

「そんなのここにいる人間なら誰でもそうだろ」

「それでも私はあの人が好き。アナタとは違います」

「クハッ、くはひゃひゃひゃっ、今日のところはここで引き下がらせて貰います。これでは吉川さんを押し倒すこともできない」

天美は倒れそうになる体を壁を伝うように起こし壁伝いに去っていく。私はその場に身を翻し先輩達のもとへ向かった。



夢、幻惑


何で僕はいつもこうなのだろう誰も守れない…。そもそも僕なんかは誰かを守れるような人間じゃない。誰かに守られていい人間じゃない。なのに…。

「もう少しで着くからもう少し辛抱しろ」

兄は走るでも歩くでもない速さで保健室まで急ぐ。僕を思っての速さだろう。お兄ちゃん…。兄はあの時、僕の言葉に昔からそう呼ばれてたかのように答えてた。もしかして気づいているの…。僕が妹だってこと。僕は保健室に向かう兄を見上げる。ねーどうなんですか…?お兄ちゃん…。




保健室についた。

「月野さん…。また怪我したの」

眼鏡を掛けた堅物そうな養護教諭が三日月を一瞥して呆れたような声と共に椅子から立ち上がり、薬箱の入った棚に向かう。

「はい…。しかし僕はアナタに見てもらわな…」

「で、今日はどこにどんな怪我したの」

養護教諭は三日月の言葉を遮りながら薬箱と包帯を持ってくる。

「単なる打撲です」

「どこを?」

保健室によくある回転する椅子に腰を下ろしながら尋ねる。

「…脇腹です」

その瞬間、養護教諭の獲物を目の前にした獣のように目が光る。

「ヘー、それは早く治療しないと。ハァ~ハァ~」

なんかとても怖い。いや、キモイ。悪寒が背中を走る。この養護教諭で大丈夫だろうか…。確かに養護教諭は変態なんて設定はベタだが、現実的にはそうそう遭遇出来るものじゃない。はっきり言って、いていいものじゃないと思うのだが…。

そんなとこを考えてるうちに養護教諭の白い手が三日月の服をゆっくりとめくり上げていく。その遅さが普通に脱がすよりもエロく見せる。きめ細やかな白い肌、しなやかな曲線が男心を揺さぶる。俺はそれに見入る。

「あ~、月野さんの生腹久しぶりに見るわ~」

生じゃなければ最近も見てんのか…。やっぱり変態でした。人のこと言えないのだが。

「そんなのどうでもいいんで、早く治療してくださいです」

「どうでもいいですって。駄目よ。そんな考え方。肌って言うものはねちゃんと手入れをしないとすぐに(おとろ)えてしまうものなのよ。若いうちはよくても、ある一定の年齢を過ぎれば、あっという間なのよ。例えるなら竜宮城に行った浦島さんくらい時の流れが早く感じてしまうのよ。そもそも肌って言うのはね。髪と同じくらい女の子にとっては大切なものなのよ。分かる?分かるわよね。分かりなさいッ!肌の色、触り心地、弾力、そして温度。アニメや漫画でもタッチ(触れ方)やタッチ(書き方)によってその肌の感じ、略して肌感を鮮明に表してこそ、エロチック度というものが増幅(ぞうふく)、増大されていくの。元来より人と異なるアニメや漫画、二次元だからこそなせるものだけど現実世界でも化粧や整形、日々のお手入れによりその域に達することができるの。でもね。それにも限界があるのやっぱり元がいいものが一番なのよ。何もしなくてもきめ細やかな肌、プニプニとした弾力、それでいて必要以上に脂肪のないしなやかさ。そして、何よりこの抱き心地ーーッ‼」

養護教諭は長い熱弁の末、三日月に襲いかかる。三日月はそれを難なく交わす。

「ふげっ」

養護教諭は床に頭から突撃し、なんとも抽象し難い声を漏らす。あえて言うなれば女性とは、思いたくなくなるような声だ。

「いつものごとく、綺麗に交わしてくれるわね。でもそのツンが私を煽るのよッ!」

「マゾッ?」

「YES」

あっさり肯定(こうてい)されてしまった。こんな自覚のある変態が養護教諭やってていいのか?でも、まだ自覚してるだけましなのか?

「まっ、冗談はここまでにして治療しましょうか」

養護教諭はズレた眼鏡をかけ直し椅子に座り、脚を組む。

「脇腹だったわね」

養護教諭は三日月の白い肌に指を這わせながら尋ねる。その行動がさっきまでの行動が冗談ではないことを物語る。別に期待さたわけじゃないが残念な人だ。


そこからは普通に治療を行われた。三日月の怪我は脇腹が少し青くなっていたがそれほど大きな怪我にはなっていなかった。その後、廊下に顔を俯かせながら待っていた七香と合流する。

「ごめんなさい」

それが、彼女が始めに発っした言葉だった。

「私が頼んだせいでこんな事に…、この件はやっぱり…」

「大丈夫です。気にしないでください」

三日月が無表情と感情の(こも)っていない声で返す。

「でも………。天美も怪我しましたし少しは大人しく。だから先輩達の手を(わずら)わせなくても」

七香は沈黙を一度置いて言い訳がましい言葉を繋ぐ。実際言い訳でしかない言葉。

「それは誰の為の意見ですか?」

「誰って…」

「僕達の為ですか?それともアナタの為ですか?もしアナタの為なのなら私は身を引きます」

力強く。

「でも…、僕達の為なのなら大きなお世話です」

怒りを込めて言い放つ。

七香の目に涙が溜まっていく。本当に(つら)い時は誰かに頼っていい。相手を心配して助けを求めないのは相手にとって失礼だ。と、言いたいのだろう。とてつもなく臭くて俺まで感動。

「この仕事は僕達、生徒会の宣伝なのですから。途中で辞められる訳ないです」

出来ませんでした。

「てか、自分の為かよッ!」

「当たり前です。僕、思う故に、僕はあるのです。それにギブアンドテイクです」

「確かにそうだけどな…」

「…プッ、ハハハハハ…」

七香は一瞬キョトンとした顔をしたが一度噴き出した後、涙を流しながら笑った。それにつられ俺も笑い。三日月も満足気な表情を作る。

「で、では、お願いします。先輩方、私を…守ってください」

一通り笑った後、頬赤らめながら俺達にお願いしてきた。

「言われなくてもです」

「面倒クセーな」

でも、嫌いじゃないな。こうゆうの…。非日常が重なっていく感じ、俺の中の日常、何て喧嘩ばっかの日常だったが…。もしかしたらこうゆうのが本当の日常って呼べるものなのかもしれない。

「まずはアイツをどうやって暗殺するかを…」

「考えんでいいッ!」

全くと言っていいほどの非日常だった。


「だからって何でこうなる!」

俺は自分のべットの上で上半身を起こしながら叫ぶ。

「何ですか?いきなり?反抗期ですか」

俺達は七香が一人でいるのは危険だと思い帰る途中に七香の家によって、七香の布団を取りに行って三日月の部屋に。そして、昨日のこともあるので三日月に言って三日月に俺の部屋に行ってもらい布団を持って来て貰ったはずなのだが…。

「何でお前ら俺のベッドん中にいんだよ」

「それはですね。成り行きです」

「とてもコンパクトに(まと)めてくれて、ありがとう。そして、お前は股間に手を這わせるなッ!」

「こうすれば殿方は…」

「喜べるかッ!」

女二人に挟まれて、ましてや股間を…。確かに嬉しい状況ではあるが…。主人公としてやばいでしょ。

ちなみにいうと帰ってきた三日月はコンビニのビニール袋を持って帰ってきた。「布団は?」の俺の問いに「アイス買って来ましたです」でスルーされ、風呂に入った後、俺のベッドの中に入ってきた。それを見た七香が「なら私も入ります」と入ってきた…、という状況だ。

「よし、とりあえず出ろ」

「「全力で却下します(です)」」

ハモられた…。俺は渋々ベッドの中から出る。

「どうしたんですか?」

「俺、七香の布団で寝るから」

「ようやく私の魅力に気づきましたね。どうぞ私の布団の中で私の匂いを貪っててください」

ストーカーに怯える女子高生とは思えない台詞だ。俺はそのまま七香の布団で眠った。



秘書日記


太郎は魚をくわえて帰ってきた。その後ろに「カツオーッ」って叫んでいるオバサンをつれてきた。ちなみに太郎がくわえてるのはカツオだ。俺は知らん。何も知らんのだよ。


「なぁー、お前、喧嘩したんだって」

いなりが登校直後からうざい顔をだす。はっきりいって不愉快だ。消してしまおうか。

「いや、してない」

「そうなのか?でも噂になってるぜ」

どんな噂なのかは、だいたい予想はつくが、なぜこの短時間に噂になったのだろう。

「一方的だったからイジメだ」

「サラッと、いけないこと口にしてると思うのは俺だけ!」

「それに気づけるだけお前はまだ大丈夫だ。きっと…」

「何に対しての大丈夫ッ⁉しかも最後のきっとってッ?何かあるみたいな言い方するなよ」

「気にするな。そして、さようなら」

「俺、死ぬのッ?死んじゃうの⁉」

「お前がそう思うならそうなんだろ。俺から言えることはそれだけだ」

「なぜだーッ!」

うるさい奴だ。


 昼休み。

「先輩!見てください!今日はご飯に兎さん剥きされた林檎が入ってます!」

 俺達三人は屋上食事をしていた。

「そんなに驚くことなのか?確かにこの歳でコレは恥ずかしいモノがあるが…」

「何を言ってるんですか!兎さん剥きは簡単に見えてとても高度なテクニックを用いるのですよ!」

「ないだろ…」

「全部で十秒もかからないです」

 林檎は一つを六個に分けたものだ。

「それは早すぎだろ…」

 極端な二人だ。

「それより、次の依頼です」

 三日月が一枚の手紙をポケットから取り出した。

「話の流れガン無視か⁉」

「そんなことないです。聞いてるです。聞いてるはずです」

 ぜってえ、聞いてねーだろ…。

「それで?依頼ってどんな事するの?」

 七香が興味深々に体を乗り出す。

「はいです」

 三日月が七香に紙を渡す。

 七香はそれを受け取ると子供が親から貰ったプレゼントの箱を開けるような期待に満ち溢れた表情で紙を開く。

「以来内容はっと[最近、彼氏の行動がおかしいんです。尾行して何をしてるのか確かめてください]だそうです」

 俺達は探偵か何かか?

「つまり、彼氏さんにストーカーすれば言いわけですね?」

「確かにそうだがいろいろ違うだろ…」

「高波君が男にストーカー行為ですか。面白そうじゃないですか」

「どこがだよ!」

 三日月が俺の人生を狂わすような妄言を無表情で吐いたので、すかさずツッコミを入れえる。

「今時の女子はみんな好きですよ。ボーイズラブ」

「死んでもお断りだ!」

「なんでですか⁉女の子はみんなお父さんが入った後のお風呂に入るのを嫌がるくらいにボーイズラブが好きなんですよ‼」

「世の中のお父さんに謝れ!」

 とんだところで熱くなってしまった。


「なんやかんややるんですね。先輩」

「………」

 俺達はゴミ箱の裏から顔だけをひょっこりと出した状態だ。正直かなり目立っているような気がしてならない。

「高波君はもしかしなくてもホモですか?」

「ちげーよ!」

 普通について行かなきゃいけない雰囲気だっただろうが…。めんどくせーけど空気読まないわけにはいかんだろ。

「そういうことにしといてやるです」

 三日月は無表情でどうでもいいというように標的に視線を移す。

「えー、と。コレとコレはいいとして…」

 ターゲットこと坂井(さかい) (きよ)(まさ)は何やら自分で持っている紙を見ながらなにやらブツブツ呟いている。

「なんだかワクワクしますね。こんなに皆でストーキングっていうのも。ね、先輩」

「なんで、俺が男の後を追ってワクワクするんだよ」

「またまた~」

 七香は頬を赤く染めてそれを両手で挟んで「いやいや」と首を振る。

「何がまたまただ。気持ち悪いからやめろ」

 俺は七香の頭に軽くチョップを入れとく。

「痛いですよ~。先輩」

「ほら、ターゲットが動いたぞ」

「行くです」

 俺達は七香の事など気にも止めずに進行を開始する。

「待ってくださいよ~」

 七香も置いてかれまいと俺達の後を追ってくる。

「当たりをキョロキョロ見回しているです」

 ターゲットは怪しいくらい辺りを警戒しながら店の中に入る。

「あれだけ警戒しといて俺達が見つからないことが不思議だ…」

 ただ、家の影から顔を出しているだけ。

「そこは小説ですからです」

「意味がわからん」

「わかる人にだけ伝わればいいのですよ」

 話す気のない奴にいくら聞いても無駄なので諦めてターゲットの入った店の名前を確認する。

[SM大国]

「………」

「いい趣味してますね…」

 さすがの七香も引いていた。


 十分後。

 ターゲットは黒いビニール袋を持って出てきた。ターゲットは中身を確認するとニタリと笑い、進行を開始する。

「あの中身はなんでしょうね?先輩」

「知るかそんなこと!」

「先輩なのに?」

「俺はお前の何の先輩なんだ」

「人生の?」

「確かに早く産まれているがストーカーとしてはお前の方が先輩だからな」

「置いてくですよ」

 俺と七香がヒソヒソと話していると三日月が追跡を開始する。

「一旦、家に帰るみたいですね」

 ターゲットはさっきの店の近くにある寮に入る。

「そうだな」

「アソコは女性寮で彼の部屋はないはずです」

 と、なると…。

「不倫確定ですね♪」

 とても楽しそうに結論を言う。

「そうとは限らないです」

「きっとさっき買ったSMグッツを試すんですよ。きっとそうですそうに決まってます」

「おい。出てきたぞ」

 七香が妄言をほざいてる隙にターゲットが寮から出てきた。

「黒い袋を置いてきただけなのでしょうか?出てくるのがとても早かったですね」

「どうでもいいが追うぞ」

 今度は俺が先頭を切って追跡を開始する。

「先輩も何だかんだノリノリじゃないですか」

「…フッ」

「鼻で笑われた⁉」

 確かに少し楽しくなってきてる。だからと言ってゲイ的な意味合いじゃないからな。



七香 ストーカーへの道(探偵編)1


 とても楽しい時間。

 依頼の解決と言うなの娯楽。困ってる人には悪いだろうけどそう思えてならない。

「今度は[KY]?」

 先輩はターゲットの入った店の看板を見て怪訝そうに眉をしかめる。

「空気が読めない店ってただの態度の悪い店じゃないか?」

「違いますよ先輩。客をKYだと断定して責め立てる店ですよ!」

 適当なことを言って笑う。そんな関係、今までの人生には存在しなかった。

「結局、失礼な店じゃないか…」

 天海が現れる前からそう。いつも私は誰かの政治の道具みたいに生きてるみたいだった。いつも、誰かの顔色を伺って、彼氏だって親が選んだ偉い人の息子で…。勉強だっていつも必死になって。

「馴れるとそれがクセになるんですよ。先輩」

「なりたくないからな…」

 誰かと本当の意味で笑った事なんて久しぶりだった。

            ◆

「七香。誕生日おめでとう」

「誕生日おめでとう七香」

 父さんが政治家になる前はいつも家の中では笑顔が絶えなかったはずなのに。

 何時頃からだたかな…。笑顔が完全に偽物になったのは。

 最初に変わったのはパパだった。

「パパ、遊ぼ」

「ああ、いいよ。何して遊ぼうか」

 それが普通だった。

「パパ、遊ぼ」

「ゴメンな。パパは今日も仕事なんだ。ママに遊んでもらいなさい」

「今日もお仕事なの」

「そうだな」

「お仕事頑張てね」

「頑張るよ」

 私とは遊ばなくなって、笑顔は苦笑いになっていた。

 次に変わったのはママだ。

「ママ、遊ぼ」

「パパはいいの?」

「パパ、お仕事だって」

「そうなの?なら、一緒にお本でも読みましょうか?」

「読むーー!」

 それが普通で、

「ママ、遊ぼ」

「七香。遊んでばかりいないで勉強しなさい」

「今日のお勉強終わったよ?」

「何を言ってるの?遊ぶ時間があるんだから、勉強の復讐をしなきゃダメじゃない」

「うん」

 私は私が馬鹿だから頑張って勉強すればパパもママも遊んでくれないんだと頑張った。

 それでも、パパもママ遊んでくれることはなかった。それでも、いい成績を取ると褒めてくれたから勉強を頑張った。成績は学年で一位か二位だった。

「七香。ちょっと来なさい」

 そんな、ある日私は父に呼ばれた。

今日(こんにち)は。七香ちゃん」

「この人は大臣と言う、とても偉い人なんだよ」

 パパは私に作り笑顔で目の前にいるオジサンを紹介する。

()羽田(はた) 次郎じゃ。よろしく。そいて、こっちが(わし)の息子の(なお)()じゃ」

 オジサンの後ろから私と同じ位の男の子が出てくる。

「よろしくね。七香ちゃん」

 オジサンが帰った後、パパは私にこう言った。

「お前はあの子と付き合うんだ。分かったか?」

「なんで?」

「なんでもだ」

 私に拒否権はなかった。それが政治で家族だと小さいながら私は知った。

 それでも、私は逆らうことは出来なかった。


だって、嫌われたくないから…。


            ◆

「今、思ったんだがここの店って中が見えないようにガラスに黒のフィルムが貼ってあるよな?」

「見られると困るものがあるからに決まってるじゃないですか~♪」

 なのに、パパもママも死んで一人になって笑えるなんて私はもう狂ってるのかもしれないね。

 そう思っても私は今の時間が大切なモノだと信じている。




「帰りますです」

 三日月が突然そう言って立ち上がった。

「どうしたんだよ。いったい?」

「謎は全て解けたです」

 謎なんてものがどこにあったか分からんが何か解けたらしい。

「彼は彼女の誕生日パーティーを予定してるのです」

「は?」

 全く意味が分からない。

「ケーキ屋に行ったのがいい証拠です」

「ケーキ屋?」

はて?いつ行ったというのだろう。

「そこです」

 三日月はKYと書かれた店を指さす。

[K(ケーキ)Y(屋)]

「わかりずら!」

「じゃ~、SM大国(おおこく)はなんなんですか⁉」

(スーパー)(マーケット)大国(おおくに)さんじゃないですか」

「紛らわしいわ‼」


 全くどうでもいいことに頭を使う一日になってしまった。

「楽しかったですね。先輩」

「オチがあまりにも乱雑だったけどな…」

「そうですね」

 七香はとても楽しそうに笑った。

「高波君。走って帰ってさっさと夕飯を準備してくださいです」

 三日月は無表情で俺をこき使う。

 そして今日も夕日が沈もうとしている。。

「太陽が沈む前に夕飯ができてなかったら罰ゲームです」

「無理だからな!」

 俺を急かして…。

「無理を可能にするのが高波君です」

「そんな高波いねーよ」



秘書日記


〔彼氏が誕生日会を開いてくれました〕と言うメールがきたと三日月が夕食後に教えてくれた。



俺の罰ゲームは晩飯を毎日作ることだそうだ。朝と昼に関しては三日月が作るらしい。罰ゲームと言うほどのものではない気がしたが罰を受けたいわけじゃないので黙っておいた。七香が入ってないのは、お客様だからだ。と、言うのは、建前で、俺達の胃のことを考えての判断だ。


 次の日の昼休み。

「やっと昼休みか…。ながっかったな~」

 今日からは三日月がつくるはずだったのだが七香が頑張ってしまって。結果として朝飯を食べることはできなかった。

「や~、先輩」

 そんな、俺の所に不幸の手紙のような男がやってきた。

「なにしにきたんだよ。天美」

「ちょいと遊びにですよ。先輩」

 天美はそう言うとコンビニで買ってきたであろう弁当を広げ始める。

「今度は俺にストーカーか?お前が両刀だったとは…」

「違いますよ。少し話がしたくてね」

 俺は三日月の方を見る。

「電話です。ちょっと出ますが幼女について行ってはダメですよ」

「ついてくか!」

「ならいいです」

 三日月はそう言うと通話ボタンをプッシュし、耳に携帯を当てながら出ていった。

「話したいことってなんだよ」

「単刀直入に言いますとアナタの本命は星野 三日月ですよね?なら、なぜ、七香を守ろうとしているんですか?」

「成り行きだ」

「そうですか」

 それだけ言うと後は本当にたわいない話しかしなかった。



中内、裏話


「海原 天美、彼は廃品になりました」

僕はありのまま学園長の言葉を会長に伝える。

「そうですか…しょうがないですね…」

会長ははなから諦めていましたが…。と言う風に言葉を吐き出す。

「決行はアナタに任せますよ。では、僕は生徒会の方に…」

「生徒会って、吉川 七香の護衛ですか?」

「そうですが…。なにか?」

「何かって、海原 天美は我々、執行部…。いや、アナタが殺すんですよ」

「わかってないですね。アナタも…」

会長は一拍おき。

「僕は僕です。彼の玩具じゃないです。殺しはあくまでも最終手段です」

彼女が言いたいことはわかる。僕達はもう誰も殺したくない。ただ、それだけなのだろう。校則を破ったものはわかり次第、事件が起こったの時刻の二十四時間以内に処刑せよ。その執行人が僕ら執行部。そして、その執行人から逃れる方法はひとつ制限時間内に彼もまた執行部に入ること。制限時間内に。

「それでも…。彼は救えませんよ」

「僕は兄の前だけでは生徒会でありたい」

兄の前では…か。

「僕は汚い…。でもね…。好きな人の前くらい綺麗でいたいんです。それが僕を殺すことになっても…です」

会長…アナタはいつもそうですよ…。だからこそ僕達はアナタ側にあるのですがね…。

「決行は夕暮れ後、今から約2時間後になります」

「いつもありがとうです。前田君」

「中内です」

僕は呆れ混じりにツッコミを入れる。五年前から変わらないやり取り。いい加減直して欲しいものだ。

「では、高波君を待たせているので、切るです」

「はい、今度は行けそうですか?」

「兄がいるので大丈夫です」

前は「僕に出来ることをやるだけです」だったっけ…。夕先輩、羨ましいほど好かれてますね…。

ピーピーピー。

携帯から流れる電子音だけが僕の耳の中を振動させる。やっぱり…僕じゃ駄目なのかな…。僕はゆっくりと立ち上がる。そして、携帯を操作し。

「いつも通り決行します」




そして今日も授業を終え、ダラダラ帰支度を始める。

「よーし、帰るかな…」

俺は隣の席に目を向けると、三日月は金属バットを肩にかけながら立っていた。

「すいません。今日は一緒に行けそうにないです。兄さんに会いに行くです」

「何しに行く気だ殴り込みか?」

 兄に合うのに金属バットが必需品とかどんな兄だよ。

「野球の助っ人です」

「あっそ…」

 かなり、無理があるような気がするが…。

「そう言えばお前の兄さんてどこにいんの?俺ほとんど一日中一緒にいると思うけど会ってないよな?」

「会っているので安心してくださいです」

「へー」

会ってるには会ってるのか…。じゃ~、兄貴の方も犯罪者ってことだよな…。俺、もしかして三日月と一緒に暮らしてるの知られたら殺されるんじゃ…。「テメー、人の妹に手出してんじゃねーぞ」的な感じになってバイクで市中引き回しの上獄門的な…。

「大丈夫です。もう知ってますから」

「マジですかッ!」

「マジです」

「俺、殺されんじゃんッ!」

「大丈夫です。きっと」

きっとって…。また、曖昧な言い方だな。おい。

「ま~、いいや。じゃ~な、ブラコン」

「はい、また後で…ロリコン」

「まだ言うかッ!」

…俺は三日月と分かれた後、俺は七香のいる一年の教室に向かうことにした。

「先輩」

何故か七香が真剣な声で話し掛けてこられた。

「な、なんだよ七香」

「なんで声が上擦ってるんですか」

「七香が真剣な声を出すから、気持ち悪くて」

俺は正直に答えた。

「嘘つかないで下さいよ。私に声掛けられて興奮してたんでしょ」

「ないな」

仮にそうだとしたら俺は俺を軽蔑するぞ。

「そんな~」

「お前は俺にどんな人間であって欲しいんだよ…」

「ありのままのアナタで…」

「お前は俺と言う人間を誤解してるぞ」

「そんなことないですよ」

あるんだよ…、と不毛な口論を十分ほど繰り広げた後、俺達は昇降口へ歩き出した。

「そう言えば、休み時間とかは大丈夫だったのか?」

俺は(そと)()きに手を掛けながら尋ねる。

「はい、特にこれといってはないですね」

そう言いながら、七香は自分の外履きから山のように積まれた画鋲を床に落としている。本当に大丈夫だったのだろうか…。それともこれといってないだけで色々あったと言う意味なのか…。つか、相手は小学生ですか?俺達は画鋲を捨てた後、校門を出た。

「そう言えば今日アイツにあったか」

「いえ、会ってません」

相当意識しているのだろう。即答される。

「ふーん」

次の瞬間、頭に衝撃が走った。始めはただの衝撃。俺は前のめりに倒れる。そして、衝撃を受けた場所から光が走るように痛みが頭の中を駆けめぐる。

「がァアああアあぁぁァ…」

俺はたまらず呻く。

「あっちゃ~。気絶してくんなかったよ。どうする?」

「スタンガン使えばいんじゃね」

「そっかーあったまいいー」

「ア、アンタ達何ですか…?」

馬鹿丸出しな男共の言葉の後、いきなりの事に動揺している七香の声が聞こえた。その声は、おどおどしていて、今にも泣きそうな声だった。

「何って海原さんの命令であんたら二人誘拐しに来たんじゃんよ」

ガスッ。

俺は思いっ切り馬鹿丸出し君一人の足を払った。そしてそのまま立ち上がる。

「ぎへ」

男は変な声を上げながら倒れる。カンっ、と俺の頭を殴ったであろう金属バットがアスファルトにあたって音を出す。それらと同時に俺はもう一人の顎に拳を頭の中が揺れるように角度を付けて叩き込む。殴られた方は数歩後ろへ下がるが倒れずに踏み留まる。俺はまずバットを持って倒れた奴の腹に蹴りをぶち込む。

「グヘッ」

入った所が良かったのか一撃で気絶してくれた。泡を吹いてるが。人間、そう簡単に死なないだろう…。多分…。きっと…。死んでも何とかなるさ。

「で、どうします」

俺はスタンガンを向けている男に声を掛ける。さっきの一撃がそうとう頭に来ているのか視点が定まっていない。

「わかった。降参する」

男は手を上げ、スタンガンがアスファルトに落ちる瞬間、バチっと言う音と共に意識が途絶えた。



七香、ストーカーへの道5


「わかった。降参する」

男は手を上げスタンガンを落とす。だがそれは罠、天美がいつの間にか先輩の後ろにいて先輩をスタンガンで気絶させていた。

「先輩っ」

気づいた頃にはもう遅い。いや、どちらにしろ無理だったのだろう。天美の後ろには五、六人の男達がいた。そこまで強そうにも見えないが数が数である。私は急いで先輩に駆け寄った。

「先輩、先輩ッ!」

答えは返って来なかった。

「あーらら。金谷くん、死んじゃいましたか~?」

天美は笑いながら金谷と呼ばれた少年の頭を踏みつける。それを見て他の男達も笑う。狂った人間の集まり。

「たかだか一人になーにてこずってんですかー」

天美は首を傾げながらスタンガンを落とした男を見やる。

「まぁ~、始めから期待してないけどね~。おい、吉川さん連れてきて~」

二人の男が私の腕を掴んだ。私は抵抗することが出来なかった。私はまた…。自分の問題で人を傷つけてしまった。



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