第一話
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「忠明さん、今までありがとうございました」
「いえ、こちらこそ……今まで御世話になりました」
私はそう言い残し、会社をあとにした。
社長は笑顔をつくっているが、どこかめんどくさそうである。 この会社につとめて18年、いろんな事があった
だがそれも、今日で終わり…なんたって、会社クビだから
東京の秋はまだ熱い。季節なんか感じはしない。 人は常に動いていて、車は渋滞。ココにいるだけで、息が詰まってしまうようだ。
私は家賃4万のボロアパートに住んでいる。
無職の私は汚い畳の上で仰向けになっていた。
天井を見上げると、染みがついている。
昨日着たスーツは、そこらへんに投げ出されていた。
無職………か…… 妻も、子供も、交通事故で亡くなってしまった私。 自分の手にあった温かく重たいモノが消えてしまった。その日を境に、仕事も思うように出来なくなってしまった。
男は、やはり妻がいないと生きてゆけないな……… そんなことを考えながら、あくびをする………
気分転換に、どこかいこうかな………
公園?ちがうな……パチンコ?これもちがう……なんか、ゆっくり出来るところ………
「……あ」
いきなり、ふと思い付く 「田舎に、帰ろう…」
あれから数日経ち、私はとうとう田舎へ帰ることにした。 久しぶりに両親にも会いたい。
『―――次は、大鎌―次は大鎌です――お降りの方は…………』
「次、か……」
何年ぶりかの電車の中。途中まで新幹線だったが、私の故郷はあいにく遠い。一言でいえば、山の中にあるようなものだ。
プシュウ――
『大鎌、大鎌です――』 「よっこいしょ……」
電車を降りると、そこはもう、田舎だった。
東京のような、高いビルや人なんていない。
空気もおいしい。
私はバスに乗り込み、私の実家へ向かった。
バスが進むめば進むほど、民家が少なくなってゆく…
コンビニが無いんだもんな……
相変わらず、何も無い所である。
「あ、降ります…」
バスが止まり、ついに私の実家に着いた。
私の家は木製で、かなり長い間建っている。
「おっ……懐かしいな」
玄関先で立ち止まる私。そこには、幼少時代によく使っていた麦わら帽子が転がっていた。 長年雨風にうたれ、ボロボロだ。
なぜか深呼吸を一度する。
ガラガラガラ――……
これこれ、この玄関の音、我が家に帰った感じがするな…
「ただいまあ」
木の匂いが鼻をつつみこむ。
靴を脱ぎ、床を歩くとギシギシ音がする。
私が上京してから家は何も変わっていない。置物も、絨毯も、鏡の位置も……。
「ただいま、母さん、僕だ。いきなりで悪いけど、数日留まっても良いかな?」 居間にはいると、庭を見つめたまま、介護用ベットに座る母の姿が目に入った。
庭というより、庭よりももっと向こうの世界を見つめているようだ。
母はようやく私に気付いたらしく、こちらを見る。
「あら、お父さんじゃない。どうしたの?そうだ、林檎、食べる?」
「母さん……」
母は私に両手をさしのべる。
きっと母の目には、林檎がのった皿を持っている、自分の手が写っているのだろう。「母さん、忠明だよ。父さんは死んだでしょ?」
母は、私の言葉を無視し、再び庭を見つめた。
「ホームヘルパーさん、来てないの?」
母は首を縦にふる。
私はため息をつき、荷物を部屋の隅に置いた。
周りをよく見渡すと、沢山の落書きのあとがある。 家族の絵、植物の絵、トンボの絵………
私は絵を描く事と外で遊ぶ事が大好きだった。 外で何かを見つけては、家へ帰って真っ白の大きい落書き帳に絵を描いたものだ。
せっかく実家に帰ったのだから、原っぱに行こう… 私が昔遊んでいた原っぱ。たくさんの想い出がつまっている。
「母さん、僕、外に出かけてくるよ」
「………忘れ物かい?」
「え?」
私は母の言葉に驚いた。 今のは父に向けた言葉ではない。私に向けた言葉だ
「忘れ物を探しているのかい?」
「…………そうだね。忘れ物を、探しに来たんだ……」
心の中で無くしたものを、私は今探しにゆく――……。