番外編 理のクッキー
穏やかな春の日差しの中、桜沢理は自分の店ーボロニアでティータイム中だった。
「やっぱり紅茶ですね」
無糖の紅茶を飲みながら、魔法のクッキーが焼けるのを待つ。
今日はレーズン入りで、甘い香りが鼻をくすぐる。
「美味しいのができそう」
おやつのパウンドケーキを食べながら、春の光景、窓口から見える光の洪水に見惚れる。
ティータイムが終わったら、日向ぼっこでもしようかなと考えていると、窓口が叩かれる。
急いでカップを置き、近づくと、理はびっくりする。
「ーあなたは…」
相手は女性で20代くらい、理とそう変わらないのだった。
女性はクッキーを1袋、注文したが、理は渡さなかった。
逆に自分でクッキーを1枚、口に入れ、咀嚼する。
「私、桜沢理、20代」
喉に唇ができ、名乗ると、女性が驚いて口に手を当てる。
しかし理は気にせず、女性をまっすぐに見つめる。
その瞳は泣きそうな、嬉しそうな、複雑なもので、喉の唇が理の心を代弁する。
「あなたが好きです」
はっきりとした声に、女性が固まる。
それから意味を少しずつ理解したのか、顔が赤くなっていく。
理は泣き笑いのような表情になると、喉の唇を押さえる。
それ以上の言葉は必要なかった。
「ー私は…。私は…」
女性が言葉につまりつつ、理を見てくる。
桜の花びらがひらひらと舞って、応援してくれるようだった。
理は何も言わず、喉の唇が自然に消えていく。
3分経ったのかと思いつつ、女性の視線を受け止める。
「あの、その!!」
女性は口を開くのだが、躊躇しているのか、言葉にならない。
理は怒っているわけではないのだが、ここは魔法のクッキーを使ったほうがいいと判断し、女性に1枚差し出す。
女性はゆっくり受けとると、まるでキスするかのように、優しく口に運んでいく。
サクッと音が鳴ったような気がして、理は様子を窺う。
「美味しい…」
女性はそう言うと、自分の喉を確認する。
するとプルンとした唇ができ、話し始める。
「私、間百合、20代」
女性は驚きつつも、先程、理のことを見ていただけに、悲鳴を上げることはなかった。
理が期待していると、女性は恥ずかしそうに頬を赤くしつつ、喉が話し始める。
「理さんが好きです」
ふと理は笑顔を浮かべ、女性ー百合を見る。
百合は慌てて喉を押さえようとしたが、歯に噛まれたようで、言葉が続く。
「ずっと、ずっと、隠していたのだけど…。好き。その気持ちは変わらない」
理は手招きすると、百合のことを抱きしめる。
香水をつけているわけでもないのに、良い香りがする。
まるで魅力的な花に誘われた蜂のように、理は百合の首に鼻をこすりつける。
「ー離さない。私の恋人になってください」
理がそう言うと、百合は首を横に振ったが、もう本心は聞いたので、理が教える。
「魔法のクッキーは嘘がつけないんですよ」
百合の喉に浮かんだ唇にキスすると、百合の身体が反応する。
逃げようとするのを、強い力で引き寄せる。
「ずっと、ずっと、待っていました」
手を伸ばすと、理は百合の髪に触れる。
絹のように触り心地が良く、桜の花びらが髪がざりのようにくっつく。
2人はしばらくそのまま動かずにいると、オーブンが鳴った。
理は気づいたのだが、今、百合を放したら逃げるような気がして、腕を離さない。
百合のほうも観念したのか、されるままとなっている。
「…理さん、良い香りがする」
「それはあなたもそうですよ」
2人は短いやり取りの後、ゆっくりと顔を近づける。
鳥達が祝福するように羽ばたいていく。
2人は顔を赤くしながら、恥ずかしそうに言う。
「これからよろしくお願いします、百合さん」
「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
2人はようやく微笑むと、理が誘う。
「一緒にティータイムをしませんか?」
「え…? いいんですか?」
「はい。喜んで」
窓口の横にあるドアを開けると、百合が恐る恐る入ってくる。
理が手を差し出すと、エスコートする。
「紅茶でいいですか?」
「はい。お願いします」
「畏まりました。私のお姫様」
額にキスすると、百合が恥ずかしそうに腕を出してくる。
「も、もう十分です」
「そうですか? 私はまだ足りませんけれど」
ずっと、ずっと、片思いだった。
紆余曲折あって、やっと今日、結ばれたのである。
理が嬉しくないはずがなく、リズミカルに紅茶を作っていく。
「ーはい、紅茶」
「ありがとうございます」
百合はカップを持つと、ふうふうと息を吹きかけ、紅茶を口にする。
「美味しい。何か入れたんですか?」
「内緒。私の愛情が詰まっていると思ってください」
「またもう…!! 困ってしまいます」
「ふふ」
理はオーブンからクッキーを取り出すと、調理台に置く。
「1つ食べますか?」
「え…。だって、その、魔法がかかっているから…。また、その、唇ができたら…」
百合が喉をさすると、理はくすりと笑う。
「私は何回、聞いてもいいんですけれどね」
クッキーを1つ摘むと、
「はい、あーん」
百合に差し出す。
彼女は戸惑ったが、口に近づかれて拒むのをやめたのが、可愛い瑞々しい唇を開く。
「好き。理くんのことが好き」
身体中が真っ赤になってしまったようで、紅茶を飲むことで誤魔化す。
理は自分も1つ食べると、
「私は百合さんが好きです。心から愛している。敵が現れたら守るし、大丈夫ですよ」
2人は喉の会話を始める。
一見、奇妙に見えるが、互いの気持ちを確認し、2人は優しい表情となる。
「ーあの」
客が来たようなので、理は喉の唇が消えてから、対応する。
「ーはい。いらっしゃいませ」




