エピローグ「魔法使いは144分の1」
話は今朝に遡る。俺は昨日の飲み会の酒が効いて、いい感じに一番深い眠りの中にいた。いわゆるノンレム睡眠だ。俺は存分にノンレム睡眠を堪能していた。そこにいきなり俺の腹の上に何かが落ちてきたのだ。
「げふうぅう」
俺は慌てて飛び起きると俺の腹に深々とエルボーを食らわせている奇妙な人間がいた。黒い三角形のトンガリ帽子にローブ。まるで典型的な魔法使いのような人間がいたのだ。
「痛ってえし! どけ!」
「きゃあ」
俺はこの魔法使いっぽいやつを押しのけた。魔法使いっぽいやうはベットから転げ落ちると回転しながら壁に激突した。
「痛いじゃないか。何をする」
「……」
魔法使いっぽいやつは初めてしゃべった。いきなり喋るなんて止めて欲しい。びっくりするじゃないか。
「おい。何か喋らないか。私だけ喋って馬鹿みたいじゃないか」
「それよりもお前は誰なんだ。どこから入ってきた?」
「どこからってそれを私に聞くのか?」
「じゃあ誰に聞くんだ! 隣の犬にでも聞けってか」
「ははは。お前つまらないな。5点」
「うるせえな。だいたいだな……ありゃ。何か踏んだぞ」
俺は力説しようとベットから降りると何か硬いものを踏んだ。見ると長い杖のようなものが真っ二つに折れていた。
「ああ。それは私の杖じゃないか。どうしてくれるんだ。これでは私は元の世界に帰れない」
「それよりお前だれだよ」
「どうしよう。どうしよう」
その魔法使いっぽいやつは折れた杖を持ってくっつけようとしていた。悪いがもう無理だろ。それ。瞬間接着剤でも無理だと思うぞ。
「おい。そこのお前。何か代わりになるもの無いか?」
「何だ。それは」
「杖のようなものがあればいいのだができれば木製のもので何かちょうど良いものは無いか」
「普通の一般家庭に杖なんてある訳ないだろうが」
「まあ何でもいいんだ。ちょっと失礼する」
魔法使いっぽいやつは俺の部屋をがさごそと探り始めた。どんなに探しても杖何てある訳ない。それにしてもこいつよく見ると真っ黒いサングラスをしていた。何でサングラスなんてしているのだろうか。それとたぶんこいつは女だ。口調は男っぽいが体つきが女にしか見えない。年は顔があんまり見えないのでよく分からないがかなり若そうに見えた。
「何だこれは?」
「止めろ。それは触るな。ここには無い。俺が探してくるから待ってろ」
危うく俺の秘蔵のぶつが公開されるところだった。危ない所だった。とりあえず何か適当なものが無いか探しに一階まで行った。
一階を探したがやはり杖何て無かった。当たり前だ。あるのは台所にある木のしゃもじだけだった。
「うーん。しゃもじしかないな」
「それで構いません。貸してください」
「あ。おい。いいのかよ」
「構いません。ただ私の力が144分の1になるだけですから」
「何かプラモみたいな数字だな」
「ていうかそれよりお前誰だよ」
「申し遅れた。私は魔法使いだ」
「魔法使い?」
「ああ。そうだ」
「そうか。なるほどな」
これはどうしたことか。自称魔法使いはしゃもじの使い具合を試しているのか色々と振ったりすくったりしている。たぶん俺の予想だときっとどこかの病院から抜け出してきたのかも知れない。とにかく危ないヤツだ。適当に話を合わせて追い返そう。
「それだけ?」
「それだけだ」
「名前は?」
「魔法使いだ」
「そうじゃなくて名前くらいあるだろ」
「それが思い出せんのだ。私が魔法使いで異世界から飛ばされてきたということは覚えているのだが自分が誰なのか分からないのだ」
「たぶんこっちの世界に飛ばされた後遺症じゃないのか。きっとよくあることに違いない」
「おお。よく分かるな。たぶんそうなのだ。困ったな」
そう言いながら頭を抱える自称魔法使い。なるほど。そういうパターンか。それなら俺にも考えがある。
「魔法使いなら何かやってみせてくれ」
「何かって何だ」
「えーとだな。そうだ。炎だ。炎くらい出せるだろ。魔法使い何だし」
「任せろ。ちょっと離れていろよ。危険だから」
「あ。ああ」
自称魔法使いは両手を広げて離れるように促した。そして、しゃもじを握りしめて精神を集中させて何事か呟いていた。
「炎を我の前に現したまえ。ふぁいあー!!」
「おあああああああ。あ?」
自称魔法使いのしゃもじにライターの火くらいの炎が灯った。これが144分の一の力なのか。何も無いところから炎を出すのはすごいが何かすごくないぞ。
「……」
「……」
「どうぞ」
「ああ。すまない。ふー」
せっかくなのでたばこに火をつけてもらった。やはり魔法使いに点けてもらうたばこはうまい。
「やはり。力が落ちているな。何てしょぼい炎だ。情けない。いつもならこんな家吹き飛ばしているところなのに」
「お前とんでもないやつだな。危なかったわ」
それにしてもこいつどんなマジックを使ったんだ。ライター程の火だがどこからか炎を出した。俺もマジックをやるがそんなマジックどこのデパートで売っていたんだ。俺も買いたいぞ。
「おい。お前どこから来たんだ」
「異世界から飛ばされてきた」
「嘘付け。どこかのマジシャンか何かだろ。大方夜のステージが終わって酔っ払ってマジックで俺の部屋まで来たんだろ」
「そんな訳あるはずない。非現実的すぎる。これだから最近の子供は困る」
「お前が言うな。それよりもその目障りなサングラスを取れ」
「な。何をする。それは私の唯一のチャームポイントなんだぞ」
「うるさい。取れ!」
何だか無性にいらついたのでマジシャンのサングラスを取ってやることにした。しかし、このマジシャン余程サングラスが取られたくないようで全然サングラスに触れない。
「いいから取れよ」
「駄目!」
「なんだ。騒々しいな」
親父たちが台所まで落りてきた。まずい。いや。チャンスだ。親父に言ってこいつを追い出してもらおう。
「親父! 見てくれ! 家に変なやつが紛れ込んでいるんだ」
「あ。ああ。そうだな。母さん。コーヒー頼むよ。うんと薄いやつ」
「親父! 聞いてるのか。しかもこいつ魔法使い何て言ってるんだぞ。おかしいだろ」
「いいんじゃないか。魔法使いの一人や二人。なあ。かあさん」
「ええ。久も拾……ごほごほ。別にいいじゃない。何だったら何日か泊まっていけば。お友達でしょ」
「はい。十年来の友達です」
「お前も適当なことを言うな!」
親父は何事も無いように台所のテーブルに座って新聞を読み、おふくろはコーヒーの準備をしていた。親父達は何でこんなに落ち着いているんだ。変なやつが家に入り込んでいるんだぞ。
「なんでそんな話になっているんだ」
「親父殿。母上殿。お世話になります」
「ああ。自分の家だと思って羽を伸ばしたらいい。すぐに朝ごはんだ。そこに座りなさい」
「ありがとうございます。失礼します」
そう言って席に付くマジシャン。何て胆の座ったやつだ。それともとんでもない馬鹿なのかも知れない。
「何で受け入れるんだ。意味分かんねー」
「うるさいわよ。久。今日は久の大好物のカップラーメン塩味なのよ」
「マジかよ。よっしゃー。頂きますー」
俺は三度の飯よりもカップラーメンの塩味が大好きなのだ。もうマジシャン何てどうでも良くなった。マジシャンを見るとカップラーメンを怪訝そうに見ていた。
「なんだ。これは」
「知らないのか。これが日本の最高の発明品カップラーメンだ。まあ食べてみろ」
「あ。ああ。……。う。うまいなこれは」
「そうだろう。日本の朝の食卓には必ずこれが並ぶんだ。覚えておけ」
「ああ。覚えておく」
「そういえば久。そういえばこの人は何ていう名前なんだ」
「え。こいつ? こいつは……」
名前が思い出せないとか言っていたな。俺は周りを見渡して適当に名前をつけてやることにした。丁度親父の蔵書が目についたのでそれを組み合わせてやった。
「東野みゆきだよ」
「東野みゆきさんか。賢そうな名前だな。将来は作家にでもなるんじゃないか。なあ。母さん」
「ええ。そうね。そして、ゆくゆくはドラマ化、アニメ化でもしそうな名前ね」
「ああ。そうだな。出せばベストセラーだろ」
やっといつもの井上家の食卓が戻ってきた。やはり朝はこうでなくてはいけない。カップラーメンにコーヒー。俺は何て幸せものなんだ。
「久。大学はどうだ」
「別に。普通だよ」
「そうか。普通か」
「普通だよ」
「普通が一番よね」
「ああ。そうだ。普通が一番だ」
今日も何事も無く普通に朝食が終わった。
朝食が終わると大学に行くために準備をした。今日も一限だけ出ればいい。楽なもんだ。帰ったら久しぶりにプラモでも作ろう。何でかそんな気分だった。
「じゃあ。行ってくるよ」
「ああ。しっかり勉強するんだぞ」
「ああ。分かってるよ。行ってきます」
「じゃあ東野さん。しばらく二階の空室を使ってくれ」
「ありがとうございます。お世話になります」
何か大事なことを忘れている気がしたがまあいいか。俺はいい気分で大学へと向かった。
そして現在……。
俺の家は見事に灰になっていた。俺は只今東野みゆき(仮)を探しだすために家があった敷地に入り込んだ。
庭に入ると東野みゆき(仮)が木のしゃもじを見つめてぼーと立っていた。帽子とローブはぼろぼろだったがサングラスは無傷だった。何でサングラスが壊れなかったのだろうか。俺は怒りのあまり東野みゆき(仮)に掴みかかった。
「お前。俺の家を何てことしやがる!」
「久。この世界は何て恐ろしい所なんだ」
「何だって!」
またこいつはおかしなことを言い出した。俺は頭が痛くなってきた。
「でも安心してくれ。大事が起こる前に倒したから」
「東野みゆき(仮)。お前何をやった。意味が分からない説明しろ」
「ああ。いきなり箱が光りだして私に攻撃を加えようとしたんだ。私はそれに対抗してふぁいあーで攻撃したら箱が爆発したんだ」
「箱……。そうか箱か」
たぶんテレビだと思う。こいつテレビに攻撃しやがったんだな。何かアニメか何かをやったのだろう。こいつは見たとおりのアホだから敵だと思って攻撃したんだろう。
「お前にも見せたかった。小さな炎じゃないぞ。部屋一面を炎で覆ってしまうような巨大なやつだ。どうだ。すごいだろう。人間やる気になれば何とかなるものだな」
「ああ。もういい。お前の話など聞きたくない。もう死んでしまいたい」
「おい。久。聞いてくれ。頼むよ」
俺は絶望のあまり思わず膝を抱えて座り込んだ。東野みゆき(仮)は俺をゆさゆさと揺さぶった。それよりも今日どこで寝ればいいのだろうか。
「おーい。駅前のホテルを取ったから今日はそこで寝よう」
「ありがたい。お世話になります」
「おーい。久。早くしないと置いてくぞ。よし。みゆきちゃん。途中でラーメンでも食べていこう」
「それは何だ。うまいのか」
「ああ。カップラーメンよりもうまいぞ」
「それは楽しみだな」
楽しそうに去っていく宮部みゆき(仮)と親父達。なぜ誰も疑問に思わないんだ。何かがおかしい。そう思いつつも俺はラーメンに釣られて付いていくしか無かった。
終わり
ご拝読ありがとうございます。
整いましたので完結とさせていただきます。久しぶりに自分らしいものが書けた気がしたので満足です。
読んで頂けた方がおりましたらありがとうございます。。