七
その日の夕食は本邸から運ばれて来た。婚礼料理とあって私とリズが作る料理の何倍もの量とプロの味に久しぶりに満足した。
もちろん残った料理は小分けし、二日ほどの食事になるだろう。
「ロースタイン伯爵家にもやっと 奥様 とお呼び出来るに相応しいお方がいらっしゃいました。ええ、本当に喜ばしい事で今夜は遅くまで賑わう事でしょう。ご迷惑をおかけいたしますがお許しくださいませ」
料理と一緒に別邸へ来たメイド長はここぞとばかりに嫌味を言ってきたが、それこそ私には関係のない事だ。身分にしても侯爵令嬢と男爵令嬢では勝負しなくても分かりきっている。
ここ数日の本邸からの音や声を聞けば、花嫁道具の搬入にも時間がかかったのだろう・・
「もちろんですわ。こんなおめでたい日に水をさすような事は致しませんから」
それでも昨夜、私の元に旦那様が訪れた事が気に入らなかったのだろう・・メイド長は部屋から下がる前に
「本日より旦那様は本邸にて過ごされる事となります。どうか旦那様の気を引くような事はなさらずにお願い致します」
と言い残し去って行った。
そんな事は思いもしなかったし、むしろ来て欲しいとも思わない。
「早く 奥様 に跡継ぎが産まれることを願うばかりだわ」
「ですが・・もしあちらの奥様が先に跡継ぎをお産みになったらマリエンヌ様は・・」
メイド長を見送ったあと、部屋に戻って来たリズが不安そうに言ってきた。
「大丈夫よ、旦那様も私に期待などしていないし子供の事だって・・」
そう、旦那様は私との間に子を作るつもりは無いのだ。私と身体を重ねる時でさえ旦那様の事だ・・気を付けているであろう・・。
でなければ簡単に私と身体を重ねるような事はしない。
「今までと変わらないわ。変わるとすれば今まで以上に旦那様がこちらへ来ないだけだわ」
そう言えばリズは安心したように頷いた。
リズも旦那様が来る日は緊張するのだろう・・
私はメイド長が持ってきたお菓子に手を伸ばすと、リズも一緒に食べるよう誘った。
メイド長が言ったように、その日は夜遅くまで本邸の方が明るく賑やかだった。
私は寝室からバルコニーへと出て本邸の方を眺めた。
「思ってた以上に騒がしいわね・・」
騒音とまでは言わないが、寝るには音や人の声が気になる大きさだった。
何か口に入れたいがリズを起こすのも可哀想だと思い、水でも飲もうとバルコニーから部屋へ戻ろうと思った時・・
「マリエンヌ」
と、私の名を呼ぶ声が聞こえた。
気のせいかと思ったが
「マリエンヌ、下を見て」
気のせいじゃない!
私は急いでバルコニーから下を覗いた。そこに居たのはケビンだった。
私と目が合ったケビンは、いとも簡単にバルコニーまで登って来た。
「こんばんは、お嬢さん」
「・・私こう見えても人妻ですのよ?」
「これは失礼しました。あまりにも可愛らしい方だったので、お嬢さんかと思いました」
ケビンの言い方に思わず吹き出してしまった。
本当にお嬢さんだったらどれほど良かっただろう。こんな狭い屋敷に閉じ込められ、自由も奪われた私はなんて惨めだろう・・
「戻れるのならケビンと遊んだあの頃に戻りたいわ・・無理な話だけど」
私は無理に微笑んだがきっと足りなかったのだろう、ケビンが何故か辛そうな顔になった。
「今の生活は辛いか?」
「・・・」
「もしお前が望むのなら、俺が・・「大丈夫よ!」
ケビンの言葉を遮るように言葉を発した。誰が聞いているかも知れないし、そんな事を言わせてはいけないと思ったからだ。
「この屋敷の中なら自由にして良いと旦那様にも言われたし、子も望まれてはいない。今日この屋敷には本当の 奥様 がいらっしゃった・・旦那様の気が私から逸れたらきっと、自由をもらえるわ」
「・・それは・・いつの話になるんだ?」
「わからない。でも、新しい奥様にお子が・・お世継ぎが誕生したらきっと、屋敷の誰もが私の事を忘れると思うの。その時は私にも自由がもらえるわ」
きっとそんな日は来ない。
この屋敷から出る事はあっても行き先は修道院か、お墓の中か・・
そう独り言を言ったつもりだったが、私の独り言を拾ったケビンは何やら考え込んだ。
「あの旦那様がマリエンヌを修道院に入れる事は無いだろう。残念だが・・でも」
そう言いながら私の両肩を掴んだケビンは、真剣な顔で私を覗き込む。
「お前が本気でこの屋敷から・・ロースタイン家から出たいなら俺が出してやる。だから我慢なんてするな!俺を頼れ!」
この目・・昔から私はこの目に弱かった。
普段のケビンの目は優しく、とても愛おしそうに見るが、ここぞと決めた時の目は頼り甲斐のある強い目になる。
でも・・今はもうあの頃とは違う。だって私は・・
「ありがとうケビン。でも貴方に無理はさせられないわ。これでも私ロースタイン伯爵家の第一夫人だもの・・」
そう言い終わると優しく肩からケビンの手を離すと、二歩三歩と後ろに下がる。誰が見ているかも知れない・・ケビンにだけは迷惑をかけたく無い。
「もう行って?こんな所にいてはダメよ」
私はそう言い終わると部屋へと走り急いで窓を閉じた。幸いにもケビンは後を追っては来ず、振り向いた時にはバルコニーには誰も居なかった。
次は男同士の話し合いになります。




