六
旦那様に言われてケビンにはお礼も言えずに別れてしまった。しかも旦那様はなぜか怒っているように感じて・・
それは後ろに立つリズにも伝わったようで、少し怯えているようにも見える。
「リズ、今日は貴女も疲れたでしょう?私の事はもう良いから休んでちょうだい」
おそらくだが、旦那様はケビンとの話が終わったらこちらに来るだろう。その時にリズも巻き込まれたら可哀想だ。
「ですがまだマリエンヌ様の準備も・・」
「大丈夫よ。私一人で何とか出来るわ」
そう声をかけた時、私室の扉が開いた。
旦那様が来たのだ。
「旦那様・・」
「・・妻と二人にしてくれ」
その声は決して怒っているようでは無いが、ノーを言わせる声でも無かった。
リズは私をチラッと見たがそのまま頭を下げて部屋から退出して行く。旦那様はリズと護衛が部屋から出て行くのを確かめると、私が座るソファーの向かい側へと腰を下ろした。
「お茶でも淹れましょうか?」
「必要ない。それよりも聞きたい事がある」
「・・先ほどの男性の事でしょうか?」
旦那様は頷くことも無く私を見つめる。
おそらくだが、本邸の誰かが旦那様に何かを吹き込んだのだろう。
「彼は幼馴染です。彼の父親が故郷の屋敷の庭師だったのです。なので良く父親と一緒に屋敷に来ては私と遊んでいたのです」
「それで?」
「?それだけ・・ですが」
「・・・」
「あの・・確かに彼とは小さな頃から一緒に過ごしてはおりましたが、それだけですわ」
旦那様は無言で私を見てくる。私とケビンとの間を誤解しているようだが、そんな訳はない。
「あの、誰かに何か言われたのですか?」
「なぜそう思う」
「怒って・・いらっしゃいますので・・」
旦那様は怒っている自覚が無いのか?
でも確かに怒っている。それが私に対してなのかケビンに対してなのか・・それが今はわからないけれど、確かに旦那様は怒っている。
「怒っては・・いない。だが理由はわかっている」
「?」
旦那様はそう言うと私を見てくるが、私にはその理由がわからない。
そもそも旦那様とこんなにも会話をした事も無かった。そんな私が旦那様の気持ちを知る訳もなく、ただ旦那様の怒りが静まるのを待つしか無かった。
「君は俺の妻だ」
「はい」
「そして、このロースタイン伯爵家の第一夫人だ」
「・・はい」
「もっと自覚を持って行動しろ。もうあの男との・・いや、外出を禁止する」
「!?」
旦那様から信じられない言葉が出てきて、思わず旦那様の顔を見た。
外出を禁止?
結婚してから初めての外出だった。
一年ぶりに帰国した幼馴染と会っただけなのに、私の自由を簡単に奪ってしまう旦那様の気持ちが理解出来なかった。
「欲しい物があれば行商を呼べば良い。そもそも貴族の夫人が街になんて出掛けない」
「・・・」
そう言い終わると私の返事も聞かず、また私の気持ちを聞く事もなく私を立たせると隣の寝室へと向かった。
私は領地を救うためにお金で買われた。だから、旦那様の機嫌を損ねてはいけない・・
今夜はとてもそんな気持ちになれないのに私の気持ちなんて完全に無視し、旦那様は己の怒りをぶつけるかの様に私を抱いた。
それは朝方まで続き、ようやく解放された時にはカーテンの隙間から明るい光が差し込んでいた。
私はただ涙が溢れた。そんなに悪い事をしたのだろうか?と・・
そもそも自分の気まぐれでしか会いに来ないのに、なぜこんな仕打ちを受けなければならないのか・・
ベッドの横で服を着る音が聞こえても、旦那様が部屋から立ち去る音が聞こえても、私は顔を上げる事もせずただ溢れてくる涙を抑える事もせず泣いた。
何度も頼んだ、許してくださいと・・
でもそんな私の頼みを無視し、己の感情で抱き続けた旦那様の顔を見る事が出来なかった。
気付いたら夕方だった。いつの間にか寝ていたのだろう。
身体もシーツも気持ち悪くて急いでリズを呼んだ。
リズは扉の前で待っていてくれたのか、すぐに部屋へ入って来た。が、その顔は・・
「リズどうしたの? !旦那様に何か言われたの?」
リズは思い切り頭を横に振る。が、リズも泣き続けたのかその顔は・・
「旦那様は何も仰いませんでした。ですが・・メイド長からはお叱りを受けました。ですがそんな事は良いのです!マリエンヌ様が呼んでも呼んでも起きられなかったので・・心配で・・」
リズは旦那様が別邸から出て行ったあと、この部屋に入ったのだろう・・
そしてこの状況を見てしまった。
呼んでも起きない主人にどうして良いかわからずに、慌ててメイド長の元へ駆けつけたのだろう・・
とりあえず湯浴みを済ませると、綺麗なシーツへ取り替えられたベッドへ横になる。
リズは果物を乗せたトレーを持って来てくれて、私はオレンジやブドウを軽く摘んだ。
そんな私を見ながらリズは一言
「本日は旦那様と侯爵令嬢の結婚式だったようです」
と告げたのだった。




