三
朝目を覚ますと旦那様の姿はやはり無かった。
旦那様の考えが知りたかったのに、何も教えてはくれなかった・・。それどころか無理やり・・
「男爵領へ戻りたい・・」
ポツリと言葉が漏れてしまう。
暖かな雰囲気に包まれた領地に、領民と一緒に作った料理を食べる。そんな男爵領へ・・
枕に顔を埋めながら故郷を思い出していると、メイド長が数人のメイドを連れて部屋へとやって来た。
「奥様おはようございます。旦那様からお聞きとはございますが本日から別邸へ移って頂きます」
「・・何も聞かされていないわ」
私の言葉を聞いたメイド長は口角を上げた。
ちなみにメイド長は伯爵家の某系で、格下の私が第一夫人になったのが気に入らない様だとリズが教えてくれた。
「左様でございますか。ですがこちらの部屋は第二夫人となられる侯爵家のご令嬢が入る事となっております。明日にも荷物が届くと連絡がございましたので失礼致します」
そう言い終わる前にメイド達が荷物を片付け始めた。もともとこの屋敷の物だから許可なく触るのも文句は言えない。
何をどう言っても仕方がないのだ。
「庭におります。終わったら声を掛けてください」
と言ってその場を離れた。
この部屋に未練はない。
もともと名ばかりの第一夫人なのだ、使用人たちも最初から私を敬う気持ちなど見られなかった。
だから私には本邸よりも、別邸が丁度良い。
「私のために建ててくれただけ幸せなのよね・・」
私は誰にも聞こえない声で囁くと、一人その部屋を後にした。二度と戻らないその部屋を・・
私のためだけに建てられた別邸は一応二階建ての建物になっており、一階には小さなキッチンとリビングダイニング。リズの部屋と納戸と繋がる玄関となっていて、二階は私の寝室と私室、浴室と水廻りだけの小さな屋敷だった。
リズは
「マリエンヌ様は第一夫人なのにどうしてこんな扱いをされるのでしょう!」
と怒ってくれたが、私には丁度良い広さの屋敷だと思った。
そもそも本邸のような広さの屋敷を私のような者が管理できる教育は受けていない。
だから別邸の広さは私に合っていて気に入った。
「リズには迷惑をかけるわね」
「とんでもありません!私も本邸よりもこちらのお屋敷の方が安心出来ますわ!」
そう言ってテキパキと動く。こちらではほとんどの仕事をリズ一人に任せる事になる。
「リズ、私も自分の事は自分でするわ!それ以外の事も二人で協力しながらこなしましょう」
「マリエンヌ様・・二人で力を合わせれば怖いもの無しですね!」
リズは不安を押し殺し笑顔で答えてくれた。
幸いにも食材も物品も惜しまなく用意されている。
「大丈夫、何とかなるわ!」
私はリズと自分に言い聞かせるよう口から言葉を出した。
リズと二人、庭でお茶していた時に本邸から従僕がやって来た。二人で生活をするようになってからはこうして二人で休憩したり、食事をしたりしている。
やっぱり一人より2人で食事をした方が楽しい。
「第一夫人にお手紙が届いております」
そう言って盆の上に置かれた手紙を差し出す。
差出人は・・
「ありがとう。後で読みます」
そう言って従僕を下がらせた。リズは興味津々な顔で覗き込む。
「リズ、主人の手紙が気になるの?」
「!す、すみません!新しいお茶を淹れなおしてきます!」
リズはティーポットを抱えてキッチンへと走って行った。伯爵家のメイドとしてはマイナスだけど今の私にとってはリズの明るさに助けられている。
私は従僕から受け取った手紙を手に取り読み始めた。送り主は幼馴染のケビン・フェルズだった。
ケビンは平民だがロータス商会の会長で、ケビンの父親が我がルッツ家の庭師をしていた関係で親しくなった。
ケビンの父親が病で亡くなるとケビンは独立し、いつの間にか商会を立ち上げていた。
確かケビンは買付けに東国へ行ってたのよね・・
何が書かれているのかが楽しみに便箋を開く。いつも旅先での話を書いてくれた。
国が違えば生活や常識も変わる。
ケビンからの手紙をいつも楽しみに待っていた事を思い出す。
[親愛なるマリエンヌへ
そちらへ手紙を送ったところ男爵様から返事があり、君が結婚した事を知った。
男爵様からは詳しい事は聞けなかったが、元気に暮らしているかい?
この手紙が届く頃には帰国していると思う。
会いにくいとは思うがお土産も渡したいから会えるだろうか?
また落ち着いたら手紙を書きます。
ケビン・フェルズ ]
そういえば結婚までが早過ぎてこの事をケビンに伝えていない事を思い出した。
きっと怒るだろう。
もしかしたら祝福されるかも知れない。
いや、絶対に怒るだろう・・
私は手紙をテーブルの上に置くと、一息吐く。
私とケビンは一つ違いで、私は歳の差は気にしていないがケビンは私より上をいつも強調していた。
だからきっと結婚のお祝いを渡していない事に気を揉んでいるだろう。
会ったらちゃんと話をしよう。
まずはリズが戻って来たら外出が出来るか聞いてみなきゃね。
私はテーブルの上に置かれたクッキーを一つ摘むと口の中へ入れた。




