十六 アベル
俺が王太子殿下に付き添って視察へ出向いてる時、本邸に置いてきたベルナールから手紙が届いた。
俺は別邸で何か起きたと思い、急いでその封を開けると一枚の手紙が出てきた。
マリエンヌの字でもなく、ベルナールの字でも無いその手紙の内容は・・
頭に血が昇るとはこうゆう感覚なんだと知った。
ただの商人が第二夫人が依頼した商品を届ける際、幼馴染に声を掛ける。
ただそれだけの内容だ。
それなのに俺は許せなかった。
マリエンヌの言う通り、奴とは何も無い関係だろうがそれでも考えただけで胸が苦しくなる。
(君にはわからない感情なのだろう・・)
隣で泣きながら寝ている彼女の顔を見る。最近は・・いや、彼女の笑顔はもう何年も見ていない事に気付いた。それでも俺の手から離したくなかった。こんな気持ちになったのは彼女以外いない。
(だから親に無理を言ってまで第一夫人にしたのに・・)
俺は彼女を起こさないよう静かにベッドが降りると、隣の私室へと移動する。
ベルナールがすでに待機しており、本邸の自分の部屋へ戻ると直ぐに湯浴みを済ませた。
仕事は山積みだが、彼女との時間を作るために仕事を早く終わらせようと執務室に籠る。
「旦那様よろしいでしょうか」
声を掛けられ顔を上げると、新しいメイド長が扉の所で立っていた。
「何だ?」
「奥様の事でお話が」
「お前の言う奥様とは誰の事だ?」
俺は書類に目を向けたまま聞くとメイド長は口籠る。こいつらはいつもそうだ。
俺が選んだマリエンヌを下に見て、自分の主人であるジュディを第一夫人の様に扱う。
「第二夫人ジュディ様にございます」
「間違えるな!この屋敷の第一夫人はマリエンヌだ!理由あって別邸にいるが、マリエンヌこそロースタイン伯爵家の奥の主だ!」
俺の言葉に驚いたのか、メイド長は黙って下を向いた。どうせジュディの元へ足を運べ、とでも言いに来たのだろうが俺としては役目を果たしたから解放して欲しい。
メイド長は結局何も言わずに下がったが、それに対し思う事があったのかベルナールがお茶を淹れながら言葉をかけて来た。
「旦那様、こちらに来られた時ぐらいはジュディ様の元へ行かれてはどうでしょう。旦那様の様子はウォルダー侯爵や大旦那様のお耳に届いていると思いますので」
「・・・」
ベルナールは 余計な事を申しました と言って下がったが、言われてみればそうだと思った。
先ほどのメイド長もそうだ。
どうせ別邸に戻ってもマリエンヌは寝ているだろう・・
「ジュディに伝えろ。お昼を共にする」
「ありがとうございます」
ベルナールが部屋から下がるとお昼までの間、書類に目を通した。
「お待たせいたしました、旦那様」
「ああ」
少し膨らんできたお腹を支えるようにジュディは席へと座ると、優しくお腹を摩る。その姿は子の成長を願う母だった。
愛する人ならば一緒に喜んだと思うが・・
「ふふ、そんな目で見ないでくださいませ。愛する人の子は愛おしい者です」
「・・だろうな」
料理がテーブルに並ぶと、ジュディは人払いをした。そして俺と二人きりになると果実水を口に含んだ。
「旦那様には感謝しておりますのよ?こうして堂々と子供を産めるのですから」
「・・二人で決めた事だからな」
「わたくしの産む子が男でも女でも伯爵家を継ぐ」
「そんな話だったな」
「・・それで、マリエンヌ様はご懐妊の兆しはありますの?」
「いや、それは無い。避妊薬を飲んでいるからな」
「旦那様はマリエンヌ様との子を欲しく無いのですか?こんなにも想われているのに」
サンドウィッチを口に運び、サラダに手を出す。
「大切にしたいんだ。彼女のおかげで俺は今も生きているのだから」
「マリエンヌ様はご存知ですの?」
俺はワインを飲み干すと、少し考えたあと頭を横に振った。覚えていなくていい。俺が覚えていればそれで・・
そんな俺にジュディは呆れたように息を吐くと
「ロータス商会長にとってもマリエンヌ様は命の恩人の様ですわ。とても気にかけておいでですのよ」
奴の名前を聞いた瞬間、頭に血が昇ったのがわかった。ジュディは俺の気持ちを知ってて奴の名を上げたのだろう。本当に嫌な女だ。
「ふふ、貴方のそんな顔が見られる日が来るなんて、思いもしなかったわ」
「・・俺はジュディが嫌な女だと言う事は昔から知ってる」
窓を開けているから優しい風が入ってくる。
ジュディは外を眺めながら独り言なのか、俺に聞かせているのか分からない程の小声で呟く。
「お互いに・・早く決着をつけなきゃね・・」
「・・・」
お腹が張るからと早目に下がって行くジュディの後ろ姿を見つめながら、ジュディとの事、マリエンヌの事を思い出していた。
「決着を付けたいのはお前だけだよ、ジュディ」
ジュディの言葉の意味は?
二人の関係は?




