1 時給3000円、古本屋のアルバイト
まずい、非常にまずい。
会社を辞めて、実家に戻ってきたのは、3か月前のことだった。
名前は、冬樹 漱石。
本好きな両親が「夏目漱石にあやかって」と名付けたらしい。
大学では文学部に進み、卒業後は本好きなこともあり、都内の出版社に就職。
激務のなか、何とか頑張って十年以上働いてきたが、上司のパワハラや「気合で乗り切る」という社風、休みのない長時間労働の日々に心と体の耐久力が限界を迎えていた。
そしてある春の日、会社に出社する気力が途切れてしまった。
その結果、35歳無職、実家暮らしの独身男性ができあがった。
最初の1か月は両親も「しばらく休めばいい」と優しく迎え入れてくれたが、
三か月も経つと、何となく家の中の空気が変わってきたのを感じる。
「今日も就活、行かないのか」
「履歴書はちゃんと出したのか」
と父のイライラした態度や
「漱ちゃんはできる子なんだよ」
という母親の無理に優してくる感じてくる。
仕事を辞めたあと、すぐに新しい仕事が見つかるだろうと楽観視していたが、
三十五歳の転職活動に対して、世間は思った以上に冷たいものだった。
履歴書を送付してもお断りのメールばかりが届く現状で、心がどんどん弱っていく。
そんな中、家のポストに1枚の求人チラシが入っていた。
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【求人募集】
古本屋のスタッフ募集
時給:3000円
週3日~応相談
業務内容:接客、清掃、本の修繕など
性別年齢不問、未経験歓迎/読書好き歓迎
正社員登用も検討
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「時給3000円、古本屋で?」
どうみても怪しい。
だが、どこか惹かれた。いや、惹かれないといけないはずだ。
三十五にもなり、こんな怪しい求人チラシに縋る自分に対し、情けなく、滑稽でもあったが何か自分の人生が変わる予感がしたのだ。