兄の独白
初めから
闇にいたわけじゃない
幼い頃は
光にあふれていた世界
同じだけの闇もあったけど
足元の影のごとく自然だった
しかしあの時
俺の世界から
光は見えなくなった
闇に取り残された世界
雑音と雑念が酷い
たくさんの意思が
俺の意を介さず
頭の中を飛び交い
ぶつかり響き渡る
うるさい!だまれ!
怒鳴っても
誰も俺に気づいていない
どこにいるのかさえも
分からなくなるほどの
圧倒する雑音の孤独
「俺はどこにいる……?」
思わず問いかけた時
「ここにいるよ、お兄ちゃん」
はっきりした言葉と
強い光が差し込む
幼い妹が不思議そうな顔をして立っている
雑音も雑念も一瞬にして消え去り
俺はようやく己を知覚した
そうだ
錯乱状態に陥って
父にこの牢獄に閉じ込められた
「わたしもお兄ちゃんも、おんなじところにいるよ」
この瞬間
妹の言葉と存在が
どれだけ俺の救いとなったろう
妹だけが唯一の光だ
この光と温かさを手放すまいと
その姿を強く抱きしめる
俺は確かに救われたんだ
一旦は普通の生活に戻れたんだから
だが──
つかの間の正気は
妹の成長とともに蝕まれていく
美しく成長していく妹は
男を自然と引き寄せる
俺は徹底的に先回りし
男を近づけないようにしていた
「お前は、俺のそばにいてくれるよな? ずっと」
俺は問いかけを繰り返す
妹は悲しげに見つめ
「はい、お兄様。ずっとそばにおりますよ」
同じ言葉を繰り返す
どうしようもなく
妹を束縛していることは
わかっていた
しかし
この光を手放してしまったら
俺はまた……、
そのぐらつく不安に
闇が後ろからつきまとう
ああ……、そう悟ってからは
周りの闇は濃くなるばかり
だんだんと
紅い水まで滲みだしている
落ちていく
堕ちていく
穢れていく
呑まれていく
遠くなっていた雑音が
酷く鮮明に響き渡る
ああ……、最愛の妹よ
お前の光と温もりでは
この世界を照らすことはできない
この世界を静めることはできない
“限界だ”
こんな狂った世界 狂った俺から
妹を解放させるためにも
ちょうどいい潮時だ
『妹よ、どうか幸せに』
兄として偽りなき想いを紙片に遺す
俺はしっかりと
縄の感触を確かめる
冷たく確かな圧迫感
そして──
自らの狂った世界を終わらせた
すべてを断ち切る
凄まじい苦痛は
完全な解放感に満ちていた




