桜子
春にしかあなたに会えないなんて、なんて残酷なんだろう。
それも桜が咲くまでの時期だけ。私が目覚めるのも、この時期だけなのだ。
いつも不満はあるけど、その“一時”がとても幸せだった。
だってあなたは必ず来てくれるから。
今年も来てくれて、満開の桜の大樹を静かに見つめる。
私の姿は見えないはずなのに、私の名を呼んでくれる。
愛おしそうに、微笑んでくれる。
あなたに触れられたらいいのに。
その出会いと別れを繰り返し──
だんだんと年月の経過とともに、私の姿が薄くなっていく。
つまり私の本体──この桜の大樹が、寿命を迎えようとしているのだ。
あなたは何度生まれ変わろうとも、その優しくて愛しいまなざしや、 私に呼びかける声は絶対に変わらない。
その“不変”こそが、私にとって最も大切で愛おしくて。だからこそ悲しくて。
そして──必ず終わりは来る。
私が生まれて二千年が経った。
ついに桜の大樹が腐り、大雨に負けて倒れた。
鈍く響く音とともに、花びら一気に舞い上がり、命の儚さを伝える。
生まれたものはいつか死ぬ。
当然の帰依。
私は桜の精として生を全うした。
……
……
……
心残りはないはずなのに──
あぁ……、最期にあなたに会いたかったなぁ。
もうちょっとで満開になって、あなたは来てくれるはずだったのに。
薄れゆく意識の中で、そっと見上げたのは、 美しい黄金色の月で──
あなたの瞳、そのものだった。




