夢で見た彼
目が覚ました瞬間、心臓がバクバクと鼓動していた。部屋のシミをぼんやりと眺めながら、何か妙にリアルな、さっきの夢を思い出そうと必死になっている。———見知らぬ男の子に唇を奪われる夢。ありふれた少女漫画みたいで、普段の私なら一笑に付して簡単に忘れてしまう夢だけど、なんでだろう?今日は違った。
彼の顔が、頭に焼き付いている。あの端正な顔立ちと柔らかな髪、そして優しげな眼差しが鮮明に焼き付いている。こんな夢を見るなんて、私も欲求不満というやつなんじゃないかと自嘲しながら、制服に袖を通した。
学校に着いて、ルーティンのように親友の真奈と教室でどうでもいい話題をおしゃべりをしていると、クラスがにわかにざわつき始めた。「今日、転校生が来るらしいよ」そんな声が聞こえてくる。”転校生”という言葉に、胸がドキリと高鳴った。理由なんてわからない。ただ嫌な予感とも期待ともつかない、ざわざわとした感覚が私を包み、ソワソワとした雲が頭上を漂っていた。
———その予感は的中した。
「今日からみんなと一緒に勉強することになりました、鳴海蓮です。よろしくお願いします」
教壇に立つ彼を見て、私は絶句した。夢に出てきた、あの男の子だ。いや、違う、そんなファンタジーはありえない。でも、初めて会うはずなのに、なぜこんなに彼の顔が見慣れているの?
(偶然だよね)と自分に言い聞かせながらも、席に戻る彼を目で追うのを止められない。そのときだ、彼と目が合った。彼の瞳が一瞬、驚いたように揺れるのが見えた。
—☆—
放課後の図書室は、静かでいい。朝のホームルームで起こった出来事を、まだ引きずっている私は、なんでもない日常の小説を読みたくて、図書室に足を運んだ。何気なく選んだ席で、隣に誰かが座った。鳴海くんだ。
「えっと、隣いいかな?」
落ち着いていて、優しげな声に、どうしようもなくドキドキしてしまう。
「あ、うん。どうぞ」
ぎこちなく答えた私に、彼は少し微笑んだ。その瞬間、また夢の中の光景がよみがえる。こんなに近くで見ると、彼の優しい表情がますます夢と重なってしまう。
「君、この本好きなんだね」
彼が指差したのは、私が手に取った本だった。何でもない日常を描いた物語で、あまり友達には話したことがないジャンルのもの。どうしようもない気持ちに包まれたときは、これで落ち着いてリセットする。好きな本かと言われたら、たぶん好きな本なんだと思う
「うん、たぶん……」
ああああああ!この会話ベタめ!言ってから後悔、たぶんって言葉は会話として一番広げづらい。どうして私はこんなにも臆病なんだ。
「そっか、俺は好きだよ。登場人物の気持ちが丁寧に描かれてて、読んでてほっとする」
そんな風に言われて、心が少し温かくなった。この人、私とどこか似ているのかもしれない。そう思ったのが、彼と自然に話せるようになったきっかけだった。
それから、昼休みや放課後の図書室などで少しずつ会話を交わすようになった。彼の話す声は落ち着いていて、優しげて、一緒にいると不思議と安心感を覚える。どんどん彼のことを知りたいと思う自分に気づいて、そんな自分が少し恥ずかしかった。
きっと、私は恋に落ちている。少女漫画の主人公のように、ベットに入ると彼のことを思い出して仕方がない。彼とのLINEを開いて、暫くしてから閉じる。彼のせいだ、彼のせいで寝不足だ。
そんな日々が十日ほど過ぎ去った後のこと、事件がおきた。
—☆—
「今度の土曜日、ちょっと散歩しない?駅前にいいカフェを見つけたんだ。」
その言葉に胸が高鳴るのを感じた。デートだ、いや違う。きっと違う。
「えっ、私と?」
思わず聞き返すと、彼は少し照れたように笑った。
「そうだよ。君と行きたいんだ」
頬が熱くなるのを感じながら、私は小さく頷いた。デートだ、いや違う、ただ男の子と遊びに行くだけ、よくある話。でも、でも、もしデートなら、私と行きたいって。
—☆—
当日、彼と過ごす時間は想像以上に楽しくて、会話が途切れることはなかった。彼の何気ない話に耳を傾けるたび、私の心はどんどん惹かれていく。
「こうやって外で話すの、いいね」
彼がふとつぶやいた。
「うん、学校とは違う感じで…いいね」
少しずつ自然に話せるようになった私たちは、夕暮れの街を歩きながら笑い合っていた。その帰り道、夕焼けに染まる街並みを歩きながら、彼がふと真剣な顔になった。
「アイ、俺、君といるとすごく安心するんだ」
心臓が一瞬止まった気がした。こんなにまっすぐに気持ちを伝えてくれるなんて、どう答えればいいかわからない。ただ、私も彼に同じことを感じている。それだけは確かだった。
その日は映画館に行って、その後にカフェでゆっくりとお話して終わった。いや、ゆっくりとお話なんてできない。私の頭の中はずっとグチャグチャで、心臓はドクドクしていて、なんだか破裂してしまいそうな感覚のまま、デートは終わった。
—☆—
翌日の放課後、図書室でまた、彼と話をしていた。今日は二人っきりで、夕焼けがキレイで、彼との距離が近くて。あれ、どこかでこんな場面を見たことがあるような————
「アイ、将来のこととか考える?」
彼が優しげな声で言う。
「将来?うーん、まだ漠然としてるけど……好きな仕事に就いて、穏やかに暮らせたらいいな」
「そっか。でもさ、俺、いつかアイと結婚できたらいいなって思う。」
え
不意打ちだった。真剣な彼の顔に、何も言えなくなる。ただ、その言葉が嬉しくて、胸がいっぱいになる。どうして、どうして急にそんなこと言うの
「そんなの、まだ早いよ」
精一杯冷静を装って言ったけど、顔が赤くなるのを隠せなかった。
「早いかな。でも、そう思ってるんだ。ずっと前に、夢で君を見たことがあるって言ったら、変かな…」
「ううん、私も、もしかしたら同じ夢を見たかも」
「やっぱり?そんな気がしたんだ、夢から覚めると、色々なことを忘れてしまっていたんだけど、どうしようもなく愛していたことと、この図書室の光景だけを覚えていて、図書室に行ったらさ、案の定というか君がいて、驚いたなぁ」
「そ、そうなんだ」
「ねぇ、僕はあの時から、一度も気持ちが変わっていないよ」
彼の、瞳が近づいてくる。そして、そっと私の手を取った。柔らかくて暖かい感触が伝わってくる。
「アイ、俺……」
彼の言葉が途切れた次の瞬間、彼の顔が近づいてきた。そして、ふわりと唇が重なる。時間が止まったような感覚。
———これがあの夢の中で見た場面だったんだ。
唇が離れると、彼は少し照れたように笑った。
「変だったかな?」
「ううん。全然……変じゃない」
むしろ幸せだった。まるで運命の糸に導かれるように出会った彼と、今ここにいる。それだけで、私の世界はきらきらと輝いていた。
その日の夜、私は彼の朝食を作る夢を見た。
こいつ…恋愛小説も書けるのか