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数分置きに三台ほどの車とすれ違ったり、私の後ろから同じような車が数台追って来るように続くたび「市街は近いぞ」と思った。
知らない道のりを探索し続けていると、不思議と場所慣れして、自分の位置が把握できるようになるし――。
(このまま道を真っ直ぐに進めば、そのまま糸満市街に辿り着くな)
私はそう確信していた。
バイクに表示されているデジタル時計は午後一時半くらい。ちょうど私が腹のすき具合を感じだした頃だった。
すっかりそば屋を通り過ぎてしまっており、私は『じゃあ糸満の市場で刺身丼でも買おうかな?』などと考えていた。
バイクが進んでいく真っすぐの一本道は、ゆるやかに山を下るように続く。
歩道に植えられた高い木々が、傾いた日差しをいい具合に遮って、快適だった。
農村や山の間なので、風は冷たく、火照った身体にはもってこいだ。
「ふん、ふん」
私は何度も深呼吸しつつ、そう満足げに鼻で笑った。
私の後ろに続く二台の車も、すれ違う車もだいたい長く車間距離を保って走っているので、すべてが快適だ。
――ざわ。
その時だった。
不意に、鳥肌が立った。
道を下りながら、私の心臓がなぜかどきどきと不安を奏でだした。
数十メートル向こうにようやく一つの交差点が見える辺りだった。目を凝らすと、そこから道は水平になって、大通りへと続いている様子が見えた。
(なんだろう?)
嫌な予感に似た胸の鼓動だった。
私は、自分を恐怖させる要因がどこにもないことを確認し、首をひねる。
三台になった後ろの乗用車は、しっかりと車間距離を保っていてくれているし、すれ違う数少ない車も接触することを危惧するほどの距離でもない。私のバイクも順調な走りで、燃費もいいものだから燃料もまだ充分に残っている。
なのに私は、とても不安感に襲われていた。
私は不自然なほど動揺していた。ハンドルを握る手に、なぜかRVちゃんの緊張が伝わって来るようだった。
いや、もしかしたら私の緊張が、不安感を伴ってバイクに伝わっているだけなのかもしれない。
けれど私は、まるで相棒のバイクが『早くここを離れないと』と、私の心をざわつかせて、声もなく必死に急かせるような警告を発しているような錯覚を覚えた。
交差点が二十メートルに迫った。
左右の車はまだ赤信号で止まっており、私の進行方向はまだ青のままだった。
――ぞわり。
次の瞬間、私は全身に鳥肌が立った。
心臓がぎゅっと縮み上がり、呼吸がままならず両手足が他人の物のようにぶるぶると震えた。
何も考えられなかった。
いや、私は何も考えてはいなかった。
それなのに交差点があと十メートルほどに迫った時、私は急かすバイクに応え、急激にアクセルを回して速度を上げていた。
黄色に変わった信号を見て、停まろうと考えていたコンマ数秒前の私の思考は、ぶっ飛んだ。
焦燥と恐怖。
バイクを猛然と走らせながら、私は自分の感情を正しく理解した。
私とRVちゃんは、止まってはならなかった。
そこから、一秒でも早く逃げ出さなければならなかった。
信号までだいぶ距離が開いているにもかかわらず、黄色信号で突然速度を上げた私を、前後の車の運転手たちが驚いたように見たのが分かった。
急いでも時間差なんてとくに変わらない狭い沖縄で、何をしているんだろうと皆が思っていることは、普段きっちりと交通ルールを守っている私にも充分理解できていた。
それでも、私は止まれなかった。
RVちゃん――バイクが『早く、速く』と私に警告を叩きつけている。
私の運転技術は平均並みだ。それなのに速い速度のまま、RVちゃんは私の手をしっかりと放さずに右折した。
マニュアルバイクのように全身でブルーの愛車を傾けた私は、やはり焦燥と恐怖ばかりで、何も考えてはいなかった。
身体は自然と、マニュアル車を走らせていた頃の体勢を取っていたのだ。
信号がパッと赤に変わった。
青信号になった横に伸びる道の車が発進を始めた際、左側にいた大型車が、市街方面へ右折しようとした矢先に飛び込んで来た私に驚いてブレーキを踏んだ。私が折れた右側にいた白いバンとグリーンの軽自動車が警告音を上げる。
「馬鹿野郎!」
「無茶な運転してんじゃねえよ!」
という罵倒が聞こえてきたが、私は自分でも驚くほど巧みにバイクを操作し、右折したあとはただひたすらバイクを走らせ続けていた。
数秒もかからず、自分が危険な運転をしたことは認識できた。
手足は寒くもないのにぶるぶると震え、全身の毛穴が恐ろしさで縮まっていた。
(心臓が苦しい。息が詰まりそうだ)
私とバイクは逃げなければいけなかった。
一秒でも早く、そこから離れないといけない。
なぜそんなことを思うのかを考えるのは、すでに愚問だった。私はその答えをもう知っていた。
遠ざかる交差点にいるであろうナニモノかに気付かれないように、私は警告ばかりを発するしかない思考で、視線だけをそろりとサイドミラーに移した。ソレを見た瞬間、生々しい恐ろしさが胸の底から爆発しそうになった。
(――なんだ、あれ)
一目見て、やばいモノだとは感じ取れた。
私が右折した交差点の歩道に、歪に盛り上がる肉の塊があった。
蠢くその白い肌は、真っ赤な潜血が盛り上がる肉の境目に滑らかに伝っていて、それは血が噴き出したあとなのかまるで見当がつかなかった。
分かっていることは、それには女の頭がついている。
両手両足で地面を這っているその姿は、ソレが元々は人間であったと私に知らしめるのに充分であった。
ソレは私に興味を失ったあとのようだ。
短く突き出た長さもばらばらの手足こちらに向けて動かしていたそれは、ぴたりと止まり、こちらを見ていたが、頭の向きを変えた。
長い髪の垂れる女の後頭部だけが、ぼこぼこと盛りあがった肉の向こうに見える。
先程、私を罵倒したくすんだ白のバンが走り出すのをソレは見やる。女の顔は、山道を登っていく白いバンを追っているようであった。血にまみれた両手足が、がっちりと地面を掴んでいる。
――ずるずるずる
間もなく、私に背を向ける形で、肉の塊が地面を滑り始めた。