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一人のバイク旅は不良少年に絡まれて怖いという者もいるが、私はどちらかというと昼間はそんなこともないと思う。都会の真ん中を走るより、田舎や農村の続く海岸沿いのドライブは快適だ。
この日も、彼ら戸は西原サンエー前の大きな交差点でそんな会話をして別れた。彼らは中部へ向かい、私は南部へ抜けるため与那原から佐敷へと入っていく。
北部は観光客も多いため「わ」ナンバーの車は、いつも窓が閉め切られて速度もかなり出ている。
なんだか素っ気なくて、ときたま無謀な進路変更をされるので怖い。
しかし南部はその風景さえも違っていた。
走行車の半分は、窓を開けて夏の風に髪や衣服をばたつかせている。
平日は海岸沿いの走行も少ないため、信号待ちをしていると、話しかけられることも多かった。
329号線から南城市へ入ってしばらく行くと、Y字の別れ道に行き当たる。
整備の行き届いた閑散とした大通りが玉城――タマグスクと読む――細くなった中道となっている左に入ると佐敷となる。
ちなみに、佐敷は与那原町に隣接する南風原の区域に位置している。
私はこの日、左へと進み、途中団地の住宅街を経て、佐敷小学校のある国道を真っ直ぐに行った。
佐敷そば屋のある国道には、ほとんど信号がない。
真っ直ぐに伸びている道のため、制限時速の五十キロを出しても、感覚的にはゆったりと走っているような錯覚に陥る。
時々、地元の車が七十キロで追い越し禁止車線を飛び越えて、私のバイクを通過することがあり、そのたびにヒヤリとした。
後ろに急いでいる車がいないか意識的にチェックするのだが、中道から飛び出してきた車を視認するには、タイミングが合わず気付かないこともある。
この日も、例によって突然後ろに迫った車にギョッとさせられたうえに、追い越しをされた口であった。
一人きりでも、愛車とのドライブはとても楽しい。
全体的に走行車のせかせかしている場所より、当時、南部は人がいいと私は思ってもいた。
自衛隊基地を右の山頂に眺めながら佐敷の国道を進むと、途中からカーブに入り山を登るようなコースが続く。
会社や工場がほとんどないため、すれ違う車も滅多にいない。
この日はいつもの如く、道路工事の人間が荷物を乗せて、私と同じ道をゆったりと走っていた。
赤信号で止まった時、私が自然な動きで先頭を譲ると、助手席の男が煙草を吹かせたままひょいと顔を覗かせてきた。
「兄ちゃん、ドライブか?」
また『兄ちゃん』呼びか、と思いつつ私は信号の待ち時間も短いので、答える。
「週に一回の休みぐらいには、愛車を走らせたいんだ」
「いいねえ。どこへ行くんだい」
「南部を一周。ついでに美味い沖縄そばを食べる。あなたたちは何処へ行くんだ?」
すると男は、にっと歯を見せる。
「南部さ」
彼は、そう言った。
その時、信号がタイミング良く青になった。荷物を乗せたそのバンが、煙を吐き出しながら走り出す。
「キザだなあ」
私そう思ったうえ口に出しながらも、助手席からひらひらと手を振る男が嫌ではなかった。無精髭を生やして肌を小麦色に焼いている姿は、これから工事の仕事をする様を思い浮かべて、ひどく格好いいと思わされる。
私は、バイクで山を登りながら海岸沿いへと抜けた。
そこからは、眼下数十メートルに農村と西海岸の光景が広がる。
太陽できらきらと光る海はブルー、エメラルドグリーンの光りを灯し、何度見ても飽きない色合いへとてらてらと変えている。
「よし、いつものここで休憩だ」
坂道を登り切った場所のバス停にRVちゃんを停め、写真撮影と水分摂取に数分の休憩を挟んだ。
道は同じでも、風景はその色合いを全く違う素晴らしさで奏でる。
だから私は、何度でもバイクで走りたくなってしまう。
北部のドライブでは平均的に行き交えりで百キロほど走るのだが、それと違い、あっさりと終わってしまう南部のドライブは迷子になって帰れなくなる心配もなく、知らない道に寄ってわざと回り道する醍醐味もあった。
空気と景色を充分に堪能しても、午後四時までには家に帰れるのだ。
とても素晴らしく、楽しくて、そしてお得な感じもする。
当然ながら、私は気分に応じてバイクの進行方向を変えた。山に大きく掛かるニライカナイ橋から久高島のある海を一望し、美味い空気を肺いっぱいに吸い込んで、お馴染みのメロディを口ずさんだ。
途中、ようやく一台の軽自動車とすれ違ったが、窓も開いていなかったので気にはならなかった。
通り過ぎる一瞬で、私が一人意気揚々と歌っているなんて分からないだろう。
分かる人もいるとは思うが、まあその時はその時だという気持ちだった。
南部には「平和祈念公園」や「御獄」「御願所」も多く存在している。
観光者向けの琉球王国村を通り過ぎると、慰霊碑を持った記念館などがしばし続く。
沖縄は、ひどい戦争で多くの島人が犠牲になった。
南部での怪談も多かったが、昼間という条件と『私は霊感をまったく持っていない』という私の強い自己意識が功を成して、私のドライブはいつものように弾む心地で続いていったというわけだ。
観光バスが、南部の有名な建物の敷地内に消えて行くのを見たが、相変わらずRVちゃんと進む景色のほうが私の感心を強く引いた。
とくに、平和祈念公園の辺りは自然が多く残っていたので、空気もよろしいし風も涼しさを覚える。
「気持ちいいなあ」
そう私が呟くと、相棒のバイクは心なしかエンジンの音を最高のリズムで刻むのだった。
気分がすこぶる良くなっていた私は、昼食もとっていないにもかかわらず、その時はそば屋を探す目的も忘れてさまざまな中道を巡った。
道の凸凹に一瞬驚いた自分に「わはははは」と笑い、のっそのっそと横断する陸亀を歩道に救助し、しばし観察。風で落ち葉が舞う様子や、道路にはみ出た木にぶらさがった蜥蜴に「ほほお」と妙な感心を寄せつつ一人のツーリングを楽しんだ。
道順は、適当でばらばらだ。
ただ漠然と最後はいつも通り糸満市街から抜けることを考えていた。
私にとって、南部のドライブコース終点は糸満市街である。
市街に入るとすっかり見慣れた街並みが続き、決まった道を家へ向けて帰ることになるのだ。
その途中で頼まれていた食品を購入したり、帰宅後にバイクをもう一度きれいに洗って磨くことを考える。
帰宅した後のことを考える時点で、私のドライブは終わりとなる。
もう一度言うが、私は『自分には何もない』と言い聞かせている。いいも悪いも判断ができないのなら、関わるなというのが教えだ。
たとえバイクのミラーに首吊り死体が映り込もうと、窓にえげつないものが映っていようと、常飲から飛び降りていく見えないものの繰り返しのソレを見ようと――『私には第六感というものなどない』のだと言い聞かせている。
だから、平気なのだと。
糸満市へと続くであろう見慣れない道を、あの時、気分のまま勘だけで山に向かって信号を曲がった時もそうだった。