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第5話 子供が出来ました!?

「■、■■――――」


 右に歩いても、左に歩いても、巨獣(ケルベロス)の視線が追いかけてくる。

 不思議そうに小首を傾げている動作だけは、そこらの小動物と何も変わらない。


 いっそ向かって来てくれるなら容赦(ようしゃ)なく斬れるんだが、こうも無抵抗だとどうしていいのか分からん。完全に手詰まりだ。


『……悪いが専門外だな』

「この状況から、一人だけ逃げる気か!?」

適任者(・・・)に任せればいい。我は知らぬ。では……!』

「おい!?」


 しかも頼りのゼスフィアスは、我関(われかん)せず。絶賛困惑中の俺を残して、さっさと向こう側に(かえ)ってしまう。

 まあ確かに対処法は、一つしか思いつかない。

 俺は再び闇炎の不死鳥(フェニックス)を召喚した。


「んー、今日は(せわ)しないわねぇ?」


 だが我関(われかん)せずなのは、最初から“人型形態(ヒューマノイドモード)”で現れたフェニックスも同じだ。

 用件を伝えるよりも早く、また腕を拘束されてしまうが、今は引っ付かれてドギマギしている場合じゃない。

 俺は空いている右手で、眼前の巨大な物体(モフモフ)を指差した。


「あら、さっきの子ね。すっかり大人しくなって……なるほど、なるほど……そうね。こっから先は、お姉さんに任せなさい!」


 互いに俺の指先を目で追っていたらしく、フェニックスとケルベロスの視線がちょうどぶつかる。

 すると、フェニックスは言葉もなく、要求を理解してくれたらしく、ふんすっ、と自信満々に胸を叩いて応えてくれた。以心伝心で頼もしい限りだ。


「ほーら、よしよし! もう怖くないわよぉ」

「――――!?」


 左腕から温もりが消え、紅蓮と漆黒が混ざった(つや)やかな長髪がふわりと舞う。

 姿が変わっても、飛翔能力は健在。

 フェニックスは軽やかに宙を舞うと、そのまま近づいてケルベロスを()で始める。


「このままだと無駄に目立っちゃうし、私の言う通りにしましょう……ね?」

「――! ――――!!」


 さっきまでの戦いを思えば、あまりに危険な接近だが、ケルベロスは抵抗する素振(そぶ)りすら見せない。

 こんなやり方は、俺やゼスフィアスには絶対無理だ。

 フェニックスの包容力(ほうようりょく)賜物(たまもの)だな。


「って、ちっさ……」


 そんなことを考えながらボーッと(なが)めていると、巨獣の大きさが(ちぢ)み始め、気づいた時にはもう子供(・・)サイズ。

 フェニックスの豊かな胸に埋もれながら、その腕の中に一人の(・・・)少女(・・)がちょこんと納まる。


 肩口で揃った薄紫の髪。

 大きく丸い、同色の瞳。

 短い手足にちんまい背丈。


 それは五歳前後にしか見えない少女というか、子供の姿。

 恐らくこれがケルベロスの“人間形態(ヒューマノイドモード)”なんだろう。


 風が吹けば飛んでいきそうなこの少女が、さっきまで人々を恐怖と混乱のどん底に叩き込んでいた存在だと聞かされて信じる者は誰もいないだろう。

 とりあえずは、これで誰かに見られたとしても、騒ぎにはならないはずだ。


「注文通りかしら?」

「百点満点だ。びっくりするぐらいにな」


 流石は適任者。

 無事解決してしまった。

 しかも俺が何か言うよりも早く、既にケルベロスから事情を聴き出してくれようとしている。

 戦闘で力を貸してくれた二体も含めて、本当に頼りになる召喚獣たちだ。


「それで一体何があったんだ?」

「こっちの世界に迷い込んだのは、偶発的な転移事故。でもこの子(いわ)く、やって来てすぐ、キラキラした剣を持つ人間に突然攻撃されたらしいわね」

「キラキラした剣?」


 どうやら転移事故っぽいし、誰かがケルベロスをけしかけたという可能性は消えた。ひとまずは一安心だ。

 一方で気になるのは――。


「この辺りに常駐(じょうちゅう)している軍はいない。となると、冒険者からの攻撃……そんなに腕の立つ奴が、あの町にいるとも思えないが」

「でも事実っぽいわね。しかもいきなり攻撃されて、どうして良いか分からずに動き回っていたら、リオスの町の人間にも見つかってしまった」

「なるほど、それでお互いに未知との遭遇で大騒ぎか」


 とはいえ、ケルベロスの境遇を人間で置き換えれば、子供がモンスターの群れの中にいきなり放り込まれたのと同じだ。

 しかも攻撃されたとなれば、出来ることなんてジタバタするぐらいのもんだろう。

 意図的な破壊活動じゃなかった以上、被害の少なさにも納得だ。


 とにかくケルベロスを殺さずに済んでよかった。

 今はこの一言に尽きる。


「……にしたって、どこの馬鹿が勝てない相手に魔法をぶっ放したのやら」

「そこ引っ掛かるところよねぇ。この子の防御を抜けるような人間にしては、杜撰(ずさん)すぎるというか……」

「ああ、素人(・・)じゃあるまいし……」


 ダンジョン外に現れた未知のモンスター。

 一目で異質だと分かれば、一攫千金(いっかくせんきん)を狙った人間が攻撃を仕掛ける可能性がないとは言い切れない。


 ただ今回の場合は、相手の力量を見抜けず戦いを挑んだ挙句(あげく)、無関係な一般市民まで戦闘に巻き込まれている。

 間違いなく、最悪の対処だ。とても戦いを生業(なりわい)にしている、軍や冒険者のやり口とは思えない。


 それにケルベロスの防御力なら、そこらの奴が放った魔法では傷一つ付けられないはず。下手をすれば、当たったことに気付かない可能性すらある。

 そんなケルベロスの危機感を(あお)り、パニックを起こさせられるような実力者なんて、国中を見渡してもそうはいないはず。


 いや無駄に才能に溢れ、知識や経験がなく、プライドだけは高い。

 そんな奇跡的な条件を満たしてしまう連中を、俺は一組(・・)だけ知っているかもしれない。

 だから()えて言おう。


「また皇子様御一行(アイツら)か?」


 キラキラした剣とやらは、エルデファルドが腰に吊るしていた聖剣。

 奴の性格を思えば、移動中に偶々(たまたま)見かけた珍しいモンスター(ケルベロス)に面白半分で攻撃を仕掛けても、何ら不思議じゃない。

 そういや護衛の女が、当てても魔法が効かないとか言っていたような気が――。


 ともあれ連中は、先制攻撃を仕掛けておきながら不利を悟って敵前逃亡。

 逃げ切ったと思って俺の家に来たんだろうが、奴らの無駄にデカい魔力がケルベロスを呼び寄せ、我が家は崩壊。

 そのまま戦闘へ突入――今に至るってところか。


 ケルベロスの証言を(もと)に状況を整理すれば、見事に辻褄(つじつま)が合ってしまう。

 我ながら、とんでもない事態に巻き込まれたもんだな。


「……さっきは、ごめんなさい」


 でもフェニックスの腕の中でシュンとしているケルベロスを見てしまえば、そんな呆れや怒りは、どこかに吹き飛んでしまう。


「君が謝ることじゃない。それより話が付いたんなら……」

「そうね、一緒に連れ帰りましょうか。伝手(つて)辿(たど)れば、この子が元居た場所も何とか見つけられると思うし……」


 ふわりとした少女の髪を、フェニックスの白い指が撫でる。

 暴動の原因は分かった。手遅れになる前に収拾も付いた。

 一件落着と言っていいだろう。


 そもそもこの子は、偶然の事故で右も左も分からない異世界に迷い込んだ挙句(あげく)、いきなり武装集団に攻撃されたんだ。

 結果的に民間人を巻き込んでしまったとはいえ、誰が悪いのかなんて考えるまでもない。

 後はフェニックスが言う通り、被害者(ケルベロス)を在るべき場所へ還すだけだが――。


「にんげんとケルたち、すむせかい……ちがう。ふたりは、どういうかんけい?」

「か、関係なんて! そうね! 私たちのアツアツな関係を説明するには、まずあの運命的な出逢(であ)いから……」

「あー、簡潔に言うとだな」


 ――職業(ジョブ)、“召喚師(インヴォーカー)”、召喚獣、契約。


 顔を赤くして、くねくねしているフェニックスを横目で見ながら、少女の疑問に答えていく。

 確かに俺たち以外で、人間と神獣種が友好関係を築いたという話は聞いたことがない。困惑するのも当然か。

 そんな他所事(よそごと)に気を取られた瞬間、丸っこい小さな手で(そで)をぎゅっと握られる。


「かえるばしょ、ない。ひとりぼっちはイヤ……」


 目を向ければ、大きな瞳が(うる)んで揺れていた。

 こちらに来てしまったのは完全な事故のようだが、それとは関係なく訳アリらしい。

 どうも元の居場所に戻して、はいおしまい――と、事態が解決する感じでもなさそうだ。


 とはいえ、ここで知り合って仲良くなった神獣種同士でも、フェニックスとケルベロスでは住処(すみか)も生活も違う。

 反鏡世界がどうなっていて、神獣種同士がどんな関係性なのはかはよく分からないが、神話体系や種族間の争いだって皆無のはずはない。

 幼獣の今は良くても、いずれ(ひず)みは生じるはず。二人があちらの世界で、ずっと一緒に過ごせるわけでもない。


 さて、どうしたもんか。


「義理はないけど、まあしょうがないんじゃない?」


 フェニックスと顔を見合わせるが、やれやれと肩を(すく)める仕草からして、どうやら同じ結論に至ったようだ。

 このまま見捨てるのも夢見(ゆめみ)が悪い。

 こればかりは(いた)し方なし――か。


「……帰るところがないなら、一緒に来るか?」

「いく!」


 ケルベロスは壊れそうな勢いで首を縦に振ると、フェニックスの腕の中ではしゃぎ始める。これだけを見れば、その辺の子供と何も変わらない。

 多分こっちが素の姿なんだろう。ようやく調子が出てきたってところか。


「……はっ!? これは子育て!? もう既成事実(きせいじじつ)ってことでいいのかしら!?」


 またフェニックスがくねくねし始めるが、こっちはスルーだ。

 俺とゼスフィアスだけでは、まともにコミュニケーションも取れなかった。本人がやる気になってくれているなら、わざわざ水を差すことはない。

 ぶっちゃけ、この件がフェニックス頼りになるのは目に見えてるし、言ってしまえばご機嫌取りだ。


「リオスもいっしょ!」

「いつの間に名前を覚えた……というか、いきなり飛び付いて来るんじゃない。今回は偶々(たまたま)俺で良かったけど、相手が常人だったら大事故だぞ。力の使い方は、常識以前の問題だな」

「くふふっ! あの蝙蝠(コウモリ)女に目に物を見せて上げましょう! 私こそが正妻に相応しいということをッ! 私の時代が来たッ!!」


 ちなみに蝙蝠(コウモリ)女とやらはエレナとは別人のことだが、それはまたの機会に――。

 ともかく新天地を目指す俺の旅に、予想外の同行者が加わることになったのは、揺るがない事実だ。

 でも目的は変わらない。


 目指すは、大陸最強。

 期待と不安を胸に、俺は今――ようやくその第一歩を踏み出した。


「みんないっしょ!」


 何故か俺とフェニックスで左右を挟み、真ん中のケルベロスの手をそれぞれ握りながら――。

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