第49話 戦争終結
「左翼が……デファンめ、戦線を放棄しおったかッ!?」
「これ以上の侵攻に意味はなくなりました。トバイス将軍……どうか判断を誤りなきよう……」
「しかし我ら帝国騎士! 愚かと断じられようと、君命に準じて散るは、運命と決めております!」
「なるほど、大した忠義だな」
「貴殿は!?」
セフィの前で塞き止められている部隊の前に降り立つと、“凶翼鎧剣”を目にした将軍以下、多くの将兵が色めき立つ。
呼ばれて嬉しいなんて思ったことはない二つ名だが、今は存分に使わせてもらおう。
「……ウルス領内における神獣種の対処は、こちらで行う。セフィの言う通り、早々に退却した方がいい。偶然にも、演習場所の近くに現れてくれたおかげで、迅速に事に当たれそうだからな」
「なっ……まさか!?」
この反応、どうやらこっちが当たりのようだ。
「帝国軍は、行軍中に神獣種と遭遇。不運にも撤退を余儀なくされた。さっきまでのいざこざも、俺たちの演習に巻き込まれただけ」
「そうですね。国境侵犯はともかく、ガルムディア・ウルス間における戦闘行為は一切行われていません。違いますか?」
茶番とハッタリで引っ掻き回せている通り、敵軍が烏合の衆なのは明白だ。
一方でガルムディア側からすれば、なけなしの戦力をつぎ込んだ最後の大派兵に他ならない。
もし送り込んだ大軍が壊滅すれば、帝国の名声は底に墜ち、肝心の護り手すら足りなくなる。今度こそガルムディアは終わりだ。
だから軍を退かせるに足るだけの大義名分を用意してやれば、交渉の余地が生まれるはず。
“神獣殺し”。
“斬滅聖女”。
“銀雷ノ姫騎士”。
二体の神獣種。
これだけのイレギュラーに見舞われたなら、即時退却も止む無しだ。所在の無い責任を追及するのは意味がないし、今の帝国にそんな余裕もないはず。
だからこそ帝国は、ウルスの準備が整う前に電撃侵攻を敢行した。
狙いは、短期決着。
でも逆に言えば、敵軍を一度退かせさえすれば、戦闘の長期化を嫌う帝国の侵略目的は消失する。
何せ今回は非常時故に、俺たちが対応しているが、次はウルスの正規軍とぶつかるはず。
そうなってしまえば、今度は両国間で正面からの全面戦争。奇襲策はもう使えない。
どちらが勝つにせよ、決着までにはどうしても時間がかかってしまう。
それはガルムディアにとって、最悪の展開だろう。
ウルスに軍を派兵すれば、本国の守りが手薄になる。
それでも今までなら圧倒的な軍事力で補えていたんだろうが、状況は変わった。
セフィも離反を決めた軍事作戦での失敗で、優秀な人員を多く失い、他国を侵略しながら自国を守ることが困難な状況になってしまったんだろう。
軍の異様な再編速度や、さっさと逃げた無能将軍が大事な局面で指揮官に起用されているのが、何よりの証拠のはず。
しかもこの状況は、俺たちにとって好都合でしかない。
敵に勝つのではなく、敵を退かせるだけなら、わざわざ大軍勢を相手取って戦争をする必要がないからだ。
神獣種に敗れた帝国に対し、神獣種を自由に呼び出せる“召喚師”をぶつける。
更に希望の光である護国の聖女によって、直々に侵攻を止められれば、大半の兵士は闘志を失うはず。
後は話が通じる指揮官に停戦を持ち掛け、互いにとって不利益にならない形で戦争を回避する。
こっちはそもそも戦う気自体がないし、あちらも神獣種に偶然遭遇してしまい、戦力温存のために軍を退いたことにすれば、侵攻中断の十分な大義名分になる。
互いに流血無く、事が済む可能性が生まれるということ。
これがエルテリアでセフィと合流した時、町の連中に伝えた作戦の全容。
ここまでの動きは、全て戦争回避への布石だ。
後はあちらの指揮官の賢明な判断に、期待したいところだが――。
「将軍も分かっているはずです。その剣で護るべき存在が、何であるのかを……」
「むぅ……」
セフィに将軍と呼ばれた男が押し黙った。
こっちはもう一人と違って、武人気質が全身から溢れ出ている。
さて、どう出るか――。
「護るべきものを見失っている……確かに耳が痛いご指摘ですな。今の私には、返すべき言葉が見つかりませぬ」
「なら剣を退いてくれ。この戦いで喜ぶのは、安全圏でほくそ笑んでいるような連中だけだ」
セフィから聞いた、“神獣討伐”。
今回のウルス侵攻。
自分たちなら出来るだろう、やれるだろう――で、突き進んだ結果、全てで見事にやらかしている。明らかに情報収集が足りていない証拠だ。
現に“神獣殺し”の所在や職業すらも、満足に調べていなかったんだろう。
もしくは、いくら強くても人間が相手なら、物量で囲めば何とかなると思ったのか。
どちらにせよ、物事を良い風に捉えて、成功した時のことしか考えていない。
頭数を揃えても、闘志が折れたら烏合の衆でしかない。
前回の失敗から何も学ばず、ただいたずらに大戦力を投入した結果、イレギュラーが起きればこの様だ。
同じことの繰り返し。無意味な戦い。
「中途半端にやり合って因縁を作るつもりはない。これが最後だ……」
今すべきなのは、一石二鳥狙いの他国侵攻ではなく、自国の内政安定を図りつつ、最大限の防衛体制を敷くことだろうに――。
「勝敗は決した。さっさと逃げてくれると助かるが?」
こんな戦いに意味などない。
まして無関係な人々が巻き込まれる謂れなんて、あっていいはずがない。
手にした剣を奔らせるかどうかは、この男の判断次第だ。
「ふっ、若造如きにここまでしてやられるとは、私も焼きが回ったものだな!」
「トバイス将軍っ!?」
セフィの声を置き去りにして、場の空気が張り詰める。
将軍麾下――直属部隊と思われる面々が武器に手をかけた。
戦意を失った大半の兵士は既に逃げ去り、右翼側も事実上の壊滅状態に陥っている。
いくらそれなりの手練れとはいえ、たった十数人の残存戦力では、元の万分の一にすら遠く満たない。
つまり玉砕覚悟の特攻。
考え得る限り、最も愚かな選択を取ろうとしているということ――。
「いやぁ、全く! 大事な作戦行動中に、またも神獣種と遭遇してしまうとは、我が軍も運がない! これ以上の行軍は危険と判断し、残存戦力を率いて撤退する!」
「っ!?」
「いや、まずは演習の邪魔をした非礼を詫びるべきかな?」
将軍の口から突いて出た言葉を受け、恐らく全員の肩から力が抜けたことだろう。
雰囲気を軟化させて得意気に笑う様は、イケオジと言う他ない。
こちらとしては、顔面通りの頑固一徹っぷりが発揮されなくて、一安心だが――。
「し、将軍……本当に撤退で良いのですか?」
「そうだ、オリヴィア。こんな戦いで、貴様らの命を散らせるわけにはいかん」
「ですが、そのような指示を出されたとなれば、将軍のお立場は……」
「何か勘違いしているようだが……撤退の指示を出さねば、既に戦場を去った者たちが敵前逃亡犯になってしまう。故にこれは必要な措置だ。我が軍にとっても、ウルスの方々にとってもな」
オリヴィアと呼ばれた女性を筆頭に、皇帝の勅命をあっさり無視する指示には、あちらの誰もが困惑を隠しきれていない。
当然の反応だろう。
でも将軍は俺たちの言わんとしていることを、ちゃんと汲み取ってくれていた。
「我らは皇帝陛下の命に従い、ウルス領内に進軍。しかしウルス軍と神獣種の戦闘に巻き込まれ、ウルスの方々とは戦火を交えることなく撤退。此度の戦争は、起こらなかった。これで一体、誰に何の責を問うというのだ?」
「しかし言葉遊びと言われてしまえば……」
「話の筋は通っている。それに私たちが、最後の国の守り手だ。不当な責を問うてどうなるのか、それが分からぬ上層部ではあるまい。これ以上失いたくないからこそ、こうして無理な作戦を強行したのだからな」
こちら側からは、敵軍に対して威嚇以外の攻撃をしていない。
結果的にとはいえ、あちら側からも攻撃を受けてはいない。
将軍の言う通り、帝国軍は突然の神獣種との遭遇に際し、今後に戦力を残すため、途中で引き返す選択をするというだけだ。
しかも帝国にとってのウルス侵攻は、“神獣討伐”失敗によるダメージを国内外に悟らせないためのプロパガンダでしかない。
後日になっては、ウルスを攻める意味自体が消失する。
戦争は起こらず、誰にも責任は問えず。
これは、そんな真実を創り出すための戦いだった。
そして話の通じる指揮官も見つけられ、交渉も終わった。ようやく作戦完了だな。
「……我が国も失策続きで、地盤そのものが揺らいでいる。私たちも身の振り方を考える時期が来たのかもしれんな。こんな無様な戦しか出来ぬのが、何よりの証拠だ」
「そっちの皇族を擁護するつもりは一切ないが、中々の言い様だな」
「皆に将軍と呼ばれるようになり、いつしか間違った方向に進む国から目を逸らして来た私だが……元来は、民を護るために剣を取ったのだ。皇族の面子のために部下を死なせるなど、愚の骨頂だろう? そして、それを思い出されてくれたのは、君と聖女様……いや、ソルフィール嬢に他ならない」
仮にも敵にべた褒めにされ、居心地が悪くて仕方ない。
ただ帝国の内情は、俺の想定を色んな意味で遥かに上回っていたらしく――。
「それに私を含め、今の軍には純粋なガルムディア人ではない者も増えてきている。皆が皆、皇族に忠義を誓っているわけではない」
「トバイス将軍!?」
「そう驚くな、オリヴィアよ。公的な場では、純血のガルムディア人を名乗らされているというだけだ。皇族や上層部の求心力のために……」
イケオジ将軍と同様に、セフィも複雑そうな表情を浮かべている。
帝国近隣の小国出身で、実際にはガルムディアの血が一滴も入っていない彼女も、同じ手法で国民への点数稼ぎに付き合わされていたんだろう。
姑息な手だけは一流のようだ。
「兵士や国民が自分のために犠牲になるのは当然と思っていても、貴方たちのために命を棄てる輩じゃないのは確かだ。案外、賢明な判断かもな」
「その口ぶり……君は、一体?」
皇族とは言っても、現皇帝の子供だけですら、何十人と腹違いの世継ぎがいる。
でも将軍級の人間にここまでボロクソ言われてる以上、俺の知らない大多数も程度が知れてるらしい。
その上、セフィもあまり良い顔をしていないし、オリヴィアという女性に至っては、怖いぐらいの無表情を決め込んでいる。
俺の追放やセフィの引き抜きを含め、皇族が自分に不都合な事実を権力で捻じ曲げたであろうことは理解していたが、こうも次から次へと醜悪な事実を陳列されると、憤りを飛び越えて呆れるしかないな。
「個人的にちょっと訳ありなんだ。あまり詮索しないでくれると嬉しい」
「そうか……全く底知れぬ少年だが、私としても、これ以上のイレギュラーは勘弁願いたい。こうも驚かされてばかりでは、本当に寿命が縮みそうなのでな」
まあ何はともあれ、敵の大将と話が付いた以上、他国人の俺には関係ない話だ。
ガルムディアを追い返して、エルテリアを護れた。
それ以上を求めはしない。
ただ最後に一つ、イケオジ将軍から問いを投げかけられる。
「では我らは帰還致しますが……」
「私は此処に残ります」
セフィが即答した。下手をすれば、将軍が言い終わるよりも早く。
「なるほど、思えばソルフィール嬢は、軍の規律に縛られていない。それもまた、一つの選択ということですな」
「え、ええ……私自身、別に帝国に忠誠を誓った覚えもありませんし……」
「いやはや、初めてお目にかかった時には、どこか危うい孤高さすら覚えましたが……実のところ、誰より可憐な大輪の類だったとは! 人間、収まるべきところに収まるものですなぁ」
「……っ!?」
でも次の瞬間には、目を伏せて口ごもってしまい――。
「何の、話……だっ!?」
「こっち見ないでくだひゃい。り、リオスには関係ありません」
俺の顔面が、セフィの掌で押し返されてしまう。
“聖女”の膂力が無駄に発揮されている所為で、セフィの表情を見ようにも物理的に不可能。
強いて分かったのは、俺たちの様子を見て豪快に笑うイケオジと、当のセフィの耳が真っ赤になっていることぐらいだった。
「人には仕事を任せておいて、自分たちは楽しそうで何よりだ。話は上手く付いたのだろうな?」
そんな最中、いつの間にやら接近していた、ベアトリクスに半眼で睨まれる。
左翼の敵を完全に追っ払ったのを労うべきなんだろうが、かなりご立腹だ。
こっちもこっちで手に負えそうにない。
一方、すっかり緊張感のなくなった俺たちを見て、イケオジ将軍は更に笑みを深めていた。
「……ふっ、では我らは、ここでお暇しよう。もし次に逢う機会があれば、敵としてではないことを、祈――」
突如、鮮血が舞った。
俺たちが事実を認識した時には、イケオジ将軍は、背中から真一文字に掻っ捌かれていた。




