第46話 開戦【side:ガルムディア】
◆ ◇ ◆
ウルス領内・シュトレイム大峡谷――。
再編されたガルムディアの大軍勢は、雪と氷の崖で左右を挟まれた広い一本道を長蛇の列を成して行軍している真っ最中であった。
しかし“神獣討伐”では第四軍を率い、現ガルムディア軍における最高武官の双璧――ロベルト・トバイス将軍は、当初の想定より遅れ気味の行軍に皮肉を漏らした。
「中々に過酷……まるで自然の要害だな」
「ですが、早急にこの峡谷を抜けませんと……」
「分かっているさ。この位置取りではな。もう一人の将軍殿に進言すれば、もう少し足が速くなるかもしれんが?」
「お戯れを……」
将軍の傍らに控えるのは、前回の死地から第三皇子を無事に連れ帰った功績で、半ば無理やり昇進させられた元・筆頭侍女――オリヴィア・ブランディ。
今はシギスの護衛兼、侍女という役割を外れ、将軍補佐としてウルス攻略戦に参加している。
元々オリヴィアは、“鞭術師”というマニアックな職業ながらも、士官学園時代から頭角を現していた才能溢れる若者であった。
それが上層部の目に留まり、卒業と同時に軍ではなく、シギスの筆頭侍女に配置されたのだが、肝心の第三皇子は前回の作戦以降、完全に気をおかしくしてしまっている。
故にガルムディアは戦力を遊ばせている場合ではないと、その任を解き、彼女の作戦投入を決断した。そういう意味では、ようやく本来の立場に戻ったとも言えるだろう。
当のオリヴィアの装備も、メイドビキニに鞭という、シギスの趣味と元々の戦闘スタイルが悪魔融合した代物から、かなり落ち着いた物に戻っていた。
それでも周囲の視線を集めてしまう辺り、魔性の魅力自体は素で備えているのかもしれない。
「はぁ……」
一方、それほどの美貌を持つオリヴィアと、強面のロベルトという対照的な二人は、似ても似つかない顔で同じような表情を浮かべると、ある一点を見やった。
「進めいっ! 帝国の戦士たちよ! 我らの力で雪山の田舎猿共を蹂躙し、勝利の美酒に酔いしれようぞ!」
二人が見つめる先で気炎を上げるのは、もう一人の将軍こと、デファン・マデュザイン。
大柄で荘厳な体躯とは裏腹に、指揮官としても、戦士としても三流以下。
おまけに無類の女好きで妻は七人。
行軍中に女性兵士に手を出すのも、当たり前という有様だ。家柄以外、何の取柄もないと評価を下されても致し方ない人種であろう。
現に最高戦力をかき集めた“神獣討伐”には、招集すらされていない。
ガルムディア建国に携わったマデュザイン家の次期当主であり、先の大敗で深刻な人材不足に陥っていなければ、これだけの軍勢を率いることなど、まずありえなかった男ということである。
ある意味、国力低下の象徴とも言えるだろう。
「全くもう、本当に……はぁ……」
電撃侵攻で他国を侵略し、自国の力を見せつける。
つまり帝国の目的は、“深淵の夜”の面々が予想した通りであった。
しかしデファンが最高指揮官の一人になってしまっている通り、“神獣討伐”失敗の傷跡は塞がっていないどころか、今も盛大に流血したままである。
その上、勇者に二人の聖女、指揮官クラス、大量の将兵を失った現状での強行軍発動には、ロベルトもオリヴィアも首を傾げざるを得ない。
確かに成功すれば、今あるものを失わずに新たな領土を得られるかもしれない。
だが万が一、この侵攻を失敗でもすれば、今度こそ手遅れになる。
国力低下を隠し通せず、国内の独立運動と他国からの侵略に対し、同時対処することが出来なくなってしまうのだ。
時には、危険を承知で行動しなければならないこともある。
ただ今の帝国は、失う危険を度外視して、都合の良い結果だけを追求する姿勢が行き過ぎているのではないか。
まして大きな賭けに出た結果、“神獣討伐”を失敗したばかりだというのに――と、オリヴィアの心中には、一抹の不安が宿っていた。
「一体、どうなってしまうんでしょうね。これから……」
だがこれだけ切羽詰まった現状にもかかわらず、先ほど指摘した通り、将兵の足取りは鈍い。
まるで前回の焼き直しだ。
確かに普通にぶつかり合えば、ガルムディアが負けるはずはない勝ち戦ではあるのだが、それにしても気を抜き過ぎでは――と、オリヴィアが今日何度目になるか分からない嘆息を漏らした瞬間、その懸念が見事的中することになる。
――“灼獄ノ羽撃”。
――“聖放ノ流槍”。
――“放烈雷弾”。
理外の彼方から降り注ぐ魔法群。
それは記憶に新しい狂獣化した神獣種の一撃、それすらも凌ぎかねない破壊を振り撒くものであった。
◆ ◇ ◆




