第4話 目標は、大陸最強!
斬撃の余波が引いた直後、展開した翼刃の隙間から再び魔力が噴き出す。
これは攻撃じゃない。滞留した余剰魔力を排出して、術者と武器にかかる負荷を軽減してくれている。
つまり全力疾走した後、その場ですぐに立ち止まるんじゃなく、しばらく歩いて全身を落ち着かせるのと似たようなことだ。
程なくして、翼刃の各部展開を解除。
“凶翼鎧剣”が、元の刀剣形状を取り戻す。
周囲に殺気はない。戦いは終わった。
その後、一息つくのを待ってくれていたらしい召喚獣から、改めて事の次第を尋ねられる。
『さて、詳しい説明を願おうか?』
「あぁ、そうだな。まずは――――」
突然のパーティー追放。
エレナと第一皇子の乳繰り合い。
神獣種の襲来に加え、自宅崩壊。
自分の頭を整理する意味も込めて、ここまでの経緯を伝えていくが――。
『……構わない。続けてくれ』
説明が進むにつれ、“凶翼鎧剣”――凶鷲竜からの殺気にも似た重圧が、どんどん増しているのが、はっきりと伝わって来る。
自分に非がないのに、説教されてる気分だな。
『ふむ、ひとまず状況は理解した。それにしても、皇子とやらも大概だが、あの小娘……リオスと、我らの力を知っておきながらゴミ扱いとは、万死に値する愚かしさだな。我としては、今すぐにでも八つ裂きにしたいところだが?』
「まあ気持ちは俺も似たようなもんだけど、今は抑えてくれ」
『何故だ? リオスと我らの力ならば……』
ゼスフィアスが言わんとしていることは、尤もだ。
俺も別にエレナたちを許した覚えはないし、次に顔を合わせた時には、自分でも何をしてしまうか分からない程度にはキレている、が――。
「あんなのでも、帝国を統べる一族と、その妻候補だ。ここで顔を真っ赤にしてやり返しに行っても、スカッとするより面倒事の方が多い。これから素顔で、道も歩けなくなるのは御免だな」
『むぅ……確かに、次期国家元首に刃を向けた重罪人ともなれば、どこに逃げても今後一生追われる身というわけか。難儀な運命を引き寄せたものだ』
俺の懸念事項を察した皮肉交じりの返しに、思わず苦笑が漏れる。
でもやられたらやり返す。一発には一発。
そんな単純な事態じゃないのは、残念ながら紛れもない事実だった。
「皇族内に“勇者”が現れただけでお祭り騒ぎなのに、そいつが同格の“聖女”を妻に迎える……なんて、国民全員が夢見る未来だ。今後の繁栄が約束された様なもんだからな」
『逆にその後継ぎの名声に傷が付けば、皆が望む未来に陰りが生まれる。万が一にも、次期国家元首を喪いでもすれば、帝国の威光すら地に堕ちかねん。どう転んでも、国内外に大きな影響が出るのは、避けられんというわけか』
「そういうこと。馬鹿に関わらない以外の選択肢は、全部面倒事に直結してる……ったく、アホらしい話だけどな」
生まれや容姿、能力を含め、エルデファルドの特異性については、議論の余地もない。
だから最強のカードは、諸外国との外交や貿易でも大きな力を発揮する。
勇者の名声で周りの国々を脅し、簡単に攻め込まれない状況を作る。
その上で、帝国に有利な形で、不平等条約を締結してしまう。
そうしてじわじわと勢力圏を広げ、いずれは大陸統一。覇道を成す。
つまり侵略する側のガルムディアにとっては、自国の力が豊かな未来に繋がることは、子供でも分かる単純な理屈だ。
そう、誰もがエルデファルドが皇帝になることを望んでいる。
でもそんな明るい未来が、一般人との揉め事で失われたとしたら――。
「帝国臣民にとって、エルデファルドは希望の星だ。だから奴が加害者だろうと、真実がどうだろうと、結局は俺が泥を被らされる。奴の父親……皇帝からして、馬鹿皇子を溺愛してるのは、俺でも知ってるぐらい有名な話だからな」
『物事の本質から目を逸らし、意にそぐわぬのなら、真実すら捻じ曲げる。何と愚かしいことよ』
「でもきっとそうなる。俺が追放されても、俺しか困る人間がいないからな」
人々が望んでいるのは、自分に都合の良い未来であって、それが真実かどうかは大した問題じゃない。
本当に重要なのは、自分に利益があるかどうかだ。
要は、俺が奴をブチのめして、最強無敵のエルデファルド様という姿が偽りだとバレてしまえば、帝国の――皆の輝かしい未来が煙の如く消え去ってしまいかねない。
そうなったら、期待を裏切ってどうしてくれるんだ――と、多くの人々が、怒りの矛先を向けるだろう。
横暴を働いた馬鹿二人じゃなく、被害者のはずの俺に対して。
まあ真実自体が歪められて、被害者ですらなくなりそうではあるが。
お忍びでエレナの故郷を訪れた、皇子様ご一行。
彼らに狂刃を向けるのは、エレナの身分が上がる過程で見捨てられた幼馴染。
もう味がしないほど擦られ倒したベタベタな展開だが、人々は妄想と憶測で自分勝手な真実を創り上げるものだ。
そういう流れになるのは、今までの歴史が証明している。
というか、ただの一般人と国中から支持を得ている皇族とでは、そもそもの信頼度からして段違いなんだ。
人々がどっちを信じるかなんて、論ずるまでもないだろう。
敵は次期国家元首と皇帝。帝国を好きに操れる人間なんだからな。
俺の未来は、俺にしか影響を及ぼさない。
皇子様ご一行の未来は、何十億という人間の未来に直結する。
単純に言えば、そういうことだ。
『ふむ……表立って、帝国と敵対する様になれば、リオスや我らの力を利用しようとする輩も現れかねん。好ましい事態とは言えんか』
「今の政府が気に食わない人間からすれば、召喚師で最強職業バカップルを倒した人間なんて、最高の象徴だからな。表では重罪人、裏では革命家……そんな生活は真っ平だ」
あのムカつく顔面をぶん殴るだけで、一生犯罪者になるのは確定。
しかも面倒な人間や組織からも目をつけられかねないと来たもんだ。
「俺はあくまで冒険者だ。世直しには興味ないし、今下手に動けば、町の人たちも関与を疑われかねない。しかもあの不細工な泣きっ面を散々見せられた後にわざわざ殴りに戻って、人生を投げ捨てるのもなぁ……」
現状を一言で表すなら、復讐するメリットと、これから生じかねないデメリットが、全くと言っていいほど釣り合っていない。時間と労力の無駄でしかないということ。
それにエルデファルドが半泣きで、地団駄を踏んでいた姿。
エレナに至っては、涙と鼻水を豪快に垂れ流して、トラウマ級の号泣顔を披露していた。
しかもその上で、完膚なきまでの敗北。
連中にとって、今までにない屈辱だったことだろう。
それをベストアングルから見られたんだ。
今回だけは特別に、憤激の矛を収めるとしよう。
奴らのためじゃない。俺自身の未来のために――。
『熟考した末の結論ならば、我も他の者たちも何も言うまい』
「いつも悪いな」
『ふっ、弱者を蹂躙するだけの戦いほど、虚しいものはない。ちょうど我も、奴らのことを視界に入れる価値すらないと思い始めたところだ』
鎧剣からの重圧が四散していく。
また気を遣わせてしまったか。
「……そんなわけで、あの連中は後回しだ。今の問題は、これからどうするのかってことだな」
『これから……か。だがその表情からして、既に方針は決まっているのだろう?』
「ああ……」
多くの物を失った。
だから、俺の選択は――。
「この国を出る。もう決めたよ」
『生まれ故郷を捨てるとは、随分思い切りが良いではないか。無論、我らに異存はないが……』
俺とエレナの信頼関係は、完全に破綻した。
しかもあの二人の性格の悪さからして、今後この国で冒険者としてやっていくのは不可能に近いはずだ。
ゼロから再スタートしたとしても、どこかで活動を妨害される未来しか見えないからな。
それに思ってしまった。
奴らが勝手に名乗っていた、大陸最強という称号。
もし俺が、名実共にそう呼ばれるようになれば、奴らに最大の屈辱を与えられる、最高の復讐だ――と。
あの性格からして、奴らは公の場でも大陸最強を名乗り続けるはず。
それにもかかわらず、俺が大陸最強になるついでに、軽々と追い越されてしまえば、面目丸潰れだ。惨めどころの話じゃない。
そして否定すら許さない結果を突き付ければ、俺の完全勝利ってところか。
唯一の心残りは、四年前に亡くなった両親の墓参りに行けなくなることだが、あの人たちは俺がエレナと、その彼氏に見つからないように怯えて生きていく未来なんて、絶対に望まないと断言出来る。
むしろそんな姿を見られたら、本気でぶん殴られそうだ。
「まずは新天地で、Sランクに成り上がる。その次は大陸最強だ! こんな形で終われるか!」
『ならば、我らはリオスの剣となり、盾となろう! 愚者を祭り上げる世界に、我らの力を見せつけてやろうぞ!』
Sランクという地位と名誉を失った。
それがどうした。
幼馴染に裏切られ、パーティーから追放された。
皇族まで敵に回した。
そんなことは、知ったことか。
全てを諦めるには、まだ早い。
俺には――俺たちには、今までに培ってきた力と絆がある。
どこでだって、戦っていける。
だから自分の未来を切り拓くため、その第一歩を今、ここに踏み出そう――と、声高らかに宣言したくなる程度には、テンションが上がっていたが――。
「その前にもう一仕事だな」
『うむ……』
そんな俺たちの前には、神獣種が伏せの姿勢で寝そべっている。
隣には地割れの如き斬撃痕。
つまり戦闘の最終局面、俺は“凶神ノ翼斬”をわざと外した。
ケルベロスが無傷でごろ寝しているのは、そのためだ。
「……にしたって、こっちの話もまとまったし、もう時間は潰せないぞ」
『かといって、捨て置くわけにもいかんだろう?』
「まあな。次も俺たちが止められるとは限らないし……」
最初にフェニックスが指摘していた通り、俺から見てもケルベロスの暴れ方は普通じゃなかった。
そして実際に戦って見極めたからこそ、神獣種を仕留める絶好の機会を敢えて捨てた。
理由は二つ。
一つ目は、このケルベロスが、成長途中の個体――それも幼獣だと分かったから。
二つ目は、こいつの暴走に悪意が感じられなかったからだ。
実際のところ、例え幼獣だろうと神獣種が本気で町を潰す気だったなら、もっと直接的な被害が出ていなければおかしい。
でも戦闘に介入する直前、崖から見下ろした時に確認した被害状況は、町の外周付近の田畑が踏み荒らされた程度だった。
これは意図した攻撃ではなく、巨体が移動する過程で出来たものだと捉えられる。
よって俺との戦闘を除けば、明確に攻撃行動を取ったと思われるのは、自宅への一撃のみ。
その後は無駄に強大な魔力を持つ、馬鹿二人を追いかけ回すような挙動を見せ、最後に中央広場で膠着状態に陥ったところで俺が介入。
町の人々を守りつつ、ケルベロスの討伐から頭を冷やさせるための戦いに移行していった。
その証明じゃないが、初撃の捕縛以外、俺はケルベロスに攻撃を掠らせてすらいない。
最後の“凶神ノ翼斬”も派手に力を見せつけるために、わざと大仰に放っただけだ。
でなければ、完全に虚を突いた状態から、必殺の攻撃を外す理由がない。
そして斬撃魔法の果て、読み通りにケルベロスは沈黙。
後は二次被害を出さぬべく、せめてケルベロスが還るまでは見届けよう――と、ゼスフィアス相手に現状整理を兼ねた世間話を始めて、今に至る。
「……動く気配もなければ、敵意もない。一体どうすればいいんだ?」
『うむぅ……』
だが俺は戦闘時とは打って変わった、つぶらな瞳で今もじっと見つめられている。
果たしてこの特大モフモフ相手に、どう対処するべきなのか。
ともかくコイツが動いてくれないことには、新天地への第一歩すら踏み出せないんだが――。