表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/59

第3話 凶翼鎧剣《ルシフェリオン》

 全身で風を切り、死地を目指して加速する最中、見覚えのある人物を視界の端に(とら)えてしまう。

 それにしても、本当に酷い(・・)有様(・・)だ。


「もうっ! なんだってんのよ!? 誰か早く何とかして!」

「何とか、って……エレナちゃんは、Sランクなんだろ!? いつもふんぞり返ってるんだからぁ……ッ!?」

「■■、■■■■■■――――!!!!!!」


 咆哮するケルベロス。

 怯える住民。


 エレナはその板挟みにあって、身動きが取れなくなっているらしい。

 でも俺たちが、この町の最強戦力だった(・・・)のは、間違いない事実だ。

 事情を知らない他の住民にしてみれば、近くにエレナを見かければ、いの一番に頼るのは当然の話でしかない。どちらの反応も想定の範囲内だ。


 だから本当の意味で(ひど)い有様なのは、もう一人の方――。


「愚民風情が(むら)がって、この僕の逃げ道を(はば)むなんて……後で全員処刑してやる! ほら貴様たちも、何をボーッと突っ立っているんだ!? さっさとアレを片付けてしまえ!」

「そう言われましても、現実的に無理って話ですんでねぇ!」

「泣き言をほざくんじゃあない!!」

「だって、あの怪物に魔法が通じないのは、殿下もご存じでしょう!? 今は逃げるしかありませんって!」

「いやそんなことはない! 我が名は、エルデファルド! この大地全てを()べる宿命を背負って生まれて来た男だ!」

「殿下! 聞き分けてくださいよォ!」

「ダメだ! 我が戦場に敗北はない! ()がやれと言ったら、無理でもやるんだ!!」


 市民の避難誘導もしなければ、自分で戦おうとすらしない。

 それで何をやっているのかと思えば、駄々(だだ)っ子のように(わめ)き散らすだけ。ちっとも現実が見えていない。


 最初から戦力に数えていなかったとはいえ、エルデファルドがここまで使い物にならないのは、正直想定外だ。

 オマケ二人の胃が限界を迎えるのは、時間の問題かもな。

 同情する気は一切ないが――。


「……ともかく、ケルベロス(アレ)を町から引き離す」

『防衛戦となれば、それが最善だろう。心して挑めよ』

「分かってる」


 何故、相棒であるはずのエレナと一緒に戦わないのか。

 何故、そのエレナが見知らぬ武装集団(皇子様ご一行)と身を寄せ合っているのか。


 フェニックスもゼスフィアスも、そんな当然の疑問を()み込んで力を貸してくれている。

 悩むのも、迷うのも後でいい。今は戦う。

 召喚獣たちの信頼に(むく)いるために――。

 それだけを胸に、俺は殺戮領域(キルゾーン)へと足を踏み入れる。


()け――ッ!」


 死地崩脚。

 着地の衝撃で地面を砕き、瓦礫(がれき)隆起(りゅうき)させながら戦場に降り立つ。

 しかし減速はしない。勢いのままに踏み切り、再び加速の世界に身を投じながら、力の一端を開放する


「“刃絶咬翼(エッジ・プテリュクス)”――ッ!!」


 “凶翼鎧剣(ルシフェリオン)”の刀身が(・・・)分裂(・・)

 すると、鋭利な翼にも似た八基の刃(・・・・)が空中を自在に舞い踊る。


 これは俺の魔力を推進力(すいしんりょく)に換えて、自立飛行する強襲用の切断・打突武装――“刃絶咬翼(エッジ・プテリュクス)”。

 “凶翼鎧剣(ルシフェリオン)”が持つ特異性。その一端だ。


「普段こんな使い方はしないんだが……」


 まずケルベロスの中央の首を一周させるように、八基の翼刃を円陣配置。

 次いで、残された“凶翼鎧剣(ルシフェリオン)”の柄から、一筋の魔力鋼糸(ワイヤー)を伸ばし、全ての翼刃を一繋ぎにする。

 これで拘束用の首輪と、つけ紐(リード)は完成だ。


 更に――。


「俺は此処(ここ)では戦いたくない。場所を変えるぞ」

「■、■■■―――!?」

「吹っ飛べっ!」


 首輪と繋がった“凶翼鎧剣(ルシフェリオン)”をフルスイング。

 ケルベロスを地表から引き()がし、巨体を力任せにぶん投げる。


 このまま戦えば、自分の手で故郷を地図から消す羽目(はめ)にもなりかねない。

 今は少しでも、町から離れなくては――。

 先制攻撃の機会(チャンス)を自分で不意にしたのは、それが理由だ。


 でも第一目標は完遂。とりあえずは十分だろう。

 俺も呼び戻した全ての翼刃を元の刀剣形状に回帰させつつ、巨体を追って町を離れた。


「■■、■■■■■■■■――――!!」


 そんな滞空の最中、遠心力と風圧による拘束が弱まったのか、ケルベロスは空中で大回転を決めて、だだっ広い荒野に着地する。

 低い(うな)り声からして、一寸後に降り立った俺にちゃんと敵意を向けてくれているようで何よりだ。

 これで他への興味も薄れたはず。今ここにいる俺を無視して、町に戻ることはないだろう。

 実際、三首の殺戮獣は、口元から凶悪な牙を(のぞ)かせながら荒野を駆け、俺の元に迫り来ていた。


『初撃は上々か。ここから先は……』

「出たとこ勝負だ!」


 刀身の分裂・射出が可能でも、“凶翼鎧剣(ルシフェリオン)”の剛性と切断力は、達人が鍛え上げた業物(わざもの)すら軽く凌駕(りょうが)する。

 よって真価を発揮するのは、近接戦闘。

 俺も大地を駆け、迫る巨体に目掛けて剣戟(けんげき)(はし)らせる。


「■、■■■■■■――――!!!!」


 剣牙迎閃。

 鎧剣と巨牙が交錯(こうさく)し、衝撃と波動が乱れ荒ぶ。

 とりあえず初撃は受け流したが、巨獣(ケルベロス)は大きさに見合わない機敏(きびん)挙動(きょどう)で身を(ひるがえ)し、何度も追撃を仕掛けて来る。


「切り返しが早いな。流石に他のモンスターとは格が違うか……」


 だが見失うことはない。

 その度に俺も剣戟(けんげき)(はし)らせ、激突の度につんざくような炸裂音を(とどろ)かせていく。

 とはいえ、ダンジョンの一区画で繰り広げられる魔法戦とは、根本的に規模が違う。

 これが神獣種の力。


「■、■■■■―――!?」


 ただ三頭に両前脚――五つの武器を使って、剣一本の俺を(とら)えきれないのが面白くないのか、少々攻め方が雑になってきた。

 後は隙を()けば――。


「っ、何を……?」


 先に動いたのは、ケルベロス。

 猛然(もうぜん)と地を駆け、三つ首を振り回していたはずの巨体が突如遠のいていく。それは背後への大跳躍だ。

 幾度(いくたび)も刃と牙を交え、次も近距離攻撃に備えていた分、思わぬ戦線離脱に一瞬反応が遅れてしまった。


 それにいくら神獣種とはいえ、ケルベロスが典型的(てんけいてき)な地走型肉食モンスターの派生種なのは間違いない。

 現にここまでの戦闘でも、地上での機動性を活かした肉弾戦以外の挙動(きょどう)を取ることは一切なかった。


 だから俺自身も、自然とそういうモンスター相手の立ち回りをしていたのかも知れない。

 これまでの経験則や固定観念が、思わぬ落とし穴になったということだろう。


「■、■■■■■■――――」


 現状を理解した時、既に奴の三つの口元には、膨大な魔力が渦を巻いているのだから――。


『……魔力砲撃(ブレス)(たぐい)だな。しかも跳躍の瞬刻(しゅんこく)収束(チャージ)を完了させたらしい』

「自分から距離を取ったのは、そういう理由(わけ)か!」


 内心で舌打ちが漏れる。

 ケルベロスが放とうとしているのは、高位竜種の代名詞(だいめいし)である竜の息吹(ドラゴン・ブレス)瓜二(うりふた)つ。

 あの火砲――高純度の魔力熱線が発射されて何が起こるのかなんてことは、子供でも分かることだ。


 しかし俺一人なら、今からでも回避も迎撃も間に合う。

 むしろ厄介な機動力を自分から捨ててくれた分、戦いやすくなって好都合ですらあった。


 奴が火砲(ブレス)を放った瞬間、その首を順番に断ち穿(うが)ち、大地に叩き落す。

 俺の脳裏には、そこまでの道筋がはっきりとイメージ出来ていた。


 でも火砲(ブレス)を避けて、ただ奴を倒しても意味がない。

 だから、俺は――。


「■■、■■■■■■――――!!!!!!」


 獄火滅却。

 巨獣の口元から火砲(ブレス)が放たれる。三つの光帯が交わり、視界全てが魔力で埋め尽くされていく。

 凄まじい圧力だ。こちらの思惑なんて、お構いなしの大火力が迫り来る。


「……準備(・・)はしておいてくれ」

『了解した』


 一方、俺の手元からは、“凶翼鎧剣(ルシフェリオン)”が消失。在るべき世界に還っていく。


 直撃にせよ、余波にせよ、回避行動を取った俺を追って首をぎ払われでもしたら、辺り一面焼け野原だ。

 わざわざ町を離れた意味もなくなるし、別の犠牲者も出かねない。

 よって今必要なのは、敵を斬り裂くのではなく、背にした全てを護る力。


「“神魔召喚(インヴォケイション)”、“強欲なる古代亀アヴァリー・トゥーガー”――ッ!!」


 凶鷲竜(ゼスフィアス)と入れ替わりで顕現(けんげん)させたのは、鈍色(にびいろ)の古代亀。

 万年生きている神獣種であり、ウチの中でも最年長だ。


「寝起きっぽいところ悪いが……」

「ふぉっ、老体に厳しいのぉ」


 ――“武装変貌(アームズ・トランス)”、“防衛形態(スクトゥムモード)”。

 ――“深淵纏いし起源鋼壁(アビス・ゲイザー)”、顕現完了。


「“起源鋼壁(アイギス)”――ッ!!」


 左手をかざした先に、独立浮遊する鈍色の十字大盾(シールド)を出現させる。

 更に大盾を起点にして、高出力の大型魔力障壁を展開。

 真正面から三重火砲(ブレス)と相対する。


 一歩も引かない。

 受け流すこともしない。

 避けるでもなく、打ち消すのでもなく、獄熱の全てを受け止めるために――。


「――ッ!」


 けたたましい破砕音が響き渡った。

 魔力同士の激突に、空と大地が悲鳴を上げている。


 しかし障壁を展開した俺は、未だ健在。

 神話に記された灼熱は、周囲の地面を(わず)かに溶かす程度の被害しか出せなかったどころか、無害な魔力の熱波と化して四散していく。


「助かった。(じい)さん!」

()くがよい。若人(わこうど)よ!」


 ――“武装変貌(アームズ・トランス)”、“形態解除(モードリリース)”。

 ――“神獣形態(ビーストモード)”、顕現完了。


 周囲の熱波が四散するよりも早く、元の姿を取り戻したトゥーガーの甲羅(こうら)を蹴って大跳躍。ケルベロスとの距離を一気に詰める。

 同時にトゥーガーと入れ替わりで、ゼスフィアスを再び召喚。

 一呼吸の間もなく、“凶翼鎧剣(ルシフェリオン)”を掴み取る。


『タイミングは?』

「完璧だ!」


 召喚獣の入れ替え。

 武装への瞬時移行。


 攻防全ての歯車が完璧に噛み合っているのが、はっきり分かる。敵が神獣種だろうと、安らぎすら覚えてしまうほどの余裕すらも実感出来る。

 これが今までに築き上げた俺たちの力。その証明だろう。


 職業(ジョブ)はあくまで才能の開花であって、得た力を発揮するには、やはり努力と経験が必要になる。

 つまり職業(ジョブ)を得たからといって、技術や知識、心構えまでが自動的に身に付くわけじゃない。

 現に俺よりも遥かにレアな職業(ジョブ)を得たはずの二人は、見事な醜態(しゅうたい)披露(ひろう)していた。結局、どんな力も扱う人間次第だ。


 だから俺たちの力は、天から与えられた借り物なんかじゃない。

 誰に何と言われても、自分の力を恥じて下を向いたりはしない。

 まして奴らが持つ、名前だけご立派な職業(チカラ)に劣っているはずがない。

 全てを証明するため、今ここに神話の怪物を軽々と凌駕(りょうが)しよう。


 俺たち(・・・)の力で――。


()け――ッ!」


 八基の翼刃を再び射出。

 今度は拘束が目的ではなく、それぞれの(きっさき)を巨獣に向けて一気に強襲させる。


 変幻自在の全方位斬撃。

 これが“刃絶咬翼(エッジ・プテリュクス)”の真骨頂(しんこっちょう)


「■■、■■■■■――――!!!!」


 対する巨獣(ケルベロス)は、見慣れないであろう武装に戸惑いながらも一迅(いちじん)の烈風と化して地を駆ける。

 機動力に物を言わせた急反転・加減速の連続。

 どうやら翼刃を振り切って、俺の懐に飛び込んで来るつもりらしい。


 刀身を射出すれば、術者は無防備になる。

 その瞬間を巨体と機動力を最大限活かして潰しに来られれば、俺には全身を()み砕かれる未来しか待ち受けていない。

 少ない情報でこちらの武装特性を瞬時に見極めた、最適解の戦術(カウンター)だと言えるだろう。

 それが奴の移動ルートを絞り込むため、俺が意図的に作った隙でなければの話だが。


「接近戦は想定済みだ」


 残された柄から漆黒の魔力が噴き出し、薄透明の大刃と化す。


 斬撃一閃。

 翼刃の間を()ってきた巨獣(ケルベロス)強襲(カウンター)を、更なる返しの反撃(カウンター)で相殺し、弾かれ合う衝撃を利用して距離を取る。


 “刃絶咬翼(エッジ・プテリュクス)”の稼働時間は、射出前に込めた魔力量に左右される。

 要は戦いながらも、定期的に翼刃を大剣形状に戻して、魔力を充填(じゅうてん)する必要があるわけだ。

 でも逆に言えば、八基の翼刃に魔力を充填(じゅうてん)させられる以上、残された“凶翼鎧剣(ルシフェリオン)”本体で魔力を操れない道理はない。


 つまり残された柄から魔力を発振して、漆黒の魔力剣を生成。

 無防備な俺に迫ろうとしていたケルベロスに対し、逆に零距離反撃(カウンター)を加えて危機を脱したということだ。


 しかも弾かれ合うと同時に翼刃を全基呼び戻し、既に大剣形状に戻してある。これで魔力充填は完了し、次撃への準備も整った。

 攻防一体。隙など無い。

 そしてさっきゼスフィアスに伝えた準備(・・)こそ、今この瞬間を作り出すための布石だ。


「これで詰ませられたか……」


 ケルベロスの最大火力は、さっきの三重火砲(ブレス)と見て間違いない。

 その一撃を完璧に防いだ上で距離を詰めた以上、奴に残された選択肢は格闘戦だけだ。

 距離を取ろうと、二度目の不意打ちは通じない。この距離であれば、三重火砲(ブレス)なんて撃たせはしない。

 そんなことは、ケルベロスも理解してるはずだからな。

 そして案の定、巨体が大地を駆け、再び迫り来るが――。


「■■、■■■■――!?」


 完璧に敵の行動を読み切れば、神獣種と言えど脅威にはなり得ない。

 さっきは出遅れて三重火砲(ブレス)を撃たれたが、今度はこっちが一手速く動いている。


「お前が暴れている理由は分からない。でも……」


 “凶翼鎧剣(ルシフェリオン)”本体と接合している、全ての翼刃を展開(スライド)

 刀身が形状(シルエット)を変え、その隙間(すきま)から紅蓮の内部装甲が露出する。

 更に展開した露出部から魔力の奔流(ほんりゅう)が噴き出し、竜が息吹を吐きつけるが如く暴れ狂っていく。


 翼刃の射出とは異なる形態移行。

 これも“凶翼鎧剣(ルシフェリオン)”が持つ力の一端。

 敵を斬砕(ざんさい)する、真の攻撃形態――。


 それにしても、本当に久々に感じる魔力圧だ。

 だが今は、()を――彼女(・・)といた頃を懐かしんでいる場合じゃない。

 怒涛(どとう)の如き魔力を束ね、漆黒の巨剣として顕現(けんげん)させる。


 巨剣の形を成し、超高密度に圧縮した魔力の大刃。

 かつての死闘の最中、召喚獣(ゼスフィアス)と共に到達した必殺の一閃。


「終わらせよう、これで……ッ!」


 記憶の残光を振り払い、天を()く漆黒の巨剣を(はし)らせる。


「“凶神ノ翼斬(ネファリアス・エンド)”――ッッ!!」


 煌衝斬砕。

 極大斬撃を放った瞬間、(まばゆ)い奔流と衝撃が、荒野に(とどろ)いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ