第21話 崩壊を紡ぐ序曲Ⅰ【side:聖皇帝騎士団】
◆ ◇ ◆
特Sランクダンジョン、“未開の地底世界”――。
リオス・ファランクスらが遭難者の救助に向かったのと、ほぼ同時刻――。
ガルムディア帝国の冒険者パーティー――“沈黙の騎士団”改め、“聖皇帝騎士団”の五名は、数週間ほど前に起こった地殻変動の影響で新発見されたダンジョンに向かっていた。
「ふっ、皇帝直々の緊急依頼なんて、僕たちの力を見せつける絶好の機会じゃないか! さあ雄々しく優雅に、進軍していこう!」
エルデファルドは高らかに宣言するが、お目付け役二人の控えめな返事が虚しく響くだけに留まった。
これから特別なダンジョンに侵入するというのに、パーティーには緊張感や連帯感というものが全く見られない。異常事態と称してもいいだろう。
問題の解決は困難を極めるが、原因自体は明白だった。
「……貴方の意気込みではなく、まずはこの事態に関して、詳しく説明を頂けると幸いなのですが?」
「緊張しているのかい? 大丈夫だよ。僕が守ってあげるから」
「さっきから誰なのよ、このクソブス女が……」
セフィリナはエルデファルドとの噛み合わない会話に溜息を漏らし、エレナは少し離れたところで面白くなさそうに舌打ちをしている。
この三人がパーティーの雰囲気悪化を招いていることは、言うまでもないであろう。
しかも二人の“聖女”こと、セフィリナとエレナに関しては、互いに同じ職業・待遇・年齢でありながら、奇跡的なすれ違いによって、本日が初対面であった。
言い方を変えれば、ダンジョン攻略当日にパーティーの初顔合わせが行われたということ。
これから死地に向かうと思えば、とてもまともな判断ではない。
冒険者としての基本を何も知らないとはいえ、エルデファルドはリーダー失格であろう。
尤も、女子二人が知っている情報は、相手が自分と同じ職業を持つパーティーのメンバーであることのみ。
この程度の修羅場で済んでいるのは、情報の伝え方の賜物だった。
もしエルデファルドが全てを伝えていたら、エレナはダンジョン攻略どころではなくなっていたことだろう。
「ねぇ、あーし、不協和音が実際に聞こえたの、初めてなんだけど……ギスギスってさ」
「奇遇だな。そりゃ俺も一緒だ」
歳は若いが、この三人は帝国の未来を担う超重要人物。
何か起これば、とんでもないことだ。
三人に遅れて歩く、ロット・ベアとベラ・フリエは顔面蒼白であり、既に精神的な限界を迎えつつある。
項垂れて肩を落とす様子からは、哀愁すら漂っていた。
「既に帝国最強のSランクパーティーが敗退したとも聞きました。なら私たちではなく、正規軍が動くべきでは? それとも具体的な作戦や、対策があるのですか?」
「僕がいる」
「はい?」
「だから、僕がいる。それで全て解決、だろ?」
エルデファルド、渾身のドヤ顔。
セフィリナが唖然とした表情を浮かべるのに対し、エレナは間髪入れずに追撃を仕掛けた。
「そうそう! アタシらが作戦とか、そんなみみっちいことするわけない、ってか……アンタさ、まさかビビってんの!? 同じ“聖女”でも、私の方が圧倒的に格上ね! 美貌もだ・け・ど!」
“聖皇帝騎士団”が向かうダンジョンの危険度は、計測不可能。
本来ならどれだけ備えても足りないはずなのだ。
それにもかかわらず、セフィリナがこの件を知らされたのは、サプライズプレゼントとばかりに無理やり連れ出された今朝のこと。
エルデファルドの意気揚々とした足取りからして、明確な勝算があると思うのは当然だろう。
あまりにも的外れ過ぎる答えに、セフィリナは更に大きな嘆息を漏らしていた。
一方で他の全員は、セフィリナの態度に対し、不思議そうに首を傾げている。
これだけの戦力が揃っていて、負けるはずがない。
本気でそんな表情を浮かべている。
そうしてセフィリナの不安は高まるばかりだが、彼女にもエルデファルドたちの“冒険者ごっこ”に付き合わなければならない理由があった。
「この元気が最後まで持ってくれれば良いのですが……」
狂獣化モンスターによる被害は、少しずつガルムディア全土に広がりつつある。
今はまだ国家上層部の人間以外は重要視しておらず、一般人には情報統制が敷かれているが、このままではいずれ大惨事になることは明白だ。
故にエルデファルドから、“狂獣化現象”の原因解明についての可能性を示唆されてしまえば、セフィリナに攻略同行を断る選択肢はなかった。
なぜならセフィリナは、第一皇子によって狂獣化モンスターに対処する切り札として見出され、皇帝の勅命で黄金宮殿に招かれた存在。
言うなれば、“護国の聖女”――。
それ故に彼女は、平民ながら宮殿に住んでいる。
否、そういう大義名分で、宮殿と戦場を行き交っているというべきか。
かつてエルデファルドがセフィリナに拒否されても、完全にプライドを打ち砕かれずに済んだのは、彼女が皇族の私兵である限り、絶対に宮殿から離れていかないということが得分かっていたからであった。
しかし出現した狂獣化モンスターを、その都度倒していても、根本的な解決には繋がっていない。
常に原因不明の災害が出現してからの対処となってしまい、後手に回らざるを得ないからだ。
その最大の原因は、狂獣化現象の発生原因が分かっていないことにある。
だが逆に言うなれば、発生原因の解明さえ進んでしまえば、対処のしようも生まれてくる。
この現状を打破出来る可能性が生まれるのだ。
よって、狂獣化現象の原因解明と対処は、帝国存亡に関わる一大事。
セフィリナが寝室に無理やり侵入しようとしたエルデファルドに放った、逼迫する状況――という、言葉の真意でもあった。
「帝国最強のSランクパーティー……“黄金騎団”が惨敗を喫した未開のダンジョンを踏破すれば、僕たちの名は歴史に刻まれる。僕の力なら楽勝だろうがね」
「ええ、アタシたち大陸最強パーティーからすれば、敵なしですよ!」
「報酬もたんまり! そしたら勲章に酒に女に……テンションぶち上がって来ましたぜェ!」
「さっすが殿下! 他の皇族とは、目の付け所が違いますね! あーしは一生ついて行きまぁす!」
しかし肝心の国家上層部の一員たちは、素知らぬ顔で攻略後の栄光に胸を膨らませている。
まるで素人のピクニックだ。
地殻変動によって入り口が出現した、完全に未知のダンジョン。
もう何が起きても、不思議ではない。
用心するに越したことはないはずだが――。
「目指す場所は、我が帝国にとっても、新たな未開拓地だ。全てが未知……新発見しかない! 胸が高鳴って仕方ないよ! まるで僕のために用意された英雄譚だ!」
「ですです! エルデファルド様について来て、ホントに良かったですぅ!」
“聖皇帝騎士団”に先んじて突入した冒険者パーティー――“黄金騎団”によれば、辿り着いたのは、常識的なダンジョンとはかけ離れた広大な空間。
地下世界や地底世界とでも呼称すべき異常な場所であった。
そもそもダンジョンという言葉すら適切か分からない。それほどの危険地帯だ。
「新種のモンスターに新しい素材、一種類報告するだけでいくら貰えんのかなぁ?」
「実質、新大陸発見みたいなもんだし、そんな面倒なのは後回しっしょ? てか完全踏破したら、もっとすんごいことになるんじゃない?」
「マジか!?」
「だって、領地拡大よ? しかも他の国より早く手に入れちゃったら、もう……ねぇ? あーしらの未来は、無限大って感じ?」
所謂ダンジョン攻略とは規模が違う、まさしく未開地帯の開拓。
他国に先んじて手に入れて領地とすれば、その戦略的価値は計り知れない。国家財政にとっても同様だ。
その上で狂獣化現象について解き明かしでもすれば、帝国だけが地上世界においても、地下世界においても、完全な覇道を成せる。
自薦だったとはいえ、皇帝自ら第一皇子の派遣を認める理由は十分にあると言えよう。
だからこそ、より気を引き締める必要があるのだが、パーティーの雰囲気はあまりに軽い。
それは、このパーティーが本来の名を捨てたランク詐欺の素人集団であるからだろう。
しかもセフィリナだけは、パーティーの成り立ちを知らされていない。
「さあ進もうじゃないか。雄々しく、高らかに!」
全ては彼の謀略。
大陸最強パーティーを見渡す、エルデファルドの満足そうな笑みが全てを物語っていた。
だが誰かの人生を台無しにした挙句、堂々と冒険者規約を破って掴んだ栄光など、所詮は虚構に過ぎない。
嘘を吐き、事実を隠し、真実をねじ曲げる度に、少しずつ小さな歪が生じていく。
そうして生じた歪が積み重なり、いずれは目を背けられない大きなうねりとなって、彼らの前に立ちはだかる。
それすらも跳ね除け、更なる栄光を掴むのか。
傲慢さの代償を自ら支払い、手遅れの言葉が添えられるのか。
選択の結果は、もう間もなく出ようとしている。
“聖皇帝騎士団”の行軍が進み、いよいよ辿り着いた死の孔。
自らの力のみが試される、未開の地底世界で――。




