第13話 雷轟と鎧翼
剣戟が奔る。
その度に刃が軋み、吹き荒ぶ魔力が大地を砕き、雪原を荒野に変えていく。
今も試験――とは名ばかりの戦闘を続ける俺たちは、町を飛び出し、戦いの舞台をギルドハウスの前から、広い雪原の一角に移していた。
あれ以上続ければ、ギルドハウスが消し飛びかねない。
だから斬り合いを続けながらも、周囲への被害を気にしなくてもいい場所に移動した。
逆に言えば、今はもう出力を上げ放題。
互いに気兼ねなく戦える。
そして剣と魔法が織り成す戦いは、とうとう最終局面を迎えつつあった。
「貫けッ!」
二基の翼刃を射出して、ベアトリクスを強襲させる。
更に左手の“凶翼鎧剣”から翼刃一基を取り外し、再び手持ちの小剣とするが、今回は放り投げない。
小剣の刀身から魔力刃を発振して、細身の長剣へと姿を変えさせる。
翼刃五基を残した主剣。
手持ちの翼刃を起点に、魔力刃で形作る長剣。
自立飛翔させた二基。
疑似的な四刀流を操り、連撃でベアトリクスを弾き飛ばす。
「器用なものだな! 本当に!」
対して、蒼銀の髪を揺らして体勢を立て直す彼女は、凄まじく機敏だった。
着地と同時に地面を蹴り飛ばして、即座の切り返し。
全身から魔力を帯電させながら、勢いよく突っ込んで来る。
「――ッ!」
再びの激突。
盾として突き出した“凶翼鎧剣”と、差し向けられた蒼銀の長剣がせめぎ合い、魔力圧で砕ける地面が剣山の如く隆起する。
その状態を維持して押し合いながら、こちらは右手の翼刃を向け、あちらは左腕に電磁障壁を展開し、勢いのままに至近距離でぶつけ合う。
互いの両腕が塞がり、激突が熾烈さを増していく。
しかしその上で、まだ互いに全力を出し切っていない――が、ここが潮時だろう。
これ以上続けたら、試合じゃなく、死合になる。
少し町からも離れ過ぎたし、本格的に帰り道に支障が出かねない。
「そろそろ決着を付けよう」
「口惜しいが、同感だな」
だからこれが最後の一撃だ。
図ったように距離を取って正面から相対すると、俺は全ての翼刃を呼び戻し、ベアトリクスも雷弾と電磁障壁も引っ込めた。
「……断ち斬る!」
“凶翼鎧剣”が姿を変える。
翼刃の展開に伴い、紅蓮の内部装甲が露出。
猛烈に吹き出す魔力の息吹を束ねて一振りの巨剣を形作る。
遥か天を穿つ、漆黒の巨剣を――。
でも今回はケルベロス戦のように、魔力を撃ち飛ばすことはしない。
刀身に魔力を纏わせ、魔法の威力を保持したまま直接斬撃を叩き込む。
「――疾風迅雷ッ!」
ベアトリクスは、左手で刀身を引っ掻くような動作に合わせ、長剣に雷を灯す。
しかしその動作に合わせて、ありふれた色だった蒼の魔力光が白銀へと変色し、これまでとは段違いの出力に跳ね上がる。
いやそれだけじゃないな。魔力の質が別物になった。
まさかの奥の手に、ますます興味を惹かれざるを得ない。
ともあれ、小難しい陽動や攪乱は、もう必要ない。
勝負を決めるのは一撃。
解き放つのは、互いに必殺の――。
「“凶神ノ翼斬”――!」
「“断罪雷后葬”――ッ!!」
極刃断絶。
斬撃が交錯した瞬間、破壊の奔流が周囲に拡散する。
見事な白景色だった雪原が焦土と化し、空を包んでいた分厚い雪雲まで消し飛んでいる。
そうして魔力を散らしながら互いの背後へと切り抜けた俺たちは、快晴の日差しに照らされたまま、しばらく佇んでいた。
もう剣戟の鈍い激突音が奏でられることはない。
静寂だけが戦場を包む。
「…………」
俺は“凶翼鎧剣”から余剰魔力を放出した後、翼刃の展開を解除。召喚獣を在るべき世界へと帰還させた。
「見事だ……」
一方の蒼銀の女騎士は、俺の背後で片膝を突いている。
その後、少しフラつきながら立ち上がったようだが、殺気は消えていた。
途中で完全に忘れかけたが、これはあくまで俺の適性を図るための試験。
やるべきことはやった。
後は合否を確認するだけ、と――ベアトリクスの方を振り返った直後、俺は思わず言葉を失った。
「どうしたのだ? 私の顔に何か付い、て……?」
まずベアトリクスは、スタイルが良い。
しかも機動力を活かすタイプの近接剣士とあって、かなり軽装だ。
そんなベアトリクスが跳んで、跳ねて、走って、蹴って、戦場を激しく動き回れば、当然色々見えるし、激しく揺れていた。
その辺の冒険者では知覚すら出来ない速度だから、普段は問題ないんだろうが、彼女と斬り合える俺が、その視覚情報を得てしまうのは避けられないわけで――。
だからそこに関しては、紳士の嗜みとして、意図的に意識を逸らしていた。
ここまでが大前提だ。
そして現状。
最後の一撃で破損したのか、ベアトリクスの上半身は、前側が大きく裂けている。
縦に裂けたのが幸いしてか、角度的にギリギリセーフだとは思うが、それでも隙間から覗くのは――。
「い、いくら私が武骨な女とて……その、あまり見られると困ってしまうのだが……」
「不可抗力……というか、何も見てない……ぞ! ああ、何も見てないとも……」
涙目のベアトリクスに睨み付けられて慌てて目を逸らすが、ある意味戦っている時よりも落ち着かない。
勢いよく頭を振って、立派な白い山脈の記憶を頭から追い出そうとしても、まるで上手くいかない。
むしろ凛々しい騎士然とした表情から一転、可愛らしく恥じらうベアトリクスの姿ばかりが強く印象に残ってしまう。
しかしフェニックス並みとは、恐ろしい剣士だ。
いや、今はそんな場合じゃない。
「……かなりの数だな。群れが二つ、三つ同時に動いてる感じだ」
「私たちの魔力が、闘争本能を駆り立ててしまったのかもしれん。とんだ失態だ」
結局、上手い弁明も思い付かず、気まずい雰囲気だけが流れる中、こちらに向かう大量の魔力反応を知覚して、再び戦闘態勢を取る。
勿論、背中合わせで――。
「と、ともかく、無事に戻らねば……私たちは、試験を終えて、町に戻る。雪原では、他に何も起こらなかった。それでいいな?」
「そうだな。俺は何も見ていない。だから……“神魔召喚”――――」
ベアトリクスが話を流してくれるなら、お互いの精神衛生上、何もなかったことにするのが賢明な判断だろう。
今は新たな脅威を退けることだけに集中するべきだった――はずだったが、俺は自分の人選ミスで頭を抱えることになる。
「あら? あらあら? あらまぁ、随分仲良しさんねぇ。リオスに新しいお友達が出来たようで、お姉さんも嬉しいわぁ」
新たに呼び出した人型形態の不死鳥は、全身からドス黒いオーラを放ちながら迫って来た。
彼女が浮かべる満面の笑みによって、逆に恐怖が五倍ほど増幅している気がする。
年若い男女が屋外で二人きり。
しかも女子の方は、衣服が乱れている。
落ち着いて状況を整理すれば、勘違いを起こさせる要素が山盛りだ。
雪原に住む相手には、炎をぶつけようという采配だったが、連戦になってでも、状況を理解しているゼスフィアスをもう一度呼び出すべきだった。
最後に互いの背後に切り抜けた時、格好付けて奴を戻したのが、超弩級の大失敗だったようだ。
でもこのまま勘違いさせると、町に戻った時にあらぬ噂をばら撒かれるかもしれない。
ここは全力を以て――。
「べ、弁明の機会を要求するぞ!」
「そうだ! あ、貴女は、きっと大きな誤解をしている!」
「二人ともお年頃ですもの……ねぇ。でも、こんなお日様の下でとか……」
「待て待て、待て! 話がどんどんおかしな方に!」
「そ、そうです! さっきまで雪が降っていて!」
「違う、違うぞ! それも間違ってる!」
駄目だ、まったく口が回らん。
ベアトリクスと揃って、雪原の真ん中で完全にパニック状態だ。
見るからに冷静そうなベアトリクスが、初めて見るはずの召喚とフェニックスをスルーして、顔を真っ赤にしながら、あわあわしてると言えば、状況の凄惨っぷりが伝わることだろう。
さっきまで結構シリアスだったのに、どうしてこうなってしまったのか。
「そ、そんなことより、さっさと突破しよう」
「あ……ああ! 可及的速やかに状況を解決せねばな!」
「……露骨に話を逸らしたわね」
しかも緊張感のないやり取りをしていた所為で、俺たちはすっかり大量のモンスターから取り囲まれている。逃げ場はない。
そしてこの連中こそが、さっき感知した脅威の正体。
恐らくは、この雪原周辺に住んでいるモンスター群。
“スノーヴォルフ”。
“イエティジャイアント”。
“ホワイトディア”。
三種族による混成部隊だ。
数は一〇〇体と少し。
二人で割れば、一人、約五〇体の割り当てだ。
他の奴ならともかく、ベアトリクスならフォローの必要はないはず――。
「こちらを、見るな!」
「あ、いや……今は考え事を!」
「今は? つまりさっきは、見たと……っ!?」
「そういう話じゃなくてだな!」
「へぇ……何を見たのかしら?」
自分の顔の熱を無視して、更に赤くなったベアトリクスを宥めようとした瞬間、双刃に姿を変えながらもフェニックスの威圧感が復活してしまう。
「■、■■■■――――!!!!」
ちょうど今、モンスターの群れが一斉に襲って来たところだが、そんなのはもうどうでもいい。
今はこの二人にどう弁明するか。それが一番大切なことだ。
「出来れば、背中合わせのままが良いのだが……」
「了解した」
『はい! イチャイチャ禁止!』
闇炎の双閃と、蒼銀の剣戟。
刃が振るわれる度に、魔獣の軍勢は容易く壊滅していく。
試験からの連戦だろうが、数的有利を取られていようが関係ない。
むしろベアトリクスの高速機動を見た後では、モンスターの動作が止まっているかのような錯覚にすら陥っていた。
「ではリオス、背中は任せた」
「期待に沿えるように頑張るさ」
『まさか、こんな田舎に伏兵が!? あの性悪聖女よりは断然良さげだけどぉ……ぐ、ぅうッ!?』
それなりの時間、必殺の応酬で刃を交えていたからか、背後のベアトリクスがどう動いているのか何となく分かる。
これもチームワーク。パーティーの形なのかもしれない。
何より信頼して背中を任せられる仲間がいる。
もう誰かとパーティーを組む気はないが、なかなかどうして――悪くない気分だ。
そしてどこか懐かしい感覚も一緒に味わっていた。
かつて灼金の少女と共に戦った時の感覚を――。
その後、雪化粧が似合う白い体色をしたモンスターの大群と斬り結び、俺たちが無傷で町に戻ったのは、戦闘開始から約一時間が経った頃だった。
ちなみに試験の合否は――ばっちり聞き忘れていた。




