第1話 裏切りと追放
「リオス、アンタをこのパーティーから追放する。今すぐアタシの前から消え失せなさい!」
そう言い放った女の名は、エレナ・シュヴァイカー。
俺こと、リオス・ファランクスが所属するSランク冒険者パーティー――“沈黙の騎士団”のリーダーだ。
とはいえ――。
「朝から家に押しかけて来たと思えば、一体何の話だ?」
「だーかーら! アンタはもう要らない。さっさとアタシの視界から消え失せろって、言ってんの!」
何の変哲もない一日の始まり。
気持ちの良い朝かと思えば、突然の追放宣言。
正直、話についていけてない。
でも当の幼馴染は、置き去りになっている俺を鼻で笑うどころか、見知らぬ三人を勝手に家へと迎え入れる始末だ。
顔見知りだから通したエレナはともかく、この連中に関しては立派な不法侵入なんだが――。
「ホぉー、随分とみすぼらしい場所だが、これが本当に人間の住処なのかい? 家畜小屋でも、もう少しマシだと思うのだがね」
「殿下の宮殿と比べるのは、流石に可哀想っすよ。庶民なんてこんなもんです」
「それを差し引いても、ちょっと物が少ないとは思いますケドねぇ」
金髪碧眼のイケメン。
背の高いゴリマッチョ。
流行に敏感そうな、キラキラ女子。
不法侵入三人組を一言で表すなら、多分こんな感じだろう。
それにしても謝罪どころか、お邪魔しますの一言すら出てこないとは。
「それでこれは、何の集まりなんだ?」
「察しが悪いわねぇ。ここにいるのが、アタシの新しいパーティーメンバー! そしてこの方が、未来の旦那様! “ガルムディア帝国”の第一皇子にして、次期皇帝候補! エルデファルド・レ・ガルムディア様よ!」
一方的なやり取りの最中、エレナは金髪男の腕に抱き着き、猫撫で声を出して身体を預ける。
我が物顔を浮かべる金髪男――エルデファルドに目を向ければ、確かに皇族の紋章が刻まれた装備を身に着けている。どうやら本物の皇子で、間違いないらしい。
だがエレナと皇子の婚約が真実だとしても、俺が追放される話には繋がらないはずだ。
理解不可能過ぎて、キレる以前の問題だった。
「えっと……エレナは、そのエルデファルド……皇子と婚約したから、新しいパーティーを組み直したい。だから今のパーティーを解消するって、話で良いのか?」
「ちょっと、馬鹿なこと言わないでよ! アンタを追放する、代・わ・り・に! エルデファルド様たちが、このパーティーに加わるって話なのよ? 一度で察しなさいよね!」
「いや無理だろ! そもそも、なんで皇子が冒険者なんかに!?」
とはいえ、ここまで喚き散らされれば、流石に声を荒げてしまう。
メンバーの怪我や仲違いで、パーティーが解散することはあっても、エレナの主張する追放は全く話が別だからだ。
実際、もし俺だけを追放して、パーティー自体は何も変わらずに活動するなら、それは今までの実績や信頼すらも奪い取るのと同じだ。
こんな乗っ取りが罷り通ったら、冒険者なんて職業自体が成立しなくなる。規約違反なのは当然だし、絶対に許されることじゃない。
「なんで冒険者に……かい? 決まってるだろ? ただの遊びさ」
「は……遊び?」
「皇子というのも、気苦労が多くてね。たまには庶民の生活を楽しむのも、良いとは思わないかい?」
「だから私は、エルデファルド様に相応しい席を用意したってわけ。頑張ってSランクになって良かったわねぇ。最強のパーティーに、最強のリーダーが来てくれたんだもの……ね」
バカップルは、見せつけるようにキスをしながら答える。
当然の如く、悪びれる様子は一切ない。
こんな態度で無視されれば、流石に我慢の限界だ。
堰を切ったように、抑えていた感情が溢れ出す。
「冒険者になって命懸けで戦って、やっとSランクになって、さあこれからって時に……皇子様の遊びのために、全部明け渡して、お前だけ出ていけ? そんなの納得出来るはずないだろ!?」
だが俺の怒声は、ちゅっ、ちゅっと、リップ音を立てる二人に黙殺される。
それどころか、エレナの口からは、耳を疑う発言まで飛び出した。
「ちっ、ウゼェなァ!」
「え、っ……?」
「あー、うぜぇ! うぜぇ、うぜぇ! Sランクになれたのは、全部アタシの力だろうが!? 無能な寄生虫野郎の分際で、一丁前に自己主張なんかしてんじゃねぇ! 一〇〇年早ぇわ!」
聞き慣れた声。知らない口調。
それはあまりにも、普段のエレナとかけ離れていた。
別人になったような幼馴染を前にして、完全に思考が停止する。
「なぁ、ゴミクズ野郎。アンタさ……自分の“職業”を言ってみなさいよ」
「何を……? 今はそんな話より……」
「アタシは、数ある職業の中で、最強の一角と謳われる“聖女”。エルデファルド様も、全職業で最強の“勇者”……他の二人も、大陸最強パーティーに相応しいだけの職業を持ってんの! それでアンタの職業は? あァ!?」
エレナが口にした、“職業”という言葉。
それは一〇歳になった時、誰もに発現する才能のことだ。
でも一生に一度、しかも一種類しか発現しない。
だから替えが効かず、得た職業によって、今後の人生が決まるとすら言われている。
その中で、エレナが最上級の稀少職業を授かったことは、当然俺も知っていた。
他が稀少職業持ちという話も、連中の魔力を感知した具合からして、恐らく間違いない。
それに対して、俺の職業は――。
「“召喚師”……エレナは知ってる、はず……」
「マジか!? そんな産廃職業持ちとか……そりゃあ寄生虫呼ばわりされてもしょうがねぇなぁ! えぇ、おい!」
「召喚獣如きにヘコヘコしながら、後ろで雑用するだけの職業とか、ダッサ! あーしなら恥ずかし過ぎて、とっくに自殺してるわよ!」
俺の言葉を遮るように、取り巻き二人が手を叩いて爆笑し始める。
皇子に至っては、珍獣でも見るかのように、まじまじと凝視して来る始末だ。多分、今までエリートとしか接してこなかったんだろう。
そして騒動を引き起こした張本人であるエレナはというと、ニタニタと醜悪な笑みを浮かべていた。
俺の職業の名は、“召喚師”。
自分の魔力を対価に、契約した“召喚獣”を呼び出す能力を持つ。
確かに連中と違って特別珍しくもない上に、他人から羨ましがられる王道職業じゃない。
所謂、ハズレ扱いされているのも事実だ。
だけど、パーティー結成からたった三年――歴代最速記録を大幅に更新して、最高位階級にまで到達出来たのは、間違いなくエレナだけの力じゃない。
エレナと俺と召喚獣たち、全員の力を結集させた結果だと断言出来る。
だから俺は胸を張って、何度でも同じ答えを返すだろう。
誰にも恥じることもなく――。
というか、召喚獣を呼び出しての戦闘に加えて、パーティー全体への指揮と各種補助魔法、攻略の段取り決めの全てを俺が担当していた。
その他にも、経理や決算関係を含めた多くの事務作業。
更にはパーティーの資産運用。
担当している仕事を挙げればキリがない。
正直な話、ダンジョン内外で職業格差を埋めるだけの働きをしてきた自負はある。
まあそれすら、エレナが一ヵ所にじっとしていられないタイプで、頭脳労働や細々した作業において、壊滅的なまでに戦力外だったのが原因なわけだが――。
だから仕事の多い俺が戦闘中は補助に回り、その代わりとしてエレナが主体で戦う。
適材適所。ちゃんと話し合った末の結論だったはずなのに、言うに事を欠いて、この馬鹿女は――。
「あー、もー! 何度も言うけど、寄生虫野郎は、アタシら大陸最強パーティーには要らねぇんだよ! アタシに見えないどっかで、さっさと野垂れ死にな!」
俺とエレナは、互いに一七歳。同い年の幼馴染。
俺が別の場所で暮らして、数年離れた期間こそあったが、それでも家族ぐるみで付き合いのあった親しい間柄のはずだった。
それどころか二人でパーティーを組んでいる以上、相棒とすら言ってもいい。
だがそんなエレナは、やはり聞いたことのない口調で、彼女からは聞いたことのない言葉を吐き捨て、散々と俺を罵って来る。
この下品に嗤う女は、本当に今まで同じ時間を共有して来た人間なのだろうか。
今はそれさえも信じられない。俺の思考は、完全に役割を放棄していた。
「大陸一の剛力! “鋼闘士”の俺様が壁役をやるんだから、テメェの雑魚召喚獣なんざ要らねぇわな!」
「そんで魔法攻撃は、大陸一の魔術師! “大魔法使い”のあーしが担当するわけじゃん? 殿下は聖剣無双で最強無敵だし、エレナ様は砲撃と治癒の専門家……あれ? もしかして最強の布陣? あれあれ? 寄生虫君の居場所なんて、どこにもなくなーい!?」
ぶっちゃけ、オマケ二人の職業や罵倒なんてどうでもいい。
そんなことより、もう俺抜きでの攻略陣形が打ち合わせ済みで、しかもパーティーの内部事情を知り尽くしているような口ぶりの方が大問題だ。
何故なら、エレナがパーティーの内部機密をベラベラと喋っていた証明でもあり、その上で一連の追放劇が全て事前に計画されていたという、確実な証拠でもあるのだから。
つまりこいつらは、俺が知らない間に何度も集まって、嘲笑っていたんだろう。
大陸最強パーティーに相応しくないらしい俺を、どれだけ惨めに追放してやろうかってな。
「欲しいモノは、全部手に入れる。それがアタシの信条! んで、用済みだから、アンタは捨てる! そんだけの話ね。はい、賛成の人ー!」
賛否は、四対一。
そもそも反対意見なんて、聞かれすらしない。
「んで、んで……アンタが消え失せるだけなんだから、パーティーの共有資産は全部こっちもんよね? はい、確定! 賛成の人ー!」
困惑と怒りと、憤りと――感情が一挙に押し寄せて来て、まるで世界が足元から崩れていくかのようだ。
眼前の出来事すら、どこか遠い世界で起きているかのように思えてならないのが現状だった。
「ふっ、女性一人繋ぎ止めておく魅力もないとは、無様極まりないな。同じ男として哀れみすら……いや君と僕とでは、生物的価値が根本から違う。無意味な同情だったかもしれないね。まあ気にしないでくれ給えよ」
「エルデファルド様ァ! アタシぃ、あんな寄生虫に見られてぇ! おかしくなりそうなんですぅ! 後で洗浄……してくださいねぇ!」
エレナは甘ったるい声を出し、更に全身を使って皇子に縋りつく。
もう俺には、視線を寄越す素振りもない。まるで汚物でも扱うかのようだ。
ちなみに次期皇帝候補による横暴――このスキャンダルを民衆にバラすと言っても、多分脅しすらならない。
むしろ逆効果でしかないのは、目に見えている。
いくらSランクといっても、俺はただの一般市民に過ぎない。
逆にエルデファルドは、全帝国民から厚い信頼を寄せられている英雄だ。
しかもその隣で、猫かぶりの“聖女”様が目に涙でも浮かべて無実を訴えかければ――後は何が起こるかなんて、想像するまでもないだろう。
この二人にとっては、黒を白に変えるのも簡単だということだ。
早い話が、そもそも会話が始まった時点で話し合って解決とか、そんな次元ですらなかったんだろう。
もうどうにもならない。そんな現実を突き付けられた気がした。
でも俺だって、聖人君主じゃない。
ようやく現状に思考が追い付き、怒りが困惑を凌駕する。
視界が紅く染まるかと思うほどの憤激がふつふつと湧き上がり、自分を抑えきれなくなりかけた瞬間――。
「■■■、■■■■■■■■――――!!!!!!」
彼方から咆哮が轟き、地響きと共に破砕音が響き渡る。
そして異変を認識した時には、既に家の壁をぶち抜いた狂気の牙が、すぐ目前にまで迫っていた。
「な、っ!?」
普通なら、このタイミングで襲撃に気付いたところで、もう全てが遅い。
何が起きたのかも分からず、間抜け面を晒している皇子やエレナと一緒に喰い殺され、命の灯を掻き消されるだけだ。
絶体絶命という言葉が、これほど当てはまる状況もそうはないだろう。
でも――。
「“神魔召喚”、“怠惰なる不死鳥”――ッ!!」
身体と精神に染み付いた条件反射が思考を超え、俺は召喚の号砲を紡いでいた。
その瞬刻――狂気と絶望を振り払うかのように、闇炎の双翼が天に羽撃く。