オカルトフリップオーバー
『バンダナコミック01』応募用シナリオです。
○岐阜県某山岳(夕闇)
動員されている警察の数、千越え
山の周辺は機動隊によって封鎖されている
山の空けた場所に自衛隊のヘリコプターが着地する
ヘリから出てくる数人のスーツ姿の中年たち
秘書「大臣、考えなおしてください! 死にますよ!」
大臣と呼ばれた男は恰幅の良いオールバックヘアーの中年男性
大臣「誰かが責任とりゃにゃあいけんだろ! たまたまわしの番だっただけだ!」
大臣とその取り巻きが自衛隊員に先導されて山道を進む
木々が開けた場所に出るとそこには──
──雑居ビルの高さはある巨大な口裂け女がいた
大臣「こりゃあ、確かに死ぬな、ハハハッ」
秘書「だから言ったでしょう! 『心霊』はもう国民にも諸外国にも隠せなくなってしまったって!」
大臣が自分の二重顎に触れ巨大口裂け女を観察する
口裂け女は光る鎖に繋がれもがき苦しんでいた
大臣「管理下にはある、か」
そう呟くと「うるさーい! 気が散るっ!」と年若い女の声が響いた
一行が声のしたほうに振り返る
そこには、初詣の売店にいるような巫女服姿の女たちがいた
女の中でもひときわ装飾を纏った長い黒髪の女がギロリとにらみつける
地異「責任者、さっさと来なさいよ! 私はここから動けないんだからっ」
秘書が大臣に耳打ちをする
秘書「彼女が特記案件の国内最高の霊能力者『天変地異』さんです」
天変地異、二十歳、長い黒髪にきつい印象を与える整った顔をしている女
大臣「地異さんご苦労かけてすまない」
大臣は両手をあげて地異の元へ近づく
地異「こうなる前に心霊系配信者を全員牢獄にぶち込めって忠告したでしょ? 馬鹿なの?」
地異は地面にあぐら座りで両手を結んでいる、視線は口裂け女に向けたままだ
大臣「今の総理が馬鹿なんだ、もう時期変わる」
地異「悠長なことを‥‥で、天変地災の居場所は分かった? あいつ、私の連絡シカトこきやがってんのよ」
大臣「その件なんだが‥‥地異さんの双子の弟の天変地災くんは──巨大除霊用ボット『フリップオーバー』のコクピット内部で自殺しているところが発見された」
地異「え? そんなの‥‥嘘‥よ」
地異が両手を解いて、巨大口裂け女に背中を向ける
その瞬間、口裂け女を拘束していた光る鎖が弾け飛ぶ!
巫女「地異ちゃんっ! EからKの結界が破壊されちゃった!」
その言葉に地異が我に返り首を横に振る
地異「地災が死ぬなんて‥‥みんなっ! 結界を放棄するわ! 杭持ってきて! おっさんたちはすぐに退避して」
大臣「君らはどうする?」
地異は巫女服の袖をまくり、覚悟を決めた眼差しをする
地異「デカブツに杭を打ち込んでやる! 一週間は時間を稼げると思う‥‥けど、これやっちゃうと私、動けなくなるからあとは大人がなんとかしなさいよね!」
巫女「結界全て破られますっ!」
腹の底にくる甲高くも野太い声が響く
口裂け女「わーたーしーキーレーイー?」
地異「うるせえ、ブスッ! 梵、梵、梵‥‥クイッ」
地異が手にした杭が宙に浮かび巨大化する
○関東某所・除霊局管轄の最先端科学施設・格納庫
全長十メートル、自立型二足歩行ボット、名称フリップオーバー
人間に現代的なシャープな甲冑を着せたような外見、マント型の背面パーツを装着している
フリップオーバーの胸部コクピットに集まる整備士とスーツ姿の女と男
整備士「ロックが解除できました。今から開けますね」
後ろで髪を束ねた気の強そうな女、警視庁所属刑事の堀田美由が肩を落とした
美由「ようやくですか。何日待たされたか」
整備士「フリップは地災くんしか操作できない仕様になっておりまして、内部からロックがかけられると破るのに百人がかりでなんとかって感じなんです」
ゆっくりと胸部コクピットが開くと、操縦シートで息絶えた天変地災が姿をみせる
耐圧スーツを着用した地災の胸には黒ずんだ血の跡が残っている
整備士「地災くん‥‥そんなぁ」
美由「天変地災の死亡を確認、上に報告あげろ。死因は胸を刃物でひと刺し、他に目立った外傷なし。凶器は‥‥‥」
美由が身を屈めてコクピットをのぞき込むと銀製の果物ナイフが落ちていた
美由「ナイフか。鑑識に指紋を調べさせろ。被害者が最後に確認されたのは五日前に格納庫に入ってきたところでしたね?」
整備士「ここは機密のかたまりですから。出入りする時に必ず入室カードをかざして監視カメラの下を通るんです」
美由「ロボットはコクピットの開閉含め被害者にしか操作できなかった」
整備士「ええ、フリップは地災くんしか動かせません」
美由「それはなぜですか?」
整備士「フリップを動かすには膨大な霊力が必要だからですよ!」
美由「霊力‥‥ですか」
整備士「詳しいことは上で話し合ってください。これ以上話すと僕の首が飛びますから」
美由の元に一人の刑事がやってきた
刑事「堀田警部、関係者の証言通りこの五日間でロボットに近付いたのは被害者の一人だけでした。入室カードの履歴も、監視カメラ映像にも証言と矛盾はありません」
美由「ロボットのコクピットで起きた密室殺人事件だったら古畑任三郎になれたのにな。他殺の線は残しつつ、自殺で報告あげろ。あ、被害者の死体は検死に回しとけ、薬物の可能性がある」
美由の周囲にいた刑事が首を縦に振る
美由がコクピットの操縦シートで死んだ天変地災を見つめる
美由「まだ若いのに‥‥嫌だねえ」
○同・一般職員用ロッカールーム
中年男の清掃員が若い清掃員の背中を叩く
清掃員「殺害現場の清掃やってくれるよな、ヒョコ?」
伴布ひよこ、高校二年生、清掃バイト歴二年の男の子
仲間からは『ヒョコ』と呼ばれているお調子者
ヒョコ「金くれるならやりまーす!」
清掃員「金はやれないが飯奢ってやる」
ヒョコ「寿司? 焼肉?」
清掃員「ラーメン半チャーハン付き」
ヒョコ「うしっのった!」
清掃員の男が「扱いやすい奴め、頼むぞ」とヒョコに拳を差し出す
ヒョコ「おう、任せときな!」
ヒョコと清掃員が拳を交わす
○同・格納庫
フリップオーバーの胸部コクピット内部で清掃作業をしているヒョコ
すでに天変地災の死体はない
ヒョコ「血くっせ〜、これだから特殊清掃は慣れねえー」
整備士「その物言い地災くんに失礼だ」
整備士がヒョコを監視するように近くに立っている
ヒョコ「こいつ動くんすか? 何か音が聞こえるんすけど」
整備士「スリープ状態でも熱暴走しないようにラジエータが動いてんだよ。冷却水ぐらいわかるだろ?」
ヒョコ「俺っちの原付もこないだ冷却水交換したっす」
整備士「原付とフリップオーバーを一緒にするな! 黙って掃除しろ!」
ヒョコ「はは〜失礼いたしましたー、お掃除に励まして‥‥って、うおおおっ!」
ヒョコが突然、悲鳴をあげコクピット内でひっくり返る
整備士「うるさいっ、こっちは公僕のせいで徹夜続きで」
ヒョコ「人がっ、人がっ、乗ってる!」
整備士が舌打ちをしてコクピットをのぞき込む
整備士「何言ってる? 人なら緊張感のない馬鹿面が一人乗ってるだろ」
ヒョコ「違うっ! 俺っち以外にも人がっ!」
整備士がコクピット内部を見渡すがいるのはヒョコだけ
整備士「お前しかいないぞ」
ヒョコ「えっ? だってここに‥‥」
ヒョコの視界には操縦シート背面側のスペースに長髪の男が佇んでいた
ヒョコ「ここに男がいるじゃんかっ!」
整備士「ふざけやがって。お前の上司にきつく叱ってもらうしか」
ヒョコ「あんた、見えてないのか?」
整備士「もういい、すぐ降りろ」
ヒョコ「言われなくても降りますよ、こんなとこ」
ヒョコがコクピットから降りようと、起動レバーにもたれかかる
その瞬間、静止していたフリップオーバーの頭部カメラが閃光を放ち
上半身をゆっくりと起こしはじめる
ヒョコ「ちょちょちょ、動いたっ!?」
整備士が後方へ走って距離を置く、そして動くフリップを眺める
整備士「馬鹿な! フリップオーバーは地災くんじゃないと動かせないはずなのに」
ヒョコ「これ、ブレーキどこすかっ! 死ぬぅ、死んじゃうぅぅ」
○岐阜県某山岳地帯(夕)
半透明な巨大な鳥居に縛り付けられた巨大口裂け女
口裂け女の関節に無数の杭が打ち付けられている
口裂け女「う‥‥ふふ‥‥ふふ‥‥」
メキメキと骨の軋む音がして、杭が少しずつ浮き上がる
その様子を数十人体制で監視している巫女チーム
巫女「地異ちゃんが戻ってくるまで持ちそうにない」
そんな言葉に一人の巫女が小さく手をあげる
三角「あのぉ、ここにいてもやれることないので地災くんのお勤め先に行ってこようかなぁって」
物黒三角、二十二歳、天変姉弟の幼馴染兼世話役
長い前髪、猫背なのは大きな胸が重いせい、巫女チーム最古参の一人
巫女「三角ちゃんお願いします。私たちの代わりに地災くんの最後を聞いてきて」
三角「私、地災くんは生きてるって思ってるけど」
巫女「そうね、それがいい」
三角が袖下からペーパーナイフを取り出し、目の前の空間を切り裂いた
すると次元の切れ目が出現し、その中に足を踏み入れる
三角「行ってきます」
○都内・観察医務院・職員室
堀田美由が事件を担当した検視官の女と話している
美由「死亡時刻、死因、その他外傷、不自然な点もなし。自殺で確定かしらね」
検視官「薬物反応はありませんでした」
美由「霊力でロボットが動くとか言っちゃう連中だもの。カルト思想が根付いていたと考える方が自然ね」
検視官は視線を泳がせ唇を振るわせる
検視官「口止めされたんですが‥‥被害者のご遺体が親族に戻らなかったそうなんです。解剖が終わって少し目を離した間に、何者かが移送したみたいで」
美由「天変地災の遺体を?」
検視官「行方不明ということになります。警察に通報しようとしたんですけど、上司から止められました」
美由は腕を組み目を細める
美由「じゃあお互いこのことは忘れましょう。本件はただの自殺だった、以上終わり」
検視官「刑事さんがそう言うなら」
美由「検案書のコピーは署に送っておいて」
○同・駐車場(昼)
美由が乗用車の運転席に乗り込む
エンジンを点けて、周囲に注意を向ける
美由M「尾行はされてないか」
カーナビモニターを起動して、USBメモリーを差し込む
モニターにピンク色の長い髪に大きな瞳の絵をしたVtuberが映し出される
サーモン『メスガキVtuberのサーモンだーよ♡』
美由「ガイシャの遺体が行方不明になった」
サーモン『ざーこ、ざーこ♡』
美由「この件は公にするなと圧力もあったみたい」
サーモン『屈するとかよっわ〜♡』
美由「メスガキ探偵の見解を聞かせて」
サーモンが挑発的なポーズをとる
サーモン『巨大ロボット密室殺人事件! 天変地災は殺されたね、ざっこ♡』
美由「状況証拠が自殺を確定づけているわ」
サーモン『浅はか〜♡ 状況証拠が間違っていたりして?』
美由「そもそも前提が間違っていると?」
サーモン『ねえねえ♡ 凶器は本当に銀製の果物ナイフだったんかな?』
美由がフリップのコクピット内部で凶器を発見した場面を思い出す
美由「被害者は自分で胸部を刺し、その後抜いて捨てた?」
サーモン『ま、なくはないけどさあ♡』
美由「ちょっと待って! ナイフが落ちていた場所って‥‥」
サーモン『気づくのおっそ♡ ざーこ、ざーこ♡』
美由「でも、コクピットは私たちがくるまで一度も開閉されなかった‥‥前提が違う?」
サーモン『フリップオーバーの意味分かってる?』
美由「‥‥ひっくり返る」
サーモン『この事件、国をひっくり返すような事件に発展するかもね♡』
○関東某所・除霊局管轄の最先端科学施設・所長室
見晴らしのいい広い部屋
椅子に座らず机にもたれかかって話すこの施設の長
所長「伴布くん、命捨てれる?」
所長の前に立つ清掃員のヒョコ
ヒョコ「いくらくれるんすか?」
所長「たくさん、使いきれないぐらい」
ヒョコ「ロボット乗って戦えばいいんしょ?」
所長「話が早くて助かるなあ」
ヒョコ「余裕っすよ! あの強そうなロボットなら悪い奴ら懲らしめてやれるっしょ」
所長「懲らしめるのは『心霊』ね」
ヒョコ「それそれ〜」
所長がノートPCを手に持ちヒョコへ向ける
モニターにはオールバックヘアーの大臣が映っていた
大臣『この瞬間から伴布ひよこくんをフリップオーバー専属パイロットに任命する』
ヒョコ「ヒョコって呼んで欲しいっす! 報酬の半分はオカンの口座でいいすか?」
大臣『ヒョコくんは母親思いだな、任せなさい。他に聞きたいことはあるかね?』
ヒョコ「あんた、偉い人なのに悪い奴に見えないっすね」
大臣『悪いのは今の総理だよ。あの男に比べたら私なんか善人だ』
ヒョコ「キャハハッ! 総理が悪者なんすね、いつかたおーす!」
大臣『ヒョコくん、さっそく訓練プログラムに入ってもらい──』
大臣がそう言った瞬間、ヒョコの前の空間に切れ目が出現し
そこから巫女の物黒三角が現れる
三角「訓練している暇はありませんよぉ。杭が刺さってるうちに口裂け女を除霊しないと手が付けられなくなる」
所長「三角さん、こないだはどうも。束縛術式はどれぐらい持ちそうですか?」
三角「半日ですぅ」
所長「フリップを移送するのに三日はかかるからなあ」
大臣『おいおい、自衛隊の輸送部隊を使えばいいだろ』
所長「いろいろ準備がいるんですよ。テレポーテーションでも使えれば可能ですけど」
三角「あの質量を送るのは疲れるんですけどぉ。私がやるしかなさそうですね」
大臣『責任は全て私が受け持つ。好きに動いてくれ』
ヒョコが展開についていけず頭を抱える
ヒョコ「え、もう本番?」
○同・格納庫
フリップオーバーのコクピット内部、操縦シートに座る清掃員制服姿のヒョコ
ヒョコ「俺っちの後ろになんかいるんすけど〜」
ヒョコの視界では操縦席の背後スペースに長髪の男が佇んでいる
コクピットに音声通信がはいる
所長『こちらでは確認とれないよ』
三角『霊力も感じませんねえ』
ヒョコ「本当にいるんだって!」
整備士『ただの見間違いだろ。フリップを起動してみろ』
ヒョコ「嘘ついてないんだけどなあ‥‥起動っと」
フリップオーバーが駆動音を鳴らし上半身を起こす
整備士『なんで霊力もない清掃員が動かせるんだ‥‥』
ヒョコ「知らねえっす!」
所長『検証は帰ってからね。じゃあ、頑張って』
フリップオーバーの足元に三角がやってくる
三角「それでは送らせて頂きますぅ。舌噛まないように注意してください」
三角が祝詞を唱えて、ペーパーナイフを振り抜くと次元の裂け目が出現する
ヒョコ「この先に悪い奴がいるんすよね。じゃあ、いっちょやりまーす!」
フリップが一歩踏み出し次元に吸い込まれる
三角「悪い『心霊』ですよぉ」
こうして格納庫からフリップが消えた
○岐阜県某山岳地帯(黄昏)
木々の開けた空間に次元の裂け目が出現し、そこからフリップが出てくる
ヒョコ「うげえ、吐きそう」
コクピットに音声通信がはいる
巫女『私たちは撤退します。ロボットさま、あとはよろしくお願いします』
ヒョコ「敵はどこにいんのさ?」
フリップの頭部モニターが走り去っていく巫女チームを捉える
反対方向へカメラを向けるとそこには巨大な口裂け女がいた
口裂け女は鳥居に磔にされて苦しんでいる
ヒョコ「こっわ! こんなのと戦うなんて聞いてねえ!」
不慣れな手つきでコントロールレバーを操作しフリップを前進させる
頭部モニターが口裂け女をより仔細に捉える
長い髪に真っ赤なコート、耳まで裂けた口、舌はアリクイのように長い
ヒョコ「とりあえず殴ってみよっか‥‥えっと」
フリップが右腕を振りかぶって拳を突き出すが勢い余って前のめりに転倒した
口裂け女の股下に突っ込み頭部モニターがスカートの中身を映す
ヒョコ「痛ってえ‥‥おっ、パンツまで真っ赤」
その瞬間、鳥居が消滅し震撼する
口裂け女を束縛していた杭が勢いよく全て抜け落ちる
口裂け女「私きれい?」
ヒョコ「ケツしか見えねえっす!」
口裂け女「これでもきれい?」
ヒョコ「ケツしかっ!」
口裂け女がフリップを蹴飛ばした
衝撃音、フリップが地面をえぐりながら停止する
ヒョコ「目が回る〜‥‥って、集中集中!」
追撃はなかった、フリップがなんとか立ち上がる
口裂け女「おぉぉぉぉ‥‥」
口裂け女がうめき声をあげて裂けた口から赤い霧を噴出する
ヒョコ「くさっ、なんすかあれ‥‥急に寒っ!」
口裂け女の周囲が冷気を纏いだす
赤い霧が手元に集まり次第に形を作っていく
口裂け女の右手に真っ赤な包丁が現れる
口裂け女「ポマードポマードポマード」
巨大な口裂け女が木々を薙ぎ倒しフリップに襲いかかる
ヒョコ「ありゃ、見かけによらず身軽なことで」
ヒョコが咄嗟に両腕部をクロスさせる
口裂け女の包丁がフリップの左腕部に突き刺さった
コクピット内部に緊急アラートが鳴り響く
包丁の刺さった箇所から緑色の液体、冷却水が漏れる
真っ赤な包丁は突き刺した衝撃に耐えられず砕け散った
ヒョコ「わわわ、なんかやべー‥‥でも、あんま強くないかもっ」
口裂け女が後方に跳躍する、地響きを鳴らし着地する
再び裂けた口から赤い霧を噴出する
ヒョコ「えっと、ラジエーター機能はどこでいじれば?」
ヒョコがコントロールパネルを前に手をあたふたさせる
そこに半透明な手が入ってきてパネルを指さす
ヒョコが「へ?」と振り返ると長髪の男が無表情で指をさしていた
ヒョコ「これっすか?」
男からの返事はない、しかしヒョコはなんとなく確信するものがあった
ヒョコ「ラジエータ機能、最強へ!」
パネルを左から右へ操作すると、包丁によって破損した左腕部から緑色の液体が勢いよく噴射した
ヒョコ「喰らえ、冷却水アタック!」
フリップは左腕を突き出し口裂け女に突っ込んだ
口裂け女の周囲が冷気を纏う、しかしいつまでも包丁は出現しない
ヒョコ「赤い霧は血でしょ? 俺っち血の匂いが嫌いでさー。冷却水かけたら血は凍らないっしょ」
ヒョコが左腕部を構えて冷却水を口裂け女に浴びせる
緑色の液体に染まっていく口裂け女がいつまでも出現しない包丁に停止する
ヒョコ「ありゃ? パターンが変わったら動けない系女子?」
フリップと口裂け女が無言で対峙する
お互い手を伸ばせば届く位置である
ヒョコ「除霊のやり方なんか聞いてねーっ!」
ヒョコがコクピット内部で頭を抱えると、長髪の男が片手で印を結ぶ
ヒョコ「もしかして?」
先まで口裂け女に杭が刺さっていた箇所が輝きを放つ
輝きは中心点に集まっていき、口裂け女のへそ下が強い光を放つ
ヒョコ「そこっすね、いっくぞー」
ヒョコが操作し、フリップが右腕部を振りかぶる
四つ指を立てて勢いよく光の点へ突き刺した
口裂け女「ベッコウベッコウベッコウ!」
口裂け女が悲痛に叫ぶ
ヒョコ「こっからどうすんの?」
ヒョコが戸惑っていると操作していないのにフリップが自動で動き出す
口裂け女の腹部を刺した右手を抜き、今度は頭部を掴んだ
フリップが口裂け女を片腕で吊り上げていく
ヒョコ「え、え、え?」
そして頭部を潰し存在を吸収する
ヒョコ「ちょっ、マ、食ってんの!?」
フリップの駆動音が落ち着く頃には口裂け女の存在は消えていた
ヒョコ「‥‥やっつけた?」
ヒョコが操縦席に背中を預けて一息つく
長髪男「‥‥僕は‥‥殺され‥‥た」
操縦席の背後で佇んでいた長髪の男が突然声を発する
ヒョコ「え、あんた話せんだ?」
長髪男「犯人は‥‥分からない‥‥」
ヒョコ「そりゃ御愁傷さまなことで」
長髪男「犯人を‥‥見つけて欲しい」
ヒョコ「いいっすよ! 助けてくれたお返しっす。あんた誰すか?」
長髪男「僕は‥‥地災‥‥天変地災」
ヒョコ「変な名前、キャハハッ!」
二人の心が通じ合った
○岐阜県にある某施設・駐車場(夜)
警察に誘導されながらフリップを駐車場に停める
ヒョコがコクピットから飛び出し地面に着地する
ヒョコ「生きてるって最高っ!」
ヒョコが背伸びをしていると白衣姿の女と長髪の男がやってくる
闇子「お疲れ様、じゃあこれ逮捕して」
三本足闇子、三十歳、胸のはだけた白衣姿にメガネの妖艶な女が指示すると
警察官の一人がヒョコを押さえて両腕に手錠をかける
ヒョコ「はあ?」
闇子「国家機密兵器を無断で持ち出し、無断使用。言い逃れはできないわね、坊や」
ヒョコ「無断ってなんすか!?」
闇子「フリップオーバはこの子、天変地災くんの機体よ」
長髪に気だるそうな顔、どこか近寄りがたい雰囲気の男を闇子が抱き寄せる
地災「代わりに戦ってくれたことは感謝してる。でも、他人のものを勝手に使うのは良くない」
ヒョコ「あんた誰? 変な名前さんならここに‥‥」
ヒョコはすぐ後ろにいる半透明の長髪の男を指さすが、闇子は首を傾げる
闇子「どこにいるの? 薬物検査も追加しておいて。研究所に洗脳されている可能性があるわ」
ヒョコ「研究所は俺を騙したのか?」
闇子「騙したのはあなたでしょ?」
ヒョコ「おめえ、さては悪い奴だな?」
闇子「生意気な目、連れて行きなさい!」
警察官が「はっ!」と返事をするとヒョコはパトカーの方へ引っ張られていく
ヒョコ「顔覚えたぞ、絶対に許さないからなっ!」
ヒョコがいなくなった駐車場
地災がフリップオーバーに乗り込み起動レバーを握る
フリップの駆動音が鳴り響きゆっくりと上半身を起こす
地災「もう一人にはしない」
○某地下施設・拘置所
牢獄の中で両手両足を拘束されたヒョコが芋虫のように這っている
ヒョコ「くっそおー! あんた殺されたんじゃないんすか!」
隅で佇んでいる地災の幽霊が首を横に振る
長髪男「分からない‥‥力が足りない‥‥」
ヒョコ「分かんねえのは俺っちなの!」
気配もなく「うっさいわね」と女の声がした
ヒョコが柵の向こうを見つめるとそこには二人の女が立っていた
地異「フリップを動かしたって言うからどんな奴かと思えば、霊能力5のゴミね!」
巫女姿の地異が腕を組んで見下した表情をする
地異の隣にいるピンクカラーの髪、ランドセルを背負った女の子も続ける
サーモン「捕まっちゃうなんてダッサ、ざーこざーこ♡」
ヒョコ「あんたらなんすか?」
地異「日本一の霊能力者の私があんたを助けに来たの!」
サーモン「メスガキ探偵サーモンがこの状況──
───ひっくり返してあげよっか♡」