ヴィットーリア・カエルレナ侯爵令嬢の受難
ルージュ王国の王宮舞踏会。
私は、いま目の前に居る、知らないご令嬢と、その肩を抱いているアレクシス殿下を見ながら、内心ため息を吐いていますわ。
「ヴィットーリア・カエルレナ侯爵令嬢。申し訳ないが、私はそなたとの婚約を破棄する!」
「アレクシス王子殿下、何を言っているのですか?」
ただいま婚約破棄を言い渡されましたが、そもそも、婚約しておりませんわ……? 私は、貴方の双子の兄、クレイシス様の婚約者ですのよ。何を勘違いなされているのかしら。
「そなたにはすまないと思っているが、私は真実の愛に目覚めたのだ!」
「……。そうですか、お好きになさってくださいな。私は陰ながら見守っております」
手に持っている扇で口元を隠しますわ。真実の愛! 知らないご令嬢をリリアンヌ子爵令嬢だと思いながら? 説得力の欠片もございませんわよ!?
小さい頃は、こんなポンコツな感じではなかったと思うのですけれど……。
悪い魔法使いに呪いでもかけられているのかしら。
「アレクシス殿下……? 何をしている、その女性は私の婚約者だ。離しなさい」
「アレクシス様、そんな方だとは思いませんでしたわ!」
あら? この方は、アメティスタ公爵閣下と、リリアンヌ子爵令嬢ですわね。公爵閣下はいたくお怒りなご様子。アレクシス殿下に肩を抱かれているのは、公爵閣下のご婚約者でしたのね。
「リリー??!」
アレクシス殿下がリリアンヌ子爵令嬢をみて、驚きの声をあげましたわ。
「この女性は誰だ……?」
やっと、ご自身が抱えていらっしゃる方が、リリアンヌ子爵令嬢ではないということに、気が付かれたのですわね。遅すぎますわ。まわりが見えていないにも程があります。やはり、悪い魔法使いに……。お気の毒ですわ。
公爵閣下が、ご婚約者を救出し、その場を立ち去った後。
「アレクシス様なんて、もう知りませんわ!」
まあ大変、真実の愛が壊れそうですわよ、アレクシス殿下!
どうなさるのかしら。
「リリー、すまない。私が贈ったドレスを着ていたものだから、てっきり」
「このドレス、既製品じゃないですか! 同じドレスの人、いるにきまってるのに! 私は、アレクシス様から贈られた物だから着ているんです!」
私、この場に居なくても良さそうですわね?
ああ、クレイシス様はいつお戻りになられるのかしら。お会いしたいですわ。
私だけでは、この二人のはた迷惑な痴話喧嘩、止められる気がいたしません。
クレイシス様が、見聞を広げるため、諸国に旅立って早数年……。この場に戻ってきてくれたらどれほどいいか。
王宮舞踏会からしばらくの後。
「ヴィットーリア侯爵令嬢! クレイシス王太子殿下のお戻りです!」
王太子妃宮で、将来の仕事を学んでいる時、侍女が知らせにきました。
驚きで持っていた書類をばらまいてしまいましたわ。
「お会いする支度をしないと……」
邪魔にならないように縛っていた髪を、侍女に解いてもらい、服装も、文官風の衣装から、ドレスに着替えているさなか。
「ヴィットーリア! 会いたかった! 長いこと一人にしてすまなかったな」
両腕を広げながら、クレイシス様が部屋に入ってきましたわ。
「婚約者とはいえ、いきなり部屋に押し入るのはどうかと思いますわ、クレイシス様」
「冷たいこと言わないでおくれ、私の最愛」
調子のいいお方ですこと。クレイシス様の腕の中でため息をつきます。
「その最愛が、先日の舞踏会で、婚約破棄されましたが、ご存知かしら?」
「私が居ないのに、どうやって婚約破棄するっていうんだい……?」
「いま私を抱えている方の弟君は、悪い魔法使いに呪われているのか、そう私に宣言したのですわ」
困惑していますわね。私は先日のできごとをクレイシス様に全て、まるまるお伝えいたしました。
「……弟にわけを尋ねてくる」
クレイシス様は、拳を強く握りながら部屋を出て行かれました。
私、長年放置されていたので、てっきり想われていないのではと、考えていたのですけれど、思い違いでしたのね……。
クレイシス様が、アレクシス殿下を連れて部屋にきたのはそれから数時間後のことでしたわ。
「ヴィットーリア・カエルレナ侯爵令嬢。先日は失礼いたしました」
顔に青アザを拵えたアレクシス殿下が、私に深々と頭をさげられます。王族が頭を下げるなんて、あってはいけませんわ!
「頭をあげてくださいませ。誰かに見られたら大事ですわよ!」
アレクシス殿下が顔をあげて私をみます。なんだか、青アザの個数、おかしくありませんこと? そんなに何度もなぐ……、お顔を叩かれたのかしら?
チラリとクレイシス様をうかがいますわ。クレイシス様は首を横に振りました。指で一回だけだと示していらっしゃいます。では、どなたが……?
「ヴィットーリア、弟のいい訳を聞いてくれるか」
「はい。クレイシス様」
クレイシス様の話によると、小さい頃から王城にきていた私と遊んでいたせいで、自身の婚約者であると思い込んでしまっていたらしいですわ。
「どなたも、アレクシス王子殿下に、お教えになられなかったのですか!?」
「こんな事件を起こすまで、勘違いしているだなんて、誰も思っていなかったんだ」
自国の王子の思い込みに誰も気づけなかっただなんて! この国の未来が心配ですわ! ますます真剣に勉強いたしませんと!
「ヴィットーリア、あまり気負うなよ。みんなで解決していけばいい」
「クレイシス様。そうですわね」
腰に手をまわしてこようとする、クレイシス様をさりげなくかわします。
「で、すまないが、私は帝国の皇子に呼び出されていてね。またしばらく留守にするが、嫌わないでくれよ、私の最愛」
「……キャァ! ちょっとクレイシス様!」
かわしていたのを捕まえられ、首元に口付けられました。アレクシス殿下もいるのになんてことを!
部屋から去っていくクレイシス様を恨みがましく見つめます。
あ、扉の外にアメティスタ公爵閣下をみつけましたわ。
もしかして、殿下の青アザの大半は公爵閣下がおつけになられたのかしら?
「……その、長年勘違いしていた。だが、私がリリーを愛しているのは本当なのだ……」
よく言えば一途、悪く言えば恋に目が眩んでいるでしょうか?
「勘違いだとお気づきいただけたのならよろしいのです」
「……そうか。許してくれるのだな。であれば、私とリリーの仲をとりもってくれると助かるのだが……」
……この王子、今何かいいましたかしら。
頭痛がいたしますわ。私を巻き込まないで欲しいものです。
ああ、クレイシス様。なぜ今ここにいらっしゃらないのかしら……。切実に殿下を戒めていただきたいものですわ。
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