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第七章 猫とクッキーと金欠の影

 第七章 猫とクッキーと金欠の影


 その頃。修道院にある修道院長の執務室では、シスターが修道院長と話し合いをしていた。


「台風のせいとは言え、何しろ古い建物ですからね。すぐにでも修復しなければならない箇所のリストアップですら、それです」


 修道院長は深いため息をついた。


「多いですね。しかしなおさなければ修道院としても問題が出てきます。この現状で私にお話があると言う事は、園にまわすお金についてですね」


 シスターの細い目が修道院長の方を見る。


「理解が早くて助かります。子供達に苦を強いてしまうのは心苦しいのですが、実際問題ない袖は振れないものでして。目標額は設定しません。どうかこちらを助けて下さい。お願いします!」


 修道院長はシスターに頭を下げる。


「いえ、それではきっとお困りになられるでしょう。これぐらいで如何でしょう」


 シスターはメモの上に金額を書き出す。


「こんなに。これで大丈夫なのですか、園の方は?」


 修道院長は驚いで早口で聞き返した。


「普段援助を受けている身。これも試練と考えれば子供達も納得するでしょう」


 シスターは微笑んだ。


「ありがとうございます」


 修道院長は深々と頭を下げる。


「それでは失礼します」


 シスターも礼儀良く頭を下げ、部屋を出ていった。



「焼きたては、美味いなあ!」


 未央の元気な声が部屋の中に響く。


 現在中立地帯となってしまった神の国のテーブルで園の子供達が集まり、お茶会をしている。


「いつもと違うアクセントが入ってますね」


 ジェーンが冷静に指摘する。


「ああ、なつきお姉が暴走して、色々入っちゃったの……」


 ケタケタ笑いながら、道代は事の顛末を語った。


「まさに怪我の功名ね」


 なつきを鼻で笑う園子。


「ああ、なんちゅうことを! うちは道代を励まそうとしていろいろやろうとしてたんや。むちゃくちゃな料理をしたんはその一環や!」


 なつきは、ない胸を張りながら言った。


「意図があったかどうか、無茶な事を実際した事とは関係はほとんどないわ。怪我の功名なのは揺るがないわね」


 園子も対抗して大きな胸を張る。


「くうっ!!」


 恥じて胸の部分を腕でガードするなつき。


「やっぱりいちゃいちゃしてるじゃない!」


 口をとがらせて指摘する道代。


「道代こそ、キャットファイトしたいのでは?」


 さらに横からジェーンは指摘した。


「そんなことっ!?」


 絶句する道代。


「ないのですか」


 ジェーンの冷静な顔が道代の割と近くへと移動する。


「ないないわよ」


 道代は小さく返事をした。


「それは普通の文法だと単に無いって意味だけど、大丈夫?」


 園子が心配して道代に進言した。


「これだから「かしこ」は嫌いなんだ!」


 涙目の道代。


「わたし、ええこと考えた!」


 事態を静観していた未央が大きな声で宣言する。


「おお、なんや。未央ちゃん」


 なつきは園子の方を見ている事に耐えられず未央の方に注意をそらす。


「んっとね! みんなでイチャイチャすればええと思うねん!」


 白い歯を見出て笑う未央。


「ここに、園子以上の天才がおったとは!」


 両手をあげて驚くなつき。


「なつきお姉、大げさ!」


 道代が大げさに驚く。


「なつきは、それほどサプライズしていない様子ですが」


 それに比べてと、道代の方を意味ありげに眺めるジェーン。


「私は天才でも何でもないわよ、なつき」


 顔を赤らめる園子。


「ラブアンドピースや!」


 親指を立てながら白い歯を見せて笑う未央。


「でも、問題があるわね!」


 園子はピシャリと言い放った。


「問題ってなんやねん。平和への第一歩に異を唱えるんかいな!」


 中指を立てるなつき。


「平和とかそんな大きな問題じゃないわ。でも、私たちにとってはもっと身近で重要な問題。あんたの事よ!」


 園子は人差し指をなつきの中指に突き付け、物理的に引っ込めさせた。


「園子お姉、なつきお姉のどこに問題があるの?」


 キョトンとする道代。


「ああ、私には何となくわかってきました」


 ふむふむとうなづくジェーン。


「ジェーンは分かるんかいな。うちにはさっぱりや。教えてくれへんか、園子!」


 なんの悪びれもない顔でなつきは言った。


「では教えてやるわ。どこの世界に中指を立てたり、女の子同士のイチャイチャをこんなに強く容認するシスターがいるのよ! マンガか!? ちなみに言っておくけれど差別的意図はないからね。だけどあんた、シスターの職業的規範からは大きく逸脱してるんじゃない?」


 園子はそう言った後、息を整えた。


「規範? 逸脱? 差別的意図? あんまりむつかしい言葉使わんといて。ガラ悪いって言ってるのはなんとなくわかるけど、これも地元の文化やで。シスターゆうても、うちはおしとやかなシスターにはなられへん。クラブ歌手がシスターになって、陽気にみんなでゴスペル歌う、なんかそんな映画があったやろ、そんなノリでいきたいねん」


 なつきはあくまで前のめりに宣言する。


「ああ、シスターズ〇クトですか」


 ジェーンは一人で納得している。


「それは原題ね。ここいら辺は、映画の舞台とも似ていると言えば似ているし。でもあんた、クラブ歌手の方になってどうするの。あんたがなるのは、受け入れる側の元からシスターの方よ」


 園子はなつきの顔の前に指を突き付けた。


「まあ、そうなんやけど。あれを見てうちは、駆け込み寺? 的なことがやりたいなと思ったんや」


 胸を張るなつき。


「前のあんたなら歌って楽しかったで終わるでしょうね。成長は認めるけれど。助けられるのは手の届く範囲だけ。注意していないとこの街の汚濁に飲み込まれてしまう。いい大人だけとは限らないのよ。特に子供達を預かるシスターになるのだから、この街の危険を無視するなんてとんでもない事だわ!」


 テーブルを両手で叩く園子。


「確かにここで育ったし、なんや悪いことしてる子も沢山おった。その子らの気持ちを忘れたくはないねん」


 なつきは園子とは対照的に静かに答えた。


「ちょっと待って、お姉ちゃんズ」


 道子がなつきと園子の間に割って入る。


「道代。私今、重要な話をしているのだけど」


 少しうつむき加減になり、メガネのつるをいじる動作。


「むむっ!? 今、園子お姉、怒ってるね。でもでも、もうちょっと落ち着いてから、視野を広く持って? 見えてくるものがあるんじゃない?」


 園子の背中を優しくさすり、落ち着かせようと試みる道代。


「あっ! どうしたん、未央ちゃん!?」


 なつきが未央の異変に気付き駆け寄る。


「泣いてるじゃない? どうしたのよ」


 出遅れた園子は声をかけるだけに留まった。


「喧嘩は、だめや。みんな、笑ってへんと、あかん!」


 未央は、体をふるふるさせながら駆け寄ってきたなつきに訴えかけた。


「ごめんな、気付いてやれへんかった!」


 なつきは床に膝をついて、取り出したハンカチで未央の顔に流れる涙をふき取る。


「喧嘩は、あかん」


 ヒックヒックと泣きながらも、未央は言葉を口にした。


「あれはな、喧嘩とちゃうねん。うちはシスターとして半人前やから、園子に指摘してもろうとっただけやねん」


 なつきは焦っていい加減な事を口走ってしまう。


「嘘や」


 未央は一目で看破する。


「そう、嘘」


 いつの間にか園子が未央の近くまで寄って来ていた。


「園子!?」


 なつきは棒でも呑んだかのように背筋を伸ばした。


「そりゃ、人のいいあんたは、天性の素質があるわ」


 じろりとなつきを睨む園子。


「何言ってんの、園子?」


 首を傾げるなつき。


「私にはできなかった。子供達に愛情を注ぐなんて真似は。どうして、あんたは」


 園子は、なつきにくってかかろうとする。

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