第六章 聖戦 冷凍 食品 アホの誓い
第六章 聖戦 冷凍 食品 アホの誓い
「まあ、ええけど。お勤めの邪魔にならへんようにしたってや」
なつきは、声を聞かないようにしながら、注意だけはした。
「大丈夫、結論は出たわ!」
園子がそう宣言するまで一分もかからなかった。四人は輪を解いて一列に並ぶ。
「一つ、神の国は一時的に凍結状態にするわ」
続いて園子が宣言した。
「凍結って!! やめてくれるんやね、やったー」
バンザイするなつき。
「はっ、お姉ちゃんが割とむつかしい言葉を理解した!? じゃなくて、「一時的に」ってとこ無視してるよ。えっと、一つ、なんだっけ?」
道代は、続いて宣言しようとしたが言いたいことを忘れてしまい失敗に終わった。
「まだあるんかい!」
なつきは、水平チョップをうつポーズでツッコミを入れた。
「はい、後2つ程あります。1つは、なつきがシスターとして何か問題を起こした時神の国のフリーズは解けると言う事です」
ジェーンはクールに道代のフォローに入った。
「もう一つ! なつきお姉ちゃんが一皮むけるまで、「聖戦」は続くんやで!」
にこにこ笑いながら、未央は言い放った。
「未央は偉いですね。道代と違って」
ジェーンは未央の頭を撫でた。
「うん、未央は可愛いな。やなくて! 聖戦って聞いた覚えあるけど、なんなん?」
なつきも未央の頭に手を伸ばす。未央は、二人の手によりわやくちゃにされる。
「あんたに問題があった場合、聖戦が布告されるわ。一皮むけるというのは分かりにくい表現かしら。あんたが問題を解決するか、私達が納得するまで聖戦は続くのよ」
園子がメガネのブリッジを調節しながら補足説明を入れた。
「いや、だから。その聖戦って。戦いに赴かなあかんの。もしかしてあんたらと、戦わんとあかんの? それやったらうち、最初から白旗をあげるで」
なつきは口をへの字に曲げて腕組みをした。
「バカじゃないの。現代でそれはないでしょ。最悪私達が神の国に引きこもって意思を示すぐらいよ」
なつきと同じように体の前で腕を組む園子。ただ違う所は、寄せてあげられて変形する大きな胸。
「えらい成長しくさって、なんかむかつくわ」
なつきは園子の胸をニヤニヤしながら眺めた。
「バカ女に見られるから嫌だって、知りながら言うのは、どこにお住いの駄目シスターさんなんでしょうね」
園子は胸を強調してしまっている事に気づかされ、腕組みを解除した。
「うっさいわ! 駄目シスターやなくなるためにしてくれてるんやろ!」
なつきは、腕を組みなおしながら言った。
「そうね、早くいなくならないかしら、あの駄目シスター」
今度は園子がニヤニヤし始める。
「お姉ちゃんたち。喧嘩してるの?」
ピュアな瞳でなつきと園子に問いかける未央。
「大丈夫だと思うし。いつものイチャイチャ、キャットファイトにすぎないし」
道代が、二人を引き留めようと歩き出す未央の肩に手を置いて足を止める。
「誰がいちゃちゃやねん!」
ボクシングの構えをとるなつき。
「道代、後で説教ね」
ぴしゃりと言い切る園子。
「アンブッシュ、藪蛇でしたね、道代」
無表情のまま肩に手を置くジェーン。
「酷いわ、お姉ちゃんズ。うわーん」
道代は泣き真似をしながら礼拝堂を出ていく。
「この程度で、聖戦ってことはあらへんよね?」
なつきは道代の背中を見ながら言った。
「今のは、私達にも悪い所があったしね」
肩をすくめる園子。
「とはいえ、気になるなあ。うち、行ってくるわ」
道代の後を追いかけるなつき。
「まるでママのようです。なつきは、シスターとして問題ないと思うのですが?」
なつきの姿が消えた後、ジェーンは口を開いた。
「それでは外との関わりが無くなってしまうわ。私だって社会人として生活するのはずっと後の事になると思うけど、あの子にはもっと外と交流を持って生きて欲しいの」
園子はなつきの去った方向を遠い目で見ている。
「引きこもり、ダメ! やね」
未央が元気に宣言する。
「ふふ、そうね。そうなのよね」
陰のある微笑みを顔に張り付けながら、園子は未央を抱きしめる。
「園子お姉ちゃん。そこ、触っちゃいや!」
未央は、抱きしめられた園子の手で首の裏側を撫でられてぴくぴくしている。
「園子の地雷に踏み込んでしまったようですね。それにしても、なんとプリティで癒される光景でしょう」
ジェーンは、それでも冷静な表情なまま、園子と未央のやり取りを観察し続けるのだった。
「ここやね」
道代を追いかけていたなつきは調理室の前まで来た。
「変われへんな、ここは調理室のままや。道代は、一体なんの理由でこんな所にきたんやろ?」
首をかしげるなつき。
「いやー! おりゃー!」
ほどなくして、廊下にまで聞こえてくる道代の声。
「これは、まさかやけ食い!? お菓子大好きやったもんな」
なつきの脳内では、事あるごとにお菓子をせびる道代の記憶が想い起こされていた。
「入るで!」
ガラッと扉を開け放つなつき。
「なによ、なつきお姉! 園子お姉とずっといちゃいちゃしてればいいじゃん!」
当てつけるような口調。道代はやけ食いをしている訳ではなかった。
「なんなんそれ!? ハッピーになる白い粉とちゃうやろね!」
なつきは粉を計量する道代の前に詰め寄った。
「薄力粉って書いてあるじゃない? 幸せを呼ぶ粉には違いないけど、そんなの魔女狩りに近い言いがかりじゃん!」
道代は台の上に置いてある有名メーカーの小麦粉の袋をトントンと指さした。
「こんな有名なメーカーさんまで白い粉に手を出すなんて、世も末やね!」
けしからんと腕組みをするなつき。
「だから違うって、お姉の言う白い粉とは!」
道代は、計量カップを音を立てて台の上に置く。
「いちゃいちゃって、こういうことやろ?」
いたずらっぽく笑うなつき。
「私は、他の子達みたいに口も回らないし!」
小麦粉を別皿に移し、他の材料の計量に取り掛かる道代。
「会話を楽しむ分にそんな優劣みたいなん、気にする必要ある? 長い付き合いやねんから、そんな事わかってくれてるって」
なつきは、道代の横に並び手伝おうとするが何を手伝えばいいのか分からない。
「ペンギンみたいな体型してるし」
自分のぷにぷにしたお腹をつつく道代。
「道代の体のこと誰がひどいこと言った? しばいたるから」
なつきはストレートで調理室内の空気を裂いた。
「こんな私が関わってたら、皆まで低くみられる」
暗い声が調理室内を侵食する。
「何言ってんの? 皆仲間やろ!?」
なつきは道代の使ってない道具を取り出す。
「お姉!? 何してんの!」
道代は、びっくりして作業の手を止める。
「何やようわからへんけど、こんな感じやろ!」
なつきは用意したボウルにそこら辺の材料を少しずつ入れ始めた。
「ダメ!」
なつきの腕に手を伸ばし、道代はなつきの暴走を止めようとする。
「いつの間にか料理ができるようになってたんやな。うちはと言えば、この年になってさっぱりやからね」
なつきは、白い歯を見せて笑う。
「もう! 材料だって限られてるんだから!」
道代は、腰に手をあてて怒る。
「あはは、ごめんな。でも、全く料理できへんのは本当やで。それに、ほとんど入れた振りだけしかしてへん」
後頭部をボリボリ書きながらなつきは笑った。
「強力粉に、アーモンド粉、リキュール、ほんとにちょっとずつね。これならこっちの材料に加えてもなんとかなりそうね!」
道代の顔が明るくなる。
「どうも、お手間かけさせたみたいで、悪いわあ」
ちょろっと舌を出すなつき。
「本当は、なつきお姉が帰ってくるって聞いて、すごく嬉しかったの」
段取り良く作業しながら道代は話し始めた。
「えっ? 嬉しいなあ」
少し顔を赤らめるなつき。
「ジェーンは料理も含めて家事全般できるし、園子お姉は勉強の鬼だしで、肩身が狭かったのよ! 頭より体で考える人がいなくてね」
自虐的にエヘと笑う道代。
「それは、うちのことアホやって言うてない?」
なつきは、一転してショックを受ける。
「それがね、帰ってきたなつきお姉は違ったの」
道代の誇らしげで、それでいて寂しそうな微笑。
「ほえ? 何が違ったん?」
二転する話に混乱を隠せないなつき。
「前はもっとアホだったよ。すぐに手が出てたし。あ、暴力って意味じゃなくね! だからまた、肩身の狭い思いをするのかなってナーバスになってしまって」
捏ねあがった生地を薄く広げ型で抜いていく道代。
「そっか。寂しいのはつらいわな。よし、うちはアホのままでいる事を誓うで!」
なつきは握手のために手を差し出す。
「上から目線!」
道代は、ケラケラ笑い出す。
「お姉ちゃんやからな!」
なつきは、胸を張る。
「納得! でも、アホのままシスターになれるの?」
道代はちょこんと首をかしげた。
「まあ、何とかなるやろ! 宣誓! うちは、アホによる、アホの為の、アホであり続けることを誓います!」
掌を前に差し出し大きな声を出すなつき。
「何よ、それ!」
道代は本格的に笑い始めてしまい作業は中断してしまった。
「さあ、早く手ぇ動かせへんと、手伝ってしまうで! 何もでけへんアホが!」
この後二人で大量にクッキーを焼き上げた。