第四章 ゴッドランドクルセイダー3 剣を鋤に 反省する聖戦士
第四章 ゴッドランドクルセイダー3 剣を鋤に 反省する聖戦士
「それは、無理ね」
園子は半歩後退し二人の間を適度な距離に保った。
「なんでやねん?」
なつきの目が険しくなる。
「道代とジェーンがあんたを必要としているわ。そして未央は道代とジェーンを必要としている。一蓮托生なのよ」
園子は髪をかみあげながら言った。
「だったらなんで、素直に迎え入れてくれへんの!?」
なつきは、思わず叫んでしまう。
「あんたが忘れてしまった事。それを思い出さなければ、この子達が流した涙の代償にもなりはしないわ」
未央を始めとする子供達を抱き寄せ、園子はなつきをじっと見る。
「この子らを泣かせた? うちは、手が早いからそんな事もあったな」
あっけにとられるなつき。
「体の痛みじゃないわ、もっと後遺症を残す心の痛みよ」
園子は一瞬目を閉じてから言い放った。
「喧嘩やない。心の痛み」
なつきは首を捻って考えるが何もでてこない。
「なつきちゃん!」
道代がたまらず口を開く。
「あんた! 大丈夫?」
嗜めようとする園子。
「それを言うなら、園子もヴァイオレーションです」
園子の服の袖を引っ張るジェーン。
「違反。確かに、取り決めを一番最初に破ったのは私ね」
園子は道代の肩をうながすように優しく叩いた。
「言っていいのよね?」
道代は園子の顔色をうかがってから言葉をつなぐ。
「なつきちゃんは、あの日どれだけお菓子をあげるって言っても聞き入れてくれなかった。それだけ意思が固かったんだなって思う。でもあの後、心に穴が開いて泣き止まない私を救ってくれたのは園子お姉ちゃんだった。なつきお姉ちゃんがい」
言葉の途中で道代はジェーンに口をふさがれた。
「ストップ、NGです」
ジェーンは道代の口から手を離す。そして取り出したハンカチで道代の口、自分の手の順番で綺麗にした。
「っっ! なによ!」
道代は肩を怒らせてジェーンに抗議する。
「これ以上はアンタッチャブルです」
ジェーンは、すまし顔で指を立てた。
「ああ、そうだったわね! それはそうと」
道代は白い歯を見せて笑う。
「はい、なんでしょうか」
ジェーンは糸目になって素敵な笑顔を見せる。
「やっぱ、その訳知り顔、気に入らない!」
ジェーンを捕獲しようと追いかける道代。
「やはりダイエットしたほうがいいかと」
涼しい顔で逃げ続けるジェーン。
「昔のままなんやね。精神的ダメージとか言うから、うちみたいな不良もどきになってるんかと思ったわ。ほんま、よかった」
道代とジェーンの様子を見て、なつきはほっと胸をなでおろした。
「立ち直るには時間を要したという意味なのだけど? 二年間の間ちゃんとした修道院の先生から教わっていたはずなのだけれど。どうやらあんたは、まるで勉強ができないままね?」
柔らかい笑みのまなつきを見上げる園子。
『あっ、これは! 勉強させられるフラグや! 逃げへんと! でも、この子達もどうにかしたい!』
「ぎくうっ! 大丈夫やで! 大体の事はできるように覚えてるから、筋肉が!」
腕に力こぶをつくるポーズをとるなつき。
「まあ、いいわ。やっぱり、子供達にはあんたが必要なんだって、分かったような気がするわ」
園子は、口では持ち上げておきながら、なつきを鼻で笑う。
「じゃあ!」
なつきの顔には満面の笑み。
「違うわよ。大きなヒントをあげましょう。あの日というのは、あんたがシスターになる勉強をするためにここを離れた日のことよ」
忘れてはいけない。園子は自分の言った内容をメモ書きにして渡した。
「あの日かあ。えらい、忙しかったような」
なつきは二年前の記憶を思い出しながらメモを受け取る。
「ちゃんと思い出すのよ。じゃあ、聖戦を再開するわ。これから聖戦の終了まではあんたと口を利かないし、あんたの命令に従う事もない。いい? あの子達のためにもなるべく早く思い出すのよ!」
園子はそう言った後、無言でドアの方を指す。
「はいはい。出ていけばええんやろ?」
なつきは出口のドア前まで移動し、開け放つ。
「ほなら、園子、道代、ジェーン、未央、またな!」
そのまま廊下へと足を踏み出したのだった。
「し、シスター」
なつきが教室から出ると、外でシスターが待っていた。
「一緒に行ってあげます。謝りに行きましょうね」
シスターの静かな迫力のある笑み。
「えっと? ああ! これですか!? 確かにまずいわ。これ、盗んできたんやもんな。えっと、汝盗むなかれ?」
なつきは引きつった笑みを浮かべた。
「十戒ですね、素晴らしい。ならばどのようにすればいいか、なつきさんはすでに心の中に答えを持っておられると思いますが、どうでしょうか」
シスターは厳かにつぶやいた。
「えっと! 謝ります! 頭下げます!」
なつきは、あわわわと口にしながらもやっとの事でそれだけ発言した。
「在りし日のあなたならば、逃げていたでことしょう。神は見ておられるのです。ただ、なにも仰らないだけで。さあ、罪を償いましょう!」
シスターはスタスタと歩き出す。
「待ってください、シスター!」
シスターを追いかけようとするなつき。
「ああ、言い忘れていた事がひとつだけありました」
シスターは足を止めてなつきの方に振り返る。背筋をピンと伸ばして言葉を聞く姿勢になるなつき。
「簡単な事です。武力をもって聖地を奪還するという愚を今日の私達は知っているはずです。鎧をもって聖地に踏み入るという愚。聖職者ならばふさわしい装いで武力をもってではなく言葉によって伝えるべきでしょう。今日の反省点はそこです」
この後なつきは、むちゃくちゃ反省した。
「あー、しんどっ! 院長さんも、あんなにガミガミせんでええと思うんやけどなあ。うち、そこまで悪い事したかなあ?」
修道院長の執務室で二時間ほど説教を受けたなつきは、部屋から廊下に出た瞬間、肩をコキコキ言わせながら脱力した。
「院長の仰ったことは、ごもっともだと思いますが」
なつきに付き添っていたシスターは、いつもと変わらない調子でなつきをたしなめる。
「まあ、確かに悪い事をしたとは思ってます。そんな歴史があるとか知らんかったし! うちは、昔の事なんて知らん、あの子らのためにやったんや!」
なつきは頬を膨らませて口を尖らせた。
「気持ちはわかります。今を生きる子供達の事の方が重要だと。しかし、実際にあった事なのですよ。何より、今回の騒動はあなたの記憶力がないという特性に端を発しているのですよ」
シスターは、そう言ってからチラリとなつきを見た。
「うっ! そう言われたらそりゃ、正しいねんけど。確かにうちは、興味ある事しか覚えられへんし、園子たちとの事で何か忘れてる事があるって言われてもアホやから気付いてやれへんかったと思うと、心苦しくて!」
いつの間にかなつきの表情は真剣そのものになっていた。
「なるほど、あなたもまた迷える子羊なのですから、なにか問題があれば私に相談して下さって良かったのですよ」
シスターは、にこやかに語り掛けた。
「うちは、シスターみたいに誰にとっても立派なお母ちゃんになれる人になりたいねん!」
まっすぐにシスターを見つめるなつきの瞳。
「嬉しいものですね。これほどまでに、まっすぐに褒められると」
シスターの糸目がほんの少しだけ湿り気を帯びてきらりと光る。
「うう、言ってもうた。えらい恥ずかしいわあ」
なつきは両手で顔を覆う。
「問題を解決する方法を思いつきました。ですが、どうでしょうか園子さん?」
シスターはこの場にいないはずの園子に呼びかける。
「え? なんなん? 園子おるん?」
顔をグルグル横に回しながら園子を探すなつき。
「あんなことをしたんだから、普通に懲戒を受けていると思ったのよ」
園子が廊下の壁際に飾られている柱時計の陰から出て来た。
「心配だったのですね」
穏やかに微笑するシスター。
「ち、違うわよ! こちらもなつきに難題(?)を課している身だからね。変に暴走されても困るっていうか!」
園子は体の前で手を振って否定した。
「どこまで聞いたん。うちの恥ずかしい話?」
なつきは半分涙目だ。
「あんたの、シスターとしての覚悟は聞かせてもらったわよ」
混乱が収まらないながらも、何とか髪をかき上げ恰好つけようとする園子。
なつきは顔を両手で覆い、しゃがみ込んでしまった。
「いえ、立派だと思うわ。目的もなく大学に行こうなんて私に比べれば随分しっかりしてるし。なにより、愛があるわ」
ほんのり頬を赤らめてしまったので、園子は髪で顔を隠した。
「ありがとうな、園子」
ほんの少し意地悪そうな表情をしながらも、素直に園子の事を誉めるなつきだった。
「いいえ、どうしたしまして! それより、シスター。さっき解決策があるって言ってたわよね?」
園子は、恥ずかしさのあまりに半ギレになりつつも、シスターの方へと話題をそらした。
「ふふふ、仲が良いのはたいへん好ましいことです。もっとお続けになられてもよろしいのですよ?」
シスターは指の先で上品に口元を隠す。
「楽しんではるやろ! シスター!」
なつきの顔が不機嫌になる。
「解決策があるなら教えて欲しいものだわ」
ため息をつく園子。
「ええ、あります。これです」
シスターは懐をゴソゴソして何かを取り出す。
「これは。振り子? これでどないすんの、シスター?」
なつきの頭の上には?マークが浮かんでいた。
「シスターは、催眠術なんて使えるのね。これで過去の事を思い出そうってわけね」
園子は驚いた顔をしながらも、冷静に分析した。
「大丈夫です。あなたなら、きっと思い出すことができるでしょう」
そう言ってシスターはなつき達を自室へと導く。