その他①
・大小の刀の鐔にある「腕貫」の穴は刀を取り落とさないための用心に空いているものなので、房などはつけないこと。
・夜などに急用で灯りを点けて走っていくときは、灯芯のある皿から油を下土器に移して出ること。油があると芯にかかって灯りを消してしまうからである。急に火を持って出る時の心得である。
・刀を持って振り回して暴れる乱心者等を取り押さえなければならないとき、胴体を切られても少しの浅い傷は負うが深い傷は負わないものである。
頭を少しでも切られたときは上気してしまい上手く動けなくなる。
綿入を頭に被る等しておけば大怪我をすることはない。
この乱心者等を取り押さえる方法は、鼻紙の四、五帖を水に浸して頭に乗せ、幅広の手拭いを深く被って素手で取り押さえることである。紙を水に浸しておけばなかなか切れないものである。
・人混みで自分を斬ろうとする者がいたときは、まずは近くにいる商人でも何でも捕まえて敵に突きつけるのが良い。そうすれば相手は機を逸して自分は勝つことができる。
・敵に組み打ちするときは、自分の左側へ組みつくのが良い。右側に組みつくと脇差を抜いて刺すことができなくなるからである。
・戦場で甲冑を着けて太刀で斬りかかるときは、刀でもって小太刀を持つ心持ちで入り身して刺すのが良い。
・人を斬って<●>(※ 衆目の意味か。原文は目の絵。ここでは類似の絵文字を用いた)に見えぬ早業は、抜き打ちに斬ってそのまま羽織の下に刀を隠し、人気のないところで鞘に納める。
・火を保存する方法は、まず杉原紙をよく揉んで火縄のように綯い、火の中に入れて焼く。そしてそれを鼻紙一帖ほどの間に挟んで、その花紙をとにかく力を入れて強く捻って手中に握り込む。必要な時にその紙を開けば火種となるものである。これは急用で火が必要な場合の方法である。
・胴の火(懐炉)はもぐさを糊を使って丸め、火を付けて竹筒の中にころころと入れておくものである。炭団のようなものである。竹筒の内側にミョウバンを糊を使って薄く引いておくと、火が通りやすくなる(※加熱されて焼きミョウバンになると吸湿性を持つので乾燥剤として用いているということか)。
・鹿の角に蒼耳油(※オナモミの果実を絞って精製した油)を千回ほど塗り、火をつけて灯すと一里行くのもその半分の心持ちで行くことができる。
・危険を感じる場所を通る場合、夜中であれば衣類の帯を締め、裾をまくって帯に挟み、その上掛けとして綿入れを一枚さっと腰に巻いてから行くのが良い。誰かがその裾を薙ぎ切ろうとしても、上掛けが勢いを和らげてなかなか切れないものである。急ぎでないときは、綿入れの上に口に含んだ水を吹きかけて湿らせておくとなお良い。
・前項と同じような場所に行くとき、その近くに来たら自分の手のひらの腹を見ると、その手のひらの腹の筋紋が見えないときがある。その場合、筋紋が見えるときに行くべきである。見えることを根拠とするのである。これは心を静める意味である。
・前二項と同じような場所に行くときには、唾を三回飲みこんでから行くと良い。気持ちが落ち着き、手も静まるものである。
・夜中に足音を聞く
夜中に耳を地に付けて、心を静めて聞いてみると、遠いところから人が来る足音が聞こえるものである。
・妖気があるところを行き来する秘術
山中などを歩いていて、何か心に引っかかってそのまま行き過ぎかねるとき、その気がなくてもとりあえず小便をすると良い。小便をすると心が落ち着くものである。
・付け木(※火起こしの際に種火から火を移す木片など)の仕様について
硝石と硫黄の二つを粉にして薄糊に混ぜ、紙に塗って二枚の合わせ紙として干したものを複数に切って懐中に持ち歩く。少し雨がかかっても消えないものである。
化学知識が書いてちょっと驚きます。でも「妖気」とか「秘術」とか書いてあるところに「小便」を書いたときの心持ちを伝承者に聞いてみたいですね。
ちなみに伝承者である細川義昌先生は少年時代に山中で二回ほど怖い思いをしたそうです。
一回目は朝暗いうちに藩学校に行くときの山中で、見えない何かが自分を追いかけてくると思っていたら、自分の荷物の音と足音だったという話。
二回目は夜になって帰るときの山中で、白い着物の女性がにたにた笑いながら近づいてきてゾッとしたが、そのまますれ違った。どうも気が触れていたようだという話。
……この伝書を受ける前か後か不明ですが、どちらにせよ小便する余裕はなかったと思われます。