武家故実軍令抜書
ちょっと怪しい訳。絵(もっと小さくすれば良かった……)はトレースです。
○武家の戦場における作法の抜粋
笄は船の櫂の形を表すといわれている。櫂は船の進路が曲がりそうになるのを真っ直ぐにできるものであるが、船の動きに無理に逆らわず、進路を修正していくのが櫂の良い使い方である。
したがって、人間も大将から足軽まで、人を使うときは櫂のように柔軟に使うべきである。
日々の生活で頑なにならず素直でいる。心を安んずるためには世の人々の素直にものを見る考え方に寄り添う。仏教では人心堅固に守っている自分の家の教えを戒律という。
文字は違うが先程の櫂の話は故事の話である。海上で波風にひっくり返されそうになるのを“かい(櫂)“で免れる、人の難事も祈祷や”かぢ(加持)“で免れるのであるから、諸人も何か惑い恐れることがあればよく”かち(勝ち)“を取れ、という世間話もこの櫂の話から派生したものである。
また、詳細は不明だが、日本でも駿河国の富士山の裾野が入り組んでいる地形をそのまま国境としている(訳者注:山峡にあるので「かい」の国とする説がある。)として甲斐国と(時の帝が(?))お名付けになったようである。
武家のしきたりについては現在の武士として覚えていることにすぎないので、その来歴や詳細はわからない。しかし、何事も長い間行われてきたことは、それらの来歴等がわからなくとも理由があって行われてきたことであるとしてだいたい心得ておくと良い。
笄の使い方各種
・古法の的を射る時の使い方
古法(旧式の方法)の的を射る方法で「はさみもの」というものがある。
源頼朝公の時代では笄を竹の先に挟んで的とし、これを射ることがあるが、これを「はさみもの」という。現在はそのような小さな的に当てるものはいない。
また、古法の的のときに一・二として順番に立てられた札があるが、この札としても笄を使う。板の台に穴があるのでそこに笄を挿して立てる。このほか、(的に描いてある)獅子の彫物は「ただの印」、雲龍の模様は「誰々(の描いたもの)」として順を印すものである。
・軍場の首札としての使い方
戦場で取ってきた敵の首に首札を付けるとき、通常ならば髪の毛札を付けるが、法師武者などは剃髪して髪がないので札が付けられない。そこで笄の先端で耳を突き刺して穴を空け、その穴に首札を付ける。
死者は小刀などでは穴を空けにくいという言い伝えがある。
・軍場で(馬が)疲労した時の使い方
戦場で馬に疲労が見られる場合で、周囲に人が少なく馬丁もいないときにはどうしようもない。こういったときには馬の足の折れ目のすぐ下を笄で突き刺して瀉血をする。
・大将が臣下に(笄を)お渡しになる場合があること
大将がその臣下を敵方へ間者などとして送りだすときは、お持ちになっている笄をその臣下へお渡しになることがある。臣下はその笄を隠し持って間者などに行くものである。
大将が間者へ向かわせた臣下を「自陣に帰らせろ」と仰るときは、その使者に小柄をお渡しになる。その使者に「自陣に帰れ」と言われた際に、その理由が疑わしいときは「何か大将の使者という証はあるか」と問うと渡された小柄を見せてくるので、笄と見比べて対となる模様・作りであるので後は使者にまかせて自陣に帰ることとなる。
小柄・こうがい・目貫の三種類が同じ模様のものを「三つもの」というのはこのような理由である。
これに限らず、類似の事例では必ず大将から前述のとおりの方法があるものである。すなわち「合験」の故事である。
・旅の宿における笄隠れ
旅の宿に泊まる場合、気になるときは部屋の中を暗くすると良い。外から中を覗き監視する者がいることがあるからである。
まず行燈の皿の上に楊枝を一本横に渡し、その楊枝に十文字になるように笄を渡しつつ、火の上にそっと置く。すると火が消えたように暗くなる。
そうして盗人や敵方が火が消えた(=寝入った)と思い込んで部屋の中へ入るその時に、先ほど置いた笄を取り除ければ元どおり明るくなるのである。
世間では「笄隠れ」といって我が身を見えなくするものである、というのは誤りで、本来は先述のとおりのものである。
・乱髪の時の使い方
(戦場の)陣中では髪を結うことはなく、そのまま一年も二年もの間結わないでいると不恰好でひどく行儀が悪い。
主君などに不意に呼ばれたり、何かを物や言葉を賜る際に乱髪のままでは非常に不敬である。
そういったときに、笄で髪のもつれを解きほぐし、こよりにした髪で脇から括り、その髪に笄を挿してから人前に出るのである。
そうすれば普段から月代を整えていることの代わりとなる。
必ず陣中で乱髪のときに主君の前に出る際は笄を頭髪に挿して出ていくことが礼儀である。
・塀越の時の使い方
自分一人か、又は二、三人で一緒に塀を乗り越えて城に登るときに後から誰が一番に乗り込んだか必ず議論になる。
そこでまずは笄を塀に突き刺し、それを踏んで登ると良い。踏んだ笄はそのままにしておき、一番乗りの証拠にする。
もし議論になったら「自分はこの様な物を塀に突き刺しておいた」と説明した疑義を解消するのである。その笄が「三つもの」であればなお良い。
このような使い方は、塀越えのときだけでなく、普段から覚えておけば色々な場面で使うと良い。
・戦場で夜討する時の使い方
夜討する場合は敵を斃してもその場で首を取ったりせず、打ち捨てておくべきである。
しかし、斃した相手が敵の大将又は名のある敵であると見たときは、笄をその敵の耳なり目なりに突き立てておくと良い。そうしておけばトドメにもなるし、論功行賞の際に証拠となる。
「これこれの武者は自分が討ち取り、笄を首に突き立てておいたものである」と言うのである。その笄が「三つもの」であれば非常に良い。
・甲冑の糸が切れた時の使い方
甲冑の糸が切れて破れてしまった場合、そのままでは使い物にならない。その時は「やま」(不詳)や観世紙縒りや威糸などで繕いたいが、「威觜」(甲冑作成に使う柔軟性のある針のようなものか)がなく、小刀は使いようもない。そういった時は笄を用いて甲冑の穴に突き通し綴っていく。笄は鉄ではなく赤銅か素銅で作られたものでなければ穴に通らないが、赤銅や山銅は、たとえ穴より大きくても柔軟性があるので変形して通っていくものである。
・大将が陣中で首実検をする時の使い方
首対面又は首実検をする場合、大将又は首実験等について心得ている家老などが居て、その前で行うことがある。そうでないときは自分で行うこともある。
家老などが「それは何か」と問うところに、「大将がご覧になるものとしては死体であり穢れがあるし、首のみになっても楚王に復讐を果たした眉間尺の例もあるので、大将にお見せするに当たり、笄を(大将と首とを間仕切りするように)畳に突き立て、首はその笄より自分の方に据えてお見せするものである。これはつまり大将と首との間合いを変える意味である。大将と首との間に注連縄を張る意味である。死の穢れを隔離するものである」(と答えるものである。)
・箸に用いる使い方
自陣で箸がない場合、笄を箸代わりにして食事を口へかきこむ。香の物には突き刺して使うものである。
・山野幽谷で夜営する時の使い方
夜営や狩り等で山中に泊まる場合、まずは自分の拠点を一間四隅か二間四隅(約一.八平米から三.六平米)を空けて取っておき、笄を使って四隅に穴をあけ、その穴に木か竹などを差し込んで、中心には笄を立てて山の神に「今夜この山でわずかながらこの程度を拝借します」と立願する。そして「迷故三界城 悟故十方空 本来無東西 何処有南北」と言って摩利支天の真言を唱えてそのなかに泊まる。
このようにすると、その夜営地は山の神に借りた所となるので、その夜は我が家同然となり、妖怪等にも遭うことはない。
・生捕りの方法
戦場で忍者や下人等を生捕りにする方法は、自分の刀を鞘から抜いて、その鞘を(帯等から)抜き出し、下緒を差裏へ上から回し込み、生捕りにした者を後ろ手にして下緒で手を括り、鞘を捻って締め込んでいく。
そして右の手で刀を振り上げて「動けば切るぞ」と声をかけていく。そうするときは相手は引いたり逃げたりすることができない。「鞘を捻って締め込む」のが伝わっているコツである。